バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

暑い夏の日、心地良く装える絣モノ(前編)  琉球カベ上布

2023.07 12

江戸時代まで使われていた旧暦・太陰暦と現代の暦・太陽暦とでは、双方の間に、ひと月半ほどのタイムラグが生じている。日の進行は太陽暦の方が早く、太陰暦は遅い。例えば、今日7月12日は、旧暦では5月25日になっている。四季の国・日本では、季節ごとに装いを変えるので、家庭では節目の仕事として、衣替えが習慣付いてきた。古くは「更衣」と字を当てた「ころもがえ」だが、旧暦の時代は、伝統的な年中行事を行う日が、衣替えをする目安にもなっていた。

例えば、5月5日の端午の節句を境に、袷から単衣に代わる。家々では、それまでに袷の裏地を外して、単衣に縫い直される。江戸の更衣は現代の衣替えのように、品物を入れ替えるのではなく、「縫い直し」になる。庶民のほとんどは、多くて5枚程度しかキモノを持っていなかったので、同じキモノの裏を付けたり外したりすることで、季節の変化に対応していたのである。

旧暦の5月5日は、今年の暦では6月22日。夏モノへと更衣を行うには、相応しい時期であり、温暖化した現代の気候においては、少し遅いくらいだ。単衣の着用時期は、8月いっぱい。現在の暦では、10月14日頃までが単衣の目安となる。そして、菊の節句・重陽(太陰暦9月9日・太陽暦10月23日)までには、キモノに綿を入れて裏地を付け、冬の装いへと準備をしなければならない。当時は、家の女性が家族全ての更衣を請け負っており、そのため針仕事は、最も大切な家事になっていた。

 

夏が近づくと、よくお客様から質問されるのが、いつから単衣や薄モノを着用できるか、あるいは、夏の素材・麻や縮などが装える時期はいつからか、ということ。江戸時代の夏モノ期間は、旧暦の5月1日から8月31日で、今の暦に照らし合わせると、6月中旬~10月中旬になるが、これは思いのほか長い。

現在も和装の常識として、6・9月が単衣、7・8月が薄モノと意識されているが、江戸の夏モノ着用期間と比較しても、それほど変化はない。現在の暦で単衣が終わる9月30日は、旧暦だと8月16日。江戸の世だとまだ夏真っ盛りで、到底裏付きのキモノなど、着ていられない。いつから、単衣は9月までと決められて、それが現行の習慣になったのかは分からないが、調べていけば、少なくとも江戸の時代より早く、今は袷に移行していることになる。

私には、こうした季節に準じた和装の習慣を教条的に守ることに、あまり意味があるとは思えない。茶道や特定の芸能など、伝統に対する意識を強く持つ方々は、折々の装いに厳格さを求めるのが、当たり前なのかも知れないが、一般の方が、その時々の気候に適応した装いを考えるのは、これまた当然のことではないか。着用する素材や誂え方と気候がマッチせず、装うことが苦痛になるようでは、誰もが気軽にキモノを着ようとは思うまい。一部の方からはお叱りを受けるかも知れないが、7月に入る前に薄物を着ようが、10月になって単衣を使おうが、装う方がそれで心地よく過ごせるなら、全く構わないと思う。

 

普段からキモノ姿は、着用しているだけで人の目を惹く存在。そして盛夏のキモノは、ひと際目立つ姿になるのは間違いない。ただそうは判っていても、灼熱の中でキモノを装うことは、躊躇される。そこで今日は、単衣と薄モノの時期を通して、心地よく装うことが出来る夏の絣についてお話しよう。暑い日のカジュアル着として、手を通したくなる魅力的な品物があることを、知って頂き、ぜひとも皆様に薄物を試みて頂きたい。

 

夏モノの琉球絣・琉球カベ上布。上布と名前が付いているが、素材は絹。

夏のカジュアル着を考えると、誰もが浴衣を思い浮かべると思うが、もともとは湯上り着であることから、外出着として考えるのには少し躊躇される。だが綿紬や綿絽、またもう少し高級な綿紅梅や絹紅梅なら、下に襦袢を着用し、衿を付ければ夏キモノにもなり得る。帯を半巾ではなく、名古屋帯にすればなお、キモノらしくはなる。けれども、もう少し本格的に夏の装いを考える時、真っ先に思い浮かぶのが麻素材の品物だろう。

麻には、比較的求めやすい価格のものから、年に数反しか織られてなくて、値段が高級車一台分にもなる希少で高価な品物もある。前者は、機械機で織る無地や縞の小千谷縮、後者は、からむしの繊維を裂いて手績みした苧麻糸を使い、手括りで絣を作る宮古や八重山の上布。無地や縞の小千谷縮は、紡績ラミー糸を自動織機で織っていることから、品物が量産でき、その分コストも下がっている。けれども、安いからと言って、麻の通気性や吸湿性が低下するようなことはなく、十分に麻の心地よさを感じることが出来る。なので、こうした麻キモノは、夏キモノの入り口として、格好の品物となる。

 

無論、帯合わせが楽しめる無地モノや、縞、格子なども良いのだが、もう一歩考えを進めると、模様のある品物、すなわち絣モノでしゃれ感を着姿に出したくなる。この時、使う品物の条件としては、着ていて肌離れが良く、涼やかさを感じることはもちろんのこと、それが求めやすい価格になっていることも重要だろう。そうでなければ、夏モノを楽しみたいと思っていても、手を通しては頂けない。

単衣と薄物を着用する初夏から初秋の間、いつでも心地よく装うことの出来る、おしゃれで個性的な夏絣。それが琉球のカベ上布と、小千谷の絣縮である。今日はまず前編として、琉球夏絣の方から話を進めてみよう。

 

杏地色 ミディフム(水雲)とフシグアー(小星)模様  織手・大城豊

上の画像からは、反物の下の畳が透けているのが、見て取れると思うが、夏の琉球絣は、この透け感と、シャリシャリした独特の風合いを兼ね備えた、涼やかな織物。一般的に「上布」とは、「上等な麻布」という意味で使われているが、この琉球カベ上布では、素材は麻ではなく絹を使っている。

では、「カベ」とはどのような意味か。それは生地の質感が、まるで「土壁」のようにざらざらしていることを指す。この土で出来たカベは、最近ではあまり見かけないが、古くから日本家屋では欠かせない設えであった。土に砂や藁を混ぜ、水を足して固めた壁の表面は、独特の凹凸ができて、手で触れるとざらざらした感じになる。カベ上布の生地感覚は、まさにこの壁の触感とよく似ているのだ。

渋い色目が多いカベ上布にあって、こうした明るい杏地色のものは珍しい。

土壁を感じさせる生地のざらつきは、キモノとして着用すると、肌にまとわりつき難い、特有のシャリ感となって現れ、着る者に心地よさをもたらしてくれる。麻モノは独特のシボが、肌離れの良さを感じさせてくれるのだが、この絹織物のカベ上布でも、同様のことが起こっている。

ではこの「ざらざらとした織」は、何に起因しているかと言えば、それは織り成す糸・壁糸によるもの。この糸は、下に強い撚りをかけた糸・強撚糸の太糸と、あまり撚りをかけない糸・甘撚糸(あまよりいと)の細糸を引き揃えて、太糸と反対の上方向に撚りをかけて生み出すもの。こうすると、太糸は撚りが戻って長さを増し、反対に細糸は撚りが増えて縮んでくる。そこで太糸は、細糸の周囲に螺旋状に巻き付き、糸に凹凸ができる。この糸を緯糸にして織ると、糸のでこぼこによって、ざらざらとした生地感が表面に生まれる。どんな織生地もそうだが、結局は経糸や緯糸にどのような性質の糸を使うかによって、各々の生地の質感が変わり、ひいてはそれが着心地に関わってくる。

 

藍地色 ティジマ(格子)にヒチサギー(引き下げ)模様  織手・赤嶺忠

いつかもブログの中でお話したように、琉球絣の原点は、泥藍を使って染めた綿糸で織った、木綿の織物である。それが現在主流となっているのは絹糸で、他に生糸や玉糸、真綿紬糸、麻糸なども使用されており、琉球の織物の中で最も多彩である。カベ上布の色目としては、やはり藍や紺など夏らしい色が多いが、最近では、最初に紹介した杏色や芥子色のような、明るい色の品物も見かける。

琉球の織物であしらわれる絣模様のほとんどは、琉球王府時代に描かれた図案集(デザインブック)を参考にしている。そこには約600種類の文様が載っているが、いずれのデザインも、沖縄の自然や風土、そして生活に基づいた器物がモチーフ。この図案を様々に組み合わせることで、個性豊かな絣の意匠となる。

琉球の絣は、織り成す図案を作成したところで、まず種糸を作る。この糸は、絣糸を括る時に、括る場所を示す役割の糸になる。種糸には、図案の一つの単位が写されているので、これに従って手で絣を括っていく。糸には、琉球特有の様々な植物染料、グール(車輪梅)や福木、テカチ、藍で染めるものと、化学染料を使うものとがある。織機は木製の高機で、手投げ杼を使って、絣模様を合わせながら織り進められる。

そこで夏の装いとして、気軽に着用するためには、こなれた価格になっていることが大きな条件になるだろう。このカベ上布は、だいたい10万円台後半くらいが目安になるはず。絹紅梅や小千谷の縞モノより少し高いが、絹の手織絣という手間を考えれば、かなり廉価で求めやすい品物になろう。

 

これは、数多くカベ上布を扱っている廣田紬のブログで知ったことだが、琉球絣は冬モノも含めて、他の沖縄織物産地の品物より、価格が安く設定されている。その理由は、図案作成、絣括り、糸染め、製織と工程が分業化されており、その結果が、毎年約3000反という生産数になって現れ、それがコストの引き下げにつながっているらしい。また、他の沖縄産地では、各事業組合が一括主導して品物を捌いているが、琉球絣では組合主導ではなく、各々の機屋が独自に品物を問屋などに卸している。組合の主な仕事は品物の検品で、販売は機屋に任せる。これにより、機屋の間で価格競争が生まれ、品物の値段が下がるのである。

製造段階の分業化と、流通段階での競争。この二つは、生産者はもちろんのこと、産地ぐるみの努力なしでは成しえない。だが着実に生産反数が増え、それに伴って需要も増えている。一般に沖縄の織物、特に絣モノは高いというイメージを消費者は抱いていると思うが、こと琉球絣に関しては、決して手の届かない織物では無い。

 

今日は夏の暑さの中でも、気軽に、そして涼やかに装うことが出来る絣モノということで、まず琉球の夏絣・カベ上布をご紹介してみた。使われている織糸の性質により、絹なのに麻にも負けないほどの肌離れの良い風合いを持ち、盛夏でも十分、心地よく装うことが出来る。しかも手織絣としては、求めやすい価格にもなっている。

薄物を装われた方からは、着姿が涼しそうに見えるので、絶対に暑そうなそぶりは見せられないという話をよく聞くが、夏の和装は我慢大会ではないので、出来るだけ気持ちよく着用できる素材を選びたいもの。このカベ上布は、夏にキモノを装うハードルを下げてくれる、そんな品物になるように思う。ぜひ皆様も、一度手を通しみてはいかが。次回は続きとして、麻素材・小千谷縮の絣モノをご紹介する予定にしている。

 

もし、Tシャツは5月になってから着るもの、そしてノースリーブは、7月に入らないと着れないものなどと定義されていたら、大げさかも知れませんが、それこそ暴動が起こりかねません。なぜ、自分が着用する服を、人からとやかく言われなければならないのかと。洋装で考えれば、ありえないことが、和装では平然とまかり通り、それを正しきことと滔々と述べている人がいます。

季節に準じた厳密な決まりこそが、和装の基本。これをないがしろにしたら、伝統が崩れ、美しくなくなる。「しきたり」というものを無視しては、和装は成り立たない。このように言われてしまえば、嫌でも6・9月が単衣、7・8月が薄物、残りの月は袷という「理不尽なルール」を、意識しない訳にはいきません。

気候や気温に応じて、適切な品物を着用するか。それとも「しきたり」という判然としない魔物に伏して、ルールを守るか。私は、ことカジュアルモノに関しては、装う人が自由に判断すべきと思います。もしそれをとやかく言う人がいれば、思い切り無視しても構わないでしょう。

「アンタのために、キモノを着ているわけではない、私が着たいから着ているだけ。」なのですから。何より優先されるのは、装う人本人の心地良さです。        今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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