バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート  パステル色の小紋で、たおやかな春を

2017.03 29

春分前後は、昼と夜の時間がほぼ同じになる。このところ、夜が明ける時刻は、5時半頃で、日暮れは18時。春が進むにつれて、昼間の時間が長くなっていく。

春分は、季節の移りを表す指針・二十四節気の一つだが、節気をさらに5日ずつ分けたものが、七十二候。その時々の気候の変化を、特徴的な動植物の動きなどになぞらえて、3~4文字で表現している。

 

今年の春分は、3月20日に始まり、4月3日まで。七十二候で、この15日間を分けると、初候・3月20日~24日は、「雀始巣」で、年が明けて初めて、雀が巣を作り始める頃とされている。次の5日間・次候は「桜始開」、名前の通り、桜の花が開き始める頃である。

ここ30年の東京の桜開花日を平均すると、3月26日。七十二候・桜始開の定義する日の範囲に、ピタリと収まっている。

 

今は、日ごとに寒暖の差が激しく、冬と春の間を行ったり来たりする。山梨県内では、つい3日ほど前にも雪が降った。河口湖で16cm、山中湖では60cmもの積雪を記録し、名のみの春を実感させてくれた。

名のみの春と言えば、「春は名のみの 風の寒さよ」で始まる「早春賦」は、1913(大正2)年に作られた歌。今の季節になると、多くの人がこの歌の美しい旋律を思い出すだろう。この、たった四小節の短い歌詞の中には、覚束ない春の情景が見事に描かれている。

この歌の作者は、東京音楽学校の教授で、当時、文部省尋常小学唱歌編纂委員会・作詞委員長を務めていた吉丸一昌(よしまるかずまさ)。旧制・大町中学校(現在の長野県立大町高校)の校歌を作るために、訪れた安曇野。そこで出会った春の風景から生まれたのが、この早春賦だった。

安曇野は、北アルプスを源流とする、犀川・高瀬川・穂高川が流れ込む扇状地で、松本盆地の端にあたる。ここには、至るところに湧水地があり、水の清らかさでは、日本でも指折りの土地である。作者はおそらく、北アルプス・常念岳から吹く冷風に触れ、「春は名のみの」と感じたのだろう。

 

今月のコーディネートでは、名のみの春から、少し季節を先取りして、芽吹きの季節にふさわしい、たおやかな着姿を演出してみたい。

 

(スカイブルー色 菊菱鱗模様小紋・白地 木に宿る鳥模様・九寸織名古屋帯)

皆様は、春をイメージする色として、どんな色を思い浮かべるだろうか。桜の優しいピンク、菜の花やタンポポの鮮やかな黄色、柔らかな太陽の光を受ける若葉の緑。人それぞれが持つ季節の思い出と共に、印象に残る春の色があるだろう。

入学や入社を迎える門出の春は、新たなスタートを切る人にとって、大いなる期待と、一抹の不安が入り混じる季節である。この、すこし自信がなく、おぼろげな気持ちを色で表現すれば、やはり淡く優しい色になる。

 

パステルカラーは、赤・青・黄のように、はっきりとした彩度を持つ鮮やかな色ではなく、少し白が混じった柔らかな中間色で、明度の高い、明るい色。生き生きとしたビビッドカラーとは対照的な、落ち着きと優しさを持つ色と言えるだろう。

明るいが、明確さが欠ける色のイメージが、春という季節にぴったり当てはまる。桜の淡いピンクは、まさに、春色・パステルカラーであり、霞にけむる風景の色も、どことなく心もとない今の季節を、象徴している。

では、このパステル色を使って、どのように春を演出させるか、見て頂こう。このコーディネートでは、着姿を見た人にも、春そのものが感じ取れるような姿を作ってみたい。

 

(一越ちりめん スカイブルー色 菊花菱鱗文様 型小紋・松寿苑)

地の色は、スカイブルーとカタカナでご紹介したくなるような、澄み渡った空色。冬のどんよりとした鉛色を抜け出し、春の明るい陽光をイメージしている。そこには、夏空のような鮮やかさはなく、青に白を潜らせたような淡さがある。

パステル色は、どれも明度が高いので、見る者を安心させる。特に、青系のパステルは、外に出た時の方が、印象深くなるように思う。なぜなら、見上げた空の色や、温んだ川の水色などが連想されるからだ。

 

菊のような花びらを放射状に描くことで、立体感のある菱模様を作る。これを上下に配列したものを全体から見ると、鱗文様になる。三角形に切り取られた花菱は、この文様が持っている堅いイメージではなく、モダンな図案に仕上がっている。

規則的な連続文様でも、ある程度一つ一つの図案が大きい。江戸小紋のような無地っぽさは無く、かといってカジュアル感の強い総柄小紋とも、印象が違う。何とも不思議で、複合的な模様の小紋である。

配色は、蘂に付けられた黄色のみ。花そのものを白抜きにし、余計な色を挿さずに、地のパステルブルーだけが強調されている。だからなお、春に相応しいキモノに映る。

松寿苑の品物には、この小紋のような、伝統文様を図案化したモダンなものが多い。そして地色も、空色や、桜色、藤色、青磁色など、パステル系の色を多用する。そこには、明るく、堅苦しくなく、都会的なセンスの良さが感じられる。このメーカーに仕入に行くと、バイク呉服屋の「ツボ」にはまるモノがよく見つかる。だから、資金に余裕のある時以外は、なるべく近寄らないようにしている。

では、このパステル色を生かしながら、より春らしい姿を演出させるには、どんな帯を使えば良いのか、考えてみたい。

 

(白地 ウイリアム・モリス 木に鳥 九寸織名古屋帯・紫紘)

数年前から、紫紘が帯のモチーフとして使っている、ウイリアム・モリスのデザイン。この、「木に鳥」は、イギリス・オックスフォード郊外のケルムスコット・マナーにあった、モリスの別荘の寝室に設えられたカーテン模様「ケルムスコット・ツリー」を、題材にしたと思われる。

ウイリアム・モリスについては、昨年の9月にご紹介した、イタリア・フィレンツェのアルノ川に掛かる橋、ポンテべッキオの風景を織り出した帯・「ヴォン・ボヤージュ」の稿で、少し触れているが、生活の中に芸術を取り入れる試み・アーツ・アンド・クラフツ運動の創始者であり、モダンデザインの父とも呼ばれる人物である。

モリスのデザインは、身近な日常の風景を題材にしたものが多い。代表作「いちご泥棒」や、この帯のモチーフ「ケルムスコット・ツリー」は、自分の別荘の庭に植えられた樹木や、そこに集まる鳥達を描いている。

 

帯の太鼓は、三本の木の中に宿る三羽の鳥を描き、前部分には、小さな葉を散らした中に、二羽の小鳥の姿が見られる。「木と鳥」という、きわめて平凡なモチーフなのだが、従来のキモノや帯の中に見られる図案とは、全く印象が違う。

葉の配色は、緑色の濃淡二色で、鳥は青白の二色。木の実は、黄緑色の濃淡二色。色の使い方がシンプルなだけに、すっきりと見える。また、木そのものも、余計なものを入れず、単純に図案化されている。帯地は、僅かにクリーム色を感じる白地に、ドット模様が織り込まれたもの。

では、このモダンなヨーロッパ感覚の帯を、パステル色の小紋に使うと、どうなるのか、試してみよう。

 

淡いパステル色の空の下で、木々に宿る鳥たち。着姿として見ると、明るく上品で、柔らか味のある「たおやかさ」が感じられると思うが、どうであろうか。

今よりも、もう少し先の季節、羽織を使わず、帯付きで街歩きが出来るくらい暖かくなる頃の方が、より印象に残る組み合わせかも知れない。こんな楽しい帯姿を、羽織で隠しておいてはもったいない。帯の垂れに、小さい葉っぱが付いているが、小さな一工夫が、洒落た演出となる。

 

前の合わせ。太鼓に比べると、模様も小さく地の白が目立つ。キモノが連続模様だけに、あっさりとした帯模様の方が、まとまりやすい。また、キモノ・帯ともに同じ系統の色の配色なので、よく目に馴染む。

 

小物合わせをしたところ。帯〆・帯揚げともに、水色系でまとめてみた。帯〆は、帯の中の鳥の青色とほぼ同じ。キモノが淡いだけに、同系統の濃色を帯〆に使い、全体を引き締めてみた。帯揚は、控えめな白と水色の斜めぼかし。どちらも加藤萬の品物。

なお、小物に考えられる他の色として、帯の葉の緑や黄緑、またキモノの中の山吹色などを使っても、面白い組み合わせとなるだろう。どちらにしても、キモノと帯のモダンさを生かしながら、明るく穏やかな着姿となるように、小物も工夫したいところだ。

 

きっちりとした古典の着姿も良いが、たまには、歩いていて楽しくなるような、遊び心があっても良い。モダンな品物というのは、どちらかと言えば、春にふさわしい気がする。やはり、心浮き立つ季節には、堅苦しさよりも、伸びやかで自由なデザインの方が良く似合う。

最後に、ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

蛇足ながら、面白い半巾帯を使った姿を、ほんの少しだけご覧頂こう。

イチゴをモチーフにした、珍しい半巾帯。モリスの帯よりも、もっとカジュアルな着姿になる。

どちらもイチゴ模様のリバーシブル帯。西陣でも珍しい、半巾帯専門の織屋・田中伝織物の品物。春だけでなく、クリスマスにも使えそうな帯。

皆様もご自分で、自由に春の姿を演出して、ぜひ街へ出て頂きたいと思う。

 

「アンノン族」とは、どのような人たちなのかご存知なのは、もう、我々のような50代以上の方でしょう。70~80年代初期にかけて、多くの若い女性に支持されていた雑誌が、「アンアン」と「ノンノ」でした。

アンノン族とは、この二つの雑誌によく紹介されていた場所を旅する女性達のことです。安曇野は、美しい自然の中に、小さな美術館が幾つも佇み、穏やかにゆったりと過ごせる場所として、アンノン族には人気がありました。

この他に、萩・津和野(山口)、嵯峨野(京都)、軽井沢、中仙道の小さな宿場町、妻籠や馬籠、高山など、静かで美しく、ゆっくりとした時間が流れるような土地が好まれていました。

 

この時代、アンノン族とは対照的な旅人として、「カニ族」と呼ばれた人たちがいました。カニ族は、大きなリュックを背負い、あちこちを歩き回る、いわゆる「バックパッカー」のことです。リュック姿がカニの甲羅のように見えることから、この名前が付きました。

多くのカニ族には、金が無く、服装を構わない者がほとんどで、行く先も何も決めず、無計画に歩き回ります。バイク呉服屋も、そんな一人でしたが、観光地などには目もくれず、辺地ばかりを歩いていたので、名前を付けるとすれば、「ウルトラカニ族」になるでしょうか。

螺湾・新入・渡散布・志美宇丹・生花。これらの字(あざ)の名前を正しく読めて、どんな場所なのか判る旅人は、私と同じ「ウルトラカニ族」に違いありません。どこも静かで大変美しい場所ですが、獣がよく出ます。

 

旅の話をすると、つい長くなってしまいますね。この辺りでやめておきます。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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