バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

暑い夏の日、心地良く装える絣モノ(後編)  小千谷絣縮

2023.07 19

ダイエットというのは、本当に難しい。人それぞれの体質にも依るだろうが、体重というものは簡単に増え、いざ減らそうとしても、全く思い通りにはならない。バランスよく食べ、適度な運動を継続することが、適正な体形を維持することに繋がるはず。しかし、そう判ってはいてもなかなか実行出来ないのが、人間である。

では、増えた体重を減らすためには、どうすれば良いのか。誰もが真っ先に考えるのが、やはり食事の改善だろう。量を減らすと同時に、カロリーを抑えた内容の食事を摂ることが肝要。けれども、人が生きる上で重要な三大欲求の一つとされている食欲は、そう簡単に落ちてはくれない。そして人は、「やせた~い、でも食べた~い」という葛藤に、苛まれてしまう。

 

そこで考えるのが、食べても太ることのない、低カロリー食品をたらふく食べ、満腹感を得ながら痩せるという方法。このダイエット作戦を実行するにあたり、最適な食品がある。それが、皆様よくご存じの蒟蒻(こんにゃく)。一般的に売られている蒟蒻は、一枚(約300g)で僅か21キロカロリー。茶碗に軽く一杯のご飯(約150g)が、234キロカロリーであることを考えれば、その低さが際立つ。つまり、蒟蒻10枚を爆食しても、カロリーはご飯一杯分にもならないのだ。

しかしそうは言っても、毎回食事のたびに蒟蒻ばかり食べさせられては、たまったものではない。我慢してこれを続けると、蒟蒻みたいに、体がクネクネしてきそう。蒟蒻を使った料理は、おでんかすき焼き(しらたき)くらいしか思い浮かばないが、もし蒟蒻しか入らないおでんや、しらたきとネギだけのすき焼きが夕餉の食卓に並ぶとなれば、想像しただけで、フランソワーズ・サガン状態(悲しみよ、こんにちは)、ついでに石川さゆり状態(悲しみ本線・痩せたいかい?)になる。

 

ダイエット食品として知れ渡る蒟蒻だが、これを「糊」として使い、夏の織物に心地良い風合いをもたらすことに一役買っていることは、ほとんど知られていない。蒟蒻の粉末を水で溶き、かき混ぜて糊を作る。これを織る前に糸にコーティングすると、毛羽立ちを抑えて、強度が増してくる。一本ずつ蒟蒻糊が付いた糸は、織り成すと、この素材特有の「ゴワゴワ感」が消えて、しなやかな風合いが出てくる。

前回の続きとして、今日取り上げる「心地よい夏絣」は、蒟蒻糊を使った麻モノ・小千谷縮。夏キモノの入り口として、無地モノや格子、縞模様などが一般的に普及しているが、今回はもう少し上級の「絣モノ」をご紹介してみよう。スタンダードな夏織物だが、意外と「絣」のことは知られていない。まずは模様や図案を見ながら、その特徴をお話してみよう。

 

名物裂写しの代表的な文様・笹蔓文を、絣としてあしらった小千谷縮。

一口に小千谷縮と言っても、糸の質や織り方によって品物は異なってくる。そのため各々の生産反数に大きな違いがあり、当然のことながら、価格にも大きな隔たりがある。江戸寛文年間に創案された技法を忠実に守って製織される縮は、年間に僅か数反。その価格は数百万円にも及ぶが、一般にはほとんど流通せずに、その姿を見る者は限られている。1955(昭和30)年に重要無形文化財に指定された「ホンモノの小千谷縮」は、まさに幻の縮なのだ。

この重文小千谷縮の工程を、少し略して製織されているのが、伝統的工芸品としてお墨付きをもらっている品物。あの「伝」マークラベルが付いている縮が、これに当たる。文化財小千谷との大きな違いは二つ。麻糸が手績みの苧麻糸ではなく、機械生産の輸入ラミー糸である点と、重文が時間のかかる地機の居座(いざり)機で製織しているのに対し、効率の良い高機(たかはた)で織っていることである。

そして一番簡単に作られているのが、ラミー糸を用い、絣を作る手間のない無地や格子、縞などの柄を機械製織したもの。これが気軽に手を通すことの出来る小千谷縮として、一般に普及している。今日ここでご紹介するのは、最高品と普及品の間に位置する、いわゆる模様あしらいのある小千谷縮。これには伝統的工芸品と認定されている縮と、外れている縮とがあるが、そこには絣を巡って大きな相違があり、それが手間の違いにもなっている。では、この辺りを比較しながら、夏の絣として心地よく装える小千谷縮とはどのような品物か、見て行こう。

 

伝統工芸品として認められている、絣模様の小千谷縮。

麻という素材の大きな特徴は、その通気性と速乾性にあるだろう。着用していて、風の通りが良く、汗をかいたと感じても素早く乾いてしまう。熱が内側に籠ってしまうと、着ていても苦しくなり、その上汗で生地が肌に張り付くように感じると、相当着心地が悪くなる。これでは、いくら涼しそうな地色、そして夏らしい図案を身にまとっていても、涼やかな素振りは見せられない。特にカジュアル用の薄物は、着る人が楽に装えないようだと、着用機会は限られてしまうだろう。

そう考えていくと、麻は他の素材と比較しても、かなり優位に立つ。そして薄物として、最も優れているのは、自分で洗えること。夏の盛りに着用すれば、どうしても汗をかくことは避けられない。けれども、自分で手を入れることが出来ると判っていれば、汗や汚れを極端に意識することなく、使うことが出来る。つまり、「着たい時には、いつでも着れる」という即応性こそが、麻が持つ最大のアドバンテージなのである。

 

グレー地に縦縞、そこに井桁と蝶の模様が絣付けされた、複合的な小千谷縮。

こうした小千谷の縮であしらわれる絣模様は、糸で一つ一つ括って防染して絣糸が作られるが、製織の際には、この経絣糸と緯絣糸を目で確認し、絣を合わせながら織り進めることになる。この「絣くびり」と呼ばれる絣作りの手間と、絣合せの煩雑な作業が、生産数に大きく影響する。やはり、人の手を要する仕事は時間を必要とするので、製織には限りがある。もちろんそれは、コストにも跳ね返る。

いびつな月、あるいは人の横顔のように図案化された文様。地は明るい藍色。

居座機は、経糸の一端を織人の腰に回した腰当に接続していることから、経糸のゆるみ具合が織人の腰の力で調節されるため、機の操作には熟練さが求められ、かなりの手間がかかる。しかし高機では、常に経糸を固定することが出来るようになったため、劇的に製織効率はアップした。けれども、手績みによる苧麻糸は不均一で、緯糸が経糸より細く、多く撚りが掛かっている。だから苧麻糸を使う場合は、経糸に微妙な調節が求められ、居座機でなければ織は難しい。今、ほんの一部の結城紬を除けば、織物はほぼ高機で製織されているが、数少ない本格的な小千谷縮に、貴重な居座機の姿が見られるのである。

染モノや帯、そして絣と多様にあしらわれる笹蔓文。地色は、渋い薄小豆色。

ラミー糸は手績み糸よりも質が均一で、しかも中国や東南アジアからの輸入によって、安定的に数量が確保されている。そして製織に高機が使えることで、少ないながらも、一定数の絣縮が製織出来ている。皮肉なもので、糸括りだけで1年かかると言われる手績み糸では、切れやすい糸質から高機が使えない。工程ごとに、気の遠くなる手間が連なるホンモノの小千谷縮は、材料の確保と作り手の確保が、いずれも困難を極める。

 

トンボ・雪輪・市松格子。いずれも特殊な「マンガン染」で、絣を表現している。

先ほどもお話したが、人の手を煩わせる工程が多ければ多いほど、生産は難しくなり、それは確実に価格に跳ね返る。手績み糸よりラミー糸、居座機より高機と工程を変えることで、小千谷縮絣は現在も何とか残ってきた。けれども、これをもっと簡略化して生産を促進する試みが、マンガン染による絣作りである。絣で模様を表現する場合には、絣括りと絣合せを欠かすことは出来ないが、この手間をかけずに絣模様が作れるのなら、もっと楽に品物を作ることが出来る。上の三点は「マンガン絣」の小千谷縮だが、何れも模様からは、この絣が染付けられたものとは、到底思えない。

 

十字絣で表現されているトンボ模様は、向きを上下に変えてあしらわれている。

このマンガン染は、単純に上から型押しをして付けたものではない。その証拠に模様が表裏に抜けている。だからこそ、絣と見分けが付かないのだが、一体どのような製法で模様になっているのだろうか。そもそもマンガンは、乾電池の材料として使用されている金属として知っているくらいで、何がどうして絣作りに貢献しているのか、全くわからない。

そこで、バイク呉服屋のバイブルとなっている「原色染織大辞典」で調べてみると、絣糸となる糸を塩化マンガン溶液に浸し、これを苛性ソーダ液に通して乾燥させる。この糸を白地糸と共に織りあげた後、塩化アニリン糊を布の表面に捺染固定する。これを酸性亜硫酸ソーダ溶液に浸すと、捺染部分だけが残り絣状となる、と書かれていた。しかしこの説明では、私にはどうして絣が形成されるのか、全く理解できない。苛性ソーダだの亜硫酸ソーダだのと言われても、「やはりソーダったのか」などと合点がいくことは絶対にない。ソーダといえば、クリームソーダしか思い浮かばない私には、絶対に無理である。

反物に貼られている右側のラベルで、「本品は、特殊技法の捺染絣です」とわざわざ断りをいれている。これが「マンガン染」による絣であることを表している。

不明なことだらけだが、しかしそうは言ってもブログでご紹介する限り、読者の方にはわかりやすく、この染による絣模様のことを説明しなければならない。そこで、化学力の無い私の頭で考えた結論は次の通りである。まずマンガンを入れた液体に糸を浸し、これを水酸化ナトリウム液(苛性ソーダ)で処理して乾燥させると、茶色のマンガン糸が生まれる。この糸と白糸を交ぜて生地を織りあげ、アニリンという化合物の糊で型を捺染する。こうすると、酸化した黒い染料(アニリンブラックと呼ぶそうである)が転写された模様に付着する。これを中和剤(亜硫酸ソーダ)に付けると、模様部分が白く浮かびあがり、絣模様となって現れる。

つまり簡単に言えば、マンガンで染めた糸で生地を織り、特殊な糊を付けて、模様を彫り込んだロール型で転写。絣となる模様部分に中和剤を施すと、そこが抜けて絣となるということだ。この原理からマンガン染めの絣は、黒い地に白い絣模様、またその裏返しで、白い地に黒の絣模様にしかならない。

細かい十字絣で、雪輪模様を作っている。小さな絣は井桁状になっているものや、横並びになっているものなど、何種類かある。もしこんな絣を糸括りで作るとすれば大変な手間だが、マンガン絣なら、ロール型に模様を彫り込むだけなので、訳なく細かい絣も作れてしまう。

小さな十字絣と無地場を交互にあしらい、市松模様としたマンガン染絣。

このマンガン染め、発祥は大正時代とかなり古い。すでに百年前に、疑似的な染絣が作られていたことになるが、これはこの時代の急速な需要の拡大に対応するため、考え出された効率的な技法であった。今需要はその時代と比べるべくもないが、この簡便な製造方法があるが故に、このように模様を楽しむことが出来る小千谷縮絣を残すことが出来たのである。

 

越後で織られる麻織物、越後上布・小千谷縮は、17世紀後半には、すでに絣模様が織られていたとされている。以来350年、さすがに当時の技法を踏襲する絣縮はほとんど見られなくなったが、原料である麻糸の調達が容易になり、同時に高機による製織や、マンガン染めによる絣模様作りなど、効率的な手段を模索しながら、今なおモノ作りが継続されている。

人の手を要していた工程を、人の手と見間違う技術でカバーする。けれどもそれは、従来の質を大きく変えるものではなく、品物として世に出すことには何の問題もない。今残る織物産地では、技術の継承とともに改良も欠かせない。次世代に、品物をどのように繋げていくか。その重い課題を背負いながら、今日もモノ作りを続けている。

 

二回にわたって、夏に装って頂きたい絣・琉球カベ上布と小千谷縮のお話をさせて頂いた。「絣のキモノ」というと、冬モノでも夏モノでも、手の届かない高級品というイメージがあるが、この二点の絣織物は、どちらも手の届きやすい価格が設定されている。それは、コストを下げるための努力を怠らなかった結果でもある。

一方は絹で、一方は麻。素材は違うが、どちらも肌離れが良く、心地良く着て過ごせる薄物には変わりがない。この先暑い日が続いていくと思うが、ぜひ一度皆様には、本格的な夏の絣をお試し頂き、その涼やかな着姿で、街ゆく人を振り向かせてもらいたい。

 

痩せたいバイク呉服屋にとって、天敵は「甘いモノ」です。特に生クリームやアイスクリームには目がないので、何とか購入しないように心掛けなければなりません。けれども、連日35℃を超す甲府盆地の夏は、冷たいモノ無しで乗り越えることは出来ず、コンビニの冷凍庫の前に立つと、いつも苦悶してしまいます。

そしてその時、脳裏にはある歌のフレーズが浮かびます。きっと我々世代では、これが誰の歌なのかはご存じでしょう。「誰でも一度だけ、経験するのよ。誘惑の甘い罠」。これをアイスの前を行ったり来たりするデブが歌うと、「デブ屋は何度でも、経験するのよ。誘惑の甘いモノ」となります。これがほんとの「ひと夏の経験」ですね。

今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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