バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート  少し贅沢な織と染で、夏姿を映す

2026.07 28

7月の京都の町は、「コンチキチン」という音色に包まれる。言うまでも無くこれは、祇園祭で奏でられる軽妙なお囃子。月初めから、本番に備えて各町会の会所で練習を行い、山鉾巡行前の3日間・宵山と巡行当日の鉾の上で演奏される。

古来山鉾巡行は、八坂神社の神輿が渡御する前、通り道となる都大路を祓い清めるために行われる、いわば「祭の前座的」な役割に過ぎなかった。それを、室町時代に力を付けた酒屋や土倉(金融業者)などの商工業者・町衆が、豊かな経済力を元手にして、贅を尽くした工芸装飾を施した山鉾を制作した。結果として、この動く美術品が多くの見物客を集めることになり、巡行を祇園祭の中心イベントに押し上げたのである。

 

今年運行された山鉾は、前祭の7月17日が23基で、後祭の24日が11基。全部で34基の山と鉾が巡行に参列した。つまりは34の町会が山鉾を有していることになるが、このいわゆる「山鉾町」と呼ばれる地域は、かなり狭い範囲に密集している。

それが、四条通と御池通を南北に結ぶ烏丸通の西側、室町通・新町通・西洞院通・油小路通辺りである。今年は前祭で、四条通を挟んだ南側町会の山鉾が巡行し、後祭に姉小路や六角、蛸薬師と言った北側町会の山鉾が通りを巡った。以前は前祭だけの巡行だったが、2014(平成26)年からは後祭にも行うようになり、巡る山鉾は二つに分散された。祭の雰囲気も対照的で、前祭は露店の出店もあって賑やかさが強調されるが、後祭は華やかな中にも恭しさが感じられる。二度の山鉾巡行によって、各々に違った祭の表情を見ることが出来るようになった。

 

祇園祭の主人公は町衆であるが、長い間その中心的存在になっているのが、室町通や新町通に軒を連ねる呉服問屋である。京の都の基幹産業である呉服屋の旦那衆は、その豊富な財力を使って惜しげもなく豪華な懸装品(けそうひん・山鉾を飾る美術装飾品)を施した山や鉾を制作し、祭りの支え手となってきた。

呉服業界では、京都の呉服問屋のことを「室町」と地名だけで呼称することがあるが、烏丸通に近い室町通や新町通に店を構えることが、問屋としての一つのステイタスであった。平成以後呉服商いは低迷し、問屋もメーカーもその台所は苦しい。けれども、長年祇園祭を担い続けた「町衆の意地」がある。毎年祭を彩る華やかな山や鉾には、斜陽となった呉服問屋のそんな思いも込められている。

祇園祭は終わってしまったが、日本各地で開かれる祭りや夏のイベントは、これからが本番。そこで今日は、少しお粧しして出かける夏の装いとして、木綿や麻素材ではなく、夏の絹織物と夏の絹染帯を考えてみることにする。本格的で一つ上の贅沢な夏姿を、ご覧頂くことにしよう。

 

(鴇色 三色よろけ縞・夏塩沢  薄苅安色 夏大島生地・琉球本紅型染帯)

夏の呉服屋の店先には、様々な素材の品物が並ぶ。冬になると、ほぼ絹モノ一色。普段着としてウールが愛用されたのは、もう半世紀も前のことになる。それに比べて、5月~9月に装われる品物の素材は実にバリエーションに富んでいる。

まず夏カジュアルの代表格・浴衣は、木綿と言えども多様な表情を見せる。一般的なコーマ生地はもとより、綿絽や綿紬、あるいは近年竺仙が開発したような縦に透かしの入ったかげろう生地もある。また経糸と緯糸に番手の違う糸を使って織り上げる綿紅梅では、特徴的なワッフル状の格子が生地の表情となり、それが着心地の良さを生み出す。また様々な絞り技法を駆使した浴衣は、軽やかな着心地と涼やかな着姿をもたらす。

そして麻織物。通気性にかけては他の繊維の追随を許さないこの生地は、カジュアルな夏キモノの主役。無地や縞の小千谷縮は値段も手ごろで、「初めての夏キモノ」に選ばれることも多い。その他、今や織屋が山崎織工場一軒になった能登上布があり、越後上布や沖縄の宮古上布・八重山上布は夏の高級織物の代名詞にもなっている。

 

一方で絹モノに目を転じれば、フォーマル使いの染モノ生地は絽や紗が主流で、帯には夏限定の特殊な羅織も見られる。またカジュアルな夏織物には、夏大島や夏結城、あるいは夏牛首や夏塩沢、琉球の壁上布などがあるが、いずれも製織数は限られ、あまりお目にかかることが無い。

もとよりカジュアルな夏織物は、木綿や麻素材の品物の様に、自分で手を入れながら使い回すことが出来ない。汗から逃れられない夏の装いにおいて、維持することに費用が掛かってしまうことから、どうしても敬遠されがちになる。それでなくとも、木綿や廉価な小千谷や近江の麻モノより価格が上なので、余計に夏の装いを考える方からは遠い存在の品物になってしまっている。

 

けれども裏を返せば、それだけ夏の織物は贅沢な希少品とも言える。夏の涼やかな着心地をもたらすために、織り密度を下げて生地に隙間を持たせたり、強撚糸を使って織りなすことでサラリとした独特の風合いを表現したりと、夏の装いを演出するために様々な工夫が凝らされている。

今日は「使い勝手の良し悪し」を越えて、絹の良さが感じられる夏の品物を選んで、ちょっぴり贅沢な装い姿になるような、コーディネートを考えてみたい。

 

(鴇色 三色よろけ縞模様 夏塩沢・中田屋織物 大田和扱い)

夏キモノに課せられる条件となると、いかに心地よく涼やかに装うことが出来るかということに尽きるだろう。それでなくとも、ここ数年の暑さときたら、摂氏40度近くになる日が続く、まさしく灼熱地獄。求められるのは、この厳しい気候条件の下でも、装うに耐え得る品物ということになる。

では、夏の絹織物に必要なものは何かと考えた時、やはりそれは、見た目の透け感やサラリとした肌離れの良い風合いになるだろう。はた目から見ても涼し気で、実際に着装しても暑さがあまり気にならない。これがクリアされなければ、袖は通してもらえない。そこで問題になるのが、どのようにその条件に見合う品物を製織するかである。

そこで織に透け感を出すためには、どうしたら良いか。それは織の密度を下げること、つまりは細い糸を使い、ざっくりと隙間を広げて織り上げることになる。そして、装う人に心地よさをもたらすためには、何が必要になるか。それはサラリとした肌触りの織姿であり、そのために必要になるのが撚糸である。

上の画像では、反物の端にある織糸の姿が見えているが、この夏塩沢の場合は、経糸・緯糸ともに駒撚糸を使っている。この糸は、二本以上の糸を引き揃え、下撚りと反対方向に撚り合わせた糸・諸撚糸(もろよりいと)の一種で、この糸を作る時に、糸を長く張って一端を固定し、もう一端に駒を吊り下げて、駒を廻すように両手で撚ったことから、駒撚の名前が付いた。

一本の糸は、二本の糸を撚り合わせて作られ、強く撚り合わせた糸をさらに撚り込むことで、その織姿には、肌にまとわりつかないパラリとした生地感が生まれる。ただ細い糸を使うだけでは、生地の強度不足が懸念されるが、強い撚糸ならば問題は無い。織姿からは見え難い糸の形状が、肌に触れる面積を減らし、それが装い手に心地よさをもたらしているのである。

 

長々と織生地の構造について説明してしまったが、色と図案の方に話を移そう。夏織物はこの塩沢に限らず、夏大島や夏結城は白や黒、あるいはグレーなど無彩色で地味な品物が多い。けれども、折角ならば存分にカジュアル感が出せる明るい着姿にしたい。そんな意味もあって、この優しいピンクの鴇色(ときいろ)が入った縞柄を選んでみた。

地色は薄い鴇色で、縞は、黒と白と地色より濃い鴇色の三色で構成されている。縞は僅かによろけていて、その間隔には一定の規則がある。二本の黒縞の間に鴇色と白の細縞が入るが、地色のピンクの方が前に出て目立っている。この色の配色が、縞のキモノでありながら粋にならず、明るく都会的な雰囲気を作っている。

それでは、このモダンな縞柄の涼やかな夏塩沢には、どんな帯を合わせて夏姿を彩れる装いにすれば良いのか。試すことにしよう。

 

(夏大島生地 薄苅安色 菖蒲に竹模様 本琉球紅型染帯・玉那覇有公)

横並びの雲のような模様の中に菖蒲を入れ、流れるような竹を絡ませた、何とも不思議だが垢抜けたデザイン。1996(平成8)年に、紅型で初めて無形文化財保持者に認定された、玉那覇有公氏の手による夏素材の染帯。

植物文をモチーフに採ることが多い玉那覇氏の作品は、いずれも表情豊かに、そして精緻に図案が起こされており、そこに紅型独特の奥行きのある挿し色を付けることで、唯一無二とも言える個性的で美しい模様姿が表現される。

 

菖蒲と竹が流れるように繋がる、独特の雰囲気を持つ意匠。夏モノらしく、インパクトを抑えた挿し色を使って、優しく爽やかな仕上がりになっている。

琉球紅型特有の暈し・隈取りが模様の各所に見られる。この技法は、挿した色よりも濃い色を図案の淵に摺り込んでいくもので、この暈しにより、一つ一つのモチーフに奥行きと立体感が生れる。

玉那覇夕公氏の落款の下、生地の端に「本場夏大島 東郷」の文字が織り出されている。東郷とは、綿薩摩の織元として知られる都城・東郷織物のことで、この夏大島の生地は、先の夏塩沢同様、強撚糸の駒撚糸を使って織り出されたもの。やはり独特のシャリ感を持ち、それが手触りの良い軽やかな締め心地をもたらす。

軽やかな夏生地にあしらわれたのは、琉球紅型の第一人者の手による個性的なデザイン。この垢抜けた染帯を夏塩沢の優しい色の縞キモノに合わせるとどうなるのか。試すことにしよう。

 

単純な縞モノと豊かなデザインに彩られた紅型。対照的なキモノと帯の組み合わせだが、双方の意匠を生かしつつ、ピタリと着姿が収まるコーディネートになっている。夏の装いと言えば、青や水、あるいは青磁系の色の取り合わせが一般的だが、こうした鶸色や薄青紫色を基調としたキモノや帯は珍しい。

このキモノを優しい姿に印象付ける淡いピンク縞と、帯地色に使っているおとなしい刈安色を合わせることで、全体が上品で柔らかい雰囲気になる。寒色で涼やかさを出すことは簡単だが、こうした暖色系でも、軽やかでふわりとした着姿を作ることが出来る。夏モノではなかなか見られない色同士のコーデだが、だからこそ個性的な装いになる。

帯の前模様を作ってみると、お太鼓では横に広がっていた菖蒲を入れた雲連ねが縦になり、それがキモノの縞と重なって目立つ姿になる。やはりこの紅型帯の優れたデザイン性が、装いのキーポイントになっているようだ。こうしてみると、このキモノと帯の色使いには共通点が多い。

小物には、菖蒲の挿し色の一つ・紺を使ってみた。帯には様々な色が使われているが、少し強い青を使うことで全体を引き締め、同時に涼やかさをイメージさせようと考えたが、果たしてそうなっているかどうか。青にすっきり白を通した平源氏組の帯締めと、紐の色より少し深い紺無地の帯揚げでまとめてみた。(帯締め・帯揚げ共に加藤萬)

 

少し贅沢な夏の装いとして、夏塩沢と夏大島生地の琉球紅型帯を選んでコーディネートしてみたが、如何だっただろうか。厳しい暑さの中で本格的な夏姿を作ることは、容易なことではない。そして着用後の手入れが自分では出来ない煩わしさを考えれば、なお敬遠されるだろう。

けれども木綿や麻では感じることが出来ない、夏の絹だからこその風合いと心地良さがある。少なくはなったが、各産地では糸質や織技法に創意工夫を凝らしながら、夏の品物を作り続けている。夏のキモノ姿は、とにかく人目を惹く。洋装を含めた夏のファッションの中で、これほど見る人を「ハッとさせる」ことは無いだろう。ぜひ皆様も一度は、本格的な夏姿に挑戦して頂き、その優美さを実感して頂きたいものだ。

最後に今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

八坂社の守護神はスサノオノミコト(牛頭大王・ごずだいおう)ですが、本来の仏さまの姿(本地仏)として、人々を疫病から守る薬師如来が祀られていました。9世紀の貞観年間に日本各地で疫病が流行り、それを鎮めるために、八坂神社(祇園社)から神泉苑(しんせんえん・天皇のための庭園)へ神輿を出した祇園御霊会(ごりょうえ)が、祇園祭の発端になっています。

考えてみれば、世界中の人々を震撼させた厄災・新型コロナの蔓延からもう7年。今では、あの禍のことを思い出すことも少なくなりました。最近では「ワクチン」を打つ人も、すっかり見かけなくなってしまいました。けれども厄災というものは、いつも不意打ちに人々を襲ってきます。備えあれば、憂いなしなのですが、平時になれば、誰もが備えることを忘れてしまいます。

喉元過ぎれば、熱さも忘れる。けれども経験を糧にしなければ、苦しんだ意味は全くなってしまいます。何か起こった時に、神頼みだけではどうにもなりませんから。   今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:2271351
  • 本日の訪問者数:366
  • 昨日の訪問者数:615

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2026 松木呉服店 819529.com