バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

母と祖母の晴れ着、時を経て蘇る(後編)  小物を再考する

2023.09 19

「一事が、万事」とは、小さなこと一つを見れば、全てのことが判るという意味だが、この諺は和の装いにも当てはまるように思える。どのようなことかと言えば、合わせる帯〆や帯揚げの小物類、袖から少し覗く長襦袢や、裾からチラリと見える八掛、また表からは全く見えない胴裏や羽裏などの裏地類が上質なら、装いの中心であるキモノや帯の質に間違いはないということだ。つまり、質の高いキモノや帯が選ばれると、必然的に、小物や裏地の質も高くなるのである。

質にこだわりを持ってフォーマルな装いを準備する場合、それはキモノと帯ばかりではなく、細部にまでその神経を行き渡らせなければ、きちんとした完成形にはならない。また、ほんの僅かなところであっても、手を抜いてしまえば、自信を持った装いとして、送り出せなくなってしまう。だからこそ扱う者が、裏地一枚、帯〆一本にまで、各々の質をきちんと理解する必要が生まれる。

 

私は、カジュアルの場では、誰がどのような装いをされようが全く構わないし、自由であるべきとも思う。たとえそれが常識から外れている着方であっても、不思議な品物の組み合わせであっても、そしてまた「コスプレ的」であったとしても、装う本人が楽しんでいるのならそれで良いし、他人がその装いをとやかく言うのは間違いであろう。

しかし、フォーマルは別だ。特に第一礼装として位置づけられている留袖類や振袖は、威儀を正す姿が求められる。そしてそれは、装いの場の雰囲気を壊さない「ドレスコード」として定まっており、これが守られない装いは、マナー違反になる。黒留袖などは、キモノや帯ばかりでなく、小物類にまで決まりがあり、使用する帯〆や帯揚げは、白で金銀の施しがあるもの、また一緒に使用する長襦袢は白地と決められている。

 

振袖には、留袖のような色の制限は無いが、それでも前提として、「誰が見ても恭しく、そして若々しく美しい装い」に仕上げなくてはならない。そのためには当然、相応しい小物を合わせることが求められ、ここを間違えてしまうと、たとえキモノや帯の質が高くとも、着姿が台無しになりかねない。

今日の稿は、前回に続いて、従妹の娘たちの晴れ着へと再生した母と祖母の振袖の話。新たな装いとするために、どのような小物や長襦袢を選んだのか、話をしてみたい。あくまで振袖は、第一礼装としての役割を果たす品物。当たり前のことだが、これを念頭に置きながら、衿を正した姿になるようコーディネートを考えてみた。

 

右が、母の振袖を受け継いだ長女。左が祖母の振袖を受け継いだ次女。

数十年と間を空けて品物を受け継ぐ場合でも、以前に使った小物が残っていれば、それも継続して使用することを考えの中に入れておく。リニューアルはするが、何でも新しいものに替えるのではなく、使えるものがあればそのまま使うというのが、私の基本的なスタンスである。

どれだけ時間が流れようとも、品物を誂えた時に、きちんと装いの姿を意図した上で小物をコーディネートしていれば、あまり間違いがない。つまり、小物の状態が劣化していない限り、前のモノで間に合ってしまうのだ。今回もその例にもれず、長女の振袖においては、帯〆と帯揚げ、伊達衿はそのまま使い、襦袢だけを新しくした。また次女の振袖では、小物がほとんど残されていなかったことから、新たにコーデを考えて新調したが、一方で襦袢は、刺繍衿を含めてほとんど寸法を直すことなく、そのまま使った。

上では、装った二人の姿をご覧頂いたが、今回各々の振袖には、どのような視点で小物合わせを試みたのか。品物合わせの画像を見て頂きながら、これからお話していこう。

 

長女用の振袖 白地・波頭模様と黒地・扇面袋帯を合わせた前姿。

振袖に限らず、どんなキモノにおいても、帯〆と帯揚げのコーディネートを考える場合には、基調となる色を探すことから始まる。この色は、装いの中でポイントになっている色であり、着姿を印象付ける色でもある。画像のように前姿を見ていると、この組み合わせで目立つ色は何か、何となく判ってくる。おそらく、着姿の中心に位置する色目を小物に採用すれば、全体が統一した姿となり、バランスも良くなるはず。私の小物の決め方は、いつもこんな風に行っている。

この振袖と帯に関しては、どちらも、模様の中で際立つ色は少し濃い橙色だろう。振袖には、波頭の模様あしらいに、橙色の染疋田や摺箔を施した朱の青海波が見られ、それが白い地からくっきりと浮き上がるように描いてある。また帯も、扇面の中に表現される花や図案の色の中では、やはり橙色が目立つ。この色があるからこそ、この帯を振袖に合わせることが出来ると言っても良いだろう。

つまり、この組み合わせにおける主役の色は橙、あるいは朱であり、この色を小物に採用すれば、ピタリと収まるはず。

朱に金・高麗組帯〆 朱色・総疋田絞り帯揚げ 朱色・紋綸子伊達衿

朱に統一された小物類。これは全て、キモノと帯に付随して残されていたもの。つまり、30年前この振袖を選んだ時点で、「朱色が着姿の基調となる」と考え、帯〆・帯揚げ・伊達衿の小物コーディネートを行ったことになる。この色の捉え方は、上に述べたように、私も同じである。従って、いま残る小物を他のモノに替える必要はなく、躊躇なくそのまま使った。無論、質も良く、30年箪笥に仕舞われていたところで、全く劣化は見られない。小物であっても、きちんと質が担保された品物を求めていれば、買い直す必要が無くなるのだ。

白地橙色ぼかし 薬玉模様・紋綸子長襦袢

私の従妹である母親が使った振袖一式には、小物と一緒に、当然長襦袢も残されていた。けれどもこの襦袢は、長女より15cmも身長が低い母親用で、縫込みも不十分。寸法的に考えれば、長女には使えそうもない。そこでこれを、母と同じくらいの背丈の次女に回して、長女には新しい襦袢を誂えることにした。振袖は解いて誂え直しをするので、新しい襦袢ならば、寸法をきちんと合わせることが出来る。特に、以前は2尺7寸程度と短かった袖丈を、目いっぱい広げて3尺にするので、そのことへの対応も考慮した。

白地 春秋花の丸模様・刺繍半衿

襦袢を新しく誂えるので、半衿も新しいものを用意する。選んだのは、白地に桜と菊を花の丸にした、少しボリュームのある刺繍衿。配色がパステルなので、模様が大きい割にはおとなしく、品良く見える。白地の振袖は、衿元に色があると着姿から目立つ。だから今回は、色を伊達衿の朱だけにして、すっきりとした衿姿にしておいた。

長女の振袖(私の従妹・母の振袖)リニューアル完成形。

双方が波頭に扇面という古典柄、そして白地に黒地という対照的な地色。この振袖と帯を朱を基調とする小物で、コーディネートしてみた。

 

次女用の振袖 桃色・桐に花菱亀甲模様と黒地・七宝花菱袋帯を合わせた前姿

この60年前に誂えた祖母(叔母)の振袖一式には、帯〆をはじめとする小物類が、一切残されていない。そこで今回、この振袖と帯を使った装いの上でポイントとなる色を探し、それを基にして、相応しい新たな小物を選ぶことになった。

この振袖と帯に共通する色はと言えば、赤あるいは少し濃いピンク。どちらも、模様の中ではインパクトのある色として使われている。けれども、キモノ地がピンクで帯が黒と色が深いので、より以上に模様の赤が目立つ。ここで小物にまで赤系を使うと、色が重なってくどくなりそうな気がするので、何か違う色を探すことにする。

若草薄橙に金・貝の口組帯〆 若草色・桜刺繍縮緬帯揚げ 躑躅色・紋綸子伊達衿

そして考えたのが、明るい黄緑色。帯〆と帯揚げに、この色を使ってみた。こうして帯の上に置いてみると、模様の中の強い赤を和らげる役割を果たしている。そもそも赤と緑は補色の関係にあるので、相性は良い。そして、キモノの亀甲花菱の緑色にもリンクして、全体がすんなりとまとまっている。また、伊達衿には若草系を使わずに、振袖の桐模様にあしらわれている濃ピンク・躑躅色を使ってみた。ここは、キモノ地色の桃色より濃くする方が、衿元が引き締まるように思えたからだ。

白地ピンクぼかし 桐模様・紋綸子長襦袢

長女の襦袢誂えのところでお話したように、この襦袢はもともと、母の波文振袖の寸法に合わせてあったもの。けれども、背の高い長女はこれが使えないことから、次女用の襦袢に転用した。母と次女はほぼ身長が同じなので、寸法直しの必要がほとんどなく、若干裄を広げたくらいで済んだ。

サーモンピンク地 紅白梅模様・刺繍半衿

刺繍半衿は、付いていたものをそのまま使った。刺繍衿の地色と振袖の地色が同系濃淡になるので、替えずとも違和感は無い。そして可愛い梅柄も、アクセントになるはず。

次女の振袖(私の叔母・祖母の振袖)リニューアル完成形。

振袖の亀甲花菱と帯の花菱、双方の花菱模様に共通する緑色を、帯〆・帯揚げに使ってみた。また伊達衿には、振袖の地色と桐の葉に配色されたピンク系の躑躅色を選んだ。こうして二点の完成形を並べてみると、長女の一組は古典柄を生かした大人っぽい姿に、次女の一組は可愛さを前に出したコーディネートに仕上がっているように思える。

こうして、60年前の祖母の振袖と、30年前の母の振袖は、孫と娘それぞれへと、受け継がれていった。箪笥に遺された二枚の振袖には、見えない糸が付いている。それは品物を、次の代に繋いでいくための糸。そして、断ち切ってはならない糸。今回従妹に依頼された、糸を繋ぐミッションを何とか果たすことが出来て、今はホッとしている。  最後に、二人の後からの帯姿をご覧頂き、二回の稿の締めくくりとしよう。

 

今、従妹の父である私の叔父は、故郷・山梨の施設で暮らしています。先月従妹は、二人の振袖姿をホテルの写真室で撮影したその足で、キモノを着せたまま娘を車に乗せ、中央道を飛ばして、父のところを訪ねました。きっと、普段は離れて暮らしている父に、大人になった孫の振袖姿を、一目見せたかったのだと思います。その帰りに、店へも立ち寄ってくれたおかげで、こうして私も、装った二人の振袖姿を直接見ることができました。

従妹の話によると、次女が着た叔母(従妹の母)のピンクの振袖は、叔父と見合いをした席で着用していた品物だったそうです。先に逝ってしまった妻、その思い出の品物を着た孫の姿は、叔父の目にどのように映ったのでしょうか。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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