バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート 江戸の涼風・竺仙の夏姿(3)コーマ・玉むし編

2016.06 27

小学生の夏休みの宿題と言えば、学習冊子・夏休みの友、読書感想文、絵日記や工作、自由研究(高学年)などであろうか。その内容は、我々が子どもだった昭和40年代とあまり変わっておらず、ほとんど定番と化している。

この宿題、子どもたちの間では、早めに終わる派と、最後まで残す派に分かれるらしい。7月中に課題を終えて、後はのびのび遊ぶ子もいれば、毎年のように、8月25日過ぎになって、親子共々に慌て始める家もある。

 

作文や工作などは、一夜漬けでも何とか片付けられるが、そうはいかないものもある。よく、低学年向けの課題として出される「朝顔の観察日記」などは、その最たるもの。日ごとに変わる花の様子は、毎日記録しておかないと、後になってからでは、どうにもならない。

朝顔は、種を蒔いてから2ヶ月ほどで花を付ける。夏休みの間に、子どもたちが花を付ける様子を観察出来るように想定し、一学期のうちに準備をする。今は6月下旬なので、種から葉が出て、蔓が伸び始める頃だ。子どもには、一人ずつに鉢を用意し、水やりなどをさせながら、自分で管理させる。

よく夏休みの直前に、朝顔の鉢植えを抱えて下校する子どもを見かけるが、この頃になると、幾つかの蕾が付き、開花直前になっている。観察日記のメインは、やはり花が開くところであり、自分で育てたと言う実感を持たせることが、一つの目的であろう。

 

そんな訳で、朝顔は夏休みの花というイメージが強く、代表的な盛夏の花である。けれども浴衣のモチーフとして花を考える時、夏よりも秋の花を使うことが多い。竺仙の定番柄としても、萩・撫子・桔梗・薄など数多く見受けられる。

毎年、8月7日前後に「立秋」を迎える。暦の上で考えれば、浴衣に秋の草花を使うことはごく自然なことである。そしてそんな浴衣の着姿を見ると、灼熱の中にも、僅かな秋の気配が感じられる。

盛夏の花として、朝顔の他には、鉄線・杜若・葉鶏頭・向日葵などがあり、秋花には、上記の秋草の他に、菊・葡萄・蔦などがある。そして、千鳥・雀・蜻蛉・金魚・風鈴・花火など、子どもたちが描く夏休みの絵日記に登場するものも、浴衣図案として沢山使われている。

今月三回目となる、竺仙浴衣のコーデイネート。今日も、様々な夏姿をお目にかけるので、ぜひ楽しんで頂きたい。

 

(白紬玉むし・朝顔  市松ピンクぼかし・麻半巾帯)

今日は、朝顔の話から稿を始めたので、まずは、若々しい大きな朝顔の浴衣からご紹介してみよう。

この白い紬生地は、前回ご覧に入れた綿紬と同じように、ネップ糸を織り込んだものだが、藍地や鼠地のものと比べると、いっそうさらりとした手触りがあり、肌離れの良さが感じられる。

玉むしとは、多色使いの品物のことを言うが、この大きな朝顔の花にも、ピンク、薄紫、緑の三色が使われ、ぼかしが入ることで色の印象を柔らげている。

ピンクと薄紫の大きな花びらは、かなり大胆に図案化されているが、茎付きの緑の花は、少し写実的。この緑色が入ることで、アクセントが付き、バランスのとれた模様になっているように思える。

毎年うちの定番商品として仕入れる「市松・麻半巾帯」。特にこのピンクぼかし色のものは、白・藍・褐色と、どんな地色の浴衣に合わせてもかわいく映るため、欠かすことは出来ない。

ピンクぼかしの朝顔の花に合わせて、この同系色のぼかし無地帯を使ってみると、他の帯が考え難いほど、ピタリと収まる。浴衣の図案が大胆で密なために、帯に余計な模様が無い方がすっきりする。20代までの若い方に、ぜひ試して頂きたい組み合わせ。

 

(コーマ白地・桔梗  橙色細縞・首里道屯綿半巾帯)

最初の朝顔に比べると、桔梗の模様が小さく付けられ、白い地の部分が前に出てくる。葉と枝が墨色で付けられ、花と蕾だけに色が挿されていることで、なお、すっきりと涼しげ。

帯は、これも毎年置いている橙色の首里帯。花の中のひといろ・橙を取って合わせてみたが、他の花や蕾の色に付いている、薄紫・山吹・黄緑・薄ピンクなどでも良いだろう。

着姿が爽やかに映る白地の良さを意識して、模様の配置と配色が決められている。帯の合わせ方次第で、色々な楽しみ方が出来る浴衣。先ほどの朝顔は、若い方に限定される図案だが、この桔梗模様なら、年齢的にはもう少し幅広く、使って頂くことが出来るだろう。

 

(生成色紬玉むし・撫子  鉄紺色菱繋ぎ・博多半巾帯)

撫子は、秋の七草の中でもっとも愛らしい花。この浴衣のように、「枝垂れ」の姿で模様付けされることは珍しい。昨年は、鼠地綿紬で、これと同じ型・配色のものがあったが、生成地の方が、明るい印象を受ける。

生成紬地は、地の色に少しクセがあるため、模様の配色に工夫が必要になる。撫子なので、ピンクや薄い藤色を使いたいところだが、この浴衣では、あえて藍系の色にして、涼感を出している。

枝垂れになって、立ち上がっている模様だけに、着姿が伸びやかに見える。帯は、挿し色と同系の藍か紺系のものを使って、キリリと引き締めたい。

 

(藍地コーマ玉むし・丸繋ぎ草花  藤色市松・博多半巾帯)

一昨年の竺仙・浴衣ランキングの第一位が、この丸繋ぎ草花模様。その時は、挿し色が入らない白地・コーマを使っていたので、大人っぽい小粋な姿に映っていた。

同じ型紙を使っても、地に色を付け、多色使いの玉むしにすると、全く印象の違うものになる。色が挿してある部分は少ないが、藍の濃淡で模様の陰影が付けてあるところが、斬新な感じを受ける。帯は、鉄線と思われる花の先端に付けられた、薄いピンクに合わせた。

丸の中には、萩・楓・笹・鉄線が見える。地の藍色濃淡は、不規則に白く抜けた部分があり、少しローケツが使われているように見える。模様がこれだけ重なって付けられている浴衣は珍しいので、かなり目立つ着姿になるだろう。

 

(白地コーマ・片輪車に萩  黒地菱重ね・絽博多半巾帯)

挿し色の入った浴衣が続いたので、伝統的な江戸好みとも言うべき、「大人の浴衣」を何点かご紹介してみよう。

まずは、浴衣の基本である、白地コーマに褐色抜きの品物。図案は源氏車と流水に萩という、典型的な古典模様である。源氏車は、御所車の車輪部分を意識して取り出し、図案にしたもの。

牛に曳かせた御所車は、貴族が外出する時に使った、いわば公用車であった。この牛車は、源氏物語の中にもしばしば登場し、第9帖・葵の第一章、葵の上と六条御息所との間に、車争いの話もある。平安の貴族文学を代表する源氏物語、高貴な人々が使った車ということで、この車輪を「源氏車」と名付けたのである。

当然のことながら、牛車の車輪は木製であり、乾燥すると割れてしまう。当時これを防ぐため、車は水に付けて保管されていた。この、水に浸した源氏車の姿を文様にしたものがある。その名前は、「片輪車(かたわくるま)文」。図案の特徴は、車輪が流水や青海波文様など、水を表現した模様の中に、埋もれるように描かれていること。

上の品物は、片輪車文の典型的な図案であり、萩を添えることで、より浴衣らしい模様にしている。貴族の日常生活には、欠かすことの出来なかった牛車。そのメンテナンスの様子を切り取った片輪車は、実にユニークな古典文様と言えよう。

ユニークな片輪車を、少しモダンに着こなすために、黒地の菱重ね模様の半巾帯を使ってみた。この帯はリバーシブルで、裏が雪輪。白と黒を基調にした織柄だけに、雰囲気が変わる。平板になりがちな白地浴衣だが、使い方によっては、斬新さを出すことが出来る。

 

(褐色コーマ・芽柳  ベージュ地・博多献上半巾帯)

ちょっと見ただけでは、何をモチーフにしたのかわからない。よくよく見ると柳の芽で、これが流線となり、渦を巻くように模様付けされている。

褐色に白抜きなので、模様の流れが一際目立つ。反物の状態でもかなりインパクトがあるが、仕上がった時には、一体どのようになるのだろうか。

柳は、燕などと一緒に使われることが多く、江戸を感じさせるモチーフの一つである。だが、こんな風に大胆に表現できるのも、浴衣だからであろう。見本布で品物を選んでいる時、あまりにも目立つ模様だったので、思わず仕入れてしまった。

帯び合わせは、褐色と相性の良いベージュ地を選んだ。献上縞の位置が、真ん中ではなく、少し上に付いているところがポイント。

 

(藍地コーマ・朝顔と萩  薄ピンク地小花菱・博多半巾帯)

爽やかな着姿を見せるには、やはり藍地に白抜き。使っている図案も、朝顔と萩という、浴衣図案の定番とも言うべき組み合わせ。ご紹介している品物の中で、一番平凡に見えるかも知れないが、逆に言えば、どんな方でも似合うような、安心して使える浴衣である。

見慣れた図案なので、帯でひと工夫してみたい。今回は、ベージュに近いようなごく薄いピンク地で、小さな花菱模様のものを合わせた。控えめな帯を使うと、浴衣そのものの雰囲気をそのまま生かせるように思える。

竺仙の伝統を受け継ぐ、藍や褐色に白抜きされた浴衣。シンプルにして、飽きの来ない姿は、地色の発色にその基があるように思う。藍の色は、抜けるように鮮やかであり、褐色は、深くて渋い。そんな地に、浮き上がった白い模様は、どんな人にも涼やかさを感じさせてくれる。

 

さて、最後になったが、男性モノを二点ご覧頂こう。どちらも、いかにも江戸っぽい図案のものを用意してみた。

(白地コーマ男モノ・吉原繋ぎ  濃紺地・首里道屯木綿角帯)

吉原繋ぎの別名は、郭(くるわ)繋ぎ。郭とは遊郭のことで、遊女のいた吉原の御茶屋の暖簾で、よく使われていた文様である。角の丸い四角の隅が、がっちりと繋ぎ合わされていて、容易には外れそうも無い。

いちど遊郭の門をくぐった女達は、郭に繋がれてしまうと、簡単に抜け出すことが出来ない。そんな意味が「吉原繋ぎ」には籠っている。けれども、それは江戸の世の話であり、今はこの文様を、「人と人を堅い絆で結ぶことが出来る」というような、良い意味で使われている。

この図案も、竺仙の伝統柄の一つ。中の色は、褐色や茶など渋い色が多い。この浴衣は、松葉のような深い緑色。帯合わせは、男帯としては珍しい、首里花織のものを使ってみた。木綿だけに、博多の角帯よりも柔らかいが、使い難いことは無い。

 

(白地コーマ男モノ・菱繋ぎ  黄土色・ミンサー木綿角帯)

四つ菱の太さを変え、幾つも繋いで重ね合わせると、こんな不思議な幾何学文様となって表れる。近くで見ると、なるほど菱かと思うが、遠目ではほとんどわからない。郭繋ぎのような、粋な江戸文様も良いが、こんな細かい連続模様も、男モノならではで、面白い。

帯は、中に配されている茶の色に合わせ、黄土色に近いミンサー帯。ミンサー独特の絣模様が、アクセントになっている。首里帯同様、こちらも木綿。

竺仙らしく、江戸の小粋な男姿を感じさせる郭と菱。役者たちが、楽屋や稽古場で、さらりと引っ掛けていそうな柄行きである。

少し大人のカップルには、こんな組み合わせはいかがだろうか。気軽な町歩きや夕涼みなど、何気ない日々の暮らしの中で、大いに楽しんで頂きたい。

 

三回にわたってご紹介してきた、今年の浴衣・コーディネート。使われているモチーフを見れば、我々の身近にあるものばかりである。キモノや帯の文様を考えると、フォーマルモノに見られる、正倉院に由来する模様や、平安期の有職文などは、上流階級に端を発している。

浴衣の柄こそ、人々の生活に密着したものであり、江戸庶民の息遣いが聞こえるもの。一つの植物でも、図案化したり、繋げたり、関連する他の文物と組み合わせたりと、自由自在に描かれている。

この稿を読んだ方が、浴衣図案の面白さを感じ取って頂き、少しでも品物選びの参考になれば、幸いである。なお、浴衣と言うより、夏キモノとして位置づけられることの多い、綿紅梅・絹紅梅・中型・奥州小紋などは、来月お話する機会を作ろうと思う。

 

小学校の頃、ほとんど勉強をしなかったバイク呉服屋は、夏休みの宿題をどのように片付けたのか、記憶がありません。

手先が不器用で、絵も下手だったので、たぶん絵日記や工作に苦しんだはずです。また「夏休みの友」などは、答えが合っていようが、間違っていようが、全部埋めてあればそれで終わり、と考えていたに違いありません。

こんないい加減な子どもでも、学校や親から許されていたのですから、良い時代だったのでしょう。それに比べて、今の子どもたちは、本当に真面目ですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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