バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート  青い鳥小紋で、幸せ運ぶ春を

2023.03 27

国連が公表している「世界幸福度ランキング」によると、昨年度の日本の順位は、54位。これは、G7(先進7か国)の中で最下位、OECD(経済協力開発機構)加盟36か国の中で32位と、極めて低い位置に置かれている。幸福度を決める指標のうち、一人当たりの国民総生産(GDP)や健康寿命、社会的支援など、客観的な幸福度を示すものは、他の先進国と変わらない。けれでも、人生選択の自由度や寛容度を比較すると、かなり低くなっている。この主観的な幸福度の落ち込みが、ランキング順位を押し下げている大きな要因である。

 

幸福度を上げる課題の一つ・人生選択の自由は、根強く残るジェンダーギャップと貧富の格差を解消しなければ、解決出来ない。この二つが学業や就職における選択の幅を狭めていることは、誰の目からも明らか。もう一つの問題・寛容度については、日本人の気質に大きく関わることから、これも大変難しい問題と考えられる。

ハーバード大学の心理学教授・ロバート・ウォールディンガー博士は、「幸福と健康を維持するため、本当に必要なものは何か」を、長年研究してきた。そして必要なものは、「富でも、名声でも、夢中で働くこと」でもなく、「良い人間関係を築くことに尽きる」という結論を導き出している。そしてそれは、単純に親しい人の数ではなく、人との関係性の質が重要とも説いている。

では、温かい人間関係を築くには、何が必要なのか。それが、自分と意見の異なる人たちへの理解、即ち「寛容さ」なのである。つまり日本人は、この寛容さに欠けているからこそ、良い人間関係を築けず、従って幸福度を感じないというところに、繋がってしまうのだ。ただ先述したように、日本人は「寛容にはなり難い民族性」を抱えていることは、確かである。

 

何故、日本人は不寛容なのか。その原因は、ほぼ単一民族で構成された国であることから、比較的同質な環境で育つために、どうしてもモノの考え方や価値観が似てくる。この同質性があるために、異なる存在や意見に遭遇すると、それを皆で排除する方向に向かわせてしまう。考えてみれば、学校や会社などの組織や、日本社会という大きな括りの中でも、多数意見を良しとして、その空気の中に全員が押し込まれる傾向にあることは否めない。この「空気を読む」ことこそが、暗黙の了解として強制されるのである。

だが、そもそも多民族で構成されている欧米諸国では、ごく自然に様々な価値観を受け入れる風土が国民の中に備わっており、それが「自由」や「寛容さ」へと発展している。日本社会が不寛容で、かつ、いつまでも多様性を容認できないのは、こうした民族構成に加えて、島国という地勢学的な条件や、長らく男性を優位に置いた伝統的な社会制度など、様々なことが複合しているからで、だからこそ、問題を難しくさせている。

 

ベルギーの劇作家・モーリス・メーテルリンクの著した童話「青い鳥」は、チルチルとミチルの兄妹が、夢の中で「幸せを運ぶ青い鳥」を探す旅に出るお話。過去の国からも、未来の国からも、夢の国からも、青い鳥を運んでくることは出来ず、結局夢から覚めて、家の中で買っている鳥かごの中に、青い羽を持つ鳥を見つけたと言うあらすじ。

つまりこの童話では、「幸せは、自分の身近にあること」や「自分の心の持ちようで、幸福になれる」ことを教えている。確かに幸福感とは、大げさなことでは無く、日常の中に潜んでいると考えた方が、それこそ幸せになれるような気がする。そんなことで、今月のコーディネートでは、青い羽を持つ小鳥をモチーフにした珍しい図案の小紋で、何とか幸福度を高めたいと思う。無理なこじつけが長くなったが、どのように「幸福をもたらす着姿」を作ったのか、ご覧頂くことにしよう。

 

(一越クリーム地 小鳥模様・小紋  澄青色 切込み唐花模様・型絵染帯)

染織品の中におけるあしらいとして、すでに飛鳥・天平期の外来文様の中に、数多くの動物がモチーフとして使われている。とりわけ西方のペルシャ伝来の文様には、獅子や象、ラクダなど大型の動物が多く用いられ、孔雀や雉、鴛鴦、鸚鵡などが特有の配置法により、文様化されている。また、存在しない空想の動物文も数多く見られ、麒麟や鳳凰、花喰鳥などが、空想の花・唐花や宝相華と共に文様を彩っている。

けれども、時代が進んで「日本的な模様」が好まれるようになると、モチーフになる動物は小型化して、人々に馴染みのある鳥や虫、魚などが選ばれるようになった。それはおそらく、うつろう四季の中で暮らす日本人にとっての、身近に存在する小動物に対する「愛着」の表れと言えるだろう。

 

その中でも、鳥は恰好のモチーフとなり、特定の植物と組み合わせて、一定の季節を象徴する文様となっていく。梅に鶯は、初春の訪れを表す定番であり、柳に燕は初夏、萩に蜻蛉は秋、そして葦に雁は晩秋。どれも特定の季節を印象付ける組み合わせになっている。そして、千鳥に流水や網干に白鷺、雲間に鷗など、水上や水辺に暮す水鳥は、特定の植物や気象文と合わせて、水辺の風景文として定型化した。

そして写実的ではなく、特定の形にデザインされて、文様化する鳥もある。代表的なものが、蝶文・揚羽蝶文や雀文・福良雀文である。蝶と言っても、種類は沢山あるのだが、文様にみられるほとんどが揚羽蝶。その理由は、姿の優美さや色鮮やかさにあり、文様が和風化した平安中期以降に、その姿を見かけるようになった。公家装束の織文・有職文様としても、向い蝶や伏せ蝶など特徴あるデザインを施し、意匠化している。また、冬の寒さに羽毛を膨らませている雀は、「福良」と当て字をされ、縁起の良い文様として使われているのは、ご承知の通りである。

かように、鳥というモチーフは様々に文様として使われ、時には季節や特定の場所を表すシンボルともなってきた。けれども、何と特定されない小鳥を可愛く図案化し、それだけで品物として成立させてしまうようなことは、あまりない。今回の小紋は、カジュアルモノだから出来る「遊び心のある意匠」とも言えようが、それだけに楽しんで装いを考えることが出来る。では、始めてみよう。

 

(クリーム一越地 小鳥模様 飛柄小紋・最上)

乳脂色とも呼ぶべき、柔らかなクリーム地色に、小鳥が舞い遊ぶ姿を描いた小紋。尾の長い小鳥は、何の鳥とは特定できず、かなり図案化して描かれている。色彩は、青と水色を基調にして、所々に明るいミモザ色と橙色を使う。模様も色合いも軽やかで、キモノとしては珍しい、ポップで現代的な雰囲気を漂わす。バイク呉服屋も、この小鳥デザインの可愛さに一目惚れして、思わず仕入れてしまった。

鳥は、主に反物の中央部に配置され、模様そのものはそれほど大きくない。また「群れる」のではなく、「止まる」あるいは「向き合う」姿で描かれており、地の空いた部分がかなり目立つ。そのため品物からは、すっきりとした印象を受ける。

 

枝の上に一羽で、そしてツガイで止まる。鳥の体は、色を変えながら分割している。

こちらは、枝の上で向き合う姿。使う色は同じだが、配色のパターンは鳥ごとに違う。

等間隔に分かれて、枝に止まる三羽。図案は、以上の三つのパターンで、これを繰り返して、一反のキモノに仕上げている。誂える際には、どの鳥を上前模様の中心に設えるか、あるいは衿と衽にはどこを使って仕上げるかを、考えなければならない。パターン化された図案を繰り返す小紋でも、このように流れのある飛び模様は、模様取りが一番悩ましい品物と言えるだろう。

この小紋を制作したのは、今では数少ない東京の友禅メーカー・最上(もがみ)。北秀や菱一が亡きあと、きっちりした江戸友禅の品物を作り続けることでは、現在最右翼。需要がめっきり少なくなった、夏のフォーマルモノもしっかり作っている。柄行きは、伝統的な堅い古典図案から、モダンな正倉院模様までと幅広く、時には、遊び心をくすぐるこんな小紋も作る。そう言えば、先月のコーディネートで取り上げた型絵染の椿名古屋帯も、このメーカーが誂えた品物だった。最近私が一番気になっている、硬軟併せ持つ特徴的な作り手である。

それでは、この可愛い小鳥さんたちは、どのような帯を合わせて、装いの上で舞いあがってもらうのか。考えることにしよう。

 

(コバルトブルー色 色紙唐花模様 型絵染帯・トキワ商事)

こうした突き抜けるような青を、帯の地色に使うことは珍しい。明るく澄み渡った空や、鮮やかな水の色を思わせるコバルトブルー。すぐに周囲を明るくさせてしまう、そんなイメージを持つ色。生地は紬を使うが、その織ふしによる色の濃淡が、帯の表情からも伺える。

図案は、まず帯の幅を二つの長方形に切り取り、そこに種類の違う二つの唐花をあしらっている。このように、地を正方形や長方形に開けてそこに模様を描くことは、色紙文や地紙文と同様の構想で、効果的に空間を構成する一つの図案技法と言える。ただこの帯の場合は、四角に白く抜いたところに模様を大きく描いているので、かなりインパクトのある姿になっている。

松ぼっくりのような蕾と花は、黄のミモザ色。蔓と葉は、緑の萌黄色。

もう一つの唐花は花弁が空色で、蔓と葉は深緑色。

模様の色は、ビビッドな地のコバルト色にもよく映るように、少し抑えた淡いパステル色を使っている。二つの唐花は、柔らかみのある明るさを持ち、大胆な模様でありながらも、優しい印象を残している。唐花に特定の季節はないのだが、この図案に限っては、色で春を表現している。

四角の中に模様を納めているので、少しカクカクした姿に見える。けれども、中の動きのある唐花図案が、それを補って堅苦しさを感じさせない。帯の前姿も、お太鼓同様の図案構成で、大小二つの四角唐花が横に並んでいる。それでは、小鳥小紋と唐花型絵帯を合わせると、どのような姿になるのか。試すことにしたい。

 

小鳥の青い羽と、帯の鮮やかなコバルト地色がリンクして、着姿を爽やかに彩る。キモノも帯も、同じ系統のパステル色を使っていることから、合わせた時には、なおイメージが増幅される。そしてキモノは、模様が疎らで大きく地が空き、逆に帯は、模様が混んで地に空きがない。構図的に対照的な組み合わせだと、バランスが取りやすい。色は同系で、図案構成は反対という、面白いコーディネート。

帯の前にあしらう唐花図案は、それほど大きくないので、きちんと小鳥の姿も着姿の印象には残る。キモノの地色が色の気配を消した乳脂色だけに、鳥の青羽色と帯の青地が、浮き立つように見えている。こうして前姿を写すと、合わせた色と図案のバランスの良さが、よく判る。

帯〆は、鳥の配色にある橙色を使って、少しアクセントを付ける。青と緑系の爽やか配色の中で、唯一の暖色であるこの色に注目したもの。なお、この立体的な姿の帯〆は、内記組に爪のような形を浮織にした特殊な変わり組紐。帯揚げは、おとなしい薄い青磁色の暈しを使う。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、思い切り明るい春をイメージした、小鳥小紋と唐花型絵染帯を使ったコーディネートをご覧頂いたが、その姿から装う幸せを十分に感じて頂けただろうか。この三年は、閉塞した世の中にあって、思い切りキモノを楽しむことが難しかったが、今年の春は、少し開放的な気分で装うことが出来るような気がする。和らいだ陽光の下では、沢山の個性的な春のキモノ姿に、出会いたいものだ。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

チルチルミチルと聞いて、バイク呉服屋が思い出すのは100円ライター。若い頃、死ぬほどタバコが好きだった私は、片時も、チルチルミチルを手放すことが出来ませんでした。100円ライターが誕生したのは、1975(昭和50)年。この画期的な簡易着火機を発明した会社・東海は、オイルショック後の不景気な日本で、タバコを吸う時くらい、小さな幸せを感じてもらおうと考え、このライターに「幸せを運ぶ青い鳥=チルチルミチル」と名付けたのでした。

驚くことに、このライターの着火口の横には、羽ばたく鳥の姿が刻印されており、火を付けるごとに、幸せが運ばれるように出来ていたのです。学生時代に私は、一日60本も吸っていましたが、貧乏をしていたので、一箱70円のエコーや80円のわかば、さらに30円のゴールデンバットあたりを愛用。下宿屋のそばにあったタバコ屋のばあちゃんは、カートン(20個入り)で買うと、いつも青い鳥をおまけしてくれました。 けれども、頻繁に着火を繰り返すために、あっと言う間にチルチルミチルの火花は、「散る散る身散る」となってしまい、使い捨てられる運命になり果てたのです。

タバコを止めて、丸3年。今100円ライターを使うのは、墓参りの時に線香に火を付ける時くらいです。私にとってチルチルミチルは、サバの缶詰を灰皿にしていた学生時代を、懐かしく思い起こさせる小道具。それは、郷愁の青い鳥なのかも知れませんね。   今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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