バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

道具彫の極柄・江戸小紋を誂える  地色と模様を、どのように選んだか

2021.12 05

先頃、明治安田生命から発表された、今年生まれた子どもの名前ランキングを見ると、男の子の一位は「蓮(れん)」で、女の子の一位は「紬(つむぎ)」。蓮君が一位になるのは2年ぶり7回目で、紬ちゃんは初めての一位だそうだ。

最近子どもの名前には、ほとんど関心を寄せていなかったが、呉服屋が扱う「紬」が子どもの名前に使われ、しかも第一位になっているとは、かなりの驚きである。名づけ親である若いご夫婦にとっては、「紬織物」などほとんど馴染みは無く、袖を通した経験も少ないと思われるのだが、それがどうして、子の名前に「紬」と付けるのだろうか。

 

これは私の推測だが、若い人が、紬を「紡ぐこと」と同じ意味に捉えていることが原因ではなかろうか。本来紡ぐとは、原料の繭や綿の種子、青苧(あおそ・麻の原料)などから繊維を引き出し、これを繋ぎ合わせて撚りをかけて、織糸にする作業。つまりは、「引き出して、繋ぐこと」である。

紡ぐという語句は、言葉を紡ぐ(丁寧に言葉を選んで、文章を作る)とか、物語を紡ぐ、あるいは人生を紡ぐなどと、比喩的に表現されることがよくある。だから、「多くの縁を引き出して、良い人生となるように」という意味を込めて、名前に使っているのではないか。もっとも、「つむぎ」という言葉の響きが可愛いから、という単純な理由だけかも知れないが。

古くは、紬は「絁」と書いており、平安中期の律令の施行細則・延喜式の中にも、諸国からの寄進品として、「絁」の記述が多く見られる。紬とは本来、手で紡いだ真綿糸を経緯糸に使い、手機で織り上げた先練(さきねり・糸の状態で不純物を除去すること)織物のこと。果たして将来、何人の「紬ちゃん」が、紬のキモノに手を通してくれるだろうか。仕事の先行きが短いバイク呉服屋としては、そこがとても気になる。

 

さて今日は、前回の稿でお約束したように、道具彫の型紙を使った江戸小紋の誂えの話。品物を求められたお客様が、どのような経緯を経て、「自分だけの一枚」に辿り着いたのか。地色と模様を中心とした「誂えの過程」を見て頂くことで、皆様が江戸小紋を選ぶ時の参考に、少しでもなればと思う。では、始めてみよう。

 

(千草色地 道具彫胡麻極柄 誂え江戸小紋・竺仙)

江戸小紋というアイテムを考えて見ると、カジュアルとフォーマルの間に位置する品物と、捉えることが出来る。模様が細かい故に、遠目から見れば無地に見える。だから刺繍で陰紋を入れて、茶席や準フォーマルな場所で着用することがある。この時多くは、袋帯を合せる。一方で、洒落た模様の染帯や、旬な図案の名古屋帯を合せて、カジュアルな装いとすることもある。要するに、着用する場面ごとにその都度帯を使い回して使える、とても便利な品物と言えるだろう。

今回依頼されたお客様は、バイク呉服屋より二回りほど若い方。これまでは、手直ししたお母さまの品物を中心に着用してきたが、今回初めて「自分用」の柔らかモノ(染の品物)を誂えられた。「初めての染モノとして、何が良いのか考えた時に、帯次第でカジュアルにも、フォーマルにも使える江戸小紋ならば、一番コスパが良さそうに思えた」と話される。確かに、江戸小紋ほど柔軟に使えるアイテムは、無いかも知れない。

 

江戸小紋を作ることは決まっているが、問題はどんな色目で、どんな図案にするかだ。希望は、出来るだけ女性らしく、明るく、優しい雰囲気になるようにとのこと。微細な模様をあしらった江戸小紋は、皆様ご存じの通り、武士の裃柄として使われてきただけに、渋さや粋っぽさが前に出る。それを何とか、女性らしい姿にすることが、今回の誂えのテーマである。

そこでまず、模様を選ぶことから、誂えの仕事を始めることにする。竺仙では、これまで作った江戸小紋の端布が残してあり、それが図案の見本帳として使われている。とりあえず、これをお客様に見て頂きながら、具体的に検討することになった。

 

図案ごとに並んでいる端布見本。同じ模様でも、染めた色によって雰囲気が異なる。江戸小紋定番の縞モノや鮫、行儀、通し、霰のほかに、小桜や胡麻、亀甲、鱗など様々な図案が見える。なので当然、型紙にあしらわれた技法も、縞彫、錐彫、突彫、道具彫と様々である。

 

道具彫・菊菱模様(紅藤地色)

道具彫・胡麻模様(青朽葉地色)

見本帳に張り付けられている生地は、50種類ほど。その中でお客様が目に留めたのが、上の二つの模様。どちらも小さな小紋柄を羅列した、典型的な道具彫型紙によるもの。前回もお話したが、鮫小紋のような細丸の連続模様は錐彫を用いるが、それ以外のお召十や七宝、菊菱、鱗、松葉等々は、図案の型に作られた「道具刃」で、模様が彫り抜かれている。この道具彫技法(ごっとり・押し彫)は、小紋の発達と共に始まった技法であることから、その型紙は、「古典小紋型」と称されている。

今回依頼された方は、小柄で優しい雰囲気を持つ。だからこそ、誂える江戸小紋姿にも「女性らしさ」を求めたのだが、選んだ菊菱と胡麻は、どちらも細やかでおとなしく、しかも古典型の典型とも言われる模様。いわば、最も江戸小紋らしい柄行きの一つ。

 

模様が二つの候補に絞られたので、見本帳ではなく、実際に染めた反物を取り寄せて比較してみることにした。小さな端布では、はっきりとした模様の全体像が判り難いため、選ぶ判断が付き難いからだ。

菊菱模様・反物と、図案を拡大したところ。

胡麻模様・反物と、図案を拡大したところ。

どちらにするか悩まれた末、決めたのが胡麻柄。半分に割った胡麻の切り口を図案としたこの柄は、発想も面白く、その姿は胡麻というより小花散らしのように見える。江戸時代、佐賀・鍋島藩の袴お留め柄(定め小紋)として使われた由緒正しき模様だが、このデザインには愛らしさがある。もう一つの候補・菊菱は、菱形だけに少し堅苦しさが残るが、胡麻は丸型で柔らかい。そんな細かい模様姿の特徴も、判断の基準になった。

江戸小紋の中でも、極めて細かい粒で構成されている小紋柄を、「極め(きわめ)」と呼び、格式の高い模様と位置付けられる。極めとは「極紋」の意味で、それは、紋(図案)を極めた細かい仕事のこと。極めの型紙は、模様の細かさから白っぽく彫り上がり、染めた時には、等間隔に置かれた小さな粒が、地から浮き上がったように見える。この胡麻も菊菱も、「極め柄」に属する模様の細かさ。

 

さて使う模様は決まったものの、問題は地色である。この色のセンスによって、江戸小紋としての最終的な出来映えが違ってくる。まさに、模様を生かすも殺すも色次第。自分のイメージに合う品物とするためには、どのような色を選ぶかが、最も重要なポイントとなる。

元々、このお客様の色の好みは、柔らかみのある明るいパステル系。上品で優しい着姿を理想としていることが判るので、やはり、それに従った色を考えなければならない。ということで提案したのが、青系の色。暖色系ではない方が、飽きがこないように思われたから。無論青なら何でも言い訳は無く、明るさの中にどこか含みを持たせた色を使いたい。それは、合わせる帯で雰囲気が変えられるように、単調なイメージではなく、微妙な色合いを残したいとの考えからだ。

問題は、どのように色を見極めるかなのだが、色無地や八掛を別誂する時に使う無地の色見本帳では、上手くはいかない。何故なら江戸小紋では、無地場で一見濃く見えても、型紙をのせて染めると、その色が柔らかく抑えられる傾向があるから。だから、実際に江戸小紋として染めた色を見なければ、本当の色の映りが判らない。

そこでお客様には、青系地色で染めた端布見本を見て頂き、それをヒントにして誂える色を決めることにした。上の画像はその見本の一部だが、この三点だけを見ても、色の気配がそれぞれに違う。

そうして最終候補として残った色が、この二つ。左側は浅葱に近い薄い色で、露草の別名・千草色の名前が付いている。右は紫を帯びた青で、ゼニス・ブルー(天頂の空色)と称される色。

端布の耳に残る無地部分を参考にして色を考えると、ゼニスブルーに近い方は、胡麻柄を型付けした時、はっきりと模様が浮き上がりそう。一方千草色はややおとなしいが、品がある。そして、お客様と一緒に検討した結果、左の布見本色を使うことに決める。

胡麻柄の見本反物と、決めた色見本の端布を並べて、出来上がりを想像してみる。そこでお客様に、誂えの最終確認をして頂く。染め上がりまでには、約二か月程度の時間が必要になる。

 

仕上がった千草色・胡麻極柄の江戸小紋。遠目から見ると、無地にしか見えない。

けれども近接して見ると、細かな胡麻粒がきっちりと並んだ、美しい小紋姿を伺うことが出来る。模様を染め抜いた白さが、くっきりと地色から浮き上がっている。そして目の錯覚かも知れないが、僅かながら色に濃淡があり、所々にその痕跡の筋が付いているような気がする。仕上がった反物を見たお客様も同意見で、何となく不均一さを感じると話す。

そこで竺仙の担当者に、この疑問をぶつけてみたところ、型紙は使う頻度によって、型付けをしたところで微細な色の変化が見える。そして、胡麻柄のような細かい小紋柄では、染上がった反物全体を見渡した時に、この僅かな変化を特に感じやすい。ただいずれも「誤差」の範囲で、それを「手仕事の跡」と認識して頂ければ有難いと話す。この話をそのままお客様に伝えると、納得して頂くことが出来た。

反物の端にある無地部分。この色が、基本となった千草色。胡麻の模様をよく見ると、均一のはずの模様が一つ一つ違うような、なんとも不思議な感覚に襲われる。

竺仙では、反物の裏にも色を引く(裏しごき)。大概この色は、表地色の薄色になる。

 

キモノに誂え終えた江戸小紋。反物で見るよりも、色は明るくなった気がする。

衿の剣先から、上前おくみ方向を写したところ。近づかなければ、胡麻柄は見えないが、整然と並んだ細かい粒の美しさは、際立っている。

八掛は、地色の共薄色。仕上がってきた反物を見ながら、お客様と相談の上、八掛をこの色に決めた。色の齟齬が出ないように、裏も竺仙で染める。

お客様から依頼を受けたのが、春先3月。こうして江戸小紋のキモノとして誂え終えたのが、10月。地色と模様は、これまでご紹介してきたように、バイク呉服屋とお客様との間で、悩みつつも綿密に相談した上で決めたこと。無地染めでも小紋染めでも、オリジナルな誂えの仕事は、仕立て上がった最終形を見るまでは、安心出来ない。そして、お客様に仕上がりをご納得頂けたところで、はじめて任務完了となる。

4年ほど前にも、紫苑色・麻の葉向かい鶴模様(錐彫型紙)の竺仙江戸小紋誂えを依頼され、その仕事ぶりをブログでご紹介したことがあった(2017年10月)が、その時はお客様を、日本橋小舟町の竺仙の店にお連れして、地色や模様を決めて頂いた。だが今回はコロナ禍にあって、東京へ行くことも出来ず、端布見本や型紙、色見本を竺仙の担当者から送ってもらいながら、仕事を進めた。そのためお客様には、店に何回も足を運ばせてしまったが、品物が満足できる出来になったので、そんな面倒も吹き飛んでしまわれたようだ。

すでに出来上がっている品物を求めてもらうのは、簡単で確実だが、誂えにはお客様と呉服屋、そして作り手のメーカーが一体となって、一点の品物を作り上げる喜びがある。どうか皆様も、自分だけのオリジナル小紋に挑戦して頂きたい。きっとそこでは、和装の新たな楽しみが見つけられるように思う。

 

男の子の名前・第一位の蓮も、呉服屋には縁の深いモチーフです。特に水蓮は、エジプトでは太陽神と縁の深い「再生の花」と認識され、「国の花」として重要視されています。そして今も、唐花文様のルーツ・ロータスとして様々にデザイン化され、キモノや帯の中で息づいています。

仏教では、泥水の中に咲く清廉な花の姿を慈悲の象徴と見なし、ヒンドゥー教では神のシンボルとして、古くから神聖視されていました。こうした中東やインドなど、文明発祥の国々から特別視される「蓮」が、日本の子どもの名前に多く見られるというのも、何か不思議な感じがしますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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