バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート  目立たずとも美しい、桜と青楓の振袖姿                  

2021.04 27

どのくらい信憑性があるのかは不明だが、先日イギリスのスポーツ医学誌の研究結果として、一週間に二時間半以上の運動を継続することで、コロナ感染の重症化のリスクが大幅に下がると報道されていた。

話によれば、感染者5万人を運動不足の人・何らかの運動をした人・継続して運動をしている人に分けて調査したところ、運動をしていない人の死亡率は2.4%で、入院率は10.5%。これに対して継続して運動をしている人は、死亡率が0.4%、入院率は3.2%という結果が出たという。つまり定期的な運動により、重症化リスクは、運動をしていない人と比較して、約6分の1に下がることになる。

基礎疾患の有無より、運動不足の方が問題が大きいと結論付けているが、これが全て正しいかは別にして、運動そのものが心肺機能を高めたり、免疫力を付ける役割を果たすことには、異論は無いだろう。また今のように、行動が制限されている日常では、特に体を動かすことが、精神状態を改善することに繋がると思う。

 

さてそこで、バイク呉服屋が日常に行っている運動だが、以前は週に2~3回スポーツジムに通って汗を流してきたが、昨年の4月以降は、感染リスクを伴うことから、週に2回ほど、一人で峠歩きとジョギングをすることに変えた。

メインルートとして使っている県道104号・通称和田峠は、平均勾配6.6%・高低差256m。峠を登った先にある貯水池・千代田湖を一周して自宅へ戻ってくると、その距離は13.6キロにもなる。これを、毎回2時間15分ほどでこなす。往路は坂がきついので歩くが、帰路の下りはほぼ走る。先日歩数を測ってみたところ、17000歩余りで、消費エネルギー量は約800kcalだった。

還暦を過ぎた者の運動量としては十分で、もしかしたら少しオーバーワーク気味かもしれない。コロナ重症化に対する防止になるかは疑問だが、精神衛生の面から見れば、日常を離れて気分も変わることから、かなり有意である。

 

この一年、四季折々に移り変わる山の景色を見ながら、体を鍛えてきた。この和田峠は、途中に甲府盆地を一望できる「みはらし広場」があり、ここから眺める富士山はとても優美な姿に映る。そして地元の人には、夜景スポットとしても知られている。

4月も終わりに近づき、歩くたびに日一日と新緑が眩しさを増している。道の傍らで特に目立つのが、花を終えた後の山桜の葉と、若い楓の緑葉。陽ざしを受け、風を感じ、木々のうつろいに目を配りながら歩く。これで、気持ちが解放されない訳が無い。

そこでこじつけになるが、今回のコーディネートでは、桜と青楓を写実的に描いた振袖を使い、控えめで落ち着きのある着姿を考えたいと思う。そして今の季節に相応しい、目の覚めるような「緑色」をベースにした帯を使い、全体の色映りを考えてみよう。

 

蘇芳色 桜楓文様・振袖   若緑色 八橋菊桐文様・袋帯

当たり前だが、着姿として最も目立つキモノの位置は、上前身頃と衽になる。従ってほとんどの品物が、ここに模様の中心を置き、図案を考察する。予め模様位置が決められる振袖や留袖、訪問着などのフォーマルモノは、上前にどのような模様が出てくるかで印象が決まるので、どの品物もここが意匠の中心となる。

中でも振袖は、華やかで若々しいイメージを持たせる意図から、図案は他のアイテムより大胆になり、見る者を圧倒するような模様の嵩を付けることも珍しくない。裾模様は上前身頃から後身頃へと繋がり、衿・胸・袖と模様が連動する。振袖だからこそ、表現出来る模様も多々ある。

けれども、豪華さとは一歩離れて、楚々として控えめな印象を持つ振袖がある。模様はそれほど目立たず、むしろ地色の方が前に出る。もちろん、引き立つ華々しさは無い。けれども、絢爛な振袖には無い「静かな美しさ」がある。人の性格は千差万別であり、前に出ることが苦手な方もおられよう。それと同様に、振袖が持つイメージも色々あって良い。今日の振袖は、そんな個性を感じられる意匠である。

 

(縮緬蘇芳色 桜散らしと青楓(桜楓文)模様 京型友禅振袖・トキワ商事)

振袖としては珍しく、少しシボの大きい縮緬生地を使っている。地の蘇芳(すおう)色は、僅かにくすみを感じる朱色で、赤と言っても、落ち着きを感じさせる色。蘇芳は、インドやマレー諸島に生育するマメ科の小木で、この樹木の莢(さや)や芯には、赤色の色素が含まれている。ここに、明礬(みょうばん)や椿の木灰を媒染剤として使って発色させると、こんな赤の色になる。

蘇芳は、すでに飛鳥期には輸入が始まっていて、染原料だけではなく、漢方薬としても使用されていた。天平期には、木工品を赤く染色する時に盛んに用いられていたようで、黒柿の箱を蘇芳で赤く染め、金銀で花模様を描いた「黒柿蘇芳染金銀絵如意箱」は、代表的な作品として正倉院・南倉に収蔵されている。

この振袖では、模様の嵩が少ないため、地色の蘇芳色が前に出てくる。少し沈んだ朱の色が、おとなしい桜楓図案には合っている。そして、ふっくらとしたシボのちりめん生地が柔らかく色を映し、品物全体に優しい印象を残す。

 

模様の中心・上前身頃と衽には、桜散らし模様。写実的に描いた桜だが、花の数は少なく、メインは散りゆく花びらになっている。また、あしらわれている模様の位置は、通常の振袖と比べると下にあり、かなり裾に近くなっている。

こうした模様位置の低い意匠は、18世紀半ばの江戸・宝暦期頃の小袖に始まる。そして、裾の周りにだけあっさりと模様を表す形式を、「裾模様」と呼んだ。これは後に江戸の褄模様・江戸褄となり、現在の黒留袖の意匠形式に受け継がれている。

桜図案を拡大してみた。型友禅だが、模様は手挿し。散っている花びらには暈しが入り、一枚ずつ違う表情が見える。控えめな図案を生かすために、配色も優しい色だけを使っている。

肩から袖に連動した模様は、桜と楓を一緒にして枝にあしらっている。楓の葉色は、緑や若草を挿した青楓。朱の地色の中では、この鮮やかな緑色がひと際目立つ。

春の代表花・桜と秋の代表葉・楓を並べた意匠は、桜楓文として文様化されているが、楓の葉色が青楓なので、ここでは対照的な春秋模様になっていない。模様を拡大すると、写実的に描いた花の姿がよく判る。

前から見ると、このような模様の出方になる。後の肩と袖の模様は繋がっているが、前の衿、胸、袖模様は分離している。袖もメインとなる左前、右後ろの模様さえ疎ら。華やかさが優先される振袖姿からすれば、かなり離れた意匠に思えるが、そこには「控えめで奥ゆかしい美しさ」があるように思う。

ではこの雰囲気を保ちつつ、鮮やかな帯で、もう少し若々しさを醸し出してみよう。

 

(若緑色 八橋に菊桐文様 六通袋帯・紫紘)

これだけ鮮やかな緑色の帯は、あまり見かけない。紫紘が織る振袖向きの帯は、白地や黒地、金銀地の他に、かなりビビッドな緑や朱色を使うことがある。はっきりとした色と大胆な図案が、どんな振袖でもピタリと抑え込む。着姿をまとめてしまう力こそが、紫紘帯の最大の特徴であろう。

図案は、浮かべた橋の上に、つゆ芝を背景にした菊と桐を交互にあしらっている。このような架橋と植物の組み合わせとしては、杜若と板橋を使った「八橋(やつはし)文」が思い浮かぶ。菊と桐は高貴な花文の代表格であり、使うことで格調は高くなる。そして帯巾いっぱいに、大胆に橋を切込んでいることで、模様が立体的に見えている。

桐と菊の配色は、金・白・朱・紫・若草濃淡の五色。二つの模様の色を共通にすると、帯全体のイメージが統一され、きちっとした表情になってくる。こうした工夫が、「締まる帯姿」を形作る。

ではこの帯を合せることで、写実的でおとなしい桜楓模様の振袖は、どのように着姿が変わるのか。試すことにしよう。

 

模様が疎らな振袖の真ん中に帯を置くと、若緑色が映える。無地場が多いだけに、なお帯の地色が強調され、それが着姿に生きる。マンセルの色相環で対角に位置する赤と緑は「補色の関係」にあたり、互いを引き立て、目立たせるという意味では、最も相応しい色の組み合わせ。

こうして画像で見ても、キモノと帯双方ともに、色の個性を失うことなく、互いを生かし合っているように思う。そしてキモノの模様の少なさが、あまり意識されない。大胆な帯のおかげで、振袖らしい華やかさが生まれている。

前姿を作ってみた。振袖の蘇芳地色と帯の若緑地色の相性の良さが、見て取れる。前で帯の橋模様を形作ると、短冊文のような姿に変わる。伊達衿は、帯地よりも少し淡い若草色。刺繍衿は、僅かにパステル色が見える桜模様。キモノと帯の色合わせを邪魔しないように、衿元はおとなしくまとめておく。

キモノと帯の間に入る帯揚げは、双方の色の中間に位置する黄色を使う。帯〆は、帯模様に入っている橙色で。これを若緑の帯地に載せると、全体が引き締まって見える。    (絞り帯揚げ・帯〆・伊達衿・刺繍衿、すべて加藤萬の品物)

 

今日は、振袖にしてはおとなしい模様の品物を使い、「目立たずとも美しい姿」を作ることを試みてみたが、如何だっただろうか。装う人各々が持つ雰囲気に合わせて、どのように品物を選び、組み合わせていくかは、なかなか難しい。

振袖における着姿のコンセプトは、華やかさ、可愛さ、可憐さ、上品さ、おとなしさ、奥ゆかしさと、様々あるはずだ。そして、どこに重きを置くかによって、選ぶ品物が変わっていく。それは振袖に限らず、どんなアイテムでも同じこと。品物を提案する側の者として大切なのは、着用する方それぞれの個性を、よく理解することであろう。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

昨年、コロナの蔓延が取り沙汰されて以来、体を鍛えることの他にもう一つ、健康を保つための実践をしました。それが、禁煙です。煙草をやめたのが2月だったので、もう一年以上が経ちました。

吸い始めて40年以上。私自身、「タバコだけは絶対やめられない」と考えていましたが、この機会を逃したら、もう二度とチャンスはないと思い、禁煙外来に通うことにしたのです。そしてお医者さんの指導と禁煙薬のおかげで、無事禁煙に成功。変な話ですが、コロナは私に「健康の大切さ」を気づかせてくれました。

酒は飲めず、タバコも吸わず、もちろん女性がいるような場所には行かない。「品行方正」を絵にかいたような毎日です。こんな安心・安全な夫はいないと私は思うのですが、家内にすれば、ヒグマがうろうろする場所を好んで彷徨う人など、とても危なくて仕方が無いようです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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