バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

9月のコーディネート(キモノ編) 至高の技で、モダニズムを極める 

2016.09 16

呉服屋にとって、一番嬉しく有難いのは、お客様から信頼されて仕事を任されること。これは、新しい品物を求めて頂く時だけでなく、手直し品をお預かりする時も、同じである。

そんな仕事の中で、もっとも緊張するのは、「着用する場所にふさわしく、自分に似合う品物を提案して欲しい」と、お客様から依頼を受けた時だろう。これは、バイク呉服屋のセンスと技量が試されることであり、もし誤れば、一度で信頼を失う。

 

このような仕事を成功させるためには、商いに向かう前に、やるべきことが幾つもある。まずは、依頼された方から、情報を得ることが大切だ。求めようとする品物は、どのような場面で着用されるのか。まず、ここが出発点となる。

一口にフォーマルの席といっても、様々な時と場がある。お客様が、実際に着用される場面を熟知していなければ、間違った方向へ品物選びが進んでしまう。また、そこに集う方々はどのような人なのか、これも知っておかなければならない。そして、着用する方が、その席でどのような立ち位置にいるのか、自分の姿をどのように見せたいのか、ということも重要になる。

自分が主賓になる時と、控えめな立場の時では、当然品物が変わる。それを「わきまえる」ことは、適切な品物を提案出来るか否かの、別れ道になる。

 

着用される環境が理解出来た後は、お客様自身の好みを考える。地の色や模様、雰囲気などだ。それまでに一度でも、仕事を請け負ったことがあれば、おおよその想像がつく。私は、お客様との商いでは、出来るだけ時間を割き、コミニケーションを取ることを心がけている。会話をしているうちに、その人の性格や考え方がわかり、それが適切な品物選びに繋がるからだ。

ゆっくり、丁寧に仕事をすることで、得られるものは多い。一人の方と、長くお付き合いさせて頂くためには、とても大切なことと思う。

 

さて先頃、ある方から単衣の季節にふさわしい、訪問着の依頼を受けた。上質でありながらさりげなく、爽やかな風が吹き抜けるような着姿。もちろん、着用される場所は提示されている。

思わず頭を抱え込んでしまうような、漠然とした難しい条件でも、答えを出さなければならない。今回のコーディネートでご紹介するものは、バイク呉服屋が頭を絞って出した、一つの回答である。

なお、今回の品物は、今までのコーディネートの稿でご覧頂いた品の中でも、もっとも上質であり、そこに「職人の至高の技」を見ることが出来る。という訳で、一度の稿で、書き尽くすことが出来ないため、キモノ編・帯編・コーディネート編の三回に分けて、お話させて頂きたい。

 

(加賀友禅 訪問着  作品名「さざなみ」・中町博志)

単衣で使う訪問着を考える時、まず頭に浮かぶことは、着姿に季節感を出すこと。そして、薄物ほどではないが、涼感を演出することも、ある程度必要になる。

植物ならば、秋の七草(萩や撫子、女郎花など)をモチーフにしたものなどが考えられるが、無難ではあるが、面白みに欠ける。単衣は、秋ばかりでなく、6月にも使うので、季節が限られる草花は、かえって使い難い時がある。

では、他の文様で探すとすれば、何があるかと言うと、やはり「自然現象」をモチーフにしたものになるだろう。四季がうつろう日本には、春夏秋冬それぞれに姿を変える自然がある。春霞、夏雲、秋月、冬雪。季節を彩る自然の姿は、帯やキモノの文様として様々に意匠化され、図案の中に取り入れられている。

その中でも、水を感じさせる文様は、見る者に涼を呼ぶ図案として、多くの薄物・単衣向きの品物に使われてきた。特に流水や波は、代表的な水辺の模様として知られ、単独で使われたり、旬の植物と組み合わせて使われたりと、様々な姿を見せる。

 

「さざなみ」と表題された、加賀友禅の訪問着。デザインされた波だけが、キモノいっぱいに広がる、モダンで秀逸な品物。

作者・中町博志(なかまちひろし)氏は、1943(昭和18)年生まれ。出身は、石川の隣県、富山県福光市である。中町さんの経歴は、他の加賀友禅作家と比べて、異色である。

中学校卒業と同時に、東京美術印刷という印刷会社へ就職。高度成長が始まった昭和33,4年頃は、集団就職で上京する中学生を、「金のたまご」と呼んでいたが、中町さんもその一人だった。彼は、子どもの頃から絵が好きだったので、「美術」とついた会社名に惹かれて、就職先を選んだらしい。

東京の生活は、3年ほどで終わり、金沢の印刷会社へ再就職する。師匠・直江良三氏の下へ弟子入りしたのが、1966(昭和41)年、23歳の時であった。印刷職人として過ごした若い頃の経験が、もしかしたら、氏の独特の作風に、何らかの影響を与えているかもしれない。そう思わせるほど、際立った経歴の持ち主である。

 

6年間の修行を経て、1972(昭和47)年に独立。この頃の呉服業界は隆盛を極め、優美で上品な加賀友禅の需要も、右肩上がりで伸びていった時期にあたる。そして、1988(昭和63)年、加賀を代表する作家の証とされる、石川県指定無形文化財・加賀友禅技術保持者の認定を受ける。

現在、この認定を受けた作家は10人。中町氏の他には、柿本市郎・白坂幸蔵・高平良隆・由水煌人・杉村典重・上田外茂治などの各氏が並び、加賀友禅技術の保存と振興を目途とする団体・加賀染技術保存会の運営に当たっている。ちなみにこの10人の作家達は、「10人衆」と称されている。

 

中町氏の作風は、加賀の作品でもかなり目立つ存在。写実的に描かれた図案が多くを占める中で、モチーフを自分なりに抽象化し、デザインとしている。そして、挿し色は明るく優しい色を多く使う。

この品物も、氏の特徴が如何なく発揮されている。地色は、空色を少し柔らかく明るくしたような、清涼感のある水色。そこに、図案化した波だけを描いている。波は、一見「山」の連なりのようにも見えるが、裾から肩に向かって、なだらかな曲線を描いて並んでいる。

 

波の形は、大きさを自由に変えて表現されている。この画像は、裾から上に向かって写したところだが、こうして見ると遠近感があり、波に動きがある。静かで穏やかに描かれる「さざなみ」を見ていると、自然と優しい気持ちになる。

仕立をする前に、仮絵羽を解いて反物にした状態(袖部分)。波本体も抽象的だが、飛び跳ねるような波しぶきの表現も、かなり個性的。

 

一つ一つの波を見ていくと、全て色が違う。基調となるグレーの色が、僅かずつ異なり、そして、ぼかし方も一つとして同じものが無い。微妙に形を変え、濃淡に差を付ける。

工夫された波が連なった時、模様全体がどのようにみえるのか、計算し尽くされて仕事が進められている。波だけで、これほど奥行き深く模様を表現出来るのは、中町氏の高い技術があればこそ、である。

加賀には珍しい、蛍光的な「エメラルド・グリーン」と、「カナリア色」で色挿しされた波頭。波しぶきは、楕円を切り取ったようなものや、丸・三角・短冊など様々。自由で、遊び心のある演出に見える。

模様のアクセントになっているのが、波と垂直に三本並ぶ短冊形の模様。地色より濃い、やや蛍光的な青色が使われている。この図案は、何を意味するものだろうか。

中町氏の作品で目立つのは、蛍光色を巧みに使うこと。全体から見れば、ほんの僅かな部分だけに挿されてるが、印象を変える力になっている。加賀友禅で使われる色は、加賀五彩と言われ、基本的な色使いが決まっているため、色のイメージを変えることが難しい。そんな中、伝統だけにこだわらない、進化した作品を生み出そうとする氏の姿勢が、ここにも伺える。

 

仕立て上がった品物を、衣棚に掛けてみた。こうすると、模様の全体像が良く判る。袖から肩に掛けて、波は一直線に付けられている。身頃部分の動きのある波とは、対照的で静かな模様の付け方。

加賀友禅の作家は、まず師匠の仕事を見習い、その技を自分のものにするところから始める。最初に使う図案は、やはり過去の文様や図案を参考にする。そして描き方は、伝統に則った「写実性」を重視したもの。

「いかに対象物を絵画的に描くか」ということが、これまでの作品の主流を占め、それこそが「加賀らしさ」とされてきた。中町氏も、独立した頃は、同じであった。しかしそのうち、自分の落款を入れて描く作品が、他の作者と同じ雰囲気で良いのか、疑問に思えてくる。それが、他人が真似の出来ない、オリジナルな作風となる端緒であった。

 

作品の中の表現は、精緻に美しく写し取ったものではなく、そのモノを見たとき、自分がどのように感じたものなのか、それをデザインとすること。それが中町氏の基本姿勢である。つまり、中町氏の心象風景を、一つの図案に置き換えて、そのまま作品の中に表わしていることになる。

そして、作品一つ一つの模様には、ストーリーがあり、一つのモチーフを使って幾つ図案を描いても、決して同じにはならないと言う。それは、自然万物が、日々姿を変えているのだから、見る者の印象も変わり、それに伴って図案も変わるということ。デザインの根底には、必ず「心象風景」があるのだから、当然であろう。

 

従来の加賀の作風を変えながらも、優しい色合いと上品さは失わない。やはり本質には、加賀らしい優美さが残る。模様を描く巧みさと、色挿しの技術があるからこそ、抽象的な図案も美しい。

伝統的な加賀の技法と、真似の出来ないデザイン。この二つを見事に融合させ、現代感覚にもマッチしたモダンなもの。それが、中町博志の作品に広がる独特な世界である。

 

中町博志氏の落款は、「博志」。

 

お客様から、単衣の依頼があったとき、真っ先に思い浮かべたのが、この品物であった。

中町博志という作家でなければ、描くことの出来ない「波」のデザイン。この作品は、キモノに手を通した時の姿が、どのように見えるのかということを、作者が考えつくした上で、製作されている。

明るくて、爽やかで、気持ちが穏やかになり、しかも個性的で、上質で、上品な品物など、そうそうあるものではない。もうこれ以上のモノは提案できない、そういう気持ちを持って、お客様にお目にかけた。

最後に、もう一度画像をご覧頂こう。

 

さて、これほど個性的でモダンな加賀友禅に合わせる帯は、どう考えれば良いのか。出来れば、このキモノの持つストーリーをさらに広げて、着姿で表現したい。これもまた、難問である。

次回は、バイク呉服屋が出した「帯の回答」をお見せしたい。

 

キモノと帯は、いかにそれぞれが上質であっても、コーディネートした姿が思い通りの雰囲気にならなければ、何もなりません。もちろん、色や模様の組み合わせも大切ですが、もっとも重要なのが、最終的な着姿がどのように映るか、ということです。

着用されるお客様それぞれの、個性に見合うコーディネートには、確固たる答えがありません。どのようにキモノと帯を組み合わせれば、最上の着姿を演出出来るのか。呉服屋として、一番基本になることですが、一番難しいことと言えましょう。

おそらく、この仕事を終えるまで、悩み続けるでしょうね。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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