バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

戦前に織られた「龍村平蔵の丸帯」を再生する

2015.05 13

風薫る五月の東京の祭りといえば、神田祭。二年に一度執り行われる江戸っ子の祭りが先週から始まっている。メインイベントである神幸祭と御輿宮入があった先週の週末には、300万人もの人で神田・日本橋・秋葉原界隈は賑わったようだ。

9日の土曜日の神幸祭は、恵比寿様・大黒様・将門様の三体の鳳輦(ほうれん)と宮神輿が神田の町を巡る。神田明神から東日本橋、日本橋三越本店、万世橋、秋葉原の順。三越前からは、御輿や武者行列が付け祭りとして加わり、神田明神に戻る。この日は、どちらかと言えば粛々とした静かな行列になっている。

翌日の日曜日は、宮入。神田町会は、いくつかの町が合同で連合御輿を作っており、その御輿がそれぞれの町を巡った後に、宮入に向かう。江戸時代の祭りでは、氏子町にはそれぞれの山車が用意されていたが、関東大震災で焼失した後は、山車に代わり御輿となった。宮入の時間は、各町会ごとにずらされて決められており、宮入を終えた御輿が秋葉原の中央通りへ集結する。ここが祭りのクライマックスともなっている。

 

うちの取引先である菱一は、長く神田鍛治町で商いをしてきたが、昨年馬喰町に移転した。会社は移ったが、まだ土地が残っているので、今も鍛治町町会の一員である。

祭りの前々日に仕入のため菱一へ寄った時、社長の桟敷さんから神田祭の現状について話を伺った。悩みは運営者の少なさだと言う。祭りを司ってきたのは、それぞれの町会である。今は、古くから町会に住む人が減少しているので、運営する側の人もどんどん少なくなる。マンションの新住人では、なかなか協力してもらえないのだそうだ。

鍛冶町御輿のかつぎ手は300人。募集すれば、あっという間に集まる。その半数は女性。御輿担ぎにとって神田祭はあこがれの舞台でもあるようだ。だが祭りの運営に参加する者は、探してもなかなかみつからない。鍛冶町会で現在携わっている人は三十人ほど、それもほとんどが60歳以上で、もうかなり厳しい状態と言う。

江戸三大祭りの一つ、神田祭でも、地域の高齢化や旧住民と新住民とのギャップによる悩みがある。どうにかして若い人を探さなければ、この先御輿を繰り出すことも出来なくなる。千代田区などの自治体がある程度、なにがしかの協力をするべきかとも思う。

 

さて前置きが長くなったが、先日龍村の丸帯を預かり、これを袋帯として再生したので、今日はその話をしてみよう。

 

(関白牡丹錦・丸帯  龍村平蔵 1945年以前)

二ヶ月ほど前の夕方、うちのすぐ近くで医院を開業している先生が、ふらりと店にやってきた。先生は町の自治会長さんを引き受けられているので、町会の用事などがあれば訪ねてくる。

「今日は、町のことじゃないんだけど」、と言いつつ持ってきたのが、古い丸帯。奥さんではなく、ご主人である先生がやってきたのが不思議だったが、先生は帯を取り出しつつ、これはどういう品物か問われる。

話を聞けば、どうやら京都へ旅行した時、古着市で見つけてきたものらしい。奥さんが、帯の色鮮やかさに惹かれて、思わず購入したとのこと。買ったはよいのだが、汚れている上にかなり重い。それに表にも裏にも柄があるものなので、どうなっているのかわからない。また、この帯が良い商品なのかどうかも判断できない。

奥さんは古着市の品物なので、うちへ持って来難かったのだろう。そこで先生が代わりに来店したという訳だ。先生には娘さんがいるので、何とか使えるようにしてもらえないか、という相談である。

 

今ではめずらしくなった丸帯。袋帯のように裏に無地生地が張られてなく、表裏同じである。戦前までは礼装用帯の代表格で、花嫁衣裳として使われ、嫁ぐ時には必ず用意された帯である。戦後は締めやすい袋帯にとって代わられ、ほとんど使われなくなった。

現在、ほんのわずかな本数しか生産されていないので、扱いのある呉服屋は稀。逆に言えば、常時丸帯を置いてあるような店は、かなり格の高い店ということが出来る。

そんなわけで、丸帯そのものを見たことの無い方もいるので、この奥さんがどのような帯かわからなかったのも、無理なからぬことである。

 

この帯の、光に映える糸使いと大胆な模様は、ひと目で龍村製とわかる品物。先生も「やっぱり龍村でしたか」と言う。先生自身、龍村製のネクタイを愛用しているので、龍村独特の織には覚えがある。念のため、確認してみよう。模様の名前と龍村の名前が織り出されているはずだ。

戦前のものとわかる左側からの表記。「龍村平蔵」製

品名は「関白牡丹錦」。大牡丹の模様はわかるが、何が「関白」なのだろう。

丸帯と袋帯は、そもそも織られる帯巾が違う。丸帯の片側の淵を見ると縫い目がなく、輪になっている。そして表裏が同じ織柄であるということは、織られている帯巾は倍になる。また、今の六通袋帯のように帯の中に無地部分はなく、全面総柄である。これは、丸帯を解いてみれば、よくわかる。

 

さて、この重厚で色鮮やかな龍村丸帯を、使い勝手の良い袋帯に再生しなければならない。手順を追ってお話してみよう。

まず、この丸帯の現在の状態を確認するところから始める。全体を見ると、所々にシワや縮みがみられる。元々の地色は、白地かやや生成色と思われるが、少しくすんだように見え、よく見ると変色部分があり、しみも付いている。

白い帯の地の部分に付いた黄変色。おそらくカビによる変色と思える。

柄の中にも汚れ。銀糸の織り出し部分が黒っぽくくすんでいる。

とりあえず帯を解いて、元の倍巾の織り出しの状態にしてみて、汚れを確認する。そして表裏どちらの側が状態が良いのか、判断する。もちろん汚れが少なく、直す手間がかからない側が、新しい袋帯の生地として使われる。解いた生地を縦に一直線に裁って、どちら側の生地を使うのか決めるのである。

 

次に、帯の長さを測る。この品物の現状は1丈8分。これでは二重太鼓に締める長さとしては、短い。ほとんどの丸帯の帯丈というものは、およそ1丈1尺前後なので、現在の袋帯の帯丈約1丈2尺~1丈2尺3寸と比較して、1尺3寸(およそ50cmほど)前後足りない。だから、袋帯として直す場合には中に生地を足す必要が出てくる。

帯の中に接がれた生地。1尺3寸(約50cm)分の新しい生地を足す。元の帯地の色に近い色で接がれる。これが黒地の帯ならば、当然黒で接がなければならない。生地を接ぐ場所は、言うまでも無く、締めた時には表に出ないところにする。

また足りない部分を、新しい生地ではなく、使わずに残っているもう半分の元生地を切って使う場合もあるが、その場合、残る生地が中途半端な長さ(名古屋帯として再生できるが)になってしまうので、新たな足し生地のほうがすっきりするように思う。(使わない方をそのまま残せば、もう一本同様の袋帯を作ることが出来る)

そして新たな袋帯にするためには、裏を張らなければならない。この裏生地も、表地色に近いものを選んで付ける。

表地とほぼ共色で付けられた裏地。重厚な織で重い生地のため、薄い綿帯芯を中に通して、仕立てをする。

このように、帯の状態を作業の工程の中でその都度確認しながら、解き・しみ汚れ落とし・洗い・生地のし・生地接ぎ・裏張り・仕立と再生作業が進められる。

 

画像の下が袋帯として再生された丸帯。上は残った生地。画像ではよくわからないと思うが、再生された方は、生地汚れがなくなりすっきりときれいに仕上がってきている。

 

残り生地があるので、戦前の龍村がどのような糸でどのような織り方がなされていたのか、少しだけ見て頂こう。

帯の表面に柄として織り出されているところ。

裏からみた様々な色の織り糸の通り方。龍村独特の、光りに反射して色が変わって見えるのは、異なる質を持った金糸によるもの。この金糸には平金糸と撚金糸があり、光の当たる角度により、異なるシルエットになる。赤い糸の中に金糸が織り込まれているのが見えるが、この部分も、帯表面から見れば光りの方向で、様々な見え方となる。この帯が「関白牡丹錦」と名付けられているように、鮮やかな多色の色糸を使って織られるものは、一般的に錦織と呼ばれている。

 

戦後ほとんど使われなくなった丸帯。最近では、リサイクルショップや古着市や骨董市などに並んでいることが多い。また、旧家のお蔵や箪笥の中に眠っている品物もあるだろう。

今では安く手に入る品物でも、昔は高価で、貴重なものであった。織り出されている図案も決して古くさくなく、むしろ斬新で大胆なものも多い。皆様もそんな品物を見つけて、ぜひ一度は再生して使って頂きたい。

 

これを求めた奥さんは、「龍村の品物」と知らずに買ったそうです。帯そのものの美しさに惚れたということでしょうか。光により色を変える龍村の帯には、人を惹きつける魔法があるということですね。

今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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