バイク呉服屋は、まったく酒が飲めない。だが、顔が怖く、体もゴツイため、外見は「いかにも飲める」ように見えるらしく、他人からは意外に思われている。
私の飲めない度合いは酷いもので、コップ一杯のビールはおろか、お猪口一つの酒も飲み干すことが出来ない。それどころか、甘酒や奈良漬なども口に入れることは出来ず、アルコールを全く受け付けない体質である。
酒が飲めない者のことを「下戸(げこ)」と言うが、この名前は、律令制度下の課税単位である家=戸に由来する。646(大化2)年の改新の詔には、公民に口分田を与え、それと引き換えに納税の義務を課すことが記載されているが、実際にこの制度が運用されるのは、飛鳥時代後期の681(天武天皇10)年に制定された飛鳥浄御原(あすかきよみはら)令以後のこと。
律令制度下の班田収授法では、戸は四つに区分されていた(四等戸)。戸ごとに口分田の広さが異なり、それにより税額も違う。成人男子が大勢いる大家族ならば、土地が多く貸し与えられるが、女子ばかりだと少なくなる。多くの土地を抱える家は大戸と呼ばれ、以下上戸・中戸・下戸となる。
下戸は、「正丁(せいてい)」と呼ばれる、働き盛りの20~60歳男子が三人以下の家。当時の戸では、納税の他に兵役の義務も負っており、正丁3人に付き、兵士1人を出さなければならなかった。
当時下戸には、婚礼の席などで割り当てられる酒の量も少なかった。大戸が8瓶ならば、下戸は2瓶である。酒を飲む男子が少ないのだから、当然なのだが、これが転じて、酒が飲めないこと=下戸に繋がったと言われている。
バイク呉服屋の家族構成も、男子は私一人で、あとの四人は女性ばかり。飛鳥時代ならば、当然「下戸」だ。だから、私が酒を飲めなくとも、何ら不思議ではない。
酒を嗜む人は「辛党」で、飲めない人は「甘党」と呼ばれるが、バイク呉服屋もこの例えに背かず、極端な甘いモノ好きだ。特に生クリームには目が無く。アンコモノも大好物。仕事が忙しく、ストレスが溜まってくると、体が自然に甘いモノを欲してくる。
今のように暑い時期は、甘くて冷たいものを「浴びるように喰う」ことで、活力を補っている。今日は、久しぶりに書く「出張ひとりメシ」の稿で、バイク呉服屋のアホさ加減を笑って頂こう。読まれる方は、暑気払いにもならないと思うが。
(宇治抹茶かき氷 1287円 人形町・甘酒横丁 森乃園)
甘酒横丁は、人形町から浜町方面に抜けるには便利な通りなので、取引先を廻る順路として、歩くことが多い。横丁の裏には、洗張り職人の加藤くんの店・太田屋があり、少し東の富沢町には、小物メーカーの龍工房や加藤萬がある。通りを抜けた明治座の近くには、昔高級染問屋として知られた北秀商事があったのだが、今は西陣帯メーカーの紫紘が店を構えている。
人形町駅A1出口を階段で登ると、甘酒横丁の通りは目の前。
人形町という町は、江戸期は歌舞伎や人形の芝居小屋、さらに吉原遊郭などがあり、大人の遊び場であった。それを引き継いだように、明治期には芳町芸者に代表される艶やかな色街となる。同時に、水天宮が移転したことにより、縁日が開かれ、安産祈願の戌(いぬ)の日には、女性も多く訪れるようになっていった。
明治初年、現在の甘酒横丁の入り口あたりに(今は、「玉英堂」という京菓子店がある)、「尾張屋」という大きな甘酒屋が店を構える。この店で出す甘酒の味が評判となり、大勢の客で賑わう。店に入りきれなかった者は、通りで立ったまま甘酒を堪能していた。これが、「甘酒横丁」という通りの始まりになる。
浜町公園・明治座に抜ける案内板。「下町の散歩道」と書かれた幟も並んでいる。
という訳で、今でもこの通り沿いや、近辺には甘いモノの店が軒を並べる。もちろん名物の「人形焼」の店もある。今日ご紹介するのは、老舗茶店ながらも、独特な甘味が味わえる「森乃園(もりのえん)」さんである。
場所はわかりやすく、横丁を入って30mほどの左側。「茶卸小売商」の立派な木の看板が見える。立ち寄った日は、お盆開けの平日で、暑い昼下がり。
店先にはいつもずらりと、ほうじ茶や緑茶のパックが並んでいる。お茶の葉を煎る香ばしい薫りが、道に漂う。この通りを歩くようになって、30年ほど経つが、この店の前に来ると、必ずこの薫りに遭遇する。
テレビ番組などでよく紹介されることもあり、この辺りの有名店になった感はあるが、佇まいは昔とそんなに変わりはない。創業が1912(大正3)年というから、すでに100年以上続く老舗茶舗である。
本日の目的は、ほうじ茶や緑茶を買いに来た訳ではなく、もちろんこの店の甘味を食すること。ここには、他ではなかなか味わえない、ほうじ茶や抹茶を使った「甘味」が揃っている。甘いだけではない、すこし苦味も含めた「大人のスイーツ」なのだ。
酒飲みは、飲み屋の赤提灯に引き寄せられるように店に入るが、甘党のバイク呉服屋は、ほうじ茶の芳しい薫りに吸い込まれるように、いつも入店してしまう。
甘味処は、店の奥の階段を上がった二階。スペースは広くなく、5,6組20人も入れば満席。土・日には、この店の甘味目当ての客も大勢訪れ、随分と混雑するようになったが、平日の2時すぎだと、席も空いていてゆったり出来る。
仕事で人形町に来ている者にとっては、絶好の「甘味タイム」。この日は、35℃近い猛暑で、冷やしモノを腹に入れるにはこれ以上ない日和。私の腹も、もうすでに「時間一杯、待ったなし」になっている。さあ、爆喰いの始まりだ。
(ほうじ茶パフェ 1080円)
若い頃、仲間達と喫茶店に行くと、いつも一人だけ「パフェ」や「サンデー」の類を頼むので、古い友人達の間では、私の甘いモノ好きはよく知られていた。男のクセに、女子が好むようなモノを頼むのは、情けないと思われるかも知れないが、私は恥ずかしいとも思わない。
生クリームとアイスクリームのコラボは、甘味の中では最高だ。程よくとけたバニラアイスに、滑らかなホイップクリームをのせて口に入れれば、美味さが五臓六腑にしみわたる。暑さの中、歩き疲れた体が瞬間的に甦るような気がする。
森乃園さんの夏メニュー。夏の一時期だけ、各種のかき氷を食べることが出来る。
さて、何を食べるか悩ましいところだが、ひとまずパフェを一つ食べてから考えるとしよう。メニューでもわかるように、パフェとかき氷を組み合わせたセットメニューもある。いずれもほうじ茶と抹茶を使ったものだが、パフェもかき氷も同じ味というのも芸が無い。
ということで、注文したのは「ほうじ茶パフェ」。実は、先月の出張の時もこの店にやってきて、「抹茶パフェ」を食べている。なので、今日はほうじ茶にしたという訳だ。
ほうじ茶の褐色がそのまま表れたパフェ。縦20cmほどのグラスの中は、ほうじ茶クリーム・ほうじ茶アイスを上に載せて、ほうじ茶寒天・ほうじ茶白玉・ほうじ茶餡を中ほどに埋め込み、最下部にほうじ茶シロップを沈み込ませている。
どれもこれも、ほうじ茶が味の基本になっているので、甘さは控えめで独特の風味。少し苦味も感じられ、甘さに飽きることが無い。
生クリームは、ほうじ茶味のものと通常のホイップクリームが使われている。この二種類のクリームは、混ぜ合わせて食べても美味い。クリームの横に見えるのは、ほうじ茶ケーキとほうじ茶餡のモナカで、缶詰のみかんとクリが添えられている。
パフェをどのように食べるかは、なかなか悩ましいが、私はあまり混ぜ合わさずに、上から順番に食べることにしている。まずは、モナカとケーキ、それに付け合せのみかんとクリを食べてしまい、生クリームとアイスを残し、それをほうじ茶シロップに付けながら味わう。
甘さ控えめの食べやすさも手伝って、ものの5分で完食してしまう。隣の席にいた家族連れの小学生と思われる女の子が、不思議そうな顔で私の顔を見ていた。
さて、お嬢ちゃん、こんなもので驚いてはいけない。甘味狂のバイク呉服屋にとっては、まだまだ物足りない。今度は、氷だ。パフェと氷のセットメニューがあるくらいなので、ここで氷を頼んだところで、店の人は驚かない。
氷は、やはり抹茶にする。メニューには、イチゴやマンゴーもあるが、お茶系のものに比べて300円ほど高い。お茶屋さんならではの、価格設定であろう。
抹茶色の氷の他には、抹茶寒天と白玉二種に求肥(ぎゅうひ)と抹茶アイス。それが、少し大きめの抹茶碗の器で供される。アイスは、器からはみ出さんばかりで、かなり大きい。
寒天の数倍はあるアイス。氷そのものが細かく削られているため、口どけが良く、さらさらと食べられる。白玉や求肥、寒天やアイスと一緒に食べると、その都度違う氷の食感が味わえる。ほうじ茶に比べると、抹茶の方が甘く感じられるが、それでも飽きるような甘さではない。
氷の食べやすさも相まって、これまた5分ほどで完食。今度は、隣席の子どもの両親が、呆れたような顔でこちらを見ている。店を出た後、自分の子ども達に、「あんなおじさんのような食べ方をしてはいけません」と「教育的指導」をするに違いない。そうです、私が「へんなおじさん」です。
さて、どうもまだ足りない気がする。三品目を頼みたいのだが、隣席の目が気になる。ここで、バイク呉服屋が注文する姿を見たら、驚愕の表情を浮かべることは必定だろう。サービスで出されている「最上級ほうじ茶」をすすりながら、家族連れが席を立つのを待つ。
(黒蜜きなこみつ豆 880円)
最後は、甘味屋の王道・みつ豆で締めることにしよう。酒飲みは〆のラーメンだが、バイク呉服屋は〆の寒天である。家族連れが席を立ち、片付けに来た店員さんを呼び止める。今は、夏休みなので、高校生か大学生と思われるバイトの女の子である。注文をすると、すっかり空になったパフェと氷の皿と私の顔をまじまじと見つめて、驚きの表情となる。
二品食べる客はいても、さすがに三品目を注文する者はいないのだろう。同じことを集中して繰り返す意味の言葉に、○○三昧(ざんまい)がある。買い物三昧とか、贅沢三昧などと使われる。これは、もともと仏教用語の一つで、瞑想する中で精神が集中しきった状態を指す。この言葉を、日常の姿の中に解釈して取り入れられている。
この時のバイク呉服屋の姿は、まさに「甘味三昧」であるが、三品目を頼んだことで、「甘味三味」となる。昧(まい)ではなく味(あじ)である。三つの違った味を楽しむ、という意味だ。
国産大豆を使ったきな粉が、アイスにまぶされている。その上に、沖縄黒糖の黒蜜をかけて食べる。寒天に白玉二つと求肥、それにみつ豆では定番の缶詰パイナップル・桃・サクランボが彩りを添える。
パフェや氷と比べると、甘さが強い。ただそれは、黒蜜をかけたきな粉による「優しい甘さ」で、あまり後に残らない。アイスが溶け出して、汁に浸み込む。これがまた堪らない。残らずに飲み干し、最後にサクランボを食べる。赤く着色された缶詰のサクランボは、子どもの頃とても贅沢な食べ物だと思っていた。だからみつ豆を食べるときには、自然と一番最後まで取っておいてしまう。バイク呉服屋の悲しい習性である。
甘味爆喰い、夢の跡。注文した全てを、一滴残らず完食。出されたモノを残すことは、恥ずかしいことと教えられてきた。これは、作って頂いた人への、礼儀だと思う。
三品で〆て3287円の支払いをレジで済ます。酷暑の中、問屋街を歩いて仕事をしている自分への「ささやかなご褒美」である。バイトの女の子には、再びまじまじと顔を見つめられてしまった。きっと、自分の両親や友達などに「今日、すごいおじさんが店に来たの」などと、話の種にされているに違いない。
帰りがけ、店の一階で水出し煎茶と水出しほうじ茶を買う。家内へのささやかなお土産であるが、甘味を爆喰いしたことは内緒にしておく。もしバレたら、当分の間脂分を使う料理は作ってもらえない。ブログに書いてしまったので、明日からは精進料理を覚悟しなければならないだろう。
今日のバイク呉服屋の姿には、呆れられた方も多いことでしょう。けれども、ほうじ茶や抹茶を使う、茶舗ならではのスイーツは、森乃園さんでなければ味わえません。
他にも、わらび餅やくず餅、団子とお茶のセットなどがあり、冷やしモノとは違う味わいがあります。また、ほうじ茶や抹茶にミルクを混ぜたラテ、さらには、ほうじ茶ビールや抹茶ビールという珍しい飲み物も置いています。
皆様も、東京の下町散策のついでに、ぜひお立ち寄り下さい。運が良ければ、甘味を食いまくるバイク呉服屋と遭遇出来るかも知れません。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
(森乃園さんの行き方)
定休日 年末年始のみ 営業時間 昼12:00~18:00
最寄駅 地下鉄日比谷線 人形町駅 A1出口から30m 徒歩20秒