バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  初夏の爽風にそよぐ真綿の風合い

2016.05 23

二十四節気で言えば、一昨日が小満。もろもろの草木が、一定の大きさに成長する季節が到来したことを告げている。そういえば、わが家の庭の雑草たちも勢いをまし、これからが、私の手を煩わせる厄介な日々の始まりとなる。

除草剤をまいて、一度に駆除する方法もあるが、土壌そのものまで駄目になりそうな気がするので、一本ずつ手で抜くという、極めて原始的な方法を採用している。

庭作業に取り掛かるのは、たまの休日(最近は二週間に一度ほど)の午前中。バイク呉服屋のいでたちは、Tシャツに短パンという、紫外線の影響を全く無視したものである。真夏でも、バイクを使って仕事をするために、日焼けし放題となり、今更、陽射しへの対応策などを考える必要もない。

その結果、バイクと草取りの相乗効果により、とても呉服屋とは思えない人相となる。

 

5月に入り、各地で25℃を越える日が続き、場所によっては30℃近くになるところも出てきている。甲府などは、早くから気温があがる代表的な所だが、キモノを使う人にとって、暑さへの対処に悩む季節の到来である。

街着やお稽古着などには、すでに単衣を使う人が多く見られる。裏の付いた袷では、少し動いただけで汗ばんでくる。下に使う襦袢も、綿のうそつきや、化繊の絽、麻など、着る人それぞれが自分で考えて、使い勝手の良いものを選んでいる。表地も大切だが、中の襦袢をどのように工夫するかということで、着心地がかなり変わってくる。

 

正式には、5月は袷だが、カジュアルに関しては単衣で構わないだろう。実際にキモノを着る方が、使いやすいモノを選ぶことに、何の遠慮もいらない。

ということで、今月のコーディネートでは、例年恒例になっている、初夏にふさわしい単衣向きの紬と、それに合わせる二点の帯をご紹介してみたい。帯は、冬帯と夏帯両方を考えてみた。

 

(真綿草木紬 訪問着・真綿紬 八寸織名古屋帯)

バイク呉服屋がコーディネートする5月の品物と言えば、藍系の紬と帯。一昨年は、藍系縹色の琉球絣と、生成地に藍色だけを使った更紗の染帯の合わせ。昨年は、大きい藍格子の久米島紬と、阿波藍の無地帯。いずれにせよ、藍色にこだわったキモノと帯になっている。

3年続けるのは芸がない、と言われるかも知れないが、やはり5月の清々しさを表現するには、藍色は欠かせない。というより、この色を中心とした組み合わせしか、思いつかないのだ。特に、単衣のカジュアルを考える時、藍濃淡を使った表現の方法は、バラエティに富んでいる。

今日ご紹介する紬の着物は、風にふわふわとそよぐような、極めて軽い着心地のする品物である。

 

(藍・紅花 米沢草木染 真綿紬訪問着  米沢・磯商店)

今日のキモノは、平面的に写したのではわかり難いので、衣桁にかけた姿で見て頂こう。こうして全体を見ると、裾に若干の薄ピンク色がある以外、薄藍色の無地モノである。

けれども、単純に見えるこんな品物も、よくよく見ていくと、かなり個性的な品物であることがわかる。

最近では、紬の訪問着というものも珍しくはない。予め位置を決めて、模様を織り出しているものや、紬生地の上に染めで模様があしらわれているものなど、様々なものがある。だが、このように形態は、仮絵羽(仮縫いされて売っている)の訪問着になっていたとしても、織のモノなので、フォーマルに使うことは出来ず、あくまでもカジュアルの範疇になる。

これは、どんなに高価な大島や結城紬の訪問着とて同じことであり、品物の値段や手の掛かり方には関係がない。皆様お判りのことと思うが、念のため。

 

この無地紬訪問着の面白いところは、位置により違う染料を使った糸で織り出されていて、キモノ全体で見たときに、それが一つのアクセントになっているところ。

上の画像は、着姿で一番目立つ、上前のおくみと身頃、そして後身頃に続く裾の模様。霞のように見える薄ピンク色の部分は、紅花で染めた糸を使って織りだされている。

 

こちらは、右後袖。やはり袖下に薄ピンクのスジが見える。このキモノでは、訪問着の模様のポイントとなる、裾廻りと、左前・右後袖だけに、紅花糸が使われ、後の部分は、藍で染めた糸ということになる。

染料の異なる糸を使うことで、織り出される色が変わり、それが自然な模様となって表れる。色のコントラストだけが強く意識されていて、単純だが、なかなか奥が深い品物である。

 

紬生地の表面を拡大してみた。遠目ではわからないが、藍染料を使った糸で織っている部分でも微妙に濃淡が付き、それは紅花部分でも同じことで、通り一遍の色にはなっていない。同系色の僅かな差が、このキモノのシルエットを柔らかく見せることに、絶大な効果を発揮している。

そしてこの紬には、真綿が使われている。真綿(まわた)というのは、屑繭を原料にしたもので、まず、繭を煮て不純物を取り除き、その上で引き伸ばして綿にしたもの。おおよそ一枚の真綿には、7.8個程度の繭が使われている。

真綿を使った紬糸の染め方には、繭の段階で色を染めてしまう「繭染め」や、真綿の状態で色を染めた後で糸を紡ぐ「真綿染め」という方法がある。米沢の紅花紬では、この真綿染がよく使われ、真綿を部分ごとに区分けして縛り、色を変えて染めるという方法も取られている。

この方法を使うと、染め分けられた真綿から糸を引き出した時に、人が計算して産み出した色とは違う、全く自然な色をかもし出すことが出来る。つまり、どのような色の糸になるかは、わからないのだ。人が考えて作れるものではないからこそ、織り上げた時に自然で美しい色合いとなる。

 

この紬は、自然で優しい爽やかな色合いとともに、風になびくような軽い真綿の風合いをも存分に楽しむことが出来るという、単衣で使うには、またとない品物と言えるだろう。

では、どんな帯を使えば、より引き立つ着姿になるのか。考えてみよう。

 

(藍地 手紡真綿紬 日時計模様 手織八寸名古屋帯・西陣 藤田織物)

画像では、この帯の模様がどのように形作られているか、わからないと思う。実はこの帯、現在、西陣で織られているものの中でも、飛びぬけて革新的な技法が取られている。点・線・面を意識し、模様を立体的に形作ること、この基本的な考えの上に立って、仕事が進められている。

さらに言えば、この藤田という織屋から生み出される帯には、一本として同じものがない。しかも、全て人の手を使って織りあげられている。かたくなに西陣の手織技術を守るだけではなく、現代的な感覚にあふれた模様を考案し、そこに匠の技を注ぎこんでいく。斬新さの中に、伝統があふれている稀有な帯であろう。

 

この帯のテーマは、日時計。太陽の傾きで変化する影を使い、時間を計る。自然の力だけを使って時を刻む。よく、公園などでお目にかかる。画像で判るように、柄の配列は、同じ間隔で整然と並び、黄色と紫の不規則な模様を、時計の文字盤になぞらえている。

立体的に見えるこの模様は、どのように織り込まれているのか。拡大した画像で見て頂こう。

この紫状に固まって見えるものは、真綿の色糸で形作られている。その一つ一つの大きさや色には、微妙な違いが見られる。この帯の地糸も手紡ぎの真綿だが、地を織りながら、緯糸を入れ、さらにそこに経糸を絡ませることにより、模様を立体的に見せている。

一見、規則的に見える図案でも、一つ一つの模様には、それぞれ個性が見られる。この織屋で織られる帯には、帯の基本となる紋図というものがない。紋図は、デザインの設計図とも言うべきもので、これがなければ仕事は始まらない。

では、この帯はどのようにして作られているのか。それはまず、プロデューサーである社長の藤田さんが模様をイメージし、それを織職人に伝える。そこで職人と相談しながら、柄の織り出し方を考え、配置を決めていく。色の配色は、藤田さんが考えるのだが、地と模様の色をどのように組み合わせるかということは、経験に培われた感性が全てだと言う。

私は、これまでに二度ほど藤田さんにお会いする機会があったが、色というものに対する感覚は、目を見張るものがあった。例えば、一つの色を作るために、どの色を調合すると上手くいくのか、即座に判断出来るのだ。

この研ぎ澄まされた色を、織職人の匠の技に組み込む。鋭敏な感性を持つ者と精緻な技術を持つ者、両者の結晶として、この帯が生まれた。同じものを二本と織らないと決めているのだから、当然、紋図など不必要である。

帯というものは、一度紋図を作ってしまえば、あとは材料の糸と織手間だけとなり、同じものを織るほどに利益が上がってくる。けれども、この藤田織物の姿勢を見ると、利潤よりも大切なことがあることを教えてくれる。

 

手織りで作られた帯であることを証明する「手織之証」。この証紙が貼られている品物は、間違いなく西陣の職人の手で織られたもの。

証紙を発行している「西陣手織協会」は、伝統ある西陣の手織技術を継承・保存し、織技術向上と手織帯の振興を目指して設立された。この証紙は、産地証明であり、品質を証明するもの。そのことを消費者に判りやすく伝えると同時に、品物を差別化するために付けられている。

1972(昭和47)年、約30社で始まった協会だが、現在残っているのは僅かに8軒。能装束を織っている河合美術織物。綴織の河村織物と黒田織物。個性的な模様を織り出す滋賀喜織物、白綾苑大庭、都織物。そして、このブログでもお馴染みの紫紘と、今日ご紹介した藤田織物。

この証紙の上には、織人の名前が記されている。この帯を織った米津茂さんは、昭和3年生まれというから、今年87歳になる。この道ひとすじ70年、藤田さんの職人の中では、一番の年長者だ。こんなモダンな帯を、これほど熟練した職人が織り上げているとは、驚きである。

 

藤田織物の玄関先。何気ない民家にしか見えないが、奥行きが広く、西陣の織屋らしい構造になっている。代表者の藤田さんは、バイク呉服屋よりも少し年配だが、口ヒゲとあごヒゲをちょっぴり生やした、個性的でモダンな方。映画監督の井筒和幸さんによく似ている。

 

個性的すぎる帯なので、その説明に時間がかかってしまったが、本題のコーディネートをお目にかけよう。

霞のような淡い色合いのキモノに、立体的な模様の帯。帯のモダンさが、キモノの優しさを引き立てているように思える。キモノそのものにはほとんどクセが無いので、使う帯次第で着姿が変わってくる。キモノの藍色は、甕覗きのような薄い色だが、帯地色ははっきりした藍の色。同系色でアクセントを付けることは、一番無難な合わせ方かも知れない。

 

前の帯模様は、縦一列だけの日時計。さりげないシンプルな模様の方が、キモノの雰囲気をよく引き出せる。キモノも帯も真綿を使った品物だけに、柔らかい着姿となる。

小物を合わせてみた。帯揚げは、両端が青で、真ん中は白に虹のようなぼかしが入っている紋織生地。帯〆は、クリーム色の中に少しだけ水色が組み込まれているもの。どちらも、出来るだけ色を抑えたものを使いことで、単衣らしい着姿を演出する。

なお、帯揚げは加藤萬、帯〆は龍工房の品物。

 

稿が長くなりすぎたので、夏帯を使ったコーディネートは、簡単にお目にかける。

(コバルトブルー地色 変り唐草模様 紗九寸名古屋帯・帯屋捨松)

夏の空の色を思い起こさせるような、鮮やかな青。青系統の色でも、これだけはっきりとした色を帯地色に使うのは珍しい。大胆に図案化された唐草といい、帯の色といい、いかにも捨松らしい帯。

この組み合わせでは、前にはっきりとした帯模様が出てくる。先ほどの日時計の帯とは異なり、インパクトのある着姿となる。ただ、基本的には同系色を使った合わせ方なので、色の齟齬はなく、すっきりとした映り方になる。

使う小物は、ごく薄い青磁色の飛び絞り帯揚げと、同じ色の帯〆。爽やかさを強調するために、選んでみた。これも、帯揚げは加藤萬で、帯〆は龍工房の品。

 

最後は、駆け足になってしまった今月のコーディネートだが、5月の爽やかさを感じ取って頂けただろうか。単衣に使うキモノには、夏・冬両方の帯が使える利点がある。ということは、それだけ変化に富んだ着姿を、自在に演出出来ることになる。

ぜひ皆様も一工夫されて、今の季節にふさわしい、個性的な着姿を楽しんで頂きたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

 

読みやすい稿にするためには、出来るだけ判りやすく、簡潔な説明をしなければなりません。けれども、300回も書いているというのに、バイク呉服屋の筆力は、一向に上達しないように思われます。

きっと、読んでいる途中で嫌になってしまい、最後まで辿りつかない方も多いのではないでしょうか。本日の文字数は、5200字。400字詰め原稿用紙ならば、13枚分です。これを一気に読めという方が、無理と言うものです。

皆様には、品物の画像を見て、雰囲気を感じ取って頂くだけでも十分です。どうぞ、時間のある時に、ゆっくりとお付き合い下さいますよう、お願い致します。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

日付から

  • 総訪問者数:1860935
  • 本日の訪問者数:246
  • 昨日の訪問者数:386

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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