バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

双子の女の子のために、桜と桃のオリジナル小紋を創る  草案編・2

2019.11 10

呉服屋として長い間品物を見ていると、地色や挿し色に表現される微妙な色合い、図案のバランス、そして構図の取り方などが理解出来てきて、自然と「モノの見方」が磨かれてくる。

品物にとって「作り方」も重要だが、いくら手を尽くしたものでも、商品そのものの色と模様にセンスが無ければ良品とはならず、お客様には求めて頂けない。そして難しいのは、その品物を良しとするか否かは、扱う呉服屋の好みで左右するということだ。

例えば、私はパステル系の優しい地色が好きなので、濃い地色で深く落ち着いた雰囲気を持つ品物には、あまり目が行かない。そして模様の構成は、どちらかと言えば控えめなものを好む。アイテムにもよるが、華やかさが前に出るような意匠は、苦手である。けれども、私とは真逆な好みの呉服屋もいる。こうなると、品物の評価は大きく変わってくる。

専門店の品物は、まさに店主の好みを反映していると言えるが、それにより集うお客様も変わり、店の雰囲気も変わる。うちの店に来られる方の多くは、やはり私と同様、柔らかい印象を持つ品物を好む。だがそれは、もしかしたら、熱心に品物を説明することで、お客様を私の好みに引き入れようと「洗脳」しているからかも知れない。

 

さて、二つとはないオリジナル品を創ることは、着用する方のことを第一に考え、地色、図案、挿し色を決めなければならない。そしてそれが結果として、依頼する方に納得出来るものに仕上がらなければ、駄目である。つまりは、バイク呉服屋の技量が試されることになり、それは、これまで見てきた品物の色や図案、配置など、すべての経験を踏まえた上で、考案することになる。

今日も前回に引き続き、桜と桃のオリジナル小紋について。具体的にどのように設計したのか、基本的な図案作りの過程を踏まえながら、話を進めてみよう。

 

絵が苦手なバイク呉服屋が描いた、小紋にあしらう桜と桃の下絵図案。具体的な模様の配色は、色見本帳の番号で記してある。無論、地色も決めている。

 

本格的に図案や色を考える前に、決めなければならないことがある。それは、模様それぞれの大きさ、模様と模様の間隔の空き具合、さらに模様の数など、設計の基本となる構図だ。この品物は、全体に模様を散りばめる小紋なので、構図如何によって、作り手の手間の掛かり方も大きく変わる。

参考になったのが、先にプロの図案師に作ってもらった雛形。模様をそのまま採用するか否かは別にして、大きさや数、地の空き方などは、やはりバランスが取れている。仕事の経験から、限られた反物巾の中で、どのような模様の位置取りにすれば良いのかが判っていて、こうした作り手の感覚は、当然尊重すべきであろう。

職人が描いた桜小紋の草考。反物と同じ巾の紙を使って書いているので、リアルに模様の大きさや、間隔、地の空き方が判る。

一口に小紋と言っても、全体に模様が広がる総柄小紋と、間隔を空けて飛び飛びに付いている飛柄小紋がある。今回は、型紙を使う通常の小紋の製作方法とは異なり、下絵から糊置き、彩色とすべて手作業で行うために、模様の嵩が手間に直結する。だから費用の面から考えても、そうそう手の込んだ模様は作り難く、あしらう模様の種類も限度がある。とすれば、当然総柄は難しく、模様を絞りこんだ飛び柄になる。

私とお客様でこうしたことを勘案した結果、図案の大きさや数、間隔、そして地の空き方は、職人の雛形をそのまま採用することが、一番良いと結論付けた。そして、あしらう模様は桜、桃ともに三種類。大きさは、草考の雛形とほぼ同じくらいと決める。このように構図は固まったが、草案作りはまだ始まったばかり。肝心なのは、それぞれの図案をどのように描くかであり、それを考えなくてはならない。

そこで姉妹の順番に従い、まず桜小紋から、具体的に図案を考えることにした。

 

図案を考える上では、どうしても見本的な資料が必要になる。今回は、参考になりそうな図案をネット上で探して持参したが、お客様と見ていても、「これ」と思える図案は見当たらない。それはおそらく、画像だけでは、あしらう模様としての実感が得られないからだろう。そんな時に目に止まったのが、上の画像のリアルな染帯である。

この桜の帯は店の在庫で、3年ほど前にブログでも紹介したことがあった。まだ売れずに残っていたので、図案を考える資料の一つとして持ってきたが、やはり実際に品物に表現されている模様は、現実感が備わっている。

しばらくこの帯を見ているうちに、この桜図案をたたき台とすれば良いのではとの考えが、私に浮かんだ。桜の花びらから二本のびる蕾、そして舞い散る花びら。写実に偏らずに、ある程度図案化している姿も面白い。そして何より、子どもの小紋図案としての可愛さもある。お客様に提案したところ、同意を得た。そこで、どのようにアレンジして取り入れるのかを、考えてみることにした。

右の鉛筆殴り書きは、お客様と相談の際にメモしたもの。左はそれを清書したもの。

最初に、模様の数は三種類と決めてある。そこで図案は、蕾付きの桜花、小桜に二枚の花びら散し、大小5枚の花びら散しとしてみた。桜花それぞれの大きさに変化を付け、それを交互にあしらうことで、模様全体のバランスを取る。桜だけの小紋であっても、単調な意匠にはしたくない。

模様が決まったところで、地色と挿し色を決める。図案の一つ一つ、しかも中のパーツごとに色を考えなければならない。画像に見える番号は、色見本帳の名称と識別番号。

桜も桃も、基調となる色はピンク。けれどもお客様は、ピンク色だけに固執したくないと話される。だが、地色にせよ挿し色にせよ、あまりピンクとかけ離れた色を付けると、せっかくの図案を壊すことにもなるので、ここをどのように工夫するのか、腕が試される。

そこで、桜、桃小紋ともに、地色は、サーモンピンク系を考えることにした。但し色目は、あまり濃くなり過ぎないように、柔らか味の残る範囲とする。そして、桜小紋の方を濃く、桃小紋を薄めにする。サーモンピンク地ならば、挿し色にピンクを多用しても、色が重なることはないだろう。

花と花びらはやはりピンク主体になるが、手挿しなので、縁取りを強調したり、ぼかしを使うことで、平板にはならないはず。そして、蕾と二枚散しの花びらには赤を、萼と蘂に緑を使うことで、アクセントとする。これは、見本にした染帯の配色がヒントになった。また、5枚の花びら散しは、ピンク色でも微妙に挿し色をずらしてみたい。手挿し友禅だからこそ、こんな工夫も自由に出来る。

こうして、桜小紋の図案と色は決まった。メーカーの担当者と職人さんには、きれいな絵を描いて渡さなければならないが、バイク呉服屋は絵に全く自信が無い。上の画像は、下手ながら一生懸命描いた模様設計図だが、本来ならば公開できる代物ではない。

 

さて桜は決まったものの、むしろ問題は桃である。参考になるリアルな品物が無いので、全くの白紙の状態から、図案を生み出さなければならない。桜は、花びらだけを使っても、模様にバリエーションを付けることが可能だが、桃はどうだろう。桃の花は桜ほど馴染みが無いので、アレンジすることも難しいだろう。

私には、具体的に提案できるものが無かったので、お客様に聞いてみたところ、面白い図案があると言う。それは、スマホカバーの中から見つけた「桃の実」のデザイン。丸ごとの実、半分に切った実、四分の一に切った実。これがカバー全体に散りばめてある。花ではなく、実の形で変化を付ける発想が斬新である。

この桃の実カバーは、全体に隙間無く模様が並んでいるので、今回創る小紋のイメージとは違うが、実を切り取って図案に使うという発想は、参考になりそうだ。おそらく、キモノや帯の図案に固定観念がある業界関係者では、こうした図案は出て来ないだろう。そこで、この「実の変化」を念頭に置いて、図案を考えることにした。

右の鉛筆書きは、相談時のメモ。左は清書。桜の時と同じ。

葉っぱを付けて鎮座した桃、半分に割った桃、食べやすいように八分割した桃。桜同様に、あしらう図案は三種類。実の形の変化は、そのまま図案の変化へと繋がる。花をモチーフにしている桜に対して、実をモチーフにする桃。一緒に並んだ時には、図案の対比も面白い。おそらく、桃の実だけを題材にしたキモノなど、これまで作ったことは一度も無いだろう。斬新さと可愛さを併せ持つこんな桃小紋は、オリジナルでなければ生まれようも無い。

桃小紋のサーモンピンク地色は、桜に比べて薄くする。そこで、挿し色として使うピンク色を、桜小紋より若干濃く付ける。実の内側は、地色より僅かに薄いベージュ。皮のピンク色も、三種類の図案全てに変化を付ける。また、種を赤、葉を緑として、色のアクセントを付ける。

お気付きの方もいるだろうが、桃小紋と桜小紋の挿し色は、リンクしている。例えば、桜の蕾の赤と桃の種の赤が同じ。そして、桜の萼と蘂の緑と桃葉の緑は同じ。双方に同じ色を印象的に施すことで、二枚の小紋に一体感を持たせる。桜と桃、図案は異なっていても、共通の色により「揃い」であることをどこかに意識させる。これは、あくまで二人並んで着用することを想定した配色の工夫である。

そして模様の配置も、桜と同じ間隔にする。もちろん大きさも、桜図案に合わせる。こうすることで、色目と同様に、二点の小紋に共通性が生まれる。今回の小紋を創る上では、やはり「双子の品物」であることをコンセプトに据えて考えなければ、上手くはいかない。

 

私と依頼されたご両親とで、相談すること3時間。ようやく誂える桜と桃小紋の設計が決まった。後は職人さんの手で、どのように形にするかである。メーカーへ私が描いた絵の草案を渡したのは、お盆前。完成までには、ひと月半を要するという。

職人さんの方で、仕事の過程を画像に写し、その都度送ってくれるとのこと。お客様には、モノ作りの姿もお目にかけられるので、これは有難い。次回からはいよいよ製作編。どのような品物に仕上がったのか、皆様にも見て頂くことにしよう。

 

図案を考える上では、頭を柔らかくする必要があります。呉服屋もメーカーも職人も、これまで扱った、あるいは創った品物が頭に残っているので、どうしても発想の範囲が狭くなります。

そこへ行くとお客様は、これまでキモノの図案になっているかどうかなどと意識はせず、フラットな目線で自由にデザインを見ているので、我々が想定していない図案にも目が止まります。今回の桃の実模様などは、その最たるものでしょう。

オリジナル品を製作するには、こうした「モノの見方」が重要になり、模様を創り出す大きなポイントにもなります。そしてそこに、携る呉服屋や職人のセンス、あるいは持っている知識を加味すると、品物としての形が整うように思います。

お客様、呉服屋、メーカー、職人がチームとなり、品物を創る。手の掛かることですが、納得出来るものに仕上げた時には、格別な喜びがありますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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