バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

加賀紋で、品物の使い道を変えてみる  黒紋付羽織のカジュアル化

2017.11 10

日頃、キモノを良く着用される方でも、使い道に苦慮する品物がある。この方々の多くは、母や祖母から譲り受けた古いモノでも、汚れを落とし、寸法を直しながら、大切に扱い続けているような、いわば「品物を無駄にしない」人たちである。

だが、そんな方にしても、どうしても使う機会が見つからないとか、いつ着用出来るかあてがない、とこぼされるモノがある。この困るモノの代表が、黒紋付の羽織だろう。

 

ほとんどの家庭で、式服としてのキモノが、必需品として受け止められていた昭和の時代。結婚式には黒留袖、お葬式には喪服、入学・卒業式には無地モノ。式と名前の付く節目の行事には、当たり前のようにキモノを使っていた。そして、この時のキモノには、必ず家紋が入っていた。紋は着用する場の格を示すものであり、いわばフォーマルを象徴する証でもある。

そして、キモノと一緒に使う羽織もまた、必需品であった。この礼装用の羽織が、黒紋付羽織である。主に、冠婚葬祭に使うものなので、地色は黒で、当然紋が入る。羽織もキモノ同様に、格を維持しなければならなず、男性の第一礼装・黒紋付羽織袴同様、女性も羽織が無くては、格好がつかなかった。

また羽織は、室内に入っても脱ぐ必要は無く、着装したままで良い。今と違って、空調設備が不十分な会場が多く、冬場に羽織が無ければつらい。機能的な面から考えても、羽織は必要であった。

 

さて、時代を経た今、黒紋付羽織の着用機会はどれくらいあるだろうか。昔、主たる着用機会であった冠婚葬祭の形式は、驚くほど変わってしまった。羽織どころか、キモノそのものまでもが、現在では家庭の必需品ではなくなっている。

例えば、結婚式。式のカジュアル化に伴い、黒留袖は、新郎・新婦の母親がどうしても着用しなければならないものでは、無くなってきている。また、媒酌人の存在がほとんど消えたことも、需要の低下に拍車が掛かってしまった。そして、お葬式。この式の変貌ぶりは、なお著しい。最近では、こじんまりとした会場で、家族中心の近親者だけの「密葬・家族葬」が多い。中には、火葬場で葬儀を済ませる直葬も増えていると聞く。

そんな訳で、式服の存在が薄れていることもあいまって、なおフォーマル用羽織の出番は少なくなっている。一世代前には、多くの人が持っていたものだけに、今となっては、ほとんど箪笥の中に眠り続けている。

 

そこでお客様から、「何とかならないでしょうか」と相談を受けるのだが、これまでの使い方のような、第一礼装、またはそれに準ずる場面だけでは、着用機会を見つけることが難しい。

そこで何とか、「品物の役割を変えること」が出来ないものか、考えることにした。特定の場面でしか使えないというモノの方向を変え、自由度を広げてやることである。そうすれば、箪笥に残って不遇を囲っている「黒紋付羽織」にも、陽の目が当たる。

今日は、そんな事例を御紹介することにしよう。

 

加賀紋・アヤメの丸 陰すが縫紋・丸なし剣片喰

紋があるばかりに、着用機会が限定されるというのであれば、紋を外してしまうことが、手っ取り早い。何の加工もしていない黒無地羽織は、絶対にあり得ないというルールは、無いと思う。黒という色には、どんなキモノの色や模様にも対応出来る、使いやすさがある。実際に、黒無地羽織をカジュアル用として使い回す方もおられる。

素無地のままでも良いが、紋付羽織の残像を残すのであれば、紋の格を下げて使うことを考えても良かろう。とすれば、ここは格を意識することなく表現出来る「加賀紋」の出番となる。

 

紋の格は、上絵・染め抜き紋(日向紋)・刺縫紋(陰紋)・加賀紋(華紋あるいは洒落紋)の順だが、加賀紋の場合、紋というよりも、むしろデザインの範疇に入る加工であり、着用する場所が限定される「紋付」からは少し外れているだろう。紋といえども堅苦しくはならず、気軽に使えるのだ。

だから、自分の紋をデザイン化したり、紋とはまったく関係ないものをモチーフに選んだり出来る。紋の大きさや、中の配色ももちろん自由だ。

加賀紋と一口に言っても、色々ある。まず技法だが、染と繍に大別できる。上の紋は、全て繍によるものだが、これを友禅のように糸目を置いて、染であしらうこともある。また、基本的な構図は、上の紋のように、紋とモチーフを併用するもの、紋そのものをデザイン化するもの、そして紋を入れずモチーフだけがあしらわれるもの、この三つに分けられる。技法・構図ともに、選択は使う方が自由に決める。先月、江戸小紋に加賀紋をあしらった事例を御紹介したが、これ、お客様自身の紋だけをデザイン化し、繍で表現したものであった。

 

羽織の後姿。紋の大きさは、通常の倍ほどなので、見た目にも結構存在感がある。

この羽織を礼装としては使わないというのが、加賀紋を入れる前提となっている。但し、このように、自分の紋を併記しているものであれば、黒留袖や喪服という第一礼装は駄目だが、無地紋付や江戸小紋くらいなら容認されても良いように私には思える。この辺りの判断は微妙で、人により意見が分かれるかも知れない。これが、家紋の無いモチーフだけの加賀紋ならば、もっとカジュアル化され、フォーマルの意識はほぼ消えるだろう。

加賀紋を拡大してみた。モチーフはアヤメ。枝を丸め「アヤメの丸」のような図案になっている。

枝は、若草、緑、山吹と微妙に色を変え、濃淡を付ける。枝先の蕾と花本体は、形や色を写実的に表現している。花粉は橙色、花弁は紫とうすピンク、そして密標と呼ばれる中心部に近いところは白、花柱は青。モチーフを写実的にするか、思い切り図案化するかは、デザイナーである職人のセンスによる。当然、模様の表し方により、配色も違ってくる。

この加賀紋も、いつも仕事を依頼している紋章上絵師・西さんの手によるもの。西さんには、まず最初に、お客様がこの羽織をどのように使いたいのかを話しておく。そして、希望されているモチーフ(今回はアヤメ)も伝える。

西さんがこれらのことを勘案した上で、基本的なデザインと配色を考える。ある程度構想がまとまった時点で、設計図案を描いてもらい、それをお客様に提示して了解を得る。仕事に掛かるのは、それからだ。デザインするのはご主人だが、実際に繍をほどこすのは、奥さんの仕事。うちの加賀紋は、紋章職人夫婦の二人三脚で出来上がっている。

羽裏と羽織紐。カジュアル用として使う羽織なので、市松花散らしのお洒落な羽裏を使う。紐も白と深緑の丸組。これが、第一礼装ならば、羽裏は白でなければならず、紐も慶事ならば白で、喪用なら黒に限定される。羽織としてカジュアル化されれば、裏地も紐も変わり、自由になる。

前の姿。もちろん紋は背の加賀紋以外には付いていない。羽織丈も、膝が隠れる程度で、少し長め。

古い黒紋付羽織でも、紋を消し新たに加賀紋を入れると、このような品物に変わる。昔の羽織だと丈の短いモノが多く、仕立直しをしても、出せる長さが限定されるものは多いが、それでも「カジュアル化」したことに変わりはない。

これまで、古い黒紋付羽織の新たな使い道と言えば、紋を消して喪用の名古屋帯に作り変えるか、喪用バックの生地にしてしまうか、くらいしか思いつかなかった。だが、礼装という観念を捨てることにより、新たな道が生まれた。加賀紋は、フォーマルからカジュアルへの橋渡しをする、貴重なほどこしと言えよう。

 

今回のような試みを、邪道と考える方もいるだろう。黒無地の羽織はあくまで、日向紋あるいは陰紋を入れて、礼装用にしか使わないとする考えである。もちろん、基本的にはその通りなのだが、この前提にだけ拘っていれば、着用の機会は限りなく限定され、出番はほとんど無くなる。

最初に述べたように、黒留袖や喪服といった第一礼装のキモノさえ、誰もが必要なものでなくなってきている現状があり、そこに限定される黒羽織など、なお使い道に困ってしまう人が多いのもまた、事実である。

一世代前の母親とか祖母が使った黒紋付羽織を、そのまま何もせずに箪笥に眠らせて置くのは、何とも惜しい気がする。やはり使う場面が無ければ、品物としては価値を持たないように思う。加賀紋による格下げで、着用する自由度が高くなり、機会が増えることは、有意義な品物の使い方に思えるが、如何だろうか。

いかに和装には、決まったルールがあるといえども、この程度のことは許されても良いように、私には思える。

 

フォーマルで使う品物に見られるルールは、守るべきものと私も思います。けれども少し視点をずらし、品物の性質を変えて、着用の機会を増やすことを考えるということも、少しは必要なのではないでしょうか。

加賀紋のような、格を下げる役割を持つほどこしなど、なかなかありません。しかもそこであしらうデザインは、自分だけの唯一のもの。こんな重宝な役割を持つ加工を使わない手は無いように思います。

すでにある品物をそのまま使うというだけではなく、アレンジすることにも意識を及ばせていくこと。守るべきルールは尊重しながらも、出来るだけ頭を柔軟にして、新しい仕事を提案して行きたいものですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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