バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

消え行く婚礼習慣・不要になった「嫁入り道具」としてのキモノ

2014.01 26

今、「婚礼産業」といえる職種は何だろう。「結婚」に伴い「用意するもの」というのが、昔はあった。だが、その多くが今「必要としない」ものになっている。

「婚礼家具」・「婚礼布団」・「電化製品」そして「キモノ」。家具屋や布団屋、電気屋そして「呉服屋」。これらの職種はみな、「婚礼」の仕事が大きな柱になっていた。

ところが、である。「平成」になってからの四半世紀のうちに、「嫁入り道具」なるものの「習慣」が消えた。以前にも書いたが、「結婚」というものが「家と家」から「個人と個人」に変わったことが大きな要因である。つまり「嫁に行く」という感覚が消え失せたと言ってもよいだろう。

 

「結婚して親と同居」する割合はどのくらいだろうか。ここに国立社会保障・人口問題研究所というところが調べた全国調査の結果がある。少し古い資料で2003(平成15)年、今から10年前のものである。

この「全国家庭動向調査」を見ると、29歳以下の「別居率」は82,8%、つまり「同居率」は17,2%である。つまり十組の若い夫婦のうち、親と同居しているのは、二組以下ということがわかる。年齢を追ってゆくと、34歳以下で19,8%、39歳以下で26,0%である。

40歳になっても、同居しているのは四分の一にすぎない。これは、結婚後「子ども」が生まれたとしても、親と同居している夫婦が少ないことを示している。「三世代同居」の割合もあるが、わずか「9,7%」に過ぎない。

この親同居の比率は、地域差があると思われ、当然、大都市圏に住む夫婦の場合では、同居率はさらに下がると考えられる。見事に現代の「核家族化」が表れており、地方から都会へ出て就職し、都会で結婚した若者が地方に戻らないことが読み取れる。このことは、地方に住む人たちの高齢化や、さらに「限界集落」の広がりに繋がっていることもわかろう。

 

結婚した当初は、「夫婦二人だけ」の生活を送る人が大多数であるならば、その生活に必要な道具は限られたものになる。

ここにもう一つ資料をお示ししよう。これはリクルートマーケティングパートナーズというところが調査した、「新生活準備調査2013」というもので、結婚前に同居するカップルの割合や、「結婚」に際した「新生活」の準備のため、「何にどれくらい費用をかけるか」ということが調べられている。

「親と同居」しないならば、結婚する前から二人で住んでいても、何の問題もない。これが「結婚前同居」のカップルの増加に反映されており、その割合は28,3%に及ぶ。つまり四組に一組以上が、すでに「一緒に住んでいる」状態である。

「結婚前同居」の夫婦にとって、結婚したからといって、特に「新生活」と呼べるものはなく、「日常の延長線上」のことだ。だから、新たに「道具」を揃える必要もない。このようなカップルが「結婚後に購入した(購入というより契約といった方がよいか)もの」の第一位は「生命保険の新規加入・変更」である。これは「新生活の道具」とは呼べないものかも知れない。

では、「結婚前同居」でなく、結婚後に二人で新居を構える場合、どのような「道具」を揃えるのだろうか。まず、「新生活の準備」にどのくらい費用がかかったかを見てみよう。総額は平均で100,9万円、おおよそ百万である。

内訳を見ると、インテリア・家具に42,3万円。家電製品に36,9万円。この二つで全体の約8割を占める。インテリア・家具では、「食器棚」「自分達用の布団と枕」の購入率が高く、家電では、「冷蔵庫」「エアコン」「洗濯機」の購入率が高い。

このことで、「家具屋」と「寝具屋」と「電気屋」は、まだ、「婚礼産業」としての残滓を残していると言える。ただし、これにかける費用の額は年々減少しており、前年との調査結果を比較したところ、インテリアは5万円、家電は4,6万円少なくなっている。また、特筆することとして、「車を購入」した夫婦が9,8%いたことがわかっている。特に「地方」では、車は日常生活に必需な「道具」である。結婚を機に買われるものとして、当然入ってくるものであろう。

「婚礼産業」として、僅かながらその価値を認める存在である「家具屋」や「寝具屋」、「電器屋」にしても、その「購入金額」を考えれば以前とは「雲泥の差」があるだろう。

家具で言えば、「婚礼三点セット(あるいは五点セット)」などとして、誰もが「嫁入り道具」として持っていったものだが、今ではその存在すら耳にしない。二人だけの新居は、マンションなどの集合住宅がほとんどで、だいたいが「作り付け」の家具や「クローゼット」が最初から付いている。

寝具なども、「自分達で使う布団と枕」さえあれば、それで十分であり、おそらく多くの夫婦が「ベット」を使用することを考えれば、余計なものを「置いておく」場所もない。昔よく持って行った、「座布団」や「客用寝具」など用意するはずもなかろう。

 

さて、「キモノ屋」の話である。上記した資料の「新生活準備調査」の中に、「キモノ」という項目は皆無である。この調査は、準備する品物を購入するに当たって、「誰が支払いをしたのか」ということまで書いていない。

「結婚する当人」が支払ったのか、それとも「親」がお金を出したのかということだ。だがいずれにせよ、現代における「嫁入り道具」としての、「キモノ」の存在はない。これは、「婚礼産業」として「呉服屋」の立つ場所はなくなっているという証である。

 

昨年の秋、近頃ではめずらしく、「結婚する娘さん」のために、キモノを用意する仕事をお受けした。付下げと訪問着(色と柄行きの異なるもの)を一枚ずつとそれに合わせた袋帯。喪服類も夏と冬両方を準備した。

この娘さんは、東京で働くキャリアウーマンで、「キモノ大好き」な方。ご自分でキモノを着ることも出来、今までもお母さんの若い頃の品物を寸法直しをして使うこともあった。フォーマルな席で使うことはもちろん、普段着も気軽に楽しんでいるような人である。だから、結婚を機に新しいキモノを持たせてもらうことを望むし、それを将来有効に使おうと考えている。おかあさんに話を聞けば、「キモノを作ってやりがいのある娘さん」だと言う。このようなケースは「例外中の例外」である。

 

昨日もあるお客様から、「結婚」する娘のためにキモノを用意するべきか否かの相談を受けた。(このこともあって、今日のブログをこのテーマにしようと決めたのだが)。

「とにかく、キモノはいらない」と言っているが、「親としてそれでいいのか」ということだ。母親世代(50代以上)ならば、まだ、「嫁入り道具」としてのキモノを箪笥に詰めて嫁いできた時代である。

だから、自分達が親にしてもらったことを、次世代の娘にしないのは、合点が行かないと思うのだろう。「用意しても使うかどうかわからない(着る予定はない)、それに新居に置いておく場所もない、だから、無駄になりそうなモノは買わなくていい」。これが、大多数の娘さんの「嫁入り道具としてのキモノ」に対する考え方であろう。

母親が自分が嫁ぐ時に持ってきたキモノが、ほとんど袖を通すことなく箪笥に寝ているという人の場合、「娘が嫁ぐ時」にキモノを持たせようとする感覚はない。すでに、「キモノは不要」だと自分の経験から学習している。だから、持たせないことを悩まない。悩む人は、自分が持ってきたキモノをある程度使った(子どもの入卒の時や七五三の祝いの時など)からだと思える。これは、「いらない」と言うが、いずれキモノを使うことが、どこかであるかも知れないと予想しているからである。

「嫁入り道具」の定番 紋綸子桃色無地と銀砂子七宝模様袋帯(西陣 米田織物) 

お宮参り、七五三、入学式と続く「式服」として使われる「無地」モノと、それに合わせた帯は、「嫁入りの道具」として、もっともポピュラーに用意されたものだった。       

 

「松木さんは、どう考えるの」とお客様に聞かれ、次のように答えた。「娘さんが、不要と考えるなら、何も買う必要はないでしょう。喪服も、洋服で済ますことが失礼ということにも当たらないですしね。ただ、母として娘のために、どうしても何か買っておきたいと言うならば、無地か付下げあたりを一枚だけ用意したらどうですか。帯はお母さんの若い時に使ったものがあれば、それで十分でしょう。ただし、買っても無駄になるかもしれないという覚悟があれば、の話ですが」

お客様の反応は、「ホッとされた」様子で、悩みから解放されたようである。「呉服屋」から、そう言ってもらえば安心して「キモノを用意しなくて」よいということであろう。

 

このような質問の時、私の回答はだいたい上のようなものである。まず、嫁ぐ「娘さん本人」がキモノに対してどう意識されているかということを確認する。不要ならば、それは不要である。また、娘さんが「いらない」と言うのに用意する場合は、「使われないものになるかもしれない」と覚悟しておく必要があること。また、用意したキモノは実家で管理しなければならないこと。このあたりをお話する。

「無駄になろうが、なるまいが、商売としては、まず買ってもらうこと」というのが、商いをするものの本筋なのかも知れない。しかし、「着るつもりもない」ものを売り、後は「知らない顔」では、あまりに不誠実である。一般の世間常識の上に立って考えるのは勿論、その上で出来る限り、お客様の「気持ち」に寄り添う形でお話をさせて頂くことが基本だと思う。「商い」だけが最優先になれば、当然どこかに「ひずみ」というものが出てくるように思う。

また、「嫁入り」の時に「キモノは不要」に思えて何も用意しなかったが、その後「キモノを着てみよう」と考えるような人も中にはいる。年を重ねて、「キモノの良さ」に目覚める場合だ。こういう時は、その年齢に応じてキモノを誂ればよい訳で、それを見越した上で、キモノを持っていくということを考えることもないだろう。

という訳で、今時、「嫁入り道具」としてのキモノを持参することは稀と言わざるを得ない。ただ、「嫁ぐ相手先」によって、事情が変わる場合もある。それは、結婚が「家と家」を繋ぐものと考えるような、旧来の考えを維持しているようなケースだが、これもこの先暫時減少していくだろう。

 

さて、将来「呉服屋の娘」として、うちの娘たちが「嫁ぐ」時、「嫁入り道具」としてキモノを持たせるか否かということを自問自答してみましょう。娘達はおそらく「いらない」というでしょう。その上で、「無駄になってもよいので」、一枚くらい「付下げ」でも作ってあげようと思っています。

「道具」として「新居」へキモノを持ち込むことなどないでしょう。キモノの管理は実家でしなければならないはずです。

娘たちが「門前の小僧」であるならば、今はわからなくても、何かの機会に「キモノ」のよさを認識出来るような気がします。それでも、「呉服屋の娘だから」といって、「着ること」を強制することはないし、それぞれの自由だと思います。

それよりも、「結婚するかどうか」も現状ではわからないので、このような心配は当分まだ先のことになるでしょう。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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