バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋への指令(8) 少し大人で、可愛い八千代掛を

2023.10 16

「結構、県外の個人宅へ送る品物が多いですね」と、店に荷物を受け取りに来る宅急便の兄ちゃんからよく言われる。店から品物を発送する時には、取引先宛てを佐川急便、お客様宛をヤマト便と分けているが、お届けする時間を細かく設定できるので、お客様の品物はクロネコを使うようにしている。そして、お届けの際には、事前にメールで受け取り希望時間を聞いてから、発送をしている。こうすれば、確実に届けられる上に、配送する人のロスを無くすことが出来る。

ブログを始めて、10年。この間、新しいお客様と接する機会が増えたこともあって、今では仕事全体の半分ほどが、地元以外・県外の方からの依頼によるもの。そしてその方々の多くが、日常的にキモノを装う、いわゆるカジュアルモノの愛好者であることから、シーズン終わりの手入れや寸法直し、あるいは仕立直しなどの、いわゆる「悉皆モノ」の依頼を多く受けている。無論、新しい品物をお求め頂くことも度々あるが、こうした手直し仕事を多く受けることにより、県外へ送る品物が日常的に増えてきた。

そして、この県外のお客様方とは、私の方が出向くかお客様が来店されるかで、最低一度、ほとんどの方は複数回、お会いしている。バイク呉服屋の「一度でも対面していないと、仕事は受けられない」という、我儘なポリシーを受け入れ、お付き合いして頂いている、本当に有難いお客様方。そうした人々の支えがあって、コロナ禍も乗り越えられ、今こうして、暖簾を下げ続けることが出来ているのだ。

 

このブログを読んで、初めてバイク呉服屋へ仕事の依頼や質問ごとがある場合、ほとんどの方はまずメールで話をされる。そして、何回かやり取りをした後で、お会いする機会を設けるという話に進展し、そこで初めて具体的な内容を聞くことになるというのが、大体の流れになる。なので、実際に仕事を受けるまでには、いつも少し時間が必要になる。こんな回りくどい、時代遅れな店の方針を受け入れて下さるのだから、お付き合い頂くお客様には、感謝の他は無い。

けれども、いきなり遠方から直接店にやって来られる方も、稀におられる。これはこれで構わないし、嬉しいことではあるが、定休日の水・木曜日以外でも、店を閉めていることが珍しくない。ここ数年は、家内が父親の介護で実家に戻っている時間が多いので、外で用事がある時には、店を閉めて出かける他は無い。だから、そうした時に来店されれば、無駄足になってしまう。せっかく来られても、肝心の店が閉まっていたら、それはがっかりするだろう。もしかしたら、これまでに、そんな残念な思いをされた方もおられるかも知れないので、この場を借りて、お詫びをさせて頂く。

 

さて今日の稿では、久しぶりに「指令シリーズ」をお送りしようと思う。前回の指令は、3年前の9月で、幻の縞木綿・館山唐桟を探す仕事であった。今回は、ガラリと品物の内容が変わって、少し大人っぽくて、可愛さもきちんと感じる小紋を探し、初宮参りの産着・八千代掛けを誂えるというもの。生まれてくるお嬢さんのために、初めて親となる若いお二人が、東京から直接来店され、私に依頼して頂いた仕事。ではこの特別な祝着となる小紋は、どのようにして選ばれたのか、その過程をお話していこう。

 

(若菜色地 唐花模様小紋・八千代掛け  東京大田区・N様依頼)

「八千代掛」に関わることは、ネット上でもほとんど記載が見られない。グーグルで検索をかけて出てくるのが、八千代掛けを誂えた和裁士の方のブログと、バイク呉服屋のブログだけ。裁ちを一切入れずに、一反(三丈モノ)の生地から産着を作り、後に三歳や七歳の祝着として、あるいは無地のキモノとして誂え直すという八千代掛が、これほど希少で珍しい誂えの品物になっているとは、本当に驚きである。

八千代掛の仕事を請け負うことは、特別珍しいことではない。私が駆け出しの頃から、普通に依頼を受け、また店としても推奨してきた誂えの一つである。専門店であれば、むしろ当たり前に受けられる仕事と思うのだが、ネットで調べる限りは、小売でこのことを記載しているのはうちだけ。どうして、こんなことになってしまったのだろうか。八千代掛を縫うことが出来る和裁士は限られるかも知れないが、全く居なくなった訳ではあるまい。むしろ、縫うことが出来る職人は存在するが、店からの依頼が無くなってしまったのだろう。つまり小売の者が、八千代掛という品物について、全く認識出来なくなったということだ。

 

今回依頼を頂いた方は、以前からこのブログの読者であり、これまで書いた八千代掛けの稿も読まれていた。そして今回、女の子を授かることが判って、現実に産着を考える段になり、バイク呉服屋の誂えを思いだして、依頼に踏み切られたのである。

今年の7月初旬、ご夫婦で突然来店されて私を驚かせたが、その時に、初めて生まれてくる娘さんへの想いを聞かせて頂き、八千代掛という品物に対するこだわりもお話されたので、私は出来る限り希望にそえる品物を用意し、誂えることを約束した。そして、どのような色や図案、また雰囲気の品物にしたいか、少しの間考えて頂き、それに相応しい品物を探して、提案することにした。ご夫婦は、お盆が明けた8月の下旬、再び来店されて品物をご覧になったが、その時には「この一点」と決められず、候補を4.5点選ばれて帰られた。そして一週間後、これと決めて誂えられたのが、最初の画像でご覧頂いた「若菜色・唐花模様小紋」である。

今日はこれから、誂えた小紋以外に最終候補となった品物を紹介し、「少し大人で、可愛い小紋」とは、どのような色や図案を指すのか、お話していきたい。

 

今回の八千代掛誂えで、最終候補に残った4点の小紋

女の子の八千代掛けに使う品物は、稀に白生地をそのまま仕立ることがあるものの、ほとんどの場合が小紋を使う。そしてその品物は、後に三歳・七歳と通過儀礼の折に着用し、最終的には身長が150cm程度になる十三参りまで使い続けることになる。なので品物を選ぶにあたり、八千代掛としてだけではなく、祝着としてどんな色・模様を着せたいかということも、同時に考える必要がある。

お客様が、「少し大人っぽく、だけど可愛さも感じられる品物を」と依頼されたのは、将来の着姿も想定に入れてのこと。こうしたことを含めて、通常七歳祝着として使う子ども向きの小紋だけでなく、見合う色柄になりそうな大人モノの小紋も、合わせて提案した。そして、子どもモノを誂える際に使う、小紋の模様見本帳も用意して、一緒に見て頂くことにする。

来店された当日、用意した現品は全部で12反。その中でお客様が「良いかも」と選ばれた品物が、上の画像の4点である。そして、千切屋治兵衛の小紋見本帳の中からも、2点を見分けられた。この6点から1点に絞り込み、八千代掛を誂えることになった。それでは、各々の小紋の色と模様を見てみよう。

 

(菊花地紋 ターコイズブルー色 御所解模様・小紋)

キモノ地色としては珍しい、明るく蛍光的なターコイズブルーが目立つ小紋。お客様は最初、青系地色の品物を希望されていたので、今回3点ほど提案したが、そのなかで最も鮮やかな色がこの小紋だった。少し緑の気配を含む水色は、子供らしさも感じられる可愛い色。

八千代掛の形にすると、いかにも小紋らしい可愛さが出てくる。図案は、山水の風景文を散らした、いわば「御所解(ごしょどき)」の様式。極めてオーソドックスな、古典図案の小紋である。

流水や岩の間に、牡丹・菊・笹・撫子など春秋の花を、彩り良く配置する。花は紅色や橙色、さらに染疋田などで表現されていて、華やかではんなりした雰囲気を持つ。また図案一つ一つが小さいことから、体の小さい子どもの祝着としても、十分に使えそうな小紋になっている。

 

(菱井桁地紋 若菜色 唐花模様・小紋)

井桁の紋織生地を使い、落ち着きのある若草色・若菜色を地色に採っている小紋。図案は空想的な唐花文で、模様は少し大きめ。最終候補に残った4点の中では、最も大人っぽい感じになるか。

八千代掛の形にすると、大人っぽさばかりでなく、きちんと可愛い雰囲気になる。明るくデザインされた唐花が目立ち、挿し色のセンスも良い。地の若菜色も、優しく映る。

地色と挿し色のバランスが良く、子どもの祝着に誂えたとしても、きちんと可愛くなる。そして、大人モノに仕立てれば、若々しい小紋姿ともなる。子どもと大人が同居する、個性的な品物と言えそう。

 

(一越 黒地 花籠模様・小紋)

地紋の無い一越生地を使った、黒地の小紋。黒から浮き上がる華やかな色の花籠模様は、やはりインパクトがある。大人モノに限らず、子どもモノでも、黒地の品物には、かしこまった特別な雰囲気が表れる。キュッと引き締まった着姿になりそう。また七歳祝着として使う時、こうした黒地のキモノだと、帯の色は自在に決められる。

八千代掛の形にすると、黒地特有の華やかさが前に出てくる。赤、青、緑、黄と挿し色全てが鮮やか。こんな模様の映り方は、地が黒なればこそ。大人っぽくなりがちな黒地だが、ちゃんと子どもらしい意匠になっている。

籠の中に、春秋の花を差し入れた花籠文は、祝着ばかりでなく、振袖や訪問着などフォーマルモノのあしらいとして定番の古典模様。最初の御所解小紋と同様、安心して誂えることの出来る小紋。

 

(一越 紅色地 揚羽蝶模様・小紋)

くっきりと鮮やかな紅色に、大きな揚羽蝶を反物幅いっぱいに付けた小紋。蝶の図案はほとんど輪郭だけで、体の中心にだけ、僅かに挿し色が入っている。地の紅色は目立つものの、蝶の姿もかなり印象に残る。4点の小紋の中では、一番個性的かも。

八千代掛の形にすると、蝶の図案が少し幾何学的になって見えてくる。遠目からでは判り難いが、よくよくみると揚羽蝶の連続模様。挿し色を使わず、図案の形や配置を工夫することで、小紋としての個性を出す。シンプルだが、十分に華やかな祝着となる。

蝶の体の中心には、青、緑、黄の色が挿されて、それが模様のアクセントになっている。輪郭をよく見ると、線ではなく、丸い点の羅列。その不規則さが、蝶のデザイン性を高めている。

 

(色見本帳より 紗綾型紋綸子 市松取り 蝶に手毬模様・小紋)

(色見本帳より 紗綾型紋綸子 蝶に手毬模様・小紋)

千切屋治兵衛の小紋見本帳の中で、目を留めて頂いたのが、この二柄。この見本帳にある残布は、何れも子どもの祝着として使われたものなので、上の4点の小紋より、可愛さが前に立っている。

最初の見本布は、全体が市松模様になるよう、赤や黄色、ピンクで色が分けられ、その区切られた枠の中に、揚羽蝶と手毬をあしらっている。区切る色が何になるかで、印象が変わるが、赤なら華やかになり、ピンクや黄色だと優しい雰囲気になるだろう。また下の見本布は、こちらもモチーフは蝶と毬を使うが、意匠は全く異なる。蝶は輪郭だけで、小花が付いた毬だけに挿し色がある。地空き部分が多く、シンプルさが際立つ小紋になっている。

 

これまで見てきた4点の現品、そして2点の見本布を、お客様ご夫婦が二人でよく検討した結果、選ばれたのがこの「若菜色・唐花小紋」である。画像は、八千代掛として誂えた姿。

どうして、この小紋が選択されたのか。私が察するところでは、若草色を少し沈めたような、淡く柔らかい地の色が優しい印象を醸し出すことと、図案の唐花のデザインが可愛く、モダンであったことが決め手になったのではないかと思える。この品物は先述したように、装い方により、大人向きにも、子ども向きにもなる色と意匠を兼ね備えている。それはまさしく、お客様が望まれた「少し大人で、可愛い」というコンセプトに対し、6点の中では一番応える小紋。そうした意味から考えれば、最も良い選択をされたのではないだろうか。

こうして、今回頂いた八千代掛誂えの指令を、無事終えることが出来た。出来上がった品物は、先週の大安の日、出産を迎えられる奥さまのご実家へお届けした。おそらく今頃、ご夫婦を始めとして、家族の皆様が一堂にこの品物をご覧になり、改めて良き日の訪れを待ち望まれているのではないだろうか。

新しい命の誕生、その喜びとともに装う品物に携わることが出来るのは、呉服屋なればこそ。そして、三歳、七歳、十三歳とその子の成長ごとに、品物は誂え直され、装い続けられていく。八千代掛の依頼は、すなわち、この先その家族の節目・歴史と関わりを持つこと。これほど、呉服屋冥利に尽きる仕事は他にあるまい。

最後に、ブログ記事に取り上げることをお許し頂いたNさまのご健康と、赤ちゃんが健やかに誕生されることを願いながら、今回の稿を終えることにしよう。

 

まだ見ぬ子どものために、数年後の姿を想像しながら、装う品物を選ぶ。おそらく今、こうした前提で買い物をすることは、ほとんど無いと思います。これは、三年先、七年先に必ず着用すると決まっている八千代掛だからこそ、なのです。モノに対して、場当たり的な捉え方が優先される現代において、これほど長く、大切に一つの品物と関わることは、稀なことと言えましょう。

悩みつつも、この一点と決めた八千代掛・小紋。きっと若いご両親は、手を入れるたびに、買い求めた時のことを思い出されるでしょう。そしてその時、誂え直しをさせて頂く私も、ご両親と共に、子どもさんの成長を実感するはずです。今回、改めて八千代掛という誂えが、呉服屋の仕事にとって特別で大切なことと、思い知らされたような気がします。一つの品物に思いを寄せることは、やはり素敵なことですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。なお、申し訳ありませんが、10月18日(水)~23日(月)まで、私用のため休業させて頂きます。この間、頂いたメールのお返事も遅れてしまいますが、何卒お許し下さい。次回のブログの更新は、少し間が空いて、28日前後を予定しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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