バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

見つけ難くなった探し物から、呉服屋の事情とメーカーの現状を探る

2016.01 30

「探しものは何ですか 見つけ難いものですか」で始まる歌といえば、井上陽水の「夢の中へ」。机の中や鞄の中も、探したのに見つからないが、まだまだ探し続けるつもりなのかと、続いている。

今、バイク呉服屋にも、「在庫の中も、織屋の棚も、探したけれど見つからないのに・・・」と思わず歌い出したくなるような、探しモノがある。

 

すでに、探し続けて半年以上が経つ。お客様から依頼を受けて、品物を探すことは珍しくないのだが、この件に関しては、どうにも思うようなモノに行き着かない。

依頼されているものは袋帯なのだが、幾つかの条件が提示されている。まず、織屋が決まっていること。そして、地の色と模様に指定があること。とは言え、ある一本の帯に特定されたものではなく、条件に緩みがあるのだが、それに見合うものがない。もちろん、価格にもある程度上限がある。

今日は、「品物を探す」ことから、どんなことが見えてくるのか。モノを売る呉服屋側や、モノを作るメーカー側にはそれぞれの事情がある。そのことを少しお話しよう。

 

(銀地引き箔 横笛模様袋帯・紫紘)

探し続けている品物のベースになっているのは、この帯。昨年の2月のコーディネートの稿で御紹介したものだが、これを読まれたお客様から、「ぜひ、これと同じような雰囲気の『紫紘の帯』を探して欲しい」と依頼されたのだ。

紫紘という織屋の品物には、特徴がある。これまでブログの中で幾度か取り上げてきたので、読まれている方にはわかると思うが、モチーフは平安期の貴族文化を象徴する文物を使うことが多い。「源氏物語絵巻」を織り出した、西陣の巨匠・山口伊太郎氏の興した会社ならではの、意匠に対する考え方が反映されている。

今月のノスタルジアの稿に取り上げた、「胡蝶の舞」や、このブログ最上部に置いてある「几帳」などは、いかにも紫紘らしく、平安王朝の雰囲気をそのまま伝えるような帯。正倉院に伝来する文様をモチーフにすることが多い「龍村」とは、好対照である。

 

上の帯のモチーフは、「横笛」。依頼された方は、これと全く同じ帯を求めているのではなく、あくまで同じイメージのもの。ということは、草花文様ではなく、器物を考えなくてはならない。平安貴族の優美さが感じられるものとすれば、やはり舞楽か調度品であろう。

横笛も雅楽には欠かせない楽器だが、この他に鼓や笙、琴、琵琶などが思い浮かぶ。調度品であれば、几帳や衣桁、手鏡や手箱なども考えられる。その他には、和歌を書く台紙として使われた色紙(いろがみ)や短冊、貴族の遊び道具であった、貝合わせや扇子なども良いだろう。

このように考えていけば、モチーフになるものは結構沢山ある。紫紘という帯屋の特徴が判っているので、すんなりと見つかるものと高を括っていた。実際に今までにも、手箱文や色紙文、貝合わせや扇子文などの帯を扱ったことがあったからだ。

 

この帯の柄付けは、太鼓腹と呼ばれるもので、お太鼓部分と前部分にしか模様がない。横笛なので、通し柄にすると、前の部分は縦笛になってしまう。太鼓と前には、それぞれ別の紋図が起こされている。

平安模様のモチーフだけを考えれば、様々なものがあるが、それだけでは解決しない。まず、帯地が銀引き箔であること。この帯がもし金地の引き箔だったとしたら、このような模様の映りにはなっていないだろう。

そして、横笛の配置の仕方と、笛を覆う布に巻きつけられた紐の存在。帯を見ると、模様は密でなく、どちらかと言えば疎である。地空きとも呼べるような形で付けられ、銀地色が前に出ている。だからこそ、上品な印象を受ける。また、笛と笛を繋ぐ紐により、模様の連続性が出ている。この帯は、横笛を取り巻く小道具に工夫があり、それが帯の中で大変重要な役割を果たしている。

これらのことを勘案すると、どうも一筋縄ではいかない。モチーフだけが平安文様では駄目であり、それがどのような形に見えているか、そして地色とどのように関連しているのかまで、考えなければならない。

 

お客様より依頼を受けてから、今までに5回ほど紫紘に足を運んでいるが、模様は良くても、地色が金だったり、一緒に付けられている小道具が気に入らなかったり、模様の付け方に流れがなかったり、少し重すぎたり、となかなかピタリと当てはまる品物に行き着いていない。

そんな中でも、これまでに何点かは「これでも良いだろう」という品物はあった。完璧ではないが、まずまず合格というレベル。けれども、今度は価格が折り合わない。お客様には、最初にこの横笛帯の価格を伝えてあるので、出来るだけそれに近い値段でなければ、条件に見合わなくなる。

品物の模様と質と価格が折り合わなければ、胸を張って提示出来ない。折角お客様が、自分のイメージに合う帯と見極めて、依頼をしたものである。売り手が自信を持って勧められなければ、納得は得られ難い。

 

もしお客様が、この横笛の帯と全く同じものを望まれたならば、むしろその方が楽かもしれない。当然、紫紘にはこの帯の紋図が残されているので、織り出すことは可能である。その時問題になるのは価格だけで、バイク呉服屋が前に仕入れた値段と同じにしてくれるように交渉すれば良い。

けれども、求められているのは、イメージが同じことである。紫紘という織屋を限定したことは、このメーカーの作る帯の雰囲気を感じ取ったからであろう。

 

モノというものは、量産すればするほどコストは下がる。紋図を使う帯も、型を起こす小紋などと同様で、紋意匠図案は、最初に一度作ってしまえば、後は糸代と織り代金が経費としてかかるだけである。

但し、精緻な模様で糸代と手間がかかるような品物は、そう何本も作らない。手間というよりも、織り賃がかさむと言う方が良いかもしれない。西陣には、伝統的なもの作りのシステムとして、「出機(でばた)とか賃機(ちんばた)」という制度がある。

これは、メーカーである織屋が自ら帯を織るのではなく、下職として存在する織り職人に仕事を請け負わせるもの。この職人たちは、一社だけでなく数軒の織屋から発注を受けた品物を織っている。つまりは、独立採算であり、下請けという立場なのだ。沢山の帯を織れば織るほど見入りが増えるが、発注される本数が減れば、生活が苦しくなる。メーカーは「織る」というリスクを回避することにより、在庫の調整をしている。

紫紘の高価な帯には、何種類もの違う糸質のものが使われており、その上に極めて細かい織り模様のために、機械織りでは対応の難しいものが多い。そのため、一本の帯を織る工賃も高くなる。もちろん紫紘には、手ごろな価格で数多く作られているものもあるが、ある価格帯を越えるようなものは、どうしても限りがあるだろう。

 

帯そのものが、高価なものであればあるほど、当然需要は少なくなる。メーカーでは、ある程度売れる本数を予測して、仕事を発注するのだが、販路を絞っている織屋ほど、量産はしない。これは、自社の製品にプライドと自信があるからで、正しく質を評価する信頼がおける売り先にしか、品物を渡さない。

紫紘の帯は、それほど多く出回っていない。世間的には龍村や川島織物の方が、名が知れているだろう。もちろん両社ともに優れた帯メーカーであることに違いは無いのだが、扱う小売屋の数が違う。

そして、フォーマルに使う高価な帯そのものの需要が減ったことも、関係がある。これは紫紘に限らず、高級帯メーカーならどこでもそうだが、どうして減量経営が求められる。つまりは、売れないまま残ってしまうことを、恐れるのだ。だから、たとえ紋図があったとしても、品物を織り出す勇気がなかなか持てないでいる。

先日お話した、千切屋治兵衛の小紋のように、小売屋に見本布を見せて選んでもらい、その図案のものだけを一本ずつ生産するような、「完全受注形式」にすれば良いのだろうが、帯という性質上、なかなか難しい。

 

ということで、探し物が見つけ難いのは、生産される現場の現状と大いに関わりがある。やはり、様々な図案の帯を数限りなく生み出すことは出来ず、以前に織っていた図案のものでも、今では見られなくなってしまったものが多い。

それでも、紫紘というメーカーが作る帯には、独特の雰囲気があり、日本らしい雅やかな図案を作ることにかけては、一歩抜きん出た存在であろう。おそらく、もう少し時間をかければ、希望に見合う品物が見つかるように思える。

お客様からは、探す時間を限定されていないので、ゆっくり品物との出会いを待つことにしたい。結局今日は、ほとんどが作り手であるメーカー側の話になってしまったが、仕入れをする呉服屋側にも事情がある。それは、また次の機会で。

 

「夢の中へ」の続きの歌詞には、「探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で」とあります。これは焦っても無駄で、肩の力を抜けば、思わぬ出会いがあるということを示唆しています。

ここは、バイク呉服屋のモットーである、「スローワーク」で臨むことにしましょう。まだ、探しモノの帯は「夢の中へ」も出て来ていません。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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