バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート  瑠璃藍色の紬を、辻が花の帯で着こなす

2017.04 30

皆様は、「へぼ」という食べ物をご存知だろうか。砂糖や醤油、みりんなどで味付けして佃煮にしたり、バターで炒めたり、時には、混ぜごはんの具にすることもある。

へぼは、蜂の子の別名。山梨や長野、岐阜などの山国では、古くから貴重な蛋白源として食されてきた。何故、蜂の子のことをへぼというのか、語源はよくわからない。昔は、へぼ取りに出掛けた方からおすそ分けに預ることもよくあり、我々にとって蜂の子は、子どもの頃から馴染みのある食材だった。

 

へぼは、巣の中から一匹ずつピンセットでつまみ出して調理する。何せ幼虫なので、その形状はさなぎ状態であり、かなりインパクトのある姿になっている。見ただけで、とても食べる気にはならない、という方も多いだろう。

姿はグロテスクだが、味は変哲も無く、どちらかと言えば無味に近い。佃煮は、ただ甘辛い味がするだけで、虫の形も崩れているため、食べやすい。だが醤油やバター炒めだと、リアルな姿がそのまま残り、より抵抗感は増すだろう。けれども、カリッと香ばしい表面を噛むと、中は弾力があり、味は良い。虫を食べていることを、実感する。

ナイーブな方には、幼虫を食べることなど、理解出来ないかも知れないが、頓着のない者にとれば、大したことではない。まさに「へぼ喰う人も好きずき」である。

 

人の好みは千差万別という意味で使われる、「蓼喰う虫も好きずき」。この蓼というのは、タデ科・イヌタデ属の雑草、ヤナギタデのことを指す。苦い草の茎や葉を好んで食べる虫のことをもじって、諺が出来た。

藍染料の原料となる蓼藍も、ヤナギタデと同じ、タデ科・イヌタデ属の植物である。どちらも、ピンク色の穂を付ける形状は似ているが、蓼藍の方が、穂が大きく、葉の幅も一回り以上広い。もちろん、ヤナギタデには、藍の色素は含まれていないので、染料にはならない。同じタデ科でも、似て非なる植物なのだ。

 

4月下旬から5月上旬、丁度ゴールデンウイークの頃になると、木々の葉の緑色が、生き生きと感じられるようになる。まさに新緑が美しい季節である。気候も穏やかで、吹く風も心地よい。

バイク呉服屋にとって、今の季節をイメージする色となると、どうしても藍や青系になってしまう。これまで、5月のコーディネートで取り上げた品物の色は、全て藍系の品物ばかりだ。ひと月早いが、今年も私好みの藍のカジュアルモノを、御紹介することにしよう。毎年この時期の品物が、偏った色になってしまうことを、お許し頂きたい。

 

(藍瑠璃色地 横段・草木染紬  極薄白鼠色地 丸紋更紗模様・辻が花帯)

宇宙から見える地球の色は、瑠璃色と表現される。1961(昭和36)年4月、ボストーク1号で世界初の有人宇宙飛行に成功した、ソ連の飛行士・ガガーリンは、「地球は青かった」と、この星の印象を語っている。

人間にとって青は、もっとも身近な色である。我々は毎日、澄み渡った空や、その色を水面に映す川や海を見て、生きている。自然と人とが関わる中で感じる色こそが、青なのだ。

だが、一口に青と言っても、色相や濃淡は様々である。濃藍の褐(かちん)色、露草を思わせる縹(はなだ)色、青に鉄を含ませた青鈍(あおにび)、目が覚めるように明るい空色、そしてペルシャから伝わったガラスの器に見られる瑠璃色。色により明度が違い、印象も異なるが、どんな色にも自然を感じる。だから、色の中で青を嫌うという人は、あまりおられないと思う。

今日は、そんな青の中でも、「瑠璃色」を思わせるような、深くて柔らかい色の草木染紬に合うコーディネートを試してみよう。

 

(瑠璃色 藍・五倍子草木染 置賜紬  野々花染工房)

先日、京都仕入れツアーの稿でも御紹介した、米沢の野々花工房で織り上げられた紬。もちろん染料は草木100%だが、ほとんどは藍で、僅かに五倍子を使っている。模様は、六本と三本の横段縞が交互に並ぶ単純なものだが、どこにでもありそうで、実はあまり見かけない図案である。

 

瑠璃は、仏教の経典に現れる七宝のうちの一つで、心に染み入るような青い玉のこと。この色の石は、古代の王たちをも虜にしたようで、墳墓の中から見つかることも多い。また、正倉院中倉には、遠くササン朝ペルシャからシルクロードを経てもたらされた、ガラス製の高杯が収納されているが、「瑠璃杯」と名付けられたガラスの色は、まさしく澄んだ青だ。

瑠璃石の正体は、ラピスラズリという鉱物で、濃青色の表面を磨くと金色に輝きだす。別名・青金石という名前の宝石で、欧州の人々はこの色のことを、「ウルトラマリン」と呼んだ。

青の顔料・岩絵具として古くから使われたのが、藍銅鉱(アズライト)で、これを細かく砕くと、鮮やかに澄んだ群青色を抽出出来る。以前、蛍光的な緑色・緑青色の顔料が、マラカイト(孔雀石)という原石から採れることをお話したが、このアズライト産出の青顔料も、どちらかと言えば蛍光的な色に見える。日本でも古くからこの顔料は、陶磁器の染付けや日本画の彩色に欠かせないものとして、使われ続けてきた。

 

野々花工房が、nostaljic(ノスタルジック)と付けた品物の名前の通り、どこか懐かしい日本の青色を感じる。ほとんどの糸が、藍染だと理解出来るが、五倍子(ごばいし)とは、何だろうか。藍については、これまで度々お話してきたので、この不思議な名前の染料について、少し触れておこう。

横段縞を拡大してみた。四本の水色縞と、二本の紺色縞が見える。途中わざと緯糸を織り込まず、表面の地糸をそのまま露出させて、模様のように見せている。このフシの付いた地空き縞の姿が、単純な模様をモダンに見せている。

五倍子(別名・付子)とは、ヌルデというウルシ科植物に寄生したアブラ虫が作る、コブのことを指す。このコブには薬用作用があり、従来から、乾燥したものを煎じて使っていた。

染料として使う場合、まずコブを砕いて水で煮出すと、薄茶色になる。これは、タンニンが含まれているからだ。そこに鉄の溶媒剤を加えると、紫色に変化する。この横縞の青い藍糸の中で、少し紫に色変わりした部分があるが、これが五倍子によるものと、類推することが出来る。

 

この品物は、すでに売れてしまったのだが、仕立て上がると上の画像のようになる。反物の時とは、かなり印象が違って見えるのではないか。横段の縞は、上前・下前の身頃と衽、後身頃で重ならないように仕上げる。縞が全て、ずれているのが判ると思う。

こうして全体を見ると、やはり藍の印象が強い。では、この瑠璃藍色をもっと引きたて、爽やかな着姿とするには、どのような帯を使えば良いのか、考えてみよう。

 

(薄白鼠色地 丸紋更紗辻が花模様 九寸染名古屋帯・森健持)

極めて白に近いようなグレー地色に、辻が花染めの技法を使って模様付けされた花の丸更紗。室町から桃山末期にかけての僅かな間、小袖に施された絞り染めの一つ「辻が花染め」。この技法を現代に伝えた第一人者が、小倉健亮である。

 

多くの方は、辻が花といえば「久保田一竹」という作家を思い起こすかも知れないが、彼の創造した立体的な辻が花は、従来の図案や技法を踏襲して現代に復活させたものというより、自らが考案したオリジナルな絞り染めと考えるべきかと思う。

「一竹辻が花」という作品の名前が、広く浸透していることから、世間からは辻が花を復活させた第一人者のように評価されることが多い。だが、継承という観点からすれば、本筋からは離れているように思える。それは、作家として日本工芸会に属せず、日本伝統工芸展で作品を評価されることもなかったことからも、判る。つまり、芸術家として「国からのお墨付き」を受けることが出来なかったのだ。

一竹作品に対しての評価は、かように分かれている。だが、お墨付きがあろうとなかろうと、人々がその芸術性に価値を見出すことは出来るだろう。そして、絞り染めという技法にかけた情熱や努力も、十分に理解出来よう。ただ、「辻が花」という技法を考えた時に、一般の方と我々とでは、久保田一竹という作家の評価が、少し乖離していることも、事実である。

 

少し話が逸れてしまったので、元に戻そう。小倉健亮氏は、京都の友禅染の家・小倉家の四代目として、後を継いだ。小倉家は、田畑家(三代目・田畑喜八は人間国宝)、上野家(二代目・上野為二は人間国宝)と並ぶ名門である。

養子に迎えられた健亮氏は、江戸期の資料を研究し、友禅染以前の加飾技法である絞りや刺繍、摺箔などに注目する。そしてこの技を生かして、独自の新しい図案を作ることに傾注する。それが、辻が花染を現代に繋げることになったのである。日本工芸会に所属し、日本伝統工芸展で次々と作品を発表してきたことを考えると、彼こそが、国からお墨付きを得て、辻が花を復活させた作家と言えるだろう。

現在、小倉家の後を継いでいるのが、子息の淳史氏で、徳川美術館の家康の小袖の修復などにも、尽力されている。今日御紹介している名古屋帯は、健亮氏の弟子・森健持(もりけんじ)氏の作品である。

 

模様の輪郭を丸く縫い絞り、中の花は墨線と色挿しを併用して付ける。辻が花染め技法の大きな特徴の一つが、模様の輪郭や境界を縫い締め絞りで表現していること。この絞り方法は、生地に下絵描きされた模様の線に沿って縫い、ここを縛って防染すると、輪郭線となって表れてくる。

花を囲む円の輪郭が、縫い締め絞りによるもの。自由な線を表現する技法として、友禅染以前に多用された。中の花は墨線が用いてあり、これも辻が花の特徴である。小袖には、金銀の摺箔や刺繍を併用した贅沢なものも、多く見られる。

この帯の太鼓には、三つの丸紋更紗が描かれているが、紺・縹色・空色といずれも青系色の濃淡で配色されている。辻が花は、絞染めと描絵を複合させて作られるものであり、技法が調和することで、模様に独特の美しさが生まれる。それは、華やかさではなく、むしろ抑制された静かな美しさに見える。この帯の模様も、そんな辻が花の特徴がよく捉えられている。

森健持氏のユニークな落款。余談ではあるが、1955(昭和30)年、京都に生まれた森氏は、昔サッカー少年だった。小学校から大学までサッカーを続け、Jリーガー(当時は日本リーグの選手)を目指したものの、大学の途中で膝を怪我して断念する。挫折したその頃に出会ったのが、小倉健亮氏の作品であった。

そこで小倉氏の下に弟子入りし、技術を磨く。11年の時を経て、独立。辻が花らしい、落ち着いた優しい色の作品が多い。風貌は、どことなくサッカー選手を思わせるような、精悍な顔立ちだ。

 

では、瑠璃藍色の草木染紬と、大人しい雰囲気の辻が花染帯を合わせてみよう。

爽やかさを表現することにかけて、藍と白の組み合わせは、まず鉄板と言ってもよいだろう。すっきりと着こなすことを考えれば、白系以外の帯は考え難い。

キモノは、挿し色がほとんどない藍ひと色だが、横段の縞が全体に広がる「総模様」とも言える。控えめな辻が花は、このキモノの色と模様を抑える効果があるように思う。それは帯として主張するのではなく、あくまでキモノを引きたて、着姿を和らげる役割を果たしているように映る。

前の合わせ。薄水色丸紋の中の唐花は、墨描きとごく薄いピンクの色挿し。もう少し目立つ帯ならば、着姿がもっと引き締まるかも知れないが、いかにも辻が花らしい、抑えた美しさが際立っているように思える。

この帯の前部分は、左右で丸紋の色が異なる。結び方が順手だと藍色、逆手だと水色が出る。それぞれに合う色の帯〆を考えてみよう。

 

薄水色の丸紋は、少し濃い縹色の帯〆で引き締め、藍色の方は、薄い水色で和らげる。模様の色合いにより、帯〆の色を変える。いずれにせよ、青系を使うことに変わりはない。帯揚げは、薄水色と白のぼかしで、端を絞ったもの。

なお、縹色のゆるぎ帯〆は、龍工房。薄水色のゆるぎ帯〆と帯揚げは、加藤萬の品物。

 

この季節の定番コーディネートになってしまった、藍と白の組み合わせは、いかがだっただろうか。ワンパターンと批判されることを承知で、今年も試してみた。おそらく来年も、この季節が巡ってくれば、同じ雰囲気の品物を考えてしまうだろう。

最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

「蓼喰う虫も好きずき」と言われるように、人それぞれには、独自の嗜好があります。それは、食べ物や趣味、色や異性の好みに至るまで、ありとあらゆる事象に見ることが出来ます。

カジュアルなキモノのコーディネートなどは、まさしく着用する方の好みがそのまま反映されるもので、正解などありません。

しいてあるとすれば、「自分の着たい色と模様を、自分のセンスで着こなす」ということになるでしょうか。皆様には、どうぞ自分が好きなモノを、自由に思い切り楽しんで頂きたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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