バイク呉服屋の忙しい日々

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バイク呉服屋女房の仕事着(10) 秋の帳には、雨絣アイスコットンを

2020.09 15

今年のように「生地の素材」に注目が集まることは、これまで無かっただろう。通気性や吸湿性のような、素材各々が持つ特徴の見極めはもとより、肌触りや顔へのフィット感など、具体的な使い勝手の良し悪しを、多くの人が考えるようになっている。

何のことかと言えば、もちろん「マスク」である。全く予期していなかった疫病の流行。それは死に至る可能性もある、得体の知れない新しいウイルス。この感染から身を守るため、口と鼻を隠す道具は必需となった。そして今や、「弁当忘れても、傘忘れても、マスク忘れるな」である。この覆いが無いことには、公共交通機関には乗れず、買い物も出来ない。つまり日常生活の中で、絶対に欠かせないモノとなったのである。

しかもこのマスク、感染が市中に拡大した春先には、店頭からほとんど姿を消していた。こうした事態を受けて、品物を探し求め、あちこちをさまよう人がいたが、その一方では、材料を集め、自分でオリジナルマスクを製作する人も大勢いた。昔に比べて、モノを手作りする人が少なくなったと言われていたが、今年は、ミシンを踏む人や針を持つ人が、格段に増えている。

 

疫病は簡単に終息せず、季節は春から夏へ。もちろんマスクは手放せないが、寒い時と違い、高温多湿の中で付け続けると、様々な弊害が出てくる。暑さで熱がこもり、息苦しさを感じてしまう。これがひどくなると、熱中症を起こす要因にもなりかねない。

そんな訳で夏が始まる前には、どのようなマスクを用意するべきか、その対策が様々に考えられた。薄くて目の細かい和木綿生地を始めとして、接触冷感機能のあるポリウレタン生地、吸水性に優れる麻生地など、様々な素材を工夫しながら、効果的に暑さをしのぐ対策を施したマスクが、次々と生まれた。

そんな中で注目された素材の一つに、アイスコットン生地がある。従来だと、化学繊維あるいは薬剤を使用することで得られた接触冷感だが、このスイス・スポイリー社が開発した綿糸は、特殊な紡績技術が、特別な冷感を生み出している。つまり、「自然素材100%なのに、接触冷感を含む稀有な繊維」ということになる。

 

このアイスコットン糸を緯糸に、そして綿と麻の混紡糸を経糸にして織り込んだものが、アイスコットン生地である。天然綿だけに通気性に優れ、肌触りも心地よい。また、自分で洗うことも出来るので、使い勝手も良い。肌が弱く、化学繊維が苦手という方にも、最適な素材である。

数年前から、この「触れると冷たい生地」は、襦袢やキモノ生地に採用されていたが、うちの店でも、この素材を支持するお客様が多くなり、ここのところ扱いが増えていた。製織しているのは、近江の麻織メーカー・川口織物だが、縁戚関係にある紬問屋・廣田紬が、毎年沢山品物を扱い、私もここから仕入れをしている。

廣田紬は、このアイスコットンがマスク生地として注目されていることに、いち早く気づき、連休前には「生地の切り売りをするサイト」を立ち上げた。最初は、数色ある無地の襦袢地だけを売り出したが、そのうち縞や格子の着尺用(キモノ地)反物も、切り売りするようになる。それでも、あっという間に品薄になり、時には発送作業が追い付かないほどだったらしい。

 

一般に呉服の夏薄モノは、売れる反数を予想しながら、春先までには製造を終える。着用シーズンは短く、問屋でもロスは出したくないので、毎年一定の数しか作らない。だから、今年のような「特需」は、全くの想定外であり、在庫が簡単に底をつくのは無理なからぬことである。廣田君のところでも、注目されて生地が売れるのは嬉しいだろうが、「切り売り」するとは思ってもみなかったに違いない。

本来ならば、アイスコットン素材の襦袢やキモノは、5月末~9月半ばあたりまでの、単衣や薄モノのシーズンの間で着用される品物。今は8月の刺すような陽ざしは無いものの、まだ30℃を越える日が続いている。だから、もし日常着としてキモノを考えるならば、この素材もまだまだ使える。

ということで今日は、アイスコットンを着用して仕事をしているバイク呉服屋女房の姿を、皆様にご覧頂くことにしよう。今年は、すでに使う時期が少なくなってはいるが、この素材の良さを、少しでも感じとって頂ければと思っている。

 

(紺地 アイスコットン長着・川口織物  白地 枡重ね模様 夏八寸帯・帯屋捨松)

家内は袷を着用する寒い時期には、家でキモノを着るが、単衣や薄物の季節になると、店に着いてからキモノに着替える。暑い時期だと、車を置いている駐車場から店まで、7~8分歩く間に汗をかいてしまう。それが嫌なのである。そして、経理業務や諸々の支払いを担当してもらっているので、外に出かけることが多い。だから夏の仕事着は、少しでも風通しがよく、心地よく過ごせる素材を求める。もちろん、着用後に自分で洗うことが出来ることも、品物選びの大切なポイントだ。

家内の仕事着を考えて見ると、年によれば4月下旬には、すでに単衣を着始める。25℃近くになると、袷のキモノで少し動くと汗ばんでくるので、早めに単衣を使う。そして30℃近くなる5月下旬になると、襦袢に麻を使い、体温を調節して暑さを凌ぐ。6月にならないと夏帯は使い難く、まだこの時期は、冬用の名古屋帯を締める。

そして梅雨に入ると、熱が中に籠ってしまい、単衣でも暑苦しさを感じる。麻を使うには少し早く、浴衣も時期尚早。何を着用すれば良いか迷うのがこの季節であり、その日の天候や気温、湿度で、着るモノを臨機応変に変える必要が生じる。

 

だが、7、8月の盛夏になってしまうと、着るモノに迷いはあまりなくなる。薄物として使うアイテムも増えて、浴衣や麻モノ、様々な綿モノはもとより、絹モノの絽や紗も使える。そして帯は、夏モノ一辺倒となる。つまり完璧に暑くなってしまったほうが、判りやすいのである。

そして9月。この月も6月同様、日ごとにかなり気候が違う。月の前半はまるで夏だが、後半は秋を感じさせる日が多くなる。キモノのしきたりでは単衣になっているものの、とてもではないが、これだけではやり過ごせない。カジュアルモノは、着る人の感覚で、薄物になったり単衣に変えたりして、自分が心地よく過ごせるモノを選ぶ。

そうした中でアイスコットンは、盛夏はもちろんのこと、季節の変わり目に当たる6・9月にも使える。この素材は、暑い季節を通して着用できる重宝なもの。では着用している姿を、詳しくご覧頂くことにしよう。

 

色は群青に近い紺だが、ランダムに色の異なるスジが入っている。遠目から見ると無地に見えるものの、いかにも夏らしい爽やかな色。

生地を近くで見ると、水色や白の筋が付いている。扱っている廣田紬では、これを「雨絣」と呼んでいるが、確かに雨が降っているように見える。経糸に絣糸を使い、数色の色糸で雨を表現する。こんな一工夫が、単純な模様に深みと面白さを持たせている。

そしてさらに生地を拡大すると、絽のような隙間が見えている。このように経糸の間隔をあけて、平織ではなく絽のような織組織にすると、透け感が広がり、涼やかさが増す着心地となる。よく見なければ判らない手間だが、ここには、心地よく夏キモノを着て欲しいという、作り手の気持ちが表れている。「雨絣・アイスコットン」には、この色の他に、黒・藤色・鼠色があるが、いずれも、梅雨の6月や秋雨の9月に似合う、「雨模様」のキモノである。

 

一緒に着用している襦袢もアイスコットン。色はごく薄い鶸色。肌に近い襦袢の方が、触れると冷たい「接触冷感」の特性を感じられる。緯糸に、強い撚りをかけた細いアイスコットン糸を使っているが、細綿糸だけにしなやかで柔らかな風合いを持ち、肌に優しく感じる。

襦袢の色は、白、水色、薄紫、薄ピンクなど8色。自分で手入れが出来る使い勝手の良さから、単衣や薄物の季節だけでなく、春や秋の袷のシーズンにも使う人が増えている。例年廣田紬でも、早々に売り切れてしまう人気商品だが、今年は襦袢としてではなく、マスク用生地として完売した。

 

白い地を7:3に分けて、枡重ねと縦縞を織り出した捨松の夏八寸帯。更紗や欧風刺繍的な図案が多い捨松だが、この帯は珍しく江戸っぽい。お太鼓の右側に見える四角を重ねた図案は、枡文様。これは二つだが、三つ重ねた図案が三枡文様で、歌舞伎・市川家の常紋としてよく知られている。

ほぼ紺一色の雨絣・アイスコットンに合わせると、お太鼓の枡文がかなり目立つ。家内にしては、珍しく「粋っぽさ」を感じさせる合わせ。さりげない綿麻キモノだが、こうした帯を使うと、ちょっとしたお出かけ着にもなる。そう言えば、七月上旬に上野・国立博物館で開催された「きもの・特別展」へ出掛けた時の家内の装いは、この組み合わせだった。

帯〆は、隙間のある水色のレース組を使い、帯揚げは、絽で白に楓の飛絞り。紺青系キモノと白地系帯の組み合わせは、涼やかに見えることにかけては、鉄板の夏姿。この雰囲気だと小物も、青系と白以外の色は使い難い。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

後から見ると、アイスコットンの雨絣模様と、透け感のある帯地の姿がよく判る。例年だと9月いっぱいは、25℃を越える日が多い。汚れも目立たず、涼しく、肌離れも良い。そして自分で始末も出来て、メンテナンスの出費もいらないとなれば、仕事着としての出番は、当然多くなる。あと半月ほどは、涼しげで小粋な家内の姿を、店内で見ることが出来そうだ。

 

「風が吹けば、桶屋が儲かる」とは、ある事態が起こると、それとは全く関係が無いと思われるところに影響が出てくることの喩えですが、今年の、「コロナが流行れば、アイスコットン生地の在庫が無くなる」というのも、これに当てはまるように思います。

品物を扱っていた廣田紬でも、消費者に向けて、反物を切り売りする販売サイトを立ち上げるとは、夢にも考えていなかったでしょう。反物として呉服屋に売るのも、マスク用の生地として一般の人に捌くのも、「売れること」には変わりはないので、商い的にはどちらでも良いのかも知れませんが、本意では無いはずです。

この品物には、「心地よく夏姿を装うための工夫」が施されています。来年こそマスクではなく、キモノや襦袢としてこの素材が生かされることを、心より願っております。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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