バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

母と祖母の晴れ着、時を経て蘇る(前編)  振袖と帯を再生する

2023.09 13

私の家族構成は、妻と娘三人。私以外は、全員女性である。また、私の両親はすでに他界しているが、妹が一人いるので、現状で家に残っている男子は、私だけになっている。この女性優位の家系は、どうやら私の母方の傾向のようで、母は四人兄弟の二番目だったが、上の三人は女子で、末っ子だけが男であった。

母の兄弟には、私や妹を含めて全部で6人の子どもがいたが、男女の比率は3:3と偏りがない。しかし6人の従妹たちで、子どもを持つのは、私と母の末弟である叔父の娘の二人だけ。私の家系にも、少子化の波がひしひしと打ち寄せている。そして不思議なのは、この従妹の子が全員女性であること。しかも、私の娘たちと同じように、一年おきに三人生まれている。つまり、母方の家系においては、女性ばかりが6人いて、次代の男子は一人も存在しないことになる。これはやはり、「女系家族」になるのだろう。

 

さて、なぜ最初に一族の話をしたかと言えば、先頃うちと同じように三人の娘を持つ従妹から、振袖再生の仕事依頼を受けたからである。東京の郊外に在住する従妹は、私より一回りほど年齢が下で、彼女の三人の娘たちはそれぞれ、18歳・20歳・22歳になる。この中で、来年成人になる次女と、学業が忙しく成人の時に振袖を着用出来なかった長女のために、振袖一式を準備して、この夏休み中に写真を写すことになった。

従妹の娘たちの振袖に関しては、二年ほど前から相談を受けていたが、その時から、彼女の家に保管されている二組の振袖一式、従妹本人が着用したものと、従妹の母親(私の叔母)が着用したものを使うと決めていた。それがこの夏着用すると決まったので、春先より二組の振袖、帯、襦袢、小物の手直しや誂えを行い、少しながら新調する品物を準備してきた。

 

先月上旬、全ての仕事が終わり、従妹の振袖と叔母の振袖は、無事彼女の二人の娘に受け継がれた。そして思いがけなく、装った姿を直接見ることも出来た。そこで、母から娘、そして祖母から孫へと、どのように二組の品物を再生したのかをブログで紹介したいと考え、従妹にお伺いを立てたところ、快く了解をもらえた。ということで、今日から二回に分けて、昭和と平成の振袖が令和の装いとしてどのように生まれ変わったか、その姿をご覧頂こう。まず今日は、振袖と帯の再生について、次回はコーデをどのように再構築したのか、お話することにしたい。

 

左が母・従妹の振袖(90年代初め) 右が祖母・叔母の振袖(60年代半ば)

従妹は仕事の関係で何回か引っ越し、数年前に育った街に戻ってきた。叔父も叔母も山梨に育ったものの、二人とも県外の大学に進み、結婚した後は東京で暮らした。なのでこの従妹は山梨にルーツがあるものの、元々は東京の人である。母である叔母が、思わぬ病を得て、早く他界してしまったため、キモノ類は従妹が全て受け継ぎ、これまで保管してきた。ただ、本当に多忙な仕事に就いているため、着用したいと思っても難しく、キモノには縁遠い。だから、娘の振袖を整えると言っても、何をどうして良いのかわからないのが、正直なところであった。

そんなことで早々に私に声が掛かったのだが、二年前は準備段階として、どのような品物が残されているか、またその状態はどうなのか、確認だけしておいた。この時に、自分が着用した振袖と母が着用した振袖が、帯や襦袢、小物も含めてほぼ全て残っていると判ったので、着用が決まった時点で、汚れ補正や丸洗いを行いつつ、寸法を直すと決めておいた。こうして事前に品物の様子が判っていたので、今回スムーズに仕事が進んだが、同時に二点の振袖を再生しなければならなかったので、やはりそれなりの準備は必要だった。

それでは、どのような品物になったのか。まずは長女が着用することになった、母の振袖と帯の仕事からご覧頂こう。

 

(白地 波頭帆掛け模様・型友禅振袖)

波頭と帆掛船の帆を合体させた図案を、身頃から肩、袖へと配置し、その中に松や梅、菊唐草や橘などの花模様と、亀甲や七宝、花の丸など有職系の図案を入れ込んだ、大胆にして優美な古典的な振袖。このように波頭を模した構図は、寛文小袖の代表格である「黒綸子地・網干に波鴛鴦文」と類似しており、制作する時、それを念頭に置いた「寛文文様的な振袖」と言えるだろう。

上前の衽から後身頃にかけて、目いっぱいにあしらわれる波文。これだけ迫力のある図案は、そうお目にかからない。そして地を白地にしたことで、模様がより生き生きとした形で飛び込んでくる。

着姿で最も目立つ上前衽には、駒刺繍と摺箔、また鹿の子絞りを染で模した染疋田のあしらいが見える。こうした技法そのものも、寛文小袖の要素を含んでおり、図案と共にこの振袖の古典性を高める大きな要因となっている。

 

さてこの振袖を、長女が装うことになった理由は、これが彼女の寸法に見合う品物でだったことが大きい。今回、着用を予定した長女の身長は168cm、次女は152cmと、極端に差がある。ついでだが三女は158cmで、二人の中間。うちの三姉妹は、164cm~166cmとほとんど差がないことを考えると、この従妹の三姉妹はバリエーションに富んでいる。

だが、長女と次女で16cmもの身長差があったことで、着用する品物がすんなり決まったとも言える。それは、二枚の振袖の寸法状態ともリンクしている。この波文振袖を着用していた母である従妹は、次女に近い身長で小柄。なので、現状のままでは、168cmの長女が着用することは不可能である。けれども、振袖の身頃には2寸以上の上げが入っており、袖丈もまだ幾分かは出せそう。そして肩付と袖付は両方で1寸以上の縫込みがあり、ここを生地幅一杯に出せば、ある程度の裄丈は確保出来る。そして、そもそもこの大柄な振袖は、体格の良い子が装った方が着映えがする。

衿から肩、袖へと繋がる波頭文様。洗張りして誂え直した結果、裄の寸法は1尺8寸3分、身丈は4尺3寸5分となり、2尺7寸と中振袖的だった袖丈も、寸法一杯の3尺に直すことが出来た。この寸法なら、168cmの長女も、無理なく装えるはずだ。やはり、縫込みの入り具合は、直す時の最も重要な要素になる。特に今回のように、譲る人と引き継ぐ人の間に大きな寸法差がある場合、どれだけ縫込みが入っているかで、その成否が決まってしまう。

そしてこの振袖、選んだのは私の母と母の姉。つまり従妹にとっては、二人の叔母が決めた品物だった。彼女によると、「ある日突然、振袖一式が家に届いた」そうな。おそらく当時、従妹の母である叔母が、和装に知識のある二人の義姉に全てを任せ、依頼したと想像できる。だからこそ、きちんと縫込みを入れておくという、誂えの基本が忠実に守られていたように思える。

 

(桃色地 桐に花菱亀甲模様・型友禅振袖)

こちらは、次女が着用することになった振袖。従妹の母が着用したということは、おそらく昭和40年代初めの品物だろう。桃を思わせる濃く鮮やかなピンク色に、大きな桐の花と亀甲をあしらっている。桐に赤と水色、亀甲には緑と、挿し色が限定されているため、すっきりとした模様姿に仕上がっている。全体から受ける印象は、シンプルで可愛い振袖。叔母は都会的できれいな人だったので、この振袖が良く似合っただろう。

大きな桐花の間を埋めるように、規則的な亀甲花菱文が連なっている。亀甲は全て染疋田であしらわれているので、模様全体が統一されて、バランスが取れている。桐の葉の配色は、赤、ピンク、青水色、緑の四色だが、暈しを施すことによって、図案に奥行きが生まれた。

メインの上前桐模様を拡大すると、輪郭と葉脈に金の刺繍を施して、模様に厚みを持たせていることが判る。葉の暈しの入り方はとてもきれいで、同時に、葉から延びる小さな花弁が、緑と白、それに銀彩と多様な姿で表現されていることが見て取れる。60年前の品物だが、きちんと人の手が入っている。

 

この振袖の寸法を測ってみると、身丈が4尺5分で、裄が1尺6寸5分。そして身巾が前巾6寸・後巾7寸5分と、ほぼ昔の女性・並寸法(標準的な寸法)になっている。これを試しに次女に着せてみると、裄が僅かに短く、前巾が少し狭いくらいで、身丈はピタリ。これならば着用するにあたり、解いて誂え直しをする必要はなく、部分的な寸法直しで事が足りる。つまり、祖母と孫の寸法には、ほぼ差異が無かったことになる。

こちらの振袖も、衿から肩にかけての模様を写してみた。やはり亀甲と桐模様が、きちんと連動して付いている。袖丈は、さすがに現代の大振袖のように3尺も出せず、2尺5寸と中振袖のまま。ただ、着用する次女が小柄なので、短い袖丈に違和感はほとんど無い。裄は1尺6寸8分と3分長くなり、巾は後巾はそのままで、前巾だけが5分広い6寸5分に仕上がった。この寸法直しは、ほぼ微調整の範囲内と言えるだろう。

この振袖は二点とも、大きなしみ汚れは見られなかった。波文の振袖は白地であること、また桐文の振袖は60年という歳月が経っていたので、どちらも多少汚れの不安はあったが、運よく良い状態のまま保管されていた。ただピンクの桐振袖の方は、少しカビの匂いを感じたので、一度丸洗いをしてから寸法直しを試みた。

 

左が、母・従妹の袋帯(90年代初め) 右が祖母・叔母の袋帯(60年代半ば)

二点の振袖に合わせた袋帯は、共通点が多い。それはどちらも黒地であること、そして双方の図案が共に、扇面・七宝唐花という典型的な古典文様であること。選んだ時に、しっかりと振袖の模様を受け止め、きちんと帯で引き締める意図があったと理解できる。だから合わせた時に、第一礼装としての居住まいを正した姿になり、その上で、振袖らしく華やかで、若々しい姿を映し出しているのだ。どちらも、礼を尽くして装いの本筋を外れず、バランスの取れた良い組み合わせになっている。

 

(黒地 扇面散しに菊牡丹模様・袋帯)

扇を一枚二枚と重ねて散らし、扇面の上には、菊と牡丹と亀甲花菱を並べて織り出している。偶然ではあるが、亀甲文は祖母の桐振袖の中にある図案と同じ。扇模様に織り出されているのが、原色の朱や黄、緑、白なので、その鮮やかな色が地の黒から浮かびあがり、華やかで豪華な帯姿になっている。

重ねた扇を拡大してみた。配置された四色のバランスがとても良く、模様が立体的に見える。うちで扱った帯なので、おそらくは紫紘の品物だろう。紫紘の帯には、どんな豪華な振袖でも、きっちり抑え込んで、着姿をまとめてしまう力がある。それが、この織屋最大の特徴だ。

誂え終わった白地・波振袖と黒地・扇面帯を合わせてみた。こうしてみると、古典への意識が強い一組であることが良く判る。背の高い長女が装えば、きっと映えるに違いない。帯に寸法直しは必要ないが、一通り全体の状態を確認する。二点ともに目立つ汚れは無いものの、前回の着用から、30年・60年と長い時間が経っているので、念のために丸洗いを施しておいた。

 

(黒地 七宝唐花模様・袋帯)

帯幅いっぱいに付けた大きな七宝文様を連続させ、中に唐花文を配している。やはりこの帯も、模様の色のポイントは鮮やかな朱。前の帯も同じだが、黒と朱を組み合わせると、否応なく図案は華やかになる。扇面帯と比べると七宝がとても大きくて、帯として相当迫力がある。

四弁花を三つ重ねた、正倉院的な唐花。これを有職文の七宝の中に入れ込んでいる。唐様と和様の折衷的な図案と言えようか。60年前の帯だが、古さを全く感じさせない文様。こうしたところからも、キモノや帯の文様の普遍性が見えてくる。

寸法直しが終わった桃色地・桐振袖と黒地・七宝唐花帯を合わせてみた。半世紀以上前の品物とは思えない、モダンで華やかな組み合わせ。今着用しても、何の違和感もない。いやむしろ、その豪華さが目立つだろう。何故ならばそれは、きちんと人の手が入った品物だからである。

 

さて、こうして誂えと直しが終わり、振袖と帯は次世代へと受け継がれるように、蘇らせることが出来た。けれども、きちんと着姿を整えるためには、この品物に見合う小物や襦袢を準備する必要がある。次回は、二組の振袖の最終コーディネートをご紹介し、最後に、実際に二人が装った姿を画像でご覧頂こうと考えている。         ではもう一度、二組の振袖と帯の画像を、どうぞ。

 

ひと昔前まで、思い入れが深いフォーマルなキモノや帯は、世代を越えて受け継ぐべきと認識されていました。ですので古い品物には、受け継ぐことを前提にした施しがされています。だからほとんどの品物は、「直そうとすれば、直すことが出来る」のです。

しかし今は、その場で着用出来れば良しとする、言わば「場当たり的な和装」が主流。この傾向は、この先もずっと続くことでしょう。もし、キモノは「借りるモノ」とされてしまえば、家の箪笥に残る品物を見直す機会は、もう無くなります。そうなると、思い出深いキモノや帯は、どこにも行き場がありません。

そして、もう少し時代が進めば、手直しを請け負う職人はほとんどいなくなり、いずれ「直したくても、直せない日」がやってきます。これでは、いくら上質な品物が残されていても、それは「絵にかいた餅」であり、装うことは不可能になるでしょう。手を掛けること、面倒なことを排除し続ければ、本質は失われてしまいます。

形だけが残れば、後はどうでも良いのでしょうか。それで、本当に良いのでしょうか。  今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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