バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

母の江戸小紋、娘の七歳祝着になる

2013.09 27

午前中、親しくして頂いている「筝曲」の演奏家の方のところへお邪魔した。この方の本業は県内の大学に勤務している「先生」でもある。

「演奏家」なので、衣装としてキモノを着ることが多いため、寸法直しや補正などの相談ごとも多く受けている。季節や演奏する会場などにより、使うキモノを変えなければならないため、そのTPO(使い分けや選択)が難しいのだ。

この方は若い頃からキモノに親しんでいるため、「母」や「祖母」から譲られてきた品を無駄にしないという意識があり、それをとても「大切に」扱おうとしている。

そんな品々を拝見すると、思わぬよいモノに出会うことがある。特にしゃれた柄行きの小紋のキモノや、絵羽織など、今となってはなかなか作ることも難しいようなものだ。小紋は「型をおこす」ことに手間と費用がかかるため、現代では「作りにくい」アイテムの一つである。だから「洒落た昔の品」をお持ちの方は、ぜひ活用して頂きたいと思う。

 

そんな訳で、「品物を譲る」ということ、それも「形を変えた譲り方」の例を、お話したい。今日取り上げるのは、江戸小紋が七歳のキモノに生まれ変わった品である。

(撫子色 小撫子模様江戸小紋 七歳祝着)

あざやかな「撫子色」の七歳のキモノ。祝着としては大変めずらしい「江戸小紋」である。おそらく、このようなキモノは「売って」いない。作らなければ出来ない品である。これは、「お母さん」のキモノを「娘」の祝着に直して「譲った」品だ。

私は今まで、「小紋」のキモノを祝着に直した経験は何回かあったが、「無地」感覚の「江戸小紋」での直しの依頼は初めてである。依頼してきた方から、最初に、直すこの「品」を拝見した時、まず目に留まったのは「地色」である。何とも優しく品のある「かわいい撫子色」。この色ならば、「七歳の子」が着ても違和感はないだろう。

また、「江戸小紋」の柄行きも、後で見て頂くとわかるが「撫子」の花があしらわれたものである。このようなどこにも「売っていない」色や柄行きで作る、「オリジナル」な仕事こそ、楽しい。

まず最初にすることは、「江戸小紋」として使っていたキモノを「トキ、洗い張り」して、反物の状態に戻すこと。この時、「しみや汚れ」と「裏地の状態」を確認する。上の画像は「太田屋さん」で洗い張りが終わったところ。裏地も問題なくそのまま使えるので、その分安く仕上がる。

「大人のキモノ」を「子どものキモノ」に直すことは、ほとんどの「寸法」はあまり問題がない。「大きいものを小さくする」のだから難しいことはないとわかると思う。ただ、一点注意しなければならないことがある。それは「袖丈の寸法」のことだ。

大人の袖丈は通常「1尺3寸」が標準である。着ていた方が20代ならば「1尺5寸」と長くなっているケースもある。ただ、この1尺5寸でも「子どもの祝着」の袖丈の長さとしては「短い」。7歳の祝着ならば1尺7寸~8寸は欲しいところだ。子どもが着るキモノは「袖が長い」方がかわいく見えるし、格好もよい。だから「譲るキモノ」の袖に縫いこみがない場合は悩むことになる。

袖の縫込みは多くても「2寸程度」である。また、ほとんどの場合「祝着」として直して使うことは想定されていない。だから、大抵「袖丈」が出ないのである。このような場合、大人の長い「身丈」の一部を「袖」に廻して使うことになる。当然長くした「袖」の部分には「ハギ」が入ることになる。

この袖部分の「ハギ」は「胴ハギ」と違って、「帯の下に入れて隠す」ということが出来ない。表に出てしまうことは避けようがなく、ここはお客様に納得して理解して頂くより仕方がない。それでも最低1尺5寸程度の長さの「袖丈」にしなければ、「子どもの祝着」としては格好が付かない。

この依頼品、幸いなことにお母さんが使っていた袖丈寸法が1尺6寸5分もあったのだ。これは「異例」ともいえる長さである。この長さならば、「そのまま直さずに」子どもの袖丈として使える。「ハギ」を入れることなど考える必要がないのだ。トキをする前に寸法を測らして頂いた時、改めてこの品が、「仕事をし易い」ものであることを確認した。

依頼は、今年の春に受けていたが、娘さんの身長は半年で変わる年頃なので、9月の初めに「採寸」し、3日ほど前に仕上がった。

上の二枚、「江戸小紋」の図案を拡大したところ。少しわかり難いがあしらわれている花は「撫子」である。五枚の花びらの先に微妙な「切り込み」がある。「桜」と判別し難いが、私は「撫子」と思いたい。

「撫子」は以前「秋草模様」の稿でも紹介したように「秋の七草」の一つである。七五三参りは「11月15日」、季節は晩秋であるが、「秋草」の柄は「旬」と言えるだろう。

先日の台風の翌日のブログで、源氏物語の「野分」の一節を紹介したが、この「撫子」についての記述もある。

「紫苑、撫子、濃き薄きあこめどもに、女郎花のかざみなどのやうの、時にあひたるさまにて・・・」。これは、野分(台風)の後、天気がよくなった庭でくつろぐ女性たちの衣装の色が「秋草の紫苑や撫子、女郎花」の花のように美しいと記している。

 

「撫子色」の地色に、小さな「撫子」があしらわれた「江戸小紋」の祝着は、思いのほかよい仕上がりになったように思う。また、仕立て方はすこし重くなるが「裁ち切らず」に全て「縫込み」の中に余り生地を入れておいたので、最終的にまた「大人の江戸小紋」として「戻して」使うことが出来るようになっている。もちろん今は「子どものキモノ」なので、大きくなるに従い、「肩揚げや腰揚げ」を少しずつつめて使えるようにもしてある。

この祝着と一緒に使われる「祝帯」。黒地に市松模様、その中には揚羽蝶や五瓜、花菱などの文様が「子どもモノ」らしい配色で付けられている。キモノの優しい色と合わせても、「かわいく、またあか抜けた」組み合わせである。

おそらく、何人「祝着」を着てようと、こんな「しゃれた」品を着ている娘さんはいない。キモノというものは、少し考え方を変えるだけで、「人に真似出来ない」品に生まれ変わることが出来る。つくづく何とすぐれた「民族衣装」なのだろうと改めて思う。このように、お客様と共に楽しみながら「新しい品を」作ることができたのも、「依頼」があってのことだ。こういう仕事を経験すれば、また何かの機会に「提案」することもできる。いくつになってもこの仕事は難しいが、年と共に「仕事の幅」を広げていける職業だと思う。

 

先日、「職人の仕事場から・柄の積りと裁ち」の稿で取り上げた「飛び柄・小紋」が仕立て上がってきましたので、ここで載せておきます。上前おくみ、身頃に配された柄は全体から見ても上手く「バランス」がとられていると思いますが、いかがでしょうか。「正解」のない仕事というのは、どれが「満足いくものか」わかりませんが、これも「経験を積む」ことで自信がある提案が出来ていくのではないかと思います。

今日も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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