バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

ウインドに、一足早い秋の気配を   残暑厳しき日の衣更え    

2023.09 05

それにしても、今年の夏は暑くて長い。8月、甲府の最高気温は平均で35.8℃、一日の平均気温は29.0℃だった。これは、1894(明治27)年に、甲府測候所(現在の気象台)が観測を開始して以来、最高の気温。そして、35℃以上の猛暑日が22日、12日以上連続で熱帯夜など、いずれも過去の記録を更新してしまった。

甲府は盆地なので、酷い暑さには子どもの頃から慣れているが、さすがに今年の夏は体に堪える。けれども、たまに東京から来られるお客様の話によれば、確かに甲府の日差しは強烈だが、カラっとした潔い暑さなのだそうだ。それに比べて東京の暑さは、湿気を含んだジメジメとした嫌な暑さ。これが体にまとわりつき、一層不快になると言う。

 

確かに、今年8月の東京の気象は、記録を見ても驚くべきものがある。平均気温は29.2℃で、甲府よりも高い。そして31日連続で、気温30℃以上の真夏日。つまり、ひと月丸ごと「あち~ち、あち~」の郷ひろみ状態だったのである。住んでいる人にとって、これほど暑さが続いてしまうと、体力の消耗も相当激しくなるはずだ。

この100年の間に、東京の平均気温は3℃以上上昇したが、これは地球温暖化とともに、ヒートアイランド現象が大きな要因になっている。都市化が進むほどに、熱を抑える植物や土が減り、代わって熱を放出する人工物・アスファルトやコンクリが増える。そのために、郊外よりも都市部で気温が上昇するヒートアイランド現象が起こるのだ。東京では、気温上昇を抑制するための緑化も進められているが、開発に先んずることは無い。なのでこの先、夏はもっと辛くなると容易に想像出来る。

 

暦が9月に替っても、未だ夏のままで、秋の気配すらない。けれども、呉服屋の店先に、いつまでも浴衣や麻モノを置いておく訳にもいかない。と言うことで、数日前に衣更えを行い、店の季節を進めてみた。ここのところ毎年、ブログで品物入れ替えの様子をご紹介しているが、今年もどのように変わったのか、ご覧頂くことにしよう。皆様に、少しでも秋を感じて頂けたなら、嬉しいのだが。

 

衣更えを終えた店先。ウインドの中には、秋色の白大島・小紋・型絵染帯。

一昨年と昨年の9月初め、やはり今回と同じように衣更えの話を書いているが、どちらの稿も、「マスクと消毒液が、一刻も早く不必要になるように」と締めくくられていた。当時は、コロナへの意識が消えないうちは、需要は上がるはずがないと考えられていたが、今年5月に感染法上の位置付けが五類に変わり、様々な規制が解除されたところで、果たして商いにはどのような影響があったのだろうか。

事実、コロナ禍の三年間は、ほとんど夏モノが動いていなかった。浴衣や小千谷縮など、夏のカジュアルを着用するお祭りや花火大会、地域の盆踊りなどが全く開かれなかったので、人々から夏の和装への意識がほとんど消えていた。また、フォーマルモノに関しては、世の中に蔓延する自粛ムードが儀礼の簡素化を助長したことで、装いの場がすっかり失われた。これは夏の間だけでなく、一年を通じて同じ傾向だった。

 

では今年の夏、品物の動きはどうだったのか。確かに、ここ三年とは違って、ある程度はお客様から声がかかり、それなりに仕事を頂くことが出来た。そしてイベントだけではなく、親しい人と久しぶりに会う時の装いとして、誂えを依頼される方もおられた。夏の需要は、少しだけ回復したことを実感できたが、果たして秋から冬にかけてはどうだろう。確固とした見通しなど持てないが、それでも準備を怠ることは出来ない。

それでは、残暑厳しい中で行った衣更えで、どのように店が変わったのか、見て頂くことにしよう。今回も、最後の夏姿と新しい秋姿の店内画像をそれぞれ写したので、その変化を比較して楽しんで頂きたい。

 

正面ウインドの三点。左から、群星模様・一元絣白大島(中川織物)、ヒオウギスイセン図案・型絵染帯(澤田麻衣子)、葡萄唐草模様・黒地小紋(トキワ商事)

メインウインドの三点は、色合いや模様が醸し出す雰囲気から、何れも初秋より晩秋の方が似合う感じ。以前はこうした秋色の品物も、10月になれば季節に相応しい装いになったが、暑さが残る昨今では、11月にならないと「秋の風情」にはならない。つまり、このウインドの姿は、季節をふた月も先取りしたものと言えようか。

白大島は、星のような小絣が横に規則正しく並ぶモダンな模様姿。絣は、経緯二本ずつ糸を交差させて風車型の模様となる一元(ひともと)絣。小紋は、僅かに茶色が覗く深い黒地に、葡萄唐草文を大きくあしらった図案。この大島にも小紋にも合う帯として、白地にヒオウギスイセンをモチーフにした型絵染帯を選んでみた。作り手の澤田麻衣子は、野の花を女性らしい視点で優しく描く作家。この帯の図案・ヒオウギスイセンは、本来鮮やかな朱色の花を付けるが、帯では赤みのある栗皮色と芥子色の、いわゆる秋色配色になっている。

衣更え直前、今年最後の夏ウインド。薄水色の秋草模様付下げ、レモン色の横段矢羽根模様の夏袋帯、白と薄紫の矢鱈縞小千谷縮、捨松の蝶模様八寸帯。浴衣は、菱重ね模様の綿紬と、流水に桔梗の綿絽。合わせている紺の半巾帯は、先ごろ人間国宝に認定された祝嶺恭子の首里織。

今夏の売れ筋は、浴衣より格上のカジュアル着・小千谷縮や絹紅梅に合わせる夏の名古屋帯。コロナ禍の三年、在庫として棚に五本ほど残っていた麻の型染帯は全て売れてしまい、捨松の夏帯にも数本引き合いがあった。これは、浴衣とは別の「夏キモノ」を装ってみたいというお客様が、多くおられた結果なのだろう。

 

店内中央の飾り台は、小更紗模様・若草色飛び柄小紋(トキワ商事)と、柘榴模様・白地織名古屋帯(山田織物)。帯〆は、今河織物の深緑色・冠組。

単衣にも向きそうな品物として、爽やかな若草色小紋を選んでみた。赤い挿し色がある小さな更紗模様が飛んでいる、とてもさりげない図案。帯もすっきりとした白地で、模様は秋に実を付ける柘榴。古来から柘榴は、唐花文を構成するモチーフの一つにもなっており、この帯図案にもそうした唐花的な傾向が表れている。小紋も帯も、緑が色のポイントになっているので、帯〆も同色で合わせた。

壁側の五本の撞木は、左から、葵模様・ミント色飛び柄小紋(トキワ商事)、唐草の丸文様・濃鼠色織名古屋帯(大庭織物)、菱重ね総模様・薄鶸色小紋(トキワ商事)、蔓菱文様・唐織名古屋帯(錦工芸)、橘に小菊模様・山吹色縮緬小紋(千切屋地兵衛)。

あまり秋を意識せずに、少し個性的な小紋と名古屋帯を飾ってみた。とはいえ、全体の色目はバイク呉服屋らしくパステルが基調。大庭と錦工芸は、フォーマル系袋帯が中心の織屋なので、小紋に向くこうした名古屋帯は珍しい。色鮮やかな千治の橘小紋は可愛いので、祝着としても使えそう。

衣更えの前に、同じ位置に置かれていたのは、浴衣や半巾帯。壁際の五点は、奥州小紋と綿紬浴衣(何れも竺仙)だが、この暑さでは、まだ街着として使っても良さそう。撞木に掛っている水色の品物は、羊歯と秋草をあしらった絹紅梅。今年は、コーマや綿絽より格上の絹紅梅や綿紅梅の動きが良かったが、その傾向に従って帯も、半巾帯より名古屋帯の方に関心が集まった。ただ、今年はそうでも来年のことは判らない。その辺りが、薄モノ仕入れの難しさになる。

 

吊りケースの中は、キモノが、藍と栗の植物染料を使った草木染紬(二点とも米沢・野々花工房)、帯は、緯糸に和紙を使った八寸帯(二点とも米沢・スワセンイ)

帯次第で、様々な着姿が楽しめる無地系の紬。藍と栗の柔らかみのある色が、自然に表現されている優しい紬。帯も米沢の品物で、経に絹・緯に紙を使って織りあげたユニークなもの。模様もフクロウ柄とはっきりとした朱の横段で、個性的。秋の街着として、気軽に使える組み合わせになるだろうか。なお、キモノの野々花工房と帯のスワセンイは縁続きにあたるらしい。

夏の最後に飾ったのは、先月のコーディネートでご紹介した「縞×縞」の二点。小千谷縮もアイスコットンも、この暑さならまだまだ使いたくなる。家内は、アイスコットンを9月いっぱい着用するようで、今も店の二階の衣桁に掛けてある。左のピンク三献立帯は、平献上なので一年中使えるが、右の水色五献立帯は、紗献上なので単衣まで。

 

最後に、正面の衣桁に掛けた品物をご覧頂こう。秋草模様・友禅黒留袖(千切屋治兵衛)と牡丹唐草文様・金銀箔袋帯(紫紘)。

菊や桔梗、女郎花に撫子と秋の七草を散りばめた黒留袖。昔は、春用と秋用として、各々に黒留袖を用意される方がおられたので、このような「秋限定図案」の品物が作られていた。仲人を依頼されることが多い方は、季節ごとに相応しい模様の留袖を使い、中には夏限定の絽の留袖まで準備される方もおられた。帯は、金銀の箔糸を駆使して牡丹唐草を織りあげた、紫紘らしいフォーマル帯。留袖の需要低下に伴い、近頃は、こうした輝きのある金の箔帯も、すっかり出番が少なくなった。

 

今年も衣更えの様子を、一通りご覧頂いたが、如何だっただろうか。この二年、ブログ画像で入れ替えた品物を紹介しているが、出来るだけ重複しないよう気を配っている。しかし、一旦仕入れた品物は求める方が現れない限り、棚に残る。昨年、一昨年と衣更えの時に飾った品物の在庫を確認してみると、売れて行ったモノと、残っているモノは半々くらい。コロナ禍のただ中にあったことを考えれば、上出来なのかも知れない。

規制が解除されて、これから初めての秋・冬を迎えるが、日常にキモノを楽しまれる方が、どれほど戻られるだろうか。そしてフォーマルな席に和装で臨まれる方が、どれほどおられるだろうか。コロナ禍を経て、人々の「和装に対するマインド」の変化が現れてくるのは、これからかと思う。果たしてどうなるのか、その動きを探る秋になりそうだ。最後に、衣更え後の店内全体の画像を、もう一度ご覧頂くことにしよう。

 

甲府と東京では、確かに夏の暑さの質が違うように思います。それは言葉で例えるとすれば、メリハリの利いた外向きの暑さと、澱んだ内向きの暑さになるでしょうか。甲府の日中は、肌を刺すような強烈な陽ざしが照りつけますが、陽が落ちると熱が退いて、少しだけ凌ぎやすくなります。しかし東京は、陽ざかりの時間も夜も、ほとんど同じ空気感のまま。モアモアとした内に籠るような暑さが続きます。クーラーの室外機から放出される熱風が、そのまま体に付着するような感じでしょうか。

いずれにしても、まだひと月は夏のまま。日本の四季・春夏秋冬が、夏冬の二季になってしまったら、日本人独特の繊細な感性も、衰えてしまうような気がします。この先の地球温暖化の進行を考えれば、小賢しい戦争をしている暇など無いと思うのですが。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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