バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

続・「付下げ」について考える 柄の付け方と合わせ方

2013.12 04

ここ何日か、七五三祝いの後の手入れをした品の納品が続いた。子どものキモノだけでなく、母親が使った品物も一緒に手を入れる。母親が着るアイテムは、「色紋付」か「付下げ・訪問着」である。

納品の際、ほとんどのお客様は、「今度いつ使うかわからない、予定はない」と言う。昔と違って、子どもの「入学式や卒業式」に着用する意識は薄れている。ある方からは、「中学や高校くらいになると、子どもが着ることを嫌がる」という話を聞いた。子どもにしてみれば、「母親のキモノ姿は目立ってしまうから」なのである。他の大勢の親と違う格好である「キモノ」が、「場にそぐわない違和感」を覚えるのかもしれない。

「キモノ」というものが、「世間的に」すっかり「異質」な衣装になった証拠である。「子ども心」にもキモノ姿は「普通じゃない」と映る。公の場所で、他の母親と同じように居て欲しいと考えるのは無理なからぬことであろう。

我々より上の世代(50代以上)では、母親のキモノ姿が「日常」のものであり、「違和感」はなかった。だからこそ、「キモノの需要」は生まれていた。女の子なら、母親の「キモノ姿」に美しさを感じとっていたことも多かったであろう。今の「世代的」には、母親からキモノを学ぶということは、無理である。「母から子へ」という連鎖が、「キモノ」というものを支えてきた部分は、予想以上に大きいものであった。

 

今日は、前回の続きで「付下げ」の話。この「付下げ」などは、「入学、卒業」の母親の式服として、よく使われたものである。

(クリーム地 幕に四季花模様 江戸友禅付下げ 菱一)

前回は、「訪問着」との違いに主眼を置いてお話したが、今日は、「付下げ」そのものについて、話を進めていこう。

そもそも「付下げ」というものは、「柄が上に立つようになる」キモノという意味であり、最初の発祥は「付下げ小紋」である。「小紋」というものは、柄の種類及び付け方により、模様が逆さになってしまう場合がある。それを防ぐために、あらかじめキモノの裁ち位置を決めて模様付けされたものを作った。今でも小紋の中にはこのようなものは見られ、「一方付け小紋」という呼び名もある。

「付下げ」の発想は、この延長線上にある。「裁つ位置」を決めて、模様付けをするということにおいては、この「一方付け小紋」と変わりはない。この、位置と模様付けの「組み合わせ」により、訪問着に準ずるような「柄行き」のものが生まれた。

では、「反物」である付下げの模様配置はどのようになっているのだろう。呉服屋は付下げを見せる際、簡単に「柄合わせ」をしてみせる。こうしないと、お客様に「着姿のイメージ」が湧かないからであるが、「反物」それぞれの部分がどのような「分け方」をして「柄が付けられている」のかまで、お目にかけることはない。

折角なので、上の品物を使って説明してみよう。

付下げの反物を広げ始めて、まず最初に出てくる柄は、「片袖」に付くものである。付下げや訪問着の場合、「袖の柄」は主として着る方の「左前袖」と「右後袖」に模様付けされている。前回お話したように、訪問着は衿から胸、そして「左袖」へと柄の繋がりがあるのが一般的である。

片袖の次の柄付けは、キモノの主模様とも言える「上前見頃」と「胸」。長い撞木にかけて店内に飾る時は、この部分を見せる。ただ、ここだけで、お客様に「着姿」を想像させることは難しい。

上の画像の右端をみて頂きたい。黒い線のような「印」が見える。この「墨打ち」は、ここが、見頃の「境界」にあたる部分という意味で付けられている。すぐ下の柄は、上前の「胸」部分に出る。この同じような「墨打ち」は、もう一箇所付けられていて、「逆三角形」のような「印」が上手く「重なる」ようになっている。見頃の「ヤマ」の位置を確認でき、職人が裁ち違えないような配慮とも言える。

上前見頃に続いて出てきたのが、この部分。「後見頃」である。下部に付けられている「幕」の端部分は、上前の柄から繋がって付けられている。(どのようになるか、後でお見せする)。

次の柄が半分しか付いてない部分が「上前おくみと衿」に当たるところ。おくみの巾というのは通常4寸。衿の巾も4寸なので、両方を一箇所にして柄付けされている。この付下げの衿には柄がなく、無地ということがわかると思う。前回お話したように、付下げの衿は「無地」であることが多く、柄が付いていたとしても、「胸」の柄との連動した繋がりはあまり見られない「単独の模様」になっている。

「エリ・オクミ」部分を表す「墨打ち」の印。この印がなくても、柄の付け方を見れば、間違える職人はいないと思えるのだが。

この後、もう「片袖」部分の柄が置かれ、反物として成り立っているが、主要な柄部分(上前見頃、おくみ、後見頃へ続く模様)がどのようになっているかお見せしよう。実際にお客様に品物を見せる時には、ここの重なりを作らなければ、どんな模様になるキモノなのか、想像が出来ない。

 

左から「おくみ」・「上前見頃」・「後見頃」。この三ヶ所の柄位置を合わせていく。柄合わせがピタリと決まるかどうかは、着る方の身巾の寸法と関りが出てくる。どうなるか、試してみよう。

上の画像のようになるのが「理想」。柄の位置が「おくみ」、「前見頃」、「後見頃」でピタリと合い、一つの模様としてまとまる。合わせる前の上前見頃の模様の付け方をよくみて頂きたい。「幕の右端」が途中で切れていて、「無地」になっている。この無地部分に後見頃の「左端の幕」を重ねる。この「重ね方」は、お客様の「後巾」の寸法と関りがあり、ここが、あまりに広い人だと、重ねを深く出来ず、柄の合わせに狂いを生じる。また、細い方だと、重ねをより深くしなければならず、これはこれで「合わせ」が難しい。

この「ピタリ」とくる寸法は、通常前巾6寸5分、後巾8寸で付けられていることが多い。この身巾寸法は「並み寸法」より前後5分ずつ広い。大概の方は「重ね」を調節することで、「柄合わせ」を上手く決めることができる。

問題なのは、相当体格の良い方の場合である。どのようなことになるのか、この付下げの柄の付け方で考えてみよう。後見頃の柄の左端の幕が「青い無地」になっている部分があると思うが、通常であれば、この部分は、「重ねの内側」に入り、出てこない。しかし、稀に「後巾」が大きい方で、「内側」に入れられないケースがある(8寸5分以上の場合だが)。これでは、隠れるはずの「青い無地の幕」が出てきてしまう。

長く呉服屋をしていると、色々な寸法のお客様にぶつかることがあるが、一番困るケースとも言えようか。「柄合わせ」の「調整」は仕立て職人の腕の見せ所でもある。「全てがピタリ」といかず、柄の中の小さな花や枝のごく一部に微妙な「ズレ」が生じるような場合もある。その場合でも、「上前見頃」と「おくみ」の合わせだけは、「完全」に合うようにして、「後見頃」との接点の「脇」の部分に「少しのズレ」を出すようにしなければならない。それは、表に見える柄の主要部だけは、「柄が合っていない」といけないからである。この部分の「合わせ」をもう一度お見せしよう。

「幕」の中にある「丸紋」や「牡丹の花や松」の「花弁や枝」など、「おくみと上前」で合わせなければならない所は多い。

 

この「柄合わせ」の問題は付下げでも訪問着でも同じであり、また裾模様(裾にしか柄のない)の色留袖や黒留袖でも同様のことが起こる。仕立て職人の仕事の出来栄えは、「柄合わせ」がピタリときまるかどうかも大きな要素の一つといえるだろう。

「付下げ」の話から、寸法の話になったが、当たり前のように「柄が合う」キモノになっている裏には、こんな「隠れた工夫や努力」が職人の手によりなされているのを、ぜひ知っておいて頂きたかったためである。

 

仕立て職人からの相談で一番多いのが、この「柄合わせ」の問題です。「あと1分広げればピタリと合うのですが」などと言って来ます。そんな時の判断は呉服屋自身がしなければなりません。お客様の正しい寸法を優先するのか、ピタリといく柄合わせを優先するのか、ということです。2,3分程度の差なら、「柄合わせ」を優先させることが多いですが、それも「限度」があります。

この「柄合わせ」にこだわるあまり、「着にくい」キモノになってはいけません。合わせが難しい場合は、お客様に「少し柄がズレる」ことを承知してもらう必要が出てきます。それとて、何とか、「合わせる努力」を最大限してみてからの話なのですが。

このように、「呉服屋」と「仕立て職人」は、いつでも品物を挟んで相談し合える関係でなければ、「満足のいく」仕上がりにはなりません。

だからこの「仕立て」の仕事を、「訳のわからない海外縫製」や「呉服屋の目の届かない一括縫製」などに依頼(丸投げ)出来る訳がありません。こんなことができるのは、「いい加減な作り方」をしているキモノだからだと考えたくもなります。

手をかけて作られた品であれば、その仕立ても十分「手をかけなければ」ならないのは言うまでもないことです。このブログを読んでいる方々、一度ご自分のキモノに目を通され、模様の「柄合わせ」が上手くできているかどうか見て頂きたいと思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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