バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

誂えの前に必要な「積り仕事」とは(前編) キモノの模様積り

2019.04 16

当たり前のことだが、呉服屋が扱う品物のほとんどは、お客様の寸法通りに誂えなければ、納品することは出来ない。今の時代、反物だけを買って、自分で仕立てをするという方は皆無なので、着用出来る形に仕上げるまでが、呉服屋の仕事となる。

反物から最終形までの工程は、我々が「加工」と呼ぶ仕事だが、それは和裁士が施す「縫い」だけではない。まず最初にしなければならないのが、「湯のし整理」である。これは、反物に蒸気を当ててシワを伸ばし、反巾を整える作業。紬類だと、温い湯に通して、製織工程で付いた糊を取り除く「湯通し」をする。織物の場合、この湯通しで光沢と柔らか味が出る。また、麻や綿麻などは洗うと縮むので、予め反物を水にくぐらせておく「水通し」を施す。最初に反物の地を詰めておくと、仕立てた後に洗っても、生地が縮み難くなるからだ。また、喪服や黒・色留袖、無地など紋を入れる品物は、湯のしの後で、紋章上絵師のところへ廻す。

そして呉服屋も、必要となる裏地類を用意しなければならない。袷のキモノなら、胴裏と八掛が必要となるが、特に八掛は付ける色を決めたら生地を染屋に送り、色染めをしてもらう。また羽織やコート類にも、それぞれに向く裏を探す。

 

こうした仕立前の加工を終えて、店に戻ってきた品物は、各々にお客様の寸法表を添付して和裁士に渡すのだが、その際に「どのような模様配置にするのか」を決めなければならない品物がある。つまり設計を考えるということだ。

キモノは、フォーマルモノの場合だと、どの模様がどこに表れるのか、全て配置が決まっているので、設計に悩むことはない。もちろん、喪服や色無地のような無地モノ、総柄の小紋や紬類も「模様合わせ」を考える必要はない。困るのは、地を空けて飛び飛びに模様が付いている小紋や、不規則に並んだ縞紬、また規則性のある市松文や菱文の付いた品物である。

中でも飛び柄小紋は、模様の位置取りによりキモノの雰囲気が変わってしまうので一番難しく、いわば「呉服屋と仕立屋泣かせの品物」と言えよう。かなり以前にこのブログで、小紋の模様配置について話をしたことがあったが、最近また難しい小紋の仕事を請け負った。そこで今日は、改めてまた柄積りの話をしてみたい。模様合わせは、キモノの構造を知ることにも繋がるので、ぜひ皆様にもこの仕事を知っておいて頂きたい。

 

反物に尺差しを当て、寸法を確認しながら模様積りをする和裁士の保坂さん。

振袖や留袖、訪問着など、すでにキモノの形に仮縫いされて店先に並んでいる品物(絵羽モノ)は、どのような着姿になるのか、お客様も理解しやすい。付下げは反物のままだが、これも模様配置は決まっているので、品物をお見せする時には、ポイントとなる上前の姿を合わせて見せると、想像が付く。

けれども飛び柄小紋の場合、鏡の前で反物を肩に掛けて見ただけでは、キモノとして最終形がどうなるのか、お客様には判り難い。巾9寸5分ほどの生地の中には、模様が散りばめてあるだけで、しかもその間隔は不均一。これだけでは、仕立て上がったキモノの姿を想像することは難しい。

色々な飛び柄小紋。模様の大きさ、配置、地の空き方などは、それぞれの品物で異なる。自由に模様の位置取りが出来ることは、裏を返せば「正解」が無いということ。どのようなキモノになるかは、「積り次第」である。

このランダムな柄を、どのように配置し、バランスがとれた格好の良いキモノとして仕上げていくのか。それは、呉服屋と仕立職人の手による模様の設計・積りのセンスで変わり、その良し悪しは直接品物の出来映えに関わってくる。だからこの積り仕事は、特に慎重を期して、臨まなくてはならないのだ。

 

今回お求め頂いた飛び柄小紋(千切屋治兵衛の品物)。柔らかい鼠色地に、形の違う三種類の小さな七宝模様が飛んでいる。七宝は、一つだけのもの、二つ連ねたもの、四つ重ねたものがあり、配色もそれぞれに違う。

反物の中にあしらわれた模様配置に規則性はなく、模様と模様の間の距離も、一定ではない。この小紋の難しさは、模様の大きさが三通りあり、しかも配色が違うこと。これが同じ大きさ、同じ配色ならば、まだバランスを取りやすい。

では、バイク呉服屋と、この小紋を仕立てることになった和裁士の保坂さんが、どのような模様積りをしたのか。ご覧頂くことにしよう。

 

積りが必要な時には、和裁士を呼ぶ前に、自分である程度設計をしておく。それは、着用する方の体格や好み、また使う場所がわかっているので、それに相応しい模様の位置取りを私が想像出来るからである。この雛形をたたき台として、和裁士と相談をする。

着姿でもっとも目立つのは、上前のおくみと身頃。積りの中で、ここの模様配置が一番カギとなる。上の画像は、私が考えた位置取り。生地の幅が広い右が上前身頃で、狭い方がおくみ。おくみの一番目立つところに、四連七宝を置き、身頃は間隔が均等になるように、単独七宝と四連七宝を散りばめる。模様の距離感は、上手く積りを入れる大切な要素である。

反物の構造上、おくみと衿は同じところから取るようになる。例えば、上の画像あたりをおくみと衿に使うとすれば、生地を縦半分にして、一方がおくみとなり、残ったほうが衿になる。

上の画像は、反物左側をおくみに使う場合。真ん中から右側は、衿になる。

 

上前おくみ・身頃と並んで、もう一つの重要なポイントは、背を中心とした後身頃の模様バランス。上前の積りが前姿とすれば、こちらは後からみた着姿になる。

こちらも、予め設計をしてみた。背中心付近に四連七宝を二つ置き、左右の模様が等間隔で均等になるように、バランスよく配置する。均衡のとれた後姿とするには、積りの段階で、凡その模様位置を確定しておく必要がある。

ただし、和裁士が実際に積りを入れてみると、必ずこの部分が後身頃に出てくる確証は無い。それは、身頃は上前・下前共に、前後を繋げて二枚の生地を取っているからである。特に前身頃は、おくみとの模様の兼ね合いがあり、そこでバランスを取ると、後身頃に出るところには、丁度良い模様が出てこないことも良くあり、難しい。

このような飛び柄小紋では、着姿の肝となる、上前おくみと身頃、そして後身頃の模様位置が、どちらも上手く決まることは、僥倖なのかも知れない。だから完璧ではないまでも、思い描いた理想形に出来るだけ近づけるように、工夫することが大切になる。私と和裁士は、その場所が反物の中でどこに当たるのか、探さなくてはならない。

 

試行錯誤の末、ようやく納得のいく後身頃の模様配置が決まる。和裁士が、背の先端に針を打ち、模様を確定させて、裁ち位置を決める。

最後に、背の裁ち位置に糸で印を付けておく。積りは店で行ない、生地を裁つのは仕事場へ戻ってから。目印が無いと、場所がわからなくなってしまう。

こうして、約一時間ほどで模様の設計が決まり、保坂さんは品物を持ち帰った。一度裁ちを入れてしまうと、もう後戻りは出来ない。後は、職人さんの腕に託すだけである。では、品物がどのように仕上がったのか、その完成形をご覧頂こう。

 

着姿の前模様を写してみた。画像の右側が上前、左側が下前。上前おくみと前身頃の模様配置は、最初の雛形と同じように、四連七宝が中心。そして、おくみと身頃の境目には単独七宝を置き、その模様は半分隠れている。仕立の工夫で、図案の形を変えることも出来る。

衿の中心には、一つだけ単独七宝を置く。衿元をすっきり見せたかったので、この模様配置は理想的。しかも、この七宝の配色が地色と同じグレーなので、良く目に馴染む。

衿から肩、袖へと続く模様配置。こうして見ると、袖付の左側にもう一つ模様が欲しい。また袖口に近い四連七宝が、もう少し内側だったら良かった。欲を言い出せばキリが無いが、飛び柄小紋には限界がある。

 

後身頃の完成形。模様は全体的に上手く散っているように思うが、少し背中心に偏る傾向がある。積りの時には、これだけ模様が寄るとは思わなかった。

反物だけで模様設計をする時と、実際に生地を裁ち、縫い合わせてキモノの形にした時では、模様の見え方が変わってくる。このことを頭に置きながら、積りを入れることが大切だが、なかなか思い通りにはならない。正解が無いとはいえ、全ての配置が腑に落ちることなど無いのかも知れない。

 

今日は、普段お客様からは見えない仕事・「模様積り」について、お話してきた。こうした内容を、文章で説明することはとても難しく、読者の方々には理解しにくいものだったと思う。これも、バイク呉服屋の力不足のためなので、お詫びを申し上げる。

ただ、キモノによっては、これほど呉服屋と和裁士を悩ませる品物があることを、皆さまには知って頂きたかった。次回は、積り仕事の後編として、紋を入れる時に必要となる「紋積り」の話をしてみよう。

 

品物を入れるたとう紙には、「御誂」と書いてありますが、着用する形に仕上げるというのは、とても大変なこと。そこには、何人もの人の手が入らなければ、辿り着きません。呉服屋が、加工に関わる知識を持つことはもちろんですが、何より大切なことは、それぞれの仕事に携る職人さんと綿密なコミニュケーション。その信頼関係こそが、良い仕事に繋がります。

人の手を通すことが、軽んじられる昨今ですが、このままではそう遠くない将来、職人は姿を消し、それと同時に「誂え」も消えてしまうでしょう。令和の時代は、キモノなど「形にさえなっていれば、それで十分」で、職人は必要ないのですか?

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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