バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  鰹縞グラデーション紬を、軽やかな単衣で

2022.05 29

フェードアウトとは、徐々に音が消えていって曲を終える音楽上の演出。聞き手にすれば、音が自然に遠ざかり、気が付いたら何となく終わっていた印象を受ける。曲の終わりを明確にしないことは、聞く者に余韻が残り、後々までその曲に浸っているような、いわば後を引く効果が生まれる。

徐々に終わりに近づくフェードアウト的なことは、物事のありとあらゆる場面で、見受けられるように思える。例えば、飛行機の着陸。機体は、空港のかなり手前から徐々に高度を下げていき、滑走路の直前では地面に吸い寄せられるように、機体を下す。そして、着陸時の衝撃が強くならぬよう、スピードを限りなく抑える。私は、飛行機があまり好きではなく、何度乗っても緊張してしまうが、まるでネコが忍び寄るように静かに着陸する一連の動作には、いつも感心する。

考えて見れば、人間の体も徐々に衰えていき、終焉に向かう。若い時には苦もなく出来たことが、難しくなる。それによって、自ら体力や気力の限界を知ることになる。そんな衰えを傍らに置きながらも、出来るだけ自分らしく年を重ね、最期の時を迎える。人生をどのように「フェードアウト」し、あまり他人に迷惑をかけないように「ソフトランディング」させるかは、誰にとっても大きな課題だ。平均寿命が80歳を超えた今、終わりまでの時間は長く、命の炎は消え入りそうでなかなか消えない。

 

季節は晩春から初夏へ、そして梅雨を経て、灼熱の太陽が輝く盛夏へと歩を進める。その中で、空や海や木々も、次第に色を変えていく。そんな色の変化をデザインとして映し出したものが、「グラデーション」である。基点となる一つの色から、別の色へと移行する経過を、そのまま意匠として使うが、キモノや帯においても、地色や図案の配色として取り入れることがある。一つの色が、いつか知らぬ間に別の色に成り変わる。こんなフェードアウト的な緩やかな変化こそが、グラデーションの大きな特徴だ。

そこで今回のコーディネートでは、グラデーション自体が、地色と図案両方の役割を果たしている面白い品物を、ご覧頂くことにしよう。しかも基調とする色が青なので、今の季節を象徴する清々しさも、そこから感じ取って頂きたい。

 

(市松格子 藍グラデーション・十日町紬  白地鱗模様・石下紬八寸帯)

一口にグラデーションといっても、色の組み合わせや形体によって、様相は異なって来る。同系色の濃淡あるいは明暗で色を変化させて、グラデーションを表現することもあれば、異なる二つの色や何色かを融合させつつ、その変化を表情とする時もある。

そしてグラデーションの形も、一本の線から帯状に色を変化させる線形グラデーションや、中心線から外に向かって放射状に色を広げる円形グラデーション、正方形や長方形など四角形の囲みの中で、四隅に向かって色を変化させる菱形グラデーション、そして時計回りに陰影が変化する円錐形グラデーションや、線を挟んで両方向に色を変化させる反射形グラデーションなど多彩な姿があり、色の表情にはそれぞれの個性が見える。

こうした様々なグラデーションは、キモノや帯において、地色や図案の挿し色として数多く使われてはいるものの、いずれにしても、グラデーション自体が品物全体を支配することは稀であり、ほとんどは部分的施しに止まっている。しかし今日取り上げる紬のキモノは、グラデーション=模様そのものであり、しかも誂える際には、しっかり模様位置を整えなければきちんとした着姿が表れない、凝った図案になっている。

では、この珍しいグラデーション紬は、どのようにして製織されたものか。これから品物の内容を、具体的に見て行くことにしよう。

 

藍色グラデーション 十日町橡(つるばみ)紬・菱一オリジナル(根啓織物)

青色で思い浮かぶものと言えば、澄み切った大空やどこまでも広がる海原、そして滔々と流れる河や静かな湖面等々。そして空も水も、通り一遍の青ではなく、その時々で色の表情を変える。そして時には幾重にも重なり、美しいグラデーションとなって目の前に現れる。

考えて見れば、「あお」は「青」だけではない。例えば音読みだと「へき」になる「碧」は、みどりとも読ませるあお。碧とは石のことであり、この宝玉が美しい青緑色だったことから、二つの色を同時に意味することとなった。また「そう」と読ませる「蒼」は、草木が繁ること=蒼々、青ざめること=蒼白と使うように、うっそうとした深い青色を想起させる。そしてほとんど使われないが、さんずいに倉と書く「滄」もある。この字も「あお・そう」と読ませるが、その含む意味は寒さや涼しさで、滄海とは荒涼とした冬の海の姿。

 

人々の最も身近にあった色・青は、最も古くから染色されてきた色の一つ。言うまでも無く、青を発色させるために使う植物は藍であり、この葉を刈り取って色を染める技法が朝鮮半島を通じて伝来したのは、五世紀のこと。そして7世紀初頭、推古天皇11年(603年)には、聖徳太子の手で冠位十二階が制定される。紫・青・赤・黄・白・黒の順で各々の色を濃淡二つに分け、合計十二段階の冠と衣服を色で区別しつつ、その地位を明確化した。もちろん、この時の青の色は藍染でもたらされたもの。

その後、奈良期の藍染めは、正倉院に残る数々の染織品に、平安期は、貴族が詠んだ和歌を記す料紙に、戦国期は、武将が着用した陣羽織に使われ、そして友禅技法が生まれた江戸期には、藍濃淡だけで御所解模様を表現した「茶屋染め」による衣装が登場する。この藍グラデーションの極致とも言えるお召モノは、徳川御三家に連なる女性だけが着用を許された特別な品物だった。

また藍は、江戸期になって栽培が全国に広がり、庶民の普段着・木綿や麻にも盛んに染められるようになる。つまり藍による青が、将軍や大名から町人庶民までが使う「日本を代表する色」になったのである。だからこそ、鎖国が解かれた明治初年にやってきた外国人たちが、日本人の多くが使う衣装の色・藍色を「ジャパンブルー」と称したのだ。どのような色でもグラデーションを付ければ表情は変わるが、この国における「青」の果たしてきた役割を考えれば、やはり「青・藍グラデーション」は特別なものと言えるだろう。

 

さて、藍染による青色の歴史の話が長くなってしまったが、ここからは今日の本題である青グラデーションの紬について、具体的に見て行くことにしよう。

この十日町紬は、経糸に双頭蚕が作った節のある太い繭糸・玉糸を使い、緯糸に真綿の手紡糸を使っている。色のグラデーションは、濃淡に染められた緯糸によって表現されている。反物は、地のベージュ色部分と青のグラデーション部分が、規則性を持って交互に並ぶ。寸法を測ると、ベージュ無地が5寸5分(約22cm)で、青濃淡が8寸5分(約33cm)。この二色の間隔がキモノ全体に行き渡るので、かなり大胆な着姿となって現れてくるはず。

グラデーション部分を拡大して見ると、色の変化がよく判る。このグラデーション形は、線を帯状に変化させる「線形グラデーション」であり、良く見ると各々の縞には、横にラインが入っている。最上部のベージュから、極めて淡い藍色・甕覗(かめのぞき)、水浅葱(みずあさぎ)、水色と変化していき、それが次第に露草色、縹色(はなだいろ)、紺と濃くなる。そして最後の三本は、また色が薄くなり、元の地色・ベージュに戻る。グラデーションの幅が5分(2cm弱)と決まっているので、それがカッチリとした規則的なスジとなって見えている。

この色の規則性は、当然キモノ全体に行き渡らなければ、バランスの取れない着姿になってしまう。基本的には上の画像のように、地のベージュと横段の鰹縞が互い違いに入る「市松割付け」の形になる。これで「どのような大胆な模様になるか」が、判って頂けるように思う。藍系の濃淡を使う暈し縞は、鰹の表面に似ていることから「鰹縞」と称されるが、その多くは縦縞であり、この紬のような横鰹縞は珍しい。

この紬を製作したのは、今は亡き菱一。このメーカーは、十日町や小千谷、大島、結城、石下といった全国の織物産地の機屋に依頼して、オリジナル紬を作っていた。デザインや配色を自ら考案し、品物は全て買い上げて自分で売りさばく。ラベルには、菱一のロゴと共に特製の文字が見えるが、こうした作り手としての側面を持つメーカー問屋は、本当に少なくなった。昔は多くの問屋が、自分の責任の下で様々な品物を作ったが、それにより各々の個性が生まれて、仕入れる小売店の目を楽しませたものだった。

この品物にある橡(つるばみ)紬とは、菱一が付けた一種のブランド名なので、元々この名前の紬がある訳ではない。実際に製織したのは十日町の根啓(ねしげ)織物で、今も絣紬や明石縮などを織っていて健在である。

さて、大胆素敵なこのグラデーション鰹縞の紬には、どのような帯を合わせて、より清々しい姿とするか考えてみたい。

 

白地 鱗模様 石下紬八寸名古屋帯・奥順

キモノが、青いグラデーションだけを模様とする、シンプルかつ大胆な構図。そこで帯は、鰹縞の色からあまり離れない配色の方が、良いような気がする。おそらく着姿では、キモノの青みがかなり前に出るので、それを邪魔しない雰囲気の帯を使いたい。

そこで選んだのが、この石下紬の八寸帯。真綿から引いた糸を、動力織機を使って効率的に織り上げる石下(結城郡)の紬。しかもこの帯は、型紙捺染を使って模様を織り出しているので、かなり手軽な価格になっている。真綿の風合いも残っており、しかも八寸のかがり帯だけに、軽やかな締め心地となる。

帯巾一杯に斜線を引いて、それを白とグレーに染め分けて、三角の羅列とする。そして色の区分が均等でないために、大小さまざまな三角形が現れる。また、所々に水色に染めた菱形や、濃いグレーの三角も見える。三角の連続する文様は、魚の鱗に似ていることから「鱗文(うろこもん)」と名前が付き、鎌倉期の武士の間では魔除けの力を持つと信じられ、武具や衣服の文様として好んで使われていた。

キモノが鰹の背模様・鰹縞で、帯が鱗。偶然にも、魚にまつわる文様のコーディネートとなったが、どのような姿になるのか、試すことにしよう。

 

なかなかお目にかからない、幾何学的な組み合わせ。けれども大胆すぎるこの鰹縞には、花や鳥をモチーフとした帯ではなく、こんな不思議な図形帯の方が、どことなく都会的な感じがして、相応しく思える。こうして眺めて見ると、帯の鱗の中に僅かに配されている水の色が、結構アクセントになっている。

前の合わせを見ると、鱗の横並びが、かなりすっきりとした印象を与えている。また、帯配色の基礎になるグレーの色が柔らかいので、キモノの鰹縞を抑える役割を果たしている。どことなくモダンで、どちらかと言えば洋服感覚に近い着姿になるだろうか。シティホテルのロビーやコンサートホールが似合いそうな組み合わせ。

小物には、青みに少し紫を含めたような青紫を使ってみた。これも伝統色というより、蛍光的な洋っぽさを感じさせる色。僅かに色の気配をずらした帯〆で、鰹縞を引き締める。もっと青みの強い小物を使えば、着姿に色の統一を図れるかもしれないが、少しくどくなる気がする。(暈し帯揚げ・冠帯〆 共に木屋太・今河織物)

 

今日は「グラデーション」をテーマにして、軽やかに装う単衣の紬・コーディネートをご覧頂いたが、如何だっただろうか。青という色は、人が自然と共存する中で、最も馴染む色。だからこそ、日常の中で微妙な色の変化に気づき、その美しさを認識する。青を嫌いという人は、あまりおられないのではないか。そして「ジャパンブルー」の名前の通り、日本を象徴する色でもある。ぜひ皆様にも、爽やかな初夏の陽ざしに映える青を、一度は装って頂きたいと思う。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

一人で旅歩きをする最中では、思わぬ美しいグラデーションに出会うことがあります。今日は最後に、そんな画像をお目に掛けて、終わることにします。最後までお読み頂き、ありがとうございました。

空と海 青色の線形グラデーション(根室海峡・北海道標津町尾岱沼)

空と海と夕陽 橙色の円形グラデーション(浜中湾・北海道浜中町奔幌戸)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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