バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

帯の巾と大きさを考えてみよう(前編)  前模様の巾について

2020.04 02

蟄居(ちっきょ)とは、家の門を完全に閉じた上で、自宅の一室で謹慎すること。これは、江戸の武士に課せられた刑罰の一つで、仕事上で失敗を犯した時などに、その反省を促す意味で命じられる。

調べてみると、この時代の武家刑罰は、かなり細分化されていることが判る。蟄居より軽い処分が閉門(へいもん)で、これは昼夜ともに出入りを許さないことだが、部屋に籠らなければならない蟄居より、罰は軽い。逼塞(ひっそく)は、閉門よりさらに軽く、出入りが許されないのは昼間だけ。また差控(さしひかえ)は、表門は閉ざすものの、違う門からは出入りが出来る。そして、遠慮(えんりょ)は、自宅での籠居を申し付けられるものの、出入りは規制されず、自主的な謹慎となる。

 

政府や各自治体は、新型コロナウイルスの感染を防止するため、国民に対して、出来る限り外出することを避け、自宅で過ごすことを求めている。つまりは、「家に籠る」ことになるのだが、これを江戸時代の刑罰に照らして言えば、「遠慮」程度であろうか。今回の政府の要望は、あくまで「お願い」であって強制力はなく、当然罰則も無い。

広範囲な蔓延を防止するためには、欧米諸国のように外出した者には罰金を科したり、インドのように暴力的な手段を使ってでも、抑圧したいところだが、そうもいかない。あくまで、国民各々の自覚に任せるという、ある意味「大人の対応」で対処している。

現状で感染者が多いのは、東京や大阪を中心とする大都市圏だが、一方では、まだ一人の罹患者も出していない県がある。だから、全国一律に規制を掛けるというのも現実に即していない面があり、対応が難しい。そんな中で、これからどのように感染が広がるのか、先が全く見えないために、閉塞感だけが日本中に満ちている。

 

外出が規制されるばかりか、人の集まる場所を避けたり、人との会話では間隔を置かなければならず、これでは普通に社会生活を送ることが出来ない。経済活動が滞るのも、当然である。飲食業やホテル業、運輸業は真っ先に影響を受け、大手百貨店を始めとする小売も厳しい。この状態がいつまで続くのか、多くの人が不安に苛まれている。

そして呉服屋の扱う品物など、特に日常とはかけ離れていて、社会が平穏でなければ決して動くことはない。和装は、人々の心に余裕があってこそ、目を留めて頂けると思う。おそらく、今回のウイルス問題が解決しても、需要は簡単には戻らないだろう。

もちろん私を含めて、この仕事に生活が懸かっている。けれども、今、需要を喚起しても到底無理である。ここは沈静化するまで、待つより他に手はあるまい。それこそ「蟄居」して、ウイルスの拡散を防ぐことに、少しでも貢献することがまず大切であろう。

バイク呉服屋も、現在週休二日の上に、営業時間を一時間ほど短縮している。けれども私には、「ブログを書く」という仕事がある。直接品物を扱うことはなくとも、様々な情報は提供できる。そして、多くの方が在宅している今は、気分転換に読んで下さることもあるだろう。今の社会情勢とは全くそぐわない内容にはなるが、あえて覚悟して、呉服に関わる稿を書き続けたいと思う。

今回は久しぶりに、寸法に関わることを取り上げてみたい。

 

仕上がった九寸の名古屋帯。左が織帯で右が染帯だが、仕立方法が違うので形が違う。

帯を締めた時に表に現れる箇所は、前模様とお太鼓。ここは自分で締めるにせよ、着付けを依頼するにせよ、大きさは着用する方それぞれが決めることになる。この寸法に厳密な決まりは無いが、目安となる標準寸法はある。

では、前巾とお太鼓の大きさは、どのように考えれば良いのだろうか。自分で装うことに慣れている方にとっては、自分の感覚で決めることであり、取り立てて考えるようなことではないと思う。そして、あまりに基本的なことなので、話がつまらないかもしれない。だが、和装の初心者の方には、知っておいて頂きたいことでもある。

そこで今回から二回ほど、帯の前巾とお太鼓の大きさについて、話をしてみる。今日はまず、帯の前巾に注目してみよう。

 

話を進めるために、見本として家内の唐草染帯を使う。この帯の前巾は、4寸。

帯には、袋帯・名古屋帯、半巾帯、角帯と様々な種類があるが、用途が多い袋帯と名古屋帯の仕上がった時の帯巾は、8寸(約30cm)である。袋帯は、元々巾を8寸と決めて織ってあり、名古屋帯には八寸と九寸の品物がある。

袋帯と八寸名古屋帯は、帯巾を変える必要が無いために、仕立と言っても、一般的には耳端をかがるだけになる。(ただ、帯生地が薄い時、あるいは締める方の好みにより、太鼓や手の裏に帯芯を張ることもある)。だが、九寸名古屋帯の場合、帯巾を狭く作り直す必要があり、それなりの仕立が施される。

袋帯にせよ、名古屋帯にせよ、模様位置の付け方は通し柄、太鼓柄とまちまちだが、九寸名古屋帯には、前とお太鼓位置にしか模様を付けない「太鼓柄」が多く、見本の染帯もその一つ。

九寸名古屋帯の一般的な仕立て方は、まず帯の垂れを返して両脇を裏に折り、中の帯芯と合わせる。太鼓の巾は、当然8寸。そして胴回りを半巾(4寸)に縫い合わせて、帯芯を入れる。つまりは、結びの部分を8寸にして、残りを半巾の4寸に仕立てた帯ということになる。結びやすさが特徴の名古屋帯は、大正期に名古屋で考案されたことで、この名前が付いた。

使い勝手の良いこの仕立て方では、前模様の帯巾がすでに縫い合わせられており、締める時に自分で折る必要がない。寸法を測った上の画像でも判るように、前巾は4寸である。昔からこの巾が、標準寸法になっている。

耳をかがるだけの八寸名古屋帯では、当然前模様は半巾に縫われておらず、締める時には自分で折らなければならないが、自分で巾を調節できる利点がある。上の帯のように、4寸と決めて縫ってあれば、少し大きくしたいと考えても、出来ない。

帯の前巾は、帯巾の半分が一般的ではあるが、体格や帯の見せ方などを考えて、使う方が自分で巾を広げることも自由である。こうした希望に対応するために、九寸名古屋帯でも、仕立て方を変えることにより、自分で帯巾を決める方法がある。次に、その例をご紹介しよう。

 

これも家内が使っている九寸名古屋帯。こちらは織帯で、通し模様。画像では、半巾に折った前模様を写しているが、寸法は8寸帯巾の半分・4寸にはなっていない。そして、この帯の前模様に縫い合わせはなく、自分で折る仕様になっている。

前の帯と違い、胴回りを半巾で縫い合わせることなく、太鼓部分と同様に8寸巾のままで、仕立てられている。そして、手先だけを5寸ほど半巾に折ってかがっている。このような仕立て方を、松葉仕立と呼ぶ。

帯の裏を返してみると、帯巾いっぱいに張った芯が、そのまま見えている。このように、帯の胴に当たる部分を開いた状態のままで仕立てる方法を、開き名古屋仕立とも、額仕立とも、鏡仕立とも呼んでいる。また、この帯の裏は芯がまともに出ているが、芯を新モスなどの別布で隠す方法もあり、これをお染め仕立と呼ぶ。そして、開き名古屋もお染仕立も、松葉仕立とは異なり、帯全体を8寸のまま通して仕立てている。

帯全体を8寸巾で通さず、手先だけを、長さ5寸ほど半巾に折る。松葉仕立のポイントは、手先だけを折り、胴は折らないこと。これで、前模様の巾を自由に折ることが出来る。帯巾全体を8寸で通す開き名古屋やお染仕立も、同様に前模様の寸法が自在になるが、松葉仕立は手先を折っているだけに、締めやすい。

前巾を4寸4分に折ってみた。標準より4分(約1.5cm)広くなっている。たかが1cmそこそこ広くしたところで、そう変わらないと思われるかも知れないが、着姿で見てみると、帯を強調したことがよく判る。特にこの画像の組み合わせのように、無地感覚に近いキモノと合わせた時には、広い帯巾を採ると、帯前模様の印象が強く残る気がする。

予め前模様を半分に縫い合わせて、締める手間を少なくする通常の名古屋帯仕立。自分で前巾を決めて、自由に締めることが出来る松葉仕立や、開き名古屋、お染め仕立。どちらをとるかは、着装する方の考え方次第である。九寸名古屋帯を誂える時には、前模様の巾を考えられた上で、仕立を依頼されると良いように思う。

 

絹、麻、木綿と材質も違い、織り方も異なる。バリエーション豊富な半巾帯。

さて、前模様の巾が、そのまま帯全体の巾となっている半巾帯。だがすべて同じ4寸巾ではなく、帯によってかなり差がある。具体的な品物でご覧頂こう。

竺仙のすっきりとした紺地・桔梗浴衣に、二点の半巾帯を合わせてみた。こうして画像で見る限りでは、上の黄地麻半巾帯と下の橙色首里木綿半巾帯の帯巾は、そう変わらないように思われる。

けれども並べて比べてみると、巾に違いが見られる。黄色麻帯の帯巾は4寸5分(17cm近く)で、首里の綿帯は通常の4寸。差は僅かに5分(1.8cmほど)だが、いざ締めてみれば、黄色麻帯が目立つ。

この麻帯は竺仙の品物だが、色のバージョンが幾つかあり、帯巾はすべて、通常より5分広い4寸5分巾で織っている。今の女性は、上背もあり、足も長い。だから、昔の小さい女性に合わせた半巾=4寸では、帯が貧弱に感じられ、締め映えがしない。こうして意識して巾を広く取っているのは、体格の変化が反映されたと見ることが出来よう。

5点の半巾帯は、いずれも微妙に帯巾が違う。広い帯で4寸5分、狭い帯で4寸。半巾帯を選ぶ際には、素材や色柄はもちろんだが、帯巾の違いにも少しだけ注目して頂きたい。着姿の前姿に出る帯模様は、僅かな巾の違いでも、見え方が変わってくる。これを知っておくと、自分のイメージに合う帯を探す上で、選択の材料の一つとなるだろう。

今日は「帯の前巾」に注目して、話を進めてきた。普段はあまり気づくことはないが、着姿を考えれば、結構重要な寸法箇所になっている。次回は続きとして、「お太鼓の大きさ」を考えてみたい。

 

家に閉じこもる罰は、武士の責任の取り方としては、極めて軽い部類です。しかし重大な処罰となると、職を解かれた上に、領地や屋敷を取り上げられる改易(かいえき)・減封(げんほう)があり、さらに究極の罰として切腹(せっぷく)があります。これ即ち武士道に則り、命を差し出して責任を取るということになります。

この基準に照らし合わせて現代を見ると、勝手に公文書を改ざんしたり、法律の解釈を捻じ曲げて都合の良い人事を行ったり、国会の審議で嘘を平気でついたりと、改易や減封、あるいは切腹にも値する官僚や政治家の何と多いことかと思います。もちろん、彼らは何の責任も取らず、平然としていますが、江戸の武士に比べて、職責に対する気概の無さは目を覆うばかりです。

せめて今回のコロナウイルス対策では、国民を的確にリードし、国を守る強い意識を見せて頂きたいものです。及ばずながらバイク呉服屋も、出来る限り蟄居することを心がけて、協力をさせて頂きます。しかし、対策が遅れると、蟄居が隠居になり、そのうち店は廃墟になってしまいますので、ぜひ迅速に終息させて頂くように、よろしくお願い致します。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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