バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

「大羊居」の御所解訪問着に見る、友禅の様式美  文様編

2018.10 03

弱きを助け、悪を挫く。時代劇は、毎回設定は変われども筋書きは同じで、お約束の結末だが、中高年を中心として根強い人気を持つ。これは、「勧善懲悪」を好む日本人の気質に合っているからとも、言えよう。

代官と役人の悪事を、正義の味方があばいて、裁きを付ける。主人公は、暴れん坊将軍(徳川吉宗)や水戸黄門(光圀)のような高い地位の者や、遠山の金さん(遠山影元)や大岡忠相(越前守)のような町奉行。時代劇の人物設定が、史実に忠実か否かは別にして、いずれも実在の人物である。

 

徳川家康の孫にあたる水戸光圀だが、隠居の身となったのは、1690(元禄3)年のこと。僅か8歳で幼逝した7代・家継のあとを受けて、徳川吉宗が将軍の座に着いたのは、1716(享保元)年。大岡忠相が南町奉行に着任したのは、この翌年のことで、忠相は吉宗の片腕となり、江戸町制の改革を進めていく。

こうして見て行くと、これらの人物達はいずれも、江戸の町人文化が花開く元禄から享保期にかけて、活躍していたことが判る。この時代は、各地の農業作物の流通が活発となり、それに伴う商業の活性化により、都市に富裕な町人が現われ始めた。人々は、生活に豊かさを求めるようになり、その結果として、特色ある文化が生まれた。これは、いわば江戸の高度成長期にあたる時代でもあった。

キモノの加飾様式として、友禅が生まれ、人々の間で瞬く間に流行していったのも、この時代のこと。そして、友禅の技法を生かした、絵画的・写実的な文様の流行も、時期を同じくする。それは、民衆が文化意識を高めた時代背景とも、大いに関わりがある。

今日も、前回の続きとして、大羊居の訪問着を見て頂きながら、友禅の様式について話を進めることにする。今回は、御所解という文様そのものにスポットを当てることにしよう。

 

裾から、遠近感の付いた山の連なりを、ぼかし技法で表現している。山々にあしらわれている花は、桜と楓だけ。そして、模様の隙間を埋めるように、家屋と流水、石が置かれる。家屋の周囲には、笹を配している。

このように、なだらかな山々を描く「遠山文」は、代表的な風景文様の一つで、絵画的な印象を残す。そのため、草花・家屋・流水を配した御所解文様と一緒にあしらわれることも多い。

 

では、この特徴的な御所解文様は、いつ頃形作られたものなのか。少し探ってみることにしよう。

友禅染の様式が生まれる以前、江戸初期には、同様に糊で防染して模様を染め出す技法が、確立していた。これが、京都の呉服豪商として知られる茶屋四郎次郎が創案した「茶屋染」である。

この染技法は、大奥や大名の夫人が盛夏の正装用として着用した、帷子(かたびら)に使われていたもの。開発した茶屋四郎次郎は、初代の清延が徳川家康から、幕府の御用商人として取り立てられて以来、三代にわたり徳川家の呉服御用を引き受けていた。

 

茶屋染は、麻生地の両面に、友禅と同じように糸目糊・楊枝糊で線描きし、地の部分を両面から糊で伏せて、藍甕の中に浸して染める。多色を使う引き染の友禅に対し、茶屋染は単色の浸染ということになる。

この茶屋染であしらわれていた模様が、草木や家屋、流水を描いた絵画的な文様。四季の花々を霞や雲取りの中に配し、庭園と池、流水を描いて、そこに柴垣や折り戸などの小道具をあしらう。友禅同様に、糊で線描きするだけに、精緻で写生的な図案となっていた。この茶屋染文様こそが、現在我々が一般的に茶屋辻と呼んでいるものであり、それは御所解・江戸解文様と同義である。

つまりは、浸・引きと染技法こそ異なるが、同じ糊置きで模様を描いた茶屋染の風景模様こそが、御所解文様の原点となっているのである。しかも、この帷子は、ほんのひと握りの上流階級の女性だけの意匠だったために、後に庶民に憧れを持って迎えられることとなり、その結果としてこの文様は、友禅染技法の確立に伴い、爆発的な流行となっていく。

 

春秋を代表する桜と楓に、山の景色となると、何となく「吉野の風景」を思い起こす。

友禅染の発達は、上流階級の文様・御所解のような風景模様を、町人女性でも身にまとうことが出来るような、ごく一般的なデザインとして普及させた。しかし、そんな中にあっても、武家女中や一般町人の意匠では、模様の位置取りにより、着用する身分が判るものがあった。

この時代は、帯巾が広くなりつつあったが、その影響を受けて、帯の入るところを境にし、模様を上下に分ける「割模様」や、裾から袖にかかる部分に模様を入れた「腰高模様」、さらに裾だけに模様を付けた「裾模様」など、様々な位置取りの模様が生まれた。

この模様付けには、それぞれ意味があり、身分の高い女性は模様が全体に広がる総模様の小袖を着用し、上流の町方女性は腰高模様、一般町人は嵩の少ない裾模様を使った。つまり、模様の嵩により、身分を仕分けたことになる。

また、武家が使う御所解には、風景模様が単なる風景ではなく、文芸的な性格を含むものが多かった。例えば、源氏物語の帖に描かれる風景を写し取ったものとか、能の演目の一場面を連想させるものなどである。それは、古典を理解することが、武家女性の嗜みだったことを示している。

 

裾から、模様の中心・上前の模様を写したところ。全体にあしらわれている一つ一つの模様は小さく、細かく描かれているだけに、特定の箇所が目立つことはない。絵羽付けのキモノは、着姿の中心となる上前の模様を強調することが多いが、この訪問着は、キモノ全体が一つの風景となって、絵画のように表現されている。そして、細かい模様の細かい細工が、この品物の上質さを印象付けている。

こうして、友禅という新しい加飾様式は、町人女性の小袖の中にも、見られるようになっていったが、一方、上流階級では友禅染に対して消極的であった。

おそらくこれは、下流の町方で流行する技法を用いた品物への抵抗感が、上流女性の心理としてあったのではないかと思われる。つまり、プライドの高さが、友禅染を使うことをためらわせたのである。その結果、武家女性の小袖のあしらいは、依然として、友禅染出現以前の様式、箔や絞り、刺繍が中心となっていた。また、たとえ友禅染を使ったとしても、その模様は、先に述べたように、風景の中に文芸的な主題を沈み込ませる暗示的なもの=上流女性の教養の高さが伺えるもの、となったのである。

 

このような経過を辿り、自由にデザインを描くことの出来る友禅様式は、小袖の意匠に革命をもたらした。いち早くこの様式を取り入れた町人女性は、お堅い御所解文様では到底飽き足らず、従来の模様をアレンジしながら、次第に大胆な発想で表現されたものを、好むようになっていく。

その一方、茶屋染以来、優美な平安公家的な風景文様としてあしらわれてきた御所解は、明治以後になっても、多くの人々に「上品な印象をもたらすスタンダードな模様」として認識され、今なお多くのフォーマルモノの意匠として、使い続けられている。

 

二回にわたって、大羊居の訪問着を使い、友禅という様式に使う技法と、これにリンクする形で生まれた御所解文様について、話を進めてきた。内容が広範囲に及ぶだけに、限られたスペースで全てを語ることが難しく、また私の認識不足の点もあることから、とりとめのない内容になってしまったことを、お許し頂きたい。

 

最後に、折角「友禅の極み」とも言える大羊居の品物を扱ったので、春秋に分けてコーディネートした帯姿を、皆様にご覧頂くことにしよう。

春姿 青苔春風文様 金地引箔手織袋帯・紫紘

秋姿 楓文様 金地引箔手織袋帯・紫紘

この訪問着のテーマ・「春桜秋楓」に従って、春は桜だけ、秋は楓だけをモチーフに採った帯を合わせてみた。どちらも、引箔糸を使った紫紘の上質な手織帯。特に桜バージョンの帯は、源氏物語絵巻の巻頭を飾る青苔に桜が舞い散る姿をそのままモチーフにして、織り出したもの。山口伊太郎翁が、生涯をかけた仕事、錦織での源氏物語絵巻の再現を髣髴とさせる。

近いうちに、紫紘の織り成す源氏物語の世界を、稿の中で特集するつもりなので、その時にまた、この帯に関する詳しい話を書きたいと思う。

 

政治家と役人、そして業者が結託して「悪巧み」をする構図は、江戸の昔も今も変わっていないように思います。けれども今の社会を見渡しても、時代劇のように、悪を懲らしめる正義の味方は存在しません。

いくら庶民が、悪事を働いていたと権力者に疑いを持っていても、悪い奴は逃げ切ってしまいます。今の政治家の中に、暴れん坊将軍や水戸黄門のように、身内の悪を正す者はおらず、大岡越前や遠山の金さんのような、悪を許さない裁判官も見当たりません。こうなると、いよいよ闇の仕事人・中村主水に依頼するほか無いようです。

勧善懲悪を良しとする日本人には、納得し難いことが多すぎますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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