バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

身丈の足りないキモノを、胴ハギをして誂え直す (後編・実行編)

2022.10 10

つい、一週間前は冷房を使っていたというのに、ここ数日は、朝晩ストーブが欲しくなるような冷え込み。街を行く人の服装も、半袖から一足飛びにコートを着込む姿に変わっている。和装ならば、単衣から袷の帯付きを通り越して、すぐに羽織姿になるような感じだろうか。気候の良い春と秋の時間は、年々少なくなっているように思うが、それにしても今年は極端だ。日本の四季が、夏と冬だけの「二季」になってしまうと、日本人特有の情緒も失われてしまうような気がする。

寒さを感じるようになると、夕暮れが早くなったことをも実感する。特に日中晴れて気温が上がった日には、太陽が沈み始めると急に冷え込みを感じる。そして茜色に染まった夕景は、何となく物悲しく、温もりが欲しくなる。清少納言ならずとも、「秋の夕暮れ」には趣があり、人恋しい気持ちを呼び起こす。

 

夕空の茜の色は、もちろん陽の色。赤に少し黄色を含ませたような、深みのある色。この色は「緋色(ひいろ)」だが、緋は別に「あけ」とも読ませる。あけは「あか」と同じ意味で、これは茜の赤を示している。つまり茜の持つ色素イコール、緋色なのだ。

茜は特別に希少な植物ではなく、道端に生えていることも多い野草。ギザギザの刺を持つ四角い茎が蔓状に伸びていて、それを辿ると地下の根に行き着く。この橙色の根こそが、染料の要素である。緋色は冠位十二階の上から三つ目・礼の冠色に当たり、古来から茜を用いた「あけ」の染色がなされてきた。方法については、律令の施行細目を集成した延喜式(延喜5・905年編纂開始)の巻14・縫殿寮(衣服裁縫に関わる役所)に記載があり、きちんと材料が列記されている。

お客様からお預かりした、色鮮やかな茜色の絞り小紋。この品物の誂え直しについて、今日も話を進めてみよう。袖を詰めた残り布や、表からは見えない本衿の布を使い、どのように接ぎを入れて寸法を直したのか。仕上がった品物をご覧頂きながら、その具体的な実行方法について述べることにする。

 

胴ハギをして、生地を繋ぎ合わせた部分(画像は後身頃)

前回の計画編では、現状の寸法を踏まえた上で、生地をどのように融通し、よりお客様の着用しやすい寸法に近づけていくかを考えて、可能な手直しの方法を探ってみた。そして、様々なことを勘案しながら和裁士と相談した結果、ある程度寸法を出すことが出来ると確認出来たので、品物を解いて洗張りに廻し、仕事を始めることにした。このように、大幅な寸法直しを求められる場合には、やみくもに手を付けてはならず、必ず「どのくらいの長さに出来るか」を、確かめる必要がある。

洗張りが終わった品物は、身頃・袖・衿と各々分離したパーツを繋ぎ合わす「ハヌイ」を施して、店に戻される。そこで念のため、もう一度それぞれの箇所の寸法を測り、計画した寸法直しが可能か否かを確かめる。仕事を始めた以上、途中で「やはり寸法は出なかった」という事態は許されないので、どうしても慎重になる。

幸いなことに、この小紋に関しては、洗張り前に類推した通りの縫込みが入っており、身頃と衽に接ぎ入れる生地の、十分な長さも確認出来た。こうして準備が整ったので、いよいよ胴ハギによる誂え直しを始めることになった。では、どのような手順で誂えがなされたのか、これから順次お話していこう。

 

1尺4寸5分から1寸5分詰めて、1尺3寸に作り直された袖。

まずは1尺4寸5分あった袖丈を、1尺3寸に作り直す。そこで余った生地は、袖分の1寸5分と、袖の中に縫い込まれていた5分。これで2寸の布が、左右の袖2枚ずつ合計4枚出来たことになり、これが接ぎ生地となる。その上に、元々身頃の中に縫い込まれていた中上げ1寸を出し、そこにこの接ぎを入れることで、これまでより3寸程度長い身丈寸法が可能になる。

しかし、ただ単純に丈が長くなれば良いのではなく、どの位置で接ぎを入れるかが問題になる。前回の計画編でも述べたように、接ぎが着姿から出てしまうと見映えが悪いので、帯の下かおはしょりの中に入るよう、位置取りを考えなければならない。当然のことながら、接ぎを入れるためには身丈生地を分割しなければならず、一度裁ち切ってしまえば、やり直すことは出来ない。失敗が許されないだけに、位置を決めて鋏を入れる時、和裁士はかなり緊張する。

身頃に入った1寸3分の接ぎ布。最初に想定していた長さより、少し短くなった。

接ぎの位置は、肩ヤマからは1尺2寸~3寸、身八つ口の下部からは1寸5分ほど下。そしてここは、以前中上げが入っていたところから1寸ほど下になる。誂えを担当した和裁士の保坂さんは、念のため自分でキモノを着用して帯の位置を確認し、最終的に接ぎを入れる場所を決めたと話す。この接ぎの位置が上過ぎてしまうと帯から飛び出し、下過ぎればおはしょりから出てしまう。なので、帯の中にきちんと納まるよう、慎重に位置取りをしている。

接ぎと中上げで身丈は3寸大きくなるが、さらに仕立の工夫を試みる。それは「切り繰越」と呼ぶ方法を採ること。従来身頃のヤマにあけてある衿肩明きだが、これを仕立替えの際に、繰越分下がったところに新たに開ける。こうすることで、従来入っていた繰越分の上げは無くなり、その分が身頃に組み入れられる。出せる寸法は僅か5分程度だが、少しでも丈を出したい時の手段の一つとなっている。

最終的に、身丈は4尺2寸5分に仕上がった。詰めた袖丈の残布1寸5分、袖丈の縫込み5分を胴ハギし、そこに身頃の中上げ1寸と切り繰越による5分を組み入れる。全てを足すと3寸5分になり、3尺9寸の身丈は4尺2寸5分へと伸びた。お客様が着用できる身丈のラインは4尺2寸だったので、これで何とかクリアすることが出来た。

 

衽にも共生地でハギを入れる。こちらの長さは1寸9分で、身頃の接ぎより6分長い。衽に使う生地は、掛衿の下に入る本衿を切り取ったもの。衿と衽は同じ幅に裁ってあるので、使いやすい。衽にも予め中上げが1寸ほどあり、これと接ぎ分とで丈を長くする。

上前の衽と身頃を写して見ると、接ぎの位置がほぼ一致しており、長さには違いがあることが判る。衽の接ぎ位置は、身頃の接ぎを終えてから決める。そうしなければ、このように凡そ同じ位置にはならない。

そして接ぎと上下に分離したところは、出来るだけ模様を合わせる。画像から見ても、身頃と衽双方ともに、立湧模様が自然に繋がっているように感じられる。この状態ならば、万が一接ぎが表に出てしまっても、よほど近くに行かなければ、接ぎがしてあるとは判らないだろう。無論、ここが外に出ることは無いのだが。

 

誂えを終えた小紋。身丈は長くなり、裄も1尺7寸7分ほどに出すことが出来たので、お客様にとっては、ほぼご自身の寸法近くに品物が生まれ変わった。

共色の八掛と胴裏も、洗張りですっかりきれいになり、新しく誂えたよう。難しい手直しだったが、こうして完成すると、請け負った私にとっても納得出来る姿になった。依頼された関西在住のお客様には、早速お送りして着用を試して頂いたところ、満足できる着心地になっていたとのお話。このお返事を聞いたところで、ようやく安心する。

 

今回、胴ハギ誂え直しを終えて判ったことは、接ぎに使う布は、元のキモノの中で余る部分があれば、それが使えるということ。この小紋の場合は、袖丈の2寸の余りが有効だった。無論別に残り布が保管されていれば、それを使っても良い。ただ接ぎをする場合には、身頃の上前・下前で合計四枚の布が必要で、例えば身丈を2寸長くしようとするならば、2寸×4枚=8寸の長さが必要になる。また衽にも接ぎ入れは必要になるが、ここに使う接ぎ布は、今回実行したように、本衿を利用すると良いように思う。

そして直す品物には、接ぎ入れが目立つモノと、目立たないモノがある。この絞り小紋のように、模様が密になって連続していると、接ぎ位置は目立たないが、無地など模様が無い品物では、否応なく目立ってしまう。もちろん、接ぎが着姿の中に隠れてしまえば、着用することに何の問題も無いのだが、それでも心配にはなる。

そして共生地が全くない場合には、別布を用いて接ぎ入れをするのだが、この場合の接ぎは一目瞭然になるので、絶対に着姿から出ない位置に入れなければならない。共生地では、何となくごまかしが効くが、別生地だとそうはいかない。これは私の感想だが、胴ハギ誂え直しをする場合は、出来る限り共生地を使うべきかと考える。

 

新たな寸法に誂え終わった、茜色の絞り小紋。仕事に費やした時間は、約2か月。

難しい仕事ではありましたが、経験を踏まえた職人さんの工夫により、お客様の希望通りに品物を仕上げることが出来ました。手直しの仕事こそ、各々の力が発揮される場。これからも依頼される方の話を深く聞きつつ、職人さんへと仕事を繋いでいきたいと思います。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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