バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

桜の装い、桜の下で   キモノと帯に映る、その文様姿

2023.03 20

去年(こぞ)ともに 歩きし人よ 「いない」ということ 思い知る葉桜の下(俵万智)

季節は何も無かったように巡り、また葉桜が芽吹く頃になった。去年と変わらぬ風景の中で、共に歩く人だけがいない現実。葉桜の下で、そのことを思い知る。この歌には、そんな切ない思いが込められている。

毎年、必ず同じ場所で、同じ季節に咲く花を見た時、人は一年前のこと、三年前のこと、そして昔々の同じ季節のことを思い出す。特に、出会いと別れが錯綜する春・三月に咲く桜には、花の姿を見た人の心を揺がせて、一瞬「遠い目」にさせてしまうような、不思議な魔法が備わっているように思える。

 

14日、東京でいち早く桜の開花宣言が発表された。平年より10日早い開花は、2020年・21年と並んで最速。温暖化の影響もあって、春の訪れが年々早まっている気がするが、桜の早い開花はそれを確かに裏付けている。そして今は、小学校から大学まで、卒業式シーズンの最中にある。三年続いた疫病による規制が緩和され、つい先日からは、マスクの着用が個人の判断に委ねられるようになった。式典でのマスクも強制されないが、やはり不安が付きまとうために、外して式に臨む学生は少ない傾向にある。

今年卒業の中学生と高校生は、就学期間の三年間を全てコロナに奪われた。かけがえのない青春時代に失った時間は、誰一人償うことが出来ない。あまりに理不尽なことだが、せめて、不自由な日常を乗り越えたことを、力に代えて欲しい。慰めにもならないが、つくづくそう思う。不安と非日常が続いた三年の間でも、春に桜は咲いていた。もちろん今年も、何事も無かったかのように、花は咲いた。いつか若者たちも、疫病下の桜のことを、遠い目で思い起こす日がくるだろうか。

 

さてそんな訳で、今日は桜をテーマにしたい。かなり昔、「本当の桜の色はどんな色」というタイトルで原稿を起こしたことがあったが、その時は桜の色を、キモノや帯でどのように表現しているかを考えた。今回は色だけではなく、文様や意匠として「どのように桜を描いているか」見て行くことにする。いつもは説明が長々しいブログだが、今日は文章を極力控え、画像を中心にしてご紹介する。皆様には、桜の下で装うに相応しい桜のキモノと桜の帯を、楽しんでご覧頂きたい。

 

キモノや帯で植物をモチーフにする場合、一つの花を単独で使うことは多くない。何故ならばそれは、季節を特定することに繋がり、装いに制限を与えてしまうことになるからだ。着姿に旬を採り入れることは何より贅沢なことと判っているが、そうかといって「そこでしか使えない意匠」と言うのも、扱いにくい。やはり柔軟に出番を考えられる模様の方が、安心感はある。それを理解しているからこそ、作り手も、題材を一つにすることが躊躇されるのだ。

だがそんな中でも、「あえて単独で用いる花」がある。それが、桜である。桜こそ、花の時期が短く、装う時期が限られる花かと思うのだが、これほどソロで意匠化される花は無い。誠に不思議な現象と言えるだろう。では実需を度外視して作る理由は、何か。それは単純に、みんな桜が好きだからだ。これほど咲くことが待ち望まれる花は他になく、そしてこれほど心に刻まれる花も無い。作り手が、自分の感性に従って主題に使いたくなる花があるとすれば、それは必然的に桜になる。

桜色地 桜模様・京友禅訪問着(菱一)  金引箔 桜模様・袋帯(紫紘)

このブログの中でも、開設以来数多くの「桜のキモノ」と「桜の帯」を取り上げてきた。今年は稿を書き始めて10年の節目でもあるので、これまでご紹介してきた「桜の意匠」を、この機会にオムニバス的にご覧頂くことにしよう。今回取り上げる品物は、ほとんどが単独で桜を描いたもので、一部は桜を中心に置いた意匠。それでは振袖から、始めることにする。

 

(枝垂桜 朱霞暈し一越 枝垂桜模様 友禅振袖・北秀商事)

今から40年ほど前に誂えた、私の妹の振袖。うちの娘たちも、寸法を直して着用した。枝垂桜だけの意匠だが、染疋田の桜花が可愛く、単純ながらも振袖らしい華やかさが見受けられる。

 

(枝垂桜 空色地紋綸子 桜楓文様 型友禅振袖・菱一)

これも枝垂桜だが、総模様的な最初の振袖とは異なり、裾に大きな花を配している。染疋田と駒刺繍で花弁を表現しているのは、同じ。桜がメインだが、楓が一緒に入る「春秋文・桜楓文様」の形式。

 

(桜花散らし 朱地縮緬 桜楓模様 型友禅振袖・トキワ商事)

裾は桜だけの花散らしだが、肩から袖にかけては、枝桜と青楓が一緒に描かれている。全体的に模様が小さく、朱色の地が目立つシンプルな振袖。それだけに、合わせる帯次第で着姿が変わってくる。

 

(雀口桜 タンポポ色縮緬 桜に松竹梅模様 型友禅七歳祝着・トキワ商事)

うちの娘用に誂えた七歳の祝着。「雀口桜」というのは、五枚に割れている花弁の先が、雀の口に似た形で描かれているので、その名前が付いた。模様をよく見ると、大小各々の桜花の中には、松竹梅の姿が見えている。

 

(八重桜散らし 黒地一越 桜に揚羽蝶と花の丸模様 型友禅七歳祝着・菱一)

普通の桜花と、花弁を重ね合わせた八重桜を組合わせて散らしてある。桜の中には、揚羽蝶と花の丸のあしらい。大人っぽい黒地を、子どもらしい図案で仕上げている個性的な七歳祝着。

 

(小桜散らし 撫子色一越 江戸小紋誂え直し 七歳祝着)

お母さんが若い頃着用していた「小桜柄・江戸小紋」を、娘の七歳祝着として誂え直した。遠目からは無地に見えるが、キモノ全体に小桜が飛んでいる。大きく豪華な桜図案も良いが、こんなささやかな桜祝着があっても良い。母も娘も、思い出に残るキモノ。

 

(桜散らし 灰桜色一越 霞裾ぼかし桜模様 友禅訪問着・菱一)

全体に霞がかかったような、朧気な春を色で表現した桜だけの訪問着。ふんわり、そしてはんなりとした着姿になることは、疑いの無いところ。季節を全面に出し、見る人には否応なく旬を印象付ける、とても贅沢なフォーマル姿。

 

(枝桜 薄桜裾暈し一越 枝桜模様 無線描友禅訪問着・菱一)

これも、上の訪問着と同様に菱一の品物。淡々しい雰囲気を醸しだすのは同じだが、裾にミントブルーの暈し色が付いていることで、単調さを消している。また図案は糸目を用いず、染料を含ませた筆で描く「無線描(むせんがき)友禅」を使っている。絵画的な桜の姿になっているのは、そのため。

 

(桜花重ね 灰桜色一越 水引桜模様・刺繍付下げ・千切屋治兵衛)

金銀白の三色糸で、水引のように桜を表現した付下げ。落ち着いた灰桜地色に、刺繍(まつい縫い)を使って、一枚ずつ丁寧に花弁をあしらう。さりげないキモノだが、施しにはとても手が掛かっている。キモノを良く知る人ほど目に留まる、「玄人受けする品物」であろうか。

 

(葉付き桜 黒地縮緬 春秋花模様 手描友禅訪問着・品川恭子)

先年亡くなられた品川恭子さんの描いた訪問着。桜は葉付きと八重桜、そして横見桜。その他に、楓や銀杏があしらわれ、春秋模様になっている。雪輪や波文、揚羽蝶の姿も見える。挿し色の美しさ、配色のセンスの良さは、品川さんならでは。

 

(小桜散らし 宍色一越 墨染桜散らし 手挿小紋・トキワ商事)

ベージュに近い宍色地に、白と墨の濃淡だけで桜を描いた小紋。単純でありながら、桜の朧げな雰囲気が伝わってくる。よく見ると白い花弁の中心は、ほのかなピンク色で暈されている。これも、通好みの品物と言えようか。

 

(花弁散らし サーモンピンク色一越 桜花弁散らし 手挿小紋・千切屋治兵衛)

花そのものではなく、花弁を一枚ずつ散らした図案。いわゆる「散り際の桜」をイメージしたもので、花弁だけというのも珍しい。これも極めて単純な模様だが、花弁を良く見ると、一枚ずつ微妙に色が違っている。手で色を挿しているからこそ、模様に柔らかみが出てくる。

 

(題名「春艶」源氏物語絵巻・竹河より 金引箔手織袋帯・紫紘)

これは、源氏物語絵巻の第三巻・竹河に描かれている「春の玉鬘庭」を、モチーフにしている。平安貴族の絢爛たる日常を、そのままに描いた紫紘・山口伊太郎の代表的な帯の一つ。織り込まれた桜は、下に薄紅色を敷き、白い緯糸だけで織り上げている。これで花弁は浮きあがるが、その糸を切ると下の薄紅色が滲んでくる。こうして桜の花は、白くも、ほんのりとした桜色にも見える。この帯の小さな桜の花一つには、とんでもない織の技が隠されている。

 

(枝桜花弁散らし 源氏物語絵巻扉 金引箔手織袋帯・紫紘)

これも前の春艶帯と同様に、源氏物語絵巻に見られる桜の姿を題材にしている。こちらは枝桜と花が散る姿。最初の画像で、花弁と蕾と枝の姿を写してみたが、とても織とは思えないほど写実的な姿で表現されている。これぞ、「至高の桜帯」である。

 

(吉野桜 金引箔手織袋帯・梅垣織物)

咲き誇る奈良・吉野山の桜を題材にした、麗しい春の帯。山の連なりを渋い青磁の箔地で表し、咲き誇る桜の花を浮き立たせている。紫紘とはまた違う、写実性の高い梅垣の桜意匠。

 

(小桜連ね 銀引箔手織袋帯・梅垣織物)

柔らかい銀地に小桜を連ねた、優しい雰囲気の帯。春らしい若草色の霞が、桜の可憐な姿を引きたてている。桜色や鶸色のキモノに合わせると、よりはんなりとした帯姿になりそう。

 

(片喰桜連ね 黒地錦袋帯・紫紘)

源氏物語絵巻の恭しい桜姿とは対照的な、デザイン化された桜花弁を描いている紫紘の帯。同じ帯屋で製織したとは思えない、可愛い桜姿である。この図案のように、五枚花弁の輪郭がハート型になっている桜を、「片喰(かたばみ)桜」と言う。そう言えばこの花の形は、片喰紋とよく似ている。

 

(三寄桜 黒地唐織袋帯・錦工芸)

大きな丸を枝で三等分して、三枚の桜の花を配した図案。このように、寄り添うように三枚の花弁を置く桜図案のことを、「三寄桜(みよりさくら)」と言う。中心に大きな桜丸文、脇に松丸文を配した斬新な唐織帯。錦工芸が製織する帯には、こうした個性的な意匠が多い。

 

(枝桜にメジロ 空色塩瀬地 手描染名古屋帯・水橋さおり)

桜の枝に並んで止まるメジロの姿は、春の陽光が伝わってくる明るい空色地と相まって、思わず微笑んでしまいたくなる愛らしさがある。若い作家の視点で描かれた、まさに春を告げる帯。染帯でなければ出すことの出来ない、優しく柔らかみのある帯姿になっている。

 

(蕾付桜花 極薄緑色塩瀬地 形疋田染名古屋帯・菱一)

大きな花と小花、蕾、そして数枚の花弁を散らした、まさにリアル・桜の染帯。あまりに「桜が過ぎて」いるものだから、なかなか求める方が現れてくれない。菱一からこの帯を仕入れたのは、もうかなり前のことだ。ということで、毎年桜が開花すると、必ずウインドに飾る帯として活躍している。もちろん今日も、ウインドの中にある。米沢の野々花工房が作った紅花縞紬とのコーディネートは、今から7年前・2016年3月の稿であった。

 

キモノ12点、帯8点、合計20点の桜意匠をご覧頂いたが、皆様には満足して頂ける「お花見」になっただろうか。何れも、これまで稿の中でご紹介した品物ばかりなので、見覚えのある読者の方には、目新しさがあまり無かったかもしれないが、そこはお許し頂きたい。けれども私にすれば、これほど多く「桜だけ」の品物を扱って来たのか、と改めて驚いてしまう。

稿の最初の方で、桜ほど旬の短い花は少なく、そのために桜の意匠は敬遠されるとお話したが、よく考えてみれば、それは違うのではないか。人生の節目である卒業と入学の時期には、必ず傍らに桜がある。そこで装うに相応しい図案となれば、やはり桜は欠かせない。いや、桜こそが一番似合うと言っても良いだろう。無論、式服だけではない。日本人がこの花に寄せる思いや感慨は、他の花とは全く違う。であるならば、この花を春にまとわない手は無いはずである。

桜の下で、桜を装う。これほどの日本的な美しさは、他にあるまい。

 

先日NHKの番組・「プロフェッショナル・仕事の流儀」で、久しぶりに俵万智さんの姿を拝見しましたが、その雰囲気は若い時と変わらないように思えました。そして作る歌には、今も瑞々しさを感じます。平凡な言葉の中に「きらめき」があり、それがとても新鮮。若い時の歌にも、今の歌からも、同じ印象を受けます。一流の歌人の感性は、年齢とほとんど関りが無いのかも知れませんね。

最初に掲げた「去年ともに、歩きし人の・・・」の歌は、1997年に刊行された歌集「花束のように 抱かれてみたく」の中に収められています。いなくなってしまった「共に歩きし人」は、長く介護していた親でしょうか、先に旅立ってしまった配偶者でしょうか、それとも別れた恋人でしょうか。

歌を読んだ人それぞれで、思い浮かべる人や場面は変わり、受け取り方も変わってきますね。三十一文字(みそひともじ)の何と奥深いことでしょう。彼女の歌集を、最初からもう一度読み返したくなりました。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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