バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

長月、長雨、ころもがえ  名ばかりの秋に、衣を更える

2026.09 07

天気予報を見れば、ここ一週間はずっと雨。日本列島には、秋雨前線が岩の上に寝転ぶトドの如く横たわり、全く動く気配は無い。その上沖縄や南西諸島の近海には、台風やその卵が幾つもウロウロしている。夏の暑い空気と秋の冷涼な空気、この二つの空気のせめぎ合いが続けば続くほど、雨をもたらす時間は長くなる。

日本語は、日本人の繊細な感性で形作られてきた言葉。もちろん雨にも様々な呼び方があり、その数は400種類にも上る。例えば「篠突く(しのつく)雨」とは、束ねた細い竹で地面を突き刺すような激しい雨のこと。いわゆる土砂降りの豪雨を形容する言葉だが、これよりももっと激しい降り方をする雨に「鬼雨(きう)」がある。それは、冷酷無比な鬼の所業としか思えないような、とんでもない雨の降り方だが、具体的には、一時間に100ミリを超えるような災害級の雨を指すのだろう。このところ日本各地に甚大な被害をもたらしている雨は、まぎれもなく鬼雨である。

 

一方でこれとは対照的に、静かに細かく降り続く雨を表現する言葉がある。その一つが「そぼ降る雨」である。古語で、「しっとりとうるおう」という意味を持つ「濡つ(そぼつ)」と言う言葉があるが、そぼ降るはこれを語源としている。

伊夜彦おのれ神さび 青雲の たなびく日すら 小雨そぼ降る(万葉集 巻16・3883 よみ人知らず)と詠われているように、これは万葉の昔から使われてきた、情緒あふれる雨の表現。しとしとと降り続く微かな雨音を聞きながら、物思いにふける秋の夜。こんな静かな雨ならば、いくら降っても良いように思う。

 

まだまだ昼間の陽ざしは強く、秋とは名ばかりだが、この先一雨降るごとに、季節は先へと進んでいく。という訳で長月に入って、店先の衣替えをする時期が来た。今年もこの9月最初のブログ稿では、薄物から秋冬モノへと入れ替わった店の様子をご案内することにしよう。夏衣と秋衣、その素材や色、そして意匠の違いを比較しながら、楽しんでご覧頂きたい。

 

衣替えを終えた正面ウインド。入れた品物は、草木染紬2点と草木染紬帯。

夏から秋への衣替えをご覧頂くのも、今年で6年目。そこで、これまでどのような品物を紹介してきたのか、改めて5年間の衣替え画像を確認してみた。そこでは、複数の品物が複数回登場していることが判る。品物を買い取って商いをしているので、売れなければいつまでも店の中に残る。これはある意味仕方の無いことで、とくにカジュアルモノなどは、装う方の趣味に見合うか否かだけが、品物が売れていく基準になる。つまりうちに置いてある品物は、「いつ売れるか、全く見当のつかないモノばかり」なのだ。

ただそんな中で、もっとも捌けている品物はとなると、それは名古屋帯になる。特に9寸の織名古屋帯は、ここ5年間に掲載した品物のほとんどが売れており、残っているのは3本ほど。小紋にも紬にも合わせられる重宝な図案の帯が人気が高く、紫紘のモリスシリーズや川島や捨松、あるいはみやこ織物の可愛い唐花模様などは、どれも仕入れてそれほど時間が経たずに、求める方が現れてくれる。

こうして定点観測的に、毎年同じ時期に行う品物の入れ替えを画像で残しておくと、売れ筋商品は何かということが判って来る。私にとっても、この衣替え記事は、仕入れを考える上での貴重な資料にもなっている。さて、今年はどのような品物を飾ったのか、これからご紹介していこう。コアな読者の方なら「あれは、まだ売れないのだな」とか、「これ、最近仕入れた品物かも」と想像しながら、ご覧になれるのではないか。

 

秋に変わった正面のウインド 茜染・米沢草木紬(野々花工房)、白地波絣・伊那紬九寸織名古屋帯、紺地小格子・伊那草木紬(久保田織染工業)、冠組帯締め(龍工房)、飛び絞り帯揚げ(加藤萬)

例年9月初めには、単衣に向きそうな薄色の品物をウインドに並べるのが常だが、今年はいきなり秋を感じさせる、それも紅葉を思わせるような「紅い織物」を選んでみた。左の茶色が掛かった深紅色米沢紬は、主に茜染料を使用したもの。茜は根が赤いことからその名前が付いたが、最も古くから赤発色の原料として使われてきた植物である。

右側の青と黄色と赤の小格子の紬は、伊那紬。赤はイチイ、黄色がリンゴ、そして青は藍染料によるもの。天然染料を使った素朴な手織紬だが、伊那紬を製織している機屋は、もう一軒だけになった。真ん中の白地に赤と黄色の波のような図案の帯は、縞を上下二色に染分けることで、こうした面白い模様姿になっている。三色の色の入り方が絶妙で、お太鼓を作ってみると、実にモダンな帯姿になる。赤が入っている帯は、キモノの色を上手く抑えて、バランス良くコーディネートを形作ることが出来るので、在庫で持っていると重宝する。この帯も、伊那紬。

夏の終わりのウインド。ローズピンク色・桔梗模様付下げ(菱一)、白地立湧菊文様・紗袋帯(紫紘)、ベージュ霞模様・絽綴れ帯(川島織物)、貝の口夏帯締め(龍工房)、二色暈絽帯揚げ(加藤萬)

夏も終いになると、浴衣や麻モノを入れることはなく、すっきりとしたウインド姿になっている。画像の三点は、少し店の棚にいる期間が長くなっている。ただ今年は珍しく付下げや小紋など、いわゆる夏の染モノを求められた方が何人かおられ、それに伴って紗袋帯や羅の帯にも動きがあった。夏のフォーマル系の品物は、ほとんど需要を見込んでいないので、そもそも在庫が少ない。だがやはり「売れない」と自分で決めつけるのは、良くない。来年は、夏の染モノにも少し力を入れ、在庫を増やしておきたい。

 

中央の飾り台。藤ピンク色・うさぎに雪輪模様飛び絞り小紋(藤井絞)、黒地宝尽し模様・型絵染帯(岡田その子)

秋は月の季節。今年の仲秋・十五夜は、今月の25日。うさぎそのものに旬は無いのだが、月との縁を考えると、秋に装いたくなるモチーフでもある。この小紋は、うさぎと雪輪を縫絞りで表現したもの。地色も柔らかみのある絞り図案も、愛らしいうさぎの雰囲気によく合っている。帯は、宝尽くし文様をデザイン化した型絵染帯。キモノにも帯にも遊び心があり、秋の装いを存分に楽しめそうなコーディネート。

例年通り夏の間は、中央の飾り台に半幅帯を置き、壁際の撞木に浴衣を掛け、ウインドの後ろの台には浴衣地を揃えて並べていた。今年は奥州小紋や松煙染小紋など、生地や図案に特徴のある個性的な浴衣を求められる方が多く、「夏キモノへの意識」がより鮮明になっていると感じた。また、うちの店にしては珍しく男モノの需要が多く、途中で竺仙に品物の応援を依頼したりした。

壁際の撞木には、浴衣に代わって、小紋と名古屋帯を飾ってみた。小紋は次の三点。左からグレー地・雪輪模様(千切屋)、ミントグリーン色・菊唐花模様(千切屋)、桜色小花の丸・刺繍小紋(一文)。九寸織名古屋帯は次の三点。左から薄グレー地・牡丹唐草模様唐織(織楽浅野)、クリーム地・花畑模様(紫紘)、ベージュ地・小唐草模様(田村屋)

淡い色好きのバイク呉服屋は、秋でもこんなパステル色の品物が並ぶ。織物にはまだ深い地色の品物があるが、染物、特に小紋となると、羽織を念頭にして仕入れた品物以外は薄地色のものがほとんど。結局店主の好みが優先されてしまうので、色や図案はどうしても偏ることになる。バランスのとれた品ぞろえを心掛けなければいけないのだが、それが私には難しい。

 

反対の壁際の吊りケースは、単衣に向きそうな紬と名古屋帯を置く。左から、藍草木染・米沢紬(野々花工房)とクリーム地格子柄・紙布八寸帯(近賢織物)、藍細縞・本塩沢(中田屋織物)と空色地・南風原花織九寸帯(手織工房おおしろ)、クリーム地唐花模様・﨟纈染紬小紋(菱一)と濃紺十字絣・首里織九寸帯(東恩納恵子)

米沢紬は横段に織りが入り、本塩沢は縦に細かい縞が入っている。いずれにせよ無地に近い紬で、どちらも使う帯次第で装いが変わる。これも私の趣味だが、店に置く紬は模様が密に入る品物が少なく、無地感覚の品物が多い。帯を楽しめる装いを考えると、こうなってしまう。画像で一番右の唐草﨟纈小紋は、今は無き菱一の品物。上質な染の施しが図案にそのまま表れる良品なのだが、なかなか買い手が現れない。個性的で、着映えがする小紋かと私は思うのだが。

徳島の正藍染綿紅梅と藤井絞の綿紅梅浴衣、合わせた三点の帯は、何れも竺仙の麻型絵染九寸。図案は柘榴と魚、唐花。夏キモノを意識して浴衣を選ぶとなると、こうした綿紅梅や絹紅梅生地にも注目が集まる。使う帯は半幅ではなく、やはり名古屋帯。竺仙の麻染帯には可愛く洒落た図案が多いので、在庫としてつい置きたくなる。いずれの品物も、流行に全く左右されないので、このまま来年に持ち越しになっても構わない。

 

最後に店内唯一の衣桁に掛けた品物を、ご覧頂こう。キモノは白鼠色地・秋草文様京友禅訪問着(よねはら)。帯は黒地・葡萄文様唐織袋帯(河合美術織物)

薄い白鼠色に描かれているのは、菊や桔梗、女郎花などの秋草文様。色も模様の風情も、まごうことなく秋を感じさせてくれる品物。ただこうした訪問着は、装う時期も場面も限定されてしまう。だから売れる足がどうしても遅くなる。丁寧な友禅の施しが見られる質の良い品物だけに、売れ残っているのが歯がゆい。黒地の葡萄柄袋帯は、最近の仕入れ。これも季節限定の個性的な品物だが、帯の方がキモノよりも買い手が付きやすい。織り出されている葡萄の色が深い秋色なので、より季節が前に出ている。

夏の終わりの衣桁には、縞と無地の小千谷縮を掛けていた。求めやすい価格で装うことが出来る、代表的な夏キモノのアイテム。浴衣の次に誂える薄物として、今年も夏の店頭で活躍してくれた。通気性が良く涼しい着心地をもたらすと同時に、自分で洗うことが出来て利便性にも富む。夏のカジュアル着として、装う人が袖を通したくなる要件を備えている小千谷縮は、来年も、夏の主力商品になることは間違いない。

 

雨が続く毎日、そしてまだまだ暑さが残る9月。からりとした秋晴れの下で、心地よく秋の和装を楽しむ日は、まだ少し先になりそう。最近は気候が極端化して、暑い日が続いたと思ったら、あっという間に上に羽織るモノが欲しくなり、すぐに冬がやって来る。空気が澄んで空が高く、からりとした気持ちの良い日は、半月も続かないような気がする。

激しい夏の暑さを乗り越え、厳しい冬の寒さを迎える前の、ほんのひと時。秋には秋の色があり、またそれを彩るモチーフもある。どうか皆様には、落ち着きのある秋の装いをぜひ試して頂きたい。四季のうつろいを敏感に感じる日本人の心は、気候変動なんぞに左右されない繊細さがあるはずだ。最後にもう一度、店内の様子をご覧頂きながら、今秋の更衣を締めくくることにしよう。

 

雨かんむりに林と書いて「霖(りん)」と読みますが、これを訓読みすると「ながあめ」となり、霖雨は秋を表わす季語の一つになっています。秋の長雨と書くより、霖雨と書く方がやはり美しいですね。また霧にように細かく降る「霧雨」はよく知られていますが、これも秋の季語で、「きりさめ」と読むほかに「むう」とも読みます。こちらも、「むう」の方が情緒がある気がします。

災害をもたらすような鬼雨は勘弁してほしいですが、そぼふる霧雨は心が落ち着く良い雨です。雨一つにしても、これだけ豊かに表現出来る日本人の感性は、何と素晴らしいことかと思います。こうして、季節のうつろいにそって暮らしてきた日本人の繊細さこそが、やがて歌を育み、文様を形作って、日本独自の文化を具現してきたのでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:2296927
  • 本日の訪問者数:180
  • 昨日の訪問者数:463

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2026 松木呉服店 819529.com