バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  爽やかなミント色大島で、風薫る季節を歩く

2021.05 30

今年はすでに、九州から東海にかけて梅雨に入っている。平年に比べると、三週間も早い。関東甲信地方も、このところ雨の日が続いて、「梅雨の走り」を思わせる。二十四節気の「小満(しょうまん)」にあたる今は、陽光に満ちて、万物が成長する時。花は咲き、多くの植物は結実し、山や野は賑やかな季節を迎える。

例年なら、明るい陽に照らされた新緑が目を惹き、若葉には独特の匂いが香り立つ。だが、雨に打たれながら葉に輝く雫の色も、それはそれで美しい。いずれにせよ、いのちあるもの全てが生き生きと見える。それが、五月である。

 

まさに青葉の季節であるこの時期には、昔から「風薫る」という季語が使われている。育ったばかりの木々の緑の中を、抜けていく風。その爽やかさを、「薫る」という言葉で表現したのだ。

風薫る 羽織は襟も つくろはず・芭蕉  薫風や 恨み無き身の 夏ごろも・蕪村

江戸中期の代表的俳人・松尾芭蕉と与謝蕪村の初夏の句には、いずれも「風薫る、薫風」の季語が見えるが、著名な句人にしても、爽快な初夏の風には、特別な思いがあったのだろう。

そこで今月のコーディネートでは、今を彩る若葉の色をテーマにして、キモノと帯の組み合わせを考えてみたい。ご覧頂く皆様に「風薫る姿」をどこまで感じて頂けるか、早速試すことにしよう。

 

(ミントグリーン格子に青十字小絣・色大島紬  白地小唐花模様・九寸織名古屋帯)

バイク呉服屋を贔屓にして頂いているお客様の年齢は、私と同じくらいか、若い方がほとんどで、年配の方は少ない。そして求められる品物は、キモノは小紋や紬、帯は名古屋帯などカジュアルモノが中心。茶道や和楽器を嗜む方が目立つが、和の装いが趣味という方も多く見受けられる。つまりうちのお客様の多くは、日常のさりげない場面でも、自由にキモノを着ていることになる。

当然、ほとんどの方が自分で着装出来る。だからこそ、何時でもどこへでも、自分の意思で和装を使う。そして面白いのは、「みんなで一緒にキモノを着ましょう」などと、徒党を組まないと和装が出来ないような方が、ほとんどいないことだ。

よく呉服屋では、自分の顧客にキモノを着てもらおうと、文化教室やパーティを開くことがあるが、これはある意味おかしな話で、売手が着る機会を作らなければ、着ないような品物を売っていることになる。商いの方法として、こうしたことに忸怩たる思いはないのかと、私は思ってしまう。その点では、うちのお客様方は至極健全で、「自分が着たいから、着ているだけ」なのである。無論私が、着用の場を作るようなことは、一切ない。まあ自分の性格では、そんなことまでして、品物を売りたいとは思わないが。

 

自由自在にキモノを嗜む方々には、当然ながら、はっきりと自分の好みを持っている人が多い。そしていつも、趣味に合う品物はないかと、探している。うちの店を選んで頂いている理由は、置いてある品物、つまり私が仕入れた品物を支持しているからで、それは結局、私とお客様の「品物を選ぶ感性」が、リンクしているからに他ならない。

ではそんな方々は、何が決め手となって、品物を購入しているのか。最も大きな要因は、当たり前だが、色と模様、そしてそれが輻輳して醸し出す品物の雰囲気だ。だがその時、求める品物に「どのような技」が使われているかという、「技術的要素」を重視する人は少ない。つまり裏を返せば、いかに精緻な技術を駆使して作っていたとしても、自分の感覚に合わない色や図案には、目が向かないのである。

とは言え、技術的要素を全く無視することは無い。例えば、染モノであれば、インクジェットのような簡易的で大量に生産できるモノは、最初から除外している。それは、人の手を全く無視した安直な作りの品物を、「和の装いとして、着るに値せず」と考えているからだ。

 

人の手の入り具合は、即ちコストに直結する。つまり、若き和装の求道者たちの「モノ選び」の基準は、そこそこに手が尽くされていて、古くさい伝統柄や色に固執しすぎないモノ。その上で、センスが良くて、求めやすい価格も重要ということになる。この条件を満たすのは、かなり難しいが、ここをクリアしないことには、商いが成立しない。

こうした、「一筋縄ではいかない方々」を迎え撃つバイク呉服屋とすれば、やはり、それなりの覚悟が必要になる。今日コーディネートに使ったのは、そんな方々を想定して選んだ品物。前置きが長くなってしまったが、品物をご覧頂くことにしよう。

 

ミントグリーン経縞に横段藍十字小絣・本場大島紬 伊集院リキ商店(廣田紬扱い)

キモノを知る方であれば、大島紬と聞いてまず思い浮かぶのが、渋い泥や藍の地に、精緻に入れられた絣模様かと思われる。おそらくイメージは、キモノに精通した年配者が似合う織物であり、色の雰囲気からしても、どちらかと言えば暗く感じられる。

作り手である産地の人も、扱う問屋の者も、精緻な経緯絣を駆使した模様が「大島紬」であり、それこそが、大島というブランドの根幹を成すと考えてきた。もちろん、工程ごとに人の手が尽くされ、結果として価格も高価に跳ね上がる。長い間大島は、結城紬と並んで高級織物の代名詞であった。

 

だが一方では、そのブランドイメージを前に押し出すことが、需要の足かせになってきたことも否めない。色や絣模様の表情からは、明るい気配が感じられず、どことなく「古くささ」がつきまとう。それは、良い悪いではなく、若い方がこの品物から受ける感覚的な印象なのである。

価格の高さと、手を出し難さが相まって、大島の需要は下降し続けてきた。だが、他には見られないこの織物の、軽くて着心地の良い風合いを、多くの方、特に若い着手に経験してもらえないのは、何とも勿体ない。伝統にとらわれず、しかも大島の技も組み入れ、さらにこれまでにない明るい雰囲気を持つ品物。そんなコンセプトの下で作られたのが、この大島である。

 

基本は、経縞と横段にあしらわれた絣を組み合わせた図案。優しく明るいペパーミントの縞が、これまでの大島のイメージを払拭している。そして、白い縞の中には、爽やかな青糸の小さな十字絣が見える。従来の大島の雰囲気を消しつつも、しっかりと絣の技術は組み込む。これこそが、現代の感覚に融合する「新しい大島」と言えようか。

 

不均一な、青い絣足。それがまた、独特の手作り感を生み出す。ペパーミントと白の経縞と、縦横に組み合った青絣により、格子の目が表れる。その「チェック模様」がモダンであり、都会的でもある。これならきっと、若い方にも受け入れてもらえるはずだ。

これまでの考えからすれば、こんなシンプルな格子や縞を組合せただけの意匠では、大島としての価値が無いように見えるだろう。けれども、古くさい伝統模様にこだわり続けたことで、市場には固定したイメージのものしか出回らなくなり、結果として衰退を招いた。この新しい感覚の品物は、まさに一石を投じる試みであり、もしかしたら産地のカンフル剤となるかも知れない。

 

地球儀マークは、奄美組合の証紙。製織したのは、奄美の伊集院リキ商店。扱ったのは廣田紬で、私はここから仕入れた。

絣糸を使わない縞や格子大島は、鹿児島産地(旗印)でも生産しているが、そのほとんどが自動織機によるもの。だが奄美では、緯絣だけの縞や格子、そして無地であっても、手機を使っている。技術的には機械でも織れるところを、人の手にこだわる。量産は出来なくても、そして、手機使いで価格が上がることを考慮しても、なお人の手仕事を尊重する。そこに、大島という織物に対する奄美の人たちの「心意気」を感じる。

「新しい感覚の大島」を扱う廣田紬では、産地の未来を考えつつ、時代のニーズに合った品物を、消費者に提案していく試みを続けている。廣田紬のブログ「問屋の仕事場から」の中には、「シンプルなデザインや色目を重視することが、消費者のニーズを捉える」と記されているが、時代を読んで、モノ作りに生かすことが、これからもっと必要になってくるように思う。

では、爽やかなイメージのこの大島紬には、どんな帯を合せて「風薫る姿」とするか。

 

白地 小唐花模様 九寸織名古屋帯(機械機)・西陣 都織物

すっきりとした白地に、小さめの唐花を織り出した名古屋帯。模様はそれほど密集せず、地空き部分の白が目立つ。それがまた、清々しい印象を与える。キモノの爽やかさをより引き立たせるためには、帯にも相応のイメージが必要になる。

この帯は機械機で織られ、図案としては単純な部類に入るだろう。だから、技術的な面から考えれば、特筆すべきことは多くない。けれども、気軽なカジュアル着を選ぶ時の基準を、「センスの良い色と模様で、価格もこなれたもの」と考えるなら、この帯はそれに見合うモノのように思える。

 

花弁の形は、一見桜のようにも見えるが、蔓が付いていることで、唐花とも理解出来る。けれども、どこか桜花を意識しているのだろう。こうして図案化して花を特定させないことが、使い勝手の自由さに繋がる。

この帯を特徴付けているのが、葉と花の蕊に使っている緑。葉は若草色と濃い目の松葉色で、蘂が薄い萌黄色。緑系の配色使いが上手く、全体が爽やかに仕上がっている。また、白い花弁に僅かに見える水色や藤色、ピンクなどのパステル色が模様のアクセントになり、帯に可愛い印象を残す。

 

主張をし過ぎず、清楚なイメージを前に出す。そして緑色を効果的に使うことで、季節感をも表現する。こうして眺めてみると、さりげない優しさを感じさせる帯である。では、ミントグリーン格子の大島と合わせてみよう。

 

どちらも「爽やかなイメージ」を持つ品物なので、組み合わせれば、相乗効果が出る。そして、「主張しすぎず、控えめに」というコンセプトも共通しており、着姿はピタリと収まるだろう。

帯の前姿から見ても、清潔な印象が伺える。キモノと帯双方に配された白と緑と青がうまく融合して、「風薫る姿」を形作っている。

小物の色は、葉色の緑を使う以外には考え難い。柔らかな若草色を使うか、きりっとした若松色を使うかは、装う方のお好み次第。(若草色帯〆・龍工房 若松色帯〆・木屋太今河織物 若草グレーぼかし帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、「若葉の季節に相応しい爽やかな姿を」というコンセプトの下で、コーディネートを考えてみた。街歩きの中で出会う和の装いが、それぞれの季節を映す鏡になっているとすれば、それが一番美しい姿では無いだろうか。今は、大手を振ってキモノを着用し難い雰囲気があるが、一日も早く、自由に装いを楽しむ日常に戻って欲しい。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

本文の中でも書きましたが、お客様が品物を選ぶ最も大きな要素は、色と図案であり、その組み合わせによる品物全体の姿を気に入らなければ、装ってみようとは思わないはずです。

では、人は自分の感性に合う色や図案を、どのような理由で選んでいるのでしょうか。これは全く分かりません。私自身もパステル系の色が好きで、この系統の地色ばかり選んで仕入れをすることが多いですが、なぜ淡い色が好きなのかは、自分でも説明が付きません。

専門店の個性とは、店主の好みが、そのまま置いてある品物に反映されていることでしょう。そんな私の趣味を理解し、それを良しとして支えて頂いているのが、今のお客様方です。これからも、衰えつつある自分の感性を磨きつつ、お客様のツボに入る品物を探したいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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