バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

単衣の無地紋付を、染め替える  工程ごとに存在する職人(後編)

2016.06 22

バイク呉服屋にとって、梅雨が一番厄介な季節。なぜならば、雨だとバイクが使えず、仕事に支障を来たすからだ。その上運転中に、予期せぬ天候の急変に遭遇することがあり、そんな時は、家の軒先などで雨宿りを余儀なくさせられる。届けモノや預かりモノを積んでいることが多いので、雲の動きにはいつも気を留めている。

バイクにこだわるのは、やはり効率の良さにある。渋滞をすり抜け、車が入れないような路地を通る。その上仕事先の駐車スペースの有無を考える必要もない。車よりも時間が計算出来る点では、バイクに勝る道具はない。

 

こんなバイクの特性を生かして、大都市には「バイク便」という運搬手段がある。大きい荷物は運べないが、重要な書類や原稿、小型の貴重品などの依頼を受ける。バイク便は、他の運送手段と比べるとかなり割高になるが、時間通り相手先に届けられるという利点があるため、緊急を要す場合によく使われる。

バイク便で働く者は、優れた運転技術があることはもちろん、道を熟知していなければならない。ユーザーは、無事に荷物を届けるためにバイク便を使うのではなく、一刻を争う荷物だから、バイク便を利用するのだ。だから、約束の時間に届かなければ、仕事は失敗ということになってしまう。

常に時間との戦いを強いられる、孤独なバイク乗り。それがバイク便であろう。私も若ければ、一度は試してみたい仕事だが、東京の渋滞を、縦横無尽に走り抜けるような技術はないので、難しいだろう。山梨のような田舎道でさえ、何回も転倒して怪我をしているのだから。

 

さて、今日は前回と同様、無地紋付の染め替えについて、続きのお話をさせて頂く。なお、この仕事を依頼されたのは、茨城県の方なので、仕上がってもバイクでお届けという訳には行かず、佐川急便の兄ちゃんに代行してもらった。

 

染め替えが終わり、戻ってきた単衣生地。実際の色よりも、かなり紫色が強く写ってしまったことをご容赦願いたい。無地モノを上手に写すことは、難しい。

うちで、白生地の無地染めや、八掛の別染めをお願いしているのは、江東区・清澄にある近藤染工さん。以前、白生地から無地紋付を染めることを書いた時に、この染屋さんのことは少しお話している。

近藤染工さんとのご縁は、補正職人のぬりやのおやじさんや、洗張職人の太田屋・加藤くんと同じように、ここが北秀商事の仕事を請け負っていた関係からだ。北秀は、日本一高級な染モノを作っていた会社だったので、当然、そこに出入りしていた職人達の技術も高い。

北秀が信頼を寄せていた職人なら、安心して仕事を任せられる。北秀が倒産した後、その中の社員5人が、秀雅(しゅうが)という会社を起こしたので、以前は、そこを通して仕事を出していたのだが、5年ほど前に潰れてしまったため、今は直接それぞれの職人に仕事を依頼するようになった。

 

近藤染工は、北秀が扱っていた八掛や白生地を染めていた職方。戦前の1940(昭和15)年の創業というから、すでに75年以上の歴史を持つ老舗である。場所は、地下鉄半蔵門線・清澄白河の駅から、2,3分のところ。呉服問屋が集まる人形町界隈からは、水天宮前駅で乗車して一駅という近さにある。

今は、代表者である近藤良治さんと、後を継ぐ息子の慎治さんの親子で、仕事を切り盛りしている。良治さんは、東京都・伝統工芸士の認定を受けた、この道40年の熟練した職人。江戸から続く、東京無地染の技を守り続ける第一人者である。

無地モノは、江戸庶民にもっとも愛されたもの。江戸紫とか江戸茶、深川鼠など、名前として定着している独特な色もある。渋く味わいのある深い色こそ、江戸の粋人が好んだ色であろう。

 

では、色抜きをした白生地が、近藤さんの手でどのように染められたのだろう。

色見本帳・芳美の見本色と、染め上がったキモノの色を比較してみる。ほぼ同色に染められていることがわかる。

一枚のキモノをひといろの無地に染め上げる時、主な技法は二つある。染料を付けた刷毛を、生地に引いて染めていく「引染め」と、染料に生地を浸して染めていく「浸染め」。

近藤さんの無地染めは、浸染めである。この技法は、染めの基本とも言うべきもので、すでに6世紀頃には、確立されていた。当時の染料は、もちろん天然の植物染料であり、藍や紅花、紫根、蘇芳などの原料から染液を抽出し、それに生地を浸しながら染めていった。

 

近藤さんは、まず生地を湯通しした後、酢酸の溶液に浸す。これは酸の作用により、染料が生地に定着しやすくするためである。そして、注文された見本帳の色を見ながら、染料の色合わせの作業に入る。ここが最初の染職人の腕の見せ所であり、仕事の基礎になる部分。

単に色見本と言っても、うちにある見本帳だけでも、7,8冊あり、見本色は1000色以上ある。今回注文した色は、「茶の色が僅かに感じられるような赤紫」。言葉だけなら、どんな色なのかさっぱり見当も付かないものだ。

 

近藤さんが使う基本的な色は五色。赤・黄・青・紫・黒である。これを配合することで、どんな色でも表現することが出来る。もちろん、最初から見本色と同じ色を、ピタリと調合出来る訳ではない。まずは、微調整が出来る基本色となるもの、見本色により近いものを作り出す。

どの色をどのように混ぜ合わせれば、見本に近い色が出せるか。この技術を身につけるには、多くの経験を積むほかはない。求められている色の基礎となる色を探せなければ、最終的な色に辿りつくことは不可能である。

 

基本色が決まったところで、染液を作る。そして、白生地を浸し始める。染料の入った甕のそばには、熱いパイプが引かれている。生地を染液に浸すたびに引き上げて、パイプの熱で乾かし、色見本の色と比べてみる。この時、僅かな色の違いを把握し、どの色の染料をどのくらい足せば、より見本色に近づくことが出来るか、一瞬のうちに判断する。浸染めの仕事の中で、ここが一番難しい。

染料を微妙に足しながら、作業を繰り返す中、「ここが見本色に一番近い」と感じた瞬間をとらえて、仕事を終える。色というものは、長い時間見ていると、自分の感覚が変化してしまい、迷いを生じるそうだ。だから、チャンスは一度だけで、その判断を誤ると、思う色には戻らない。

見本色があっても、それと全く同じ色を作り出すことなど出来ない。どれだけ近づくことが出来るか、である。仕上がった色は、依頼された人が納得出来る色、と正確に判断できなければ、仕事は終わらない。

 

色を合わせ、色を足し、一瞬を切り取って染め上げる。何万という色の中の、たったひといろを生み出すことが出来るのは、人だからこそである。こんな職人の技には、凄みさえ感じる。

染め上がった白生地は、余分な染料や不純物を取り除くために、水洗いされる。乾かした後、生地を蛍光灯の光に透かしてみて、色ムラが出ていないか確かめる。そして、生地を蒸気にあてながらシワを伸ばし、幅を整えて仕事を終える。

 

糊で伏せられていた「丸に梶の葉紋」が、色染め後の糊落としで、再び甦ってきた。

仕立てを終えた単衣無地の裏。くりこしから裾に向かって付けられた居敷当は、洗張りをしてきれいになったので、以前のものをそのまま使う。裏衿も同様である。洗張りできれいになった裏地を生かすことは、依頼された方に余計な負担を掛けさせないことに繋がる。裏といえども、大切にしたいものだ。

 

仕立てあがって、イメージが変わった単衣の無地紋付。

色の話をさせて頂いているというのに、ご紹介した画像の色が全て違う。そして実際の色は、画像の色とはまた違う色である。バイク呉服屋の稚拙な写真の技術では、どうにもならない難しい色だった。

光の当たり具合や、写す角度により、色が全部変わってしまう。今日の画像の下手さは酷いものなので、重ねてお詫びしたい。あえて実際の色に一番近い画像を探すとすれば、色見本と染めあがった生地を一緒に写したものになろうか。

 

下手な画像はともかくとして、今日は、色を染める職人の「技」をぜひ皆様に知って頂きたかった。依頼された色を、誰もが納得出来る色にまで近づけることは、至難のことである。私なんぞ、その色を写真で写し取ることすら出来なかった。

なお、近藤染工さんでは、無地の浸染めのほかに、ログウッドを使った草木染や、色を重ねて染め上げる段染め、さらに布以外を使う染めの仕事もしている。3年ほど前に仕事場に伺った時には、竹を何色にも染め上げた「マルチカラーの簾」が製作されていた。

今日お話した色染めについては、近いうちに近藤さんにお願いして、仕事場を取材させて頂き、またブログの中でご紹介してみたい。

 

単純に色を変えるというだけでも、何人もの職人の手を通さなければ、完成には至りません。

解いてハヌイをし、洗張りをし、しみやヤケがあれば補正をし、紋を生かすには紋糊を置き、紋を変えるには紋消しをする。さらに、色抜きには、下抜きや本抜きなど、元の色によって抜き方を変える。そして、今日お話した色染めの仕事。最後は、和裁職人の手により、寸法通りのキモノの姿に戻される。

全体の中で、一つでも工程を疎かに出来ず、もし抜け落ちたら、この仕事は成り立たちません。つまりは、一ヶ所でも携わる職人が無くなってしまうと、その時点で、お客様からの染め替えの依頼は、請け負えなくなってしまいます。

二回の稿を書き終え、加工に関わる職人さんの大切さを、改めて思い知ることになりました。読まれている皆様にも、この方々のことを、少しだけでも心に留めていて欲しいと願います。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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