バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

『秋単衣付下げ』の「色と文様」を考えてみる (後編)

2014.09 26

「秋分」の頃は、昼と夜の時間がほぼ同じになる。日の出は朝5時半頃、日の入りは夕方5時半頃。次の二十四節気「寒露」にあたる来月8日頃まで、この昼夜ほぼ同時間が続く。

「寒露(かんろ)」の頃は、「雁」などの冬鳥が渡り、菊が咲き、虫の声が鳴き終わるとされている。それは、清少納言の枕草子、有名な第一段(春はあけぼの。・・・)の「秋」の描写にも見える。

秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、(中略)まいて雁などつらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。

訳:秋の風情は夕暮れにある。夕日がさして、山の端に日が落ちそうになった時、雁などが連なって飛んでゆく姿が小さく見えることなど、実に風情がある。日が沈んだあとに聞こえる風の音や、虫の声などが「趣のあるもの」なのは、言うまでもない。

 

一条天皇(986~1011年在位)の皇后、中宮貞子の「女房」として仕えていた清少納言。この時代の「女房」という意味は、朝廷や貴族の邸宅内に居を与えられ、身分の高い人の身の回りの雑務を引き受けていた女官のことである。

平安時代の二大王朝文学は、「源氏物語」と「枕草子」。どちらも「宮廷」を舞台としたものでありながら、紫式部が描く世界は、情緒的でしみじみとした「もののあはれ」を感じさせるものだが、「枕草子」はこれと対照的に、日常生活や四季に映し出される「をかし」、つまり風情や趣を明るく描写している。

「源氏」が、「ウエット(濡れた)」な表現とすれば、「枕」は「ドライ(乾いた)」な印象を受ける文体と内容のようにも見える。

今日は、「秋単衣」の色と文様の続きをお話していこう。

 

(白鼠色 葡萄に沢潟文様付下げ・菱一)

「秋」という季節を、二つの植物模様で表現している、「旬」を意識したもの。ただ、「葡萄」も「沢潟(おもだか)」も、かなり図案化されており、はっきりと特定できないような柄になっている。地色の「白鼠色」も、ほんのわずかに「青み」があり、明るい鼠色と甕覗のような薄い青が混ざったような印象である。もちろん、涼感があり、「単衣向き」の色であろう。

 

上前おくみと身頃の合わせ。柄の中の挿し色は、ほんのり薄い「萌黄色」と葡萄の実と思える「紫」だけ。品物の全体を通して「薄色」を印象付けるものになっている。

 

「葡萄」と思われる図案。「実」からこれが「葡萄」だと判断したのだが、「葉」を見ると「銀杏」のようにも見える。

近接してみると、なお「わからなく」なる。ただ、実は挿し色と形状から葡萄と判断できる。実の紫の部分は刺繍の「縫いきり」の技法で施されており、房により、紫色の濃淡が付けられている。

「葡萄文様」は、「龍村帯」の中にも「葡萄唐草文様」などがあるように、その歴史は古く、正倉院の御物などにもその柄行きを見ることが出来る。「葡萄」そのものが、ヨーロッパからシルクロードを通じて、天平期に伝えられたものと考えられる。

 

もう一つの「沢潟」模様。これも、「おそらく」そうではないかという感じであり、「絶対に沢潟」とは思えず、心もとない。この画像よりも、上の柄全体を写した所にある、身頃の方の沢潟の図案の方が、それらしく描かれている。

沢潟というのは、水辺の池や沼に生える水草で、三枚の少し尖った葉先に特徴がある。柄を見ると「四枚」の葉もある。「葡萄」の図案と同じで、そのものと特定し難い模様なのである。

「沢潟」といえば、ポピュラーな「紋」の一つとして、その姿をよくみかける。平安期より武家に愛好された文様の一つ。

この品物のように、「はっきりと」描かれている植物を「特定」せず、何となく「そうではないか」と類推させるように、図案化された柄付けのものをよく見かけるが、「はっきりしない」ことで、「旬」が前面に出過ぎず、かえって使いやすい品物になるということもある。

 

(白鼠色 唐花鏡文様付下げ・菱一)

最後にご紹介するのが、この唐花鏡文様の品物。付けられている「唐花」も「鏡」も「季節を問わず」に使われる文様。これが、「単衣向き」と判断されるのは、地色と挿し色からだ。「旬」の表現というのは、「文様」ばかりではなく、「色」でも出来るということを感じさせてくれるような品物である。

 

上の画像を見てもわかるように、最初の品物よりさらに薄い白鼠地色の中に挿されているのは、水色と藍色の濃淡だけで表現されている柄。色の印象から、ひと目で「爽やか」さが感じられ、これが「単衣」仕様の品だと考えられるのだ。

 

「鏡」の中に付けられた「唐花」。この花は、「何の花」かは特定できない花である。この文様はすでに飛鳥時代の文物に施しが見られ、「隋」や「唐」との交流の中で伝来したもの。つまり、モチーフとして当たる花は「蓮」と思われるが、大陸から来た花模様として、「唐花」の呼び名が付いたのであろう。

花を囲む「円形」の模様から、これを「鏡」文様と見たのであるが、柄全体は、ペルシャの「宝飾品」のようにも見え、モダンさを感じさせてくれるものになっている。

「唐花」の中心には銀が施され、白と銀と水系の濃淡だけの色挿し。花弁の数は8つ、または4つ、あるいは16という4の倍数になっている特徴が、この品物の唐花にも見える。もともとは「蓮の花」をイメージしたものであることから、天平期以前の多くの仏教美術品にも見ることのできる文様である。(詳しくは3・26「正倉院・唐花文様」の稿を参考にされたい)

柄行きは、「季節を問わない」唐花文様なのだが、品物全体の色挿しから、これが「単衣向き」と判断される。ただ、前の三つの品物と違うのは、「秋」に限定される単衣ではなく、6月の「夏単衣」としても十分使える。

 

二回にわたり、「秋単衣」の付下げに施されている「色」と「文様」で、「旬」として相応しい品物を考えてみた。

「秋草」や「菊」、さらに「葡萄・沢潟」といった、「柄」に描かれている植物から、「秋単衣」を想起させる場合。また、「白鼠色」や「甕覗」といった薄い地色や、柄の色挿しから受ける全体の印象で「秋単衣」を想起させる場合など、「色」と「文様」を「複合的」に組み合わせることで、「季節感」が表現されていることを、わかって頂けたと思う。

もちろん「キモノ」だけではなく、使われる帯の柄行きや、帯〆や帯揚げなどの小物の色使いでも、「旬」を表すことが出来る。このように、ある特定の時期に「限定」された品物を使うことは、とても「贅沢」なことであり、一般にはなかなか難しいと思われるが、「四季折々」に表情を変える「にっぽん」の民族衣装「キモノ」なればこそ、とも言えるのではないだろうか。

 

枕草子は、「ものづくし」と呼ばれる「類聚章段」、日常生活や自然を描写した「随想章段」、宮廷社会を描いた「回想章段」の三つに分類されるようだ。最初の「ものづくし」には、「美しきもの」とか「すさまじきもの」という「・・・もの」というタイトルの章がある。

第25段の「すさまじきもの」の冒頭には、こんな一節がある。

すさまじきもの。昼吠ゆる犬。春の網代(あじろ)。三、四月の紅梅衣。牛死にたる牛飼い。・・・

「すさまじきもの」、というのは、現代語の「すさまじい」という意味ではなく、「興ざめ」とか「期待はずれ」という意味である。今日のテーマが「旬の色」についてなので、この中の「三、四月の紅梅衣」がなぜ「興ざめ」なのかを少しお話してみよう。

この「紅梅衣」というのは、貴族が衣を重ねてきる時の、「表裏」の配色の決まり「襲(かさね)」のことで、使うものや「季節」によって決められている。

「紅梅衣」の「襲」は表が「紅」、裏が「紫」か「蘇芳」と色が決められていて、使われる時期は11月の終わりから、2月頃とされている。だから、清少納言が「3、4月の紅梅衣(3、4月に紅梅の襲をまとうこと)」は「すさまじきもの」と書いているのだ。

ちなみに「白重(しろかさね)」は表裏とも「白」で、4,11月の衣替えの時と、夏に着用するもの。また「藤」は表が「薄紫」で裏は「青」か「萌黄」で、晩春から初夏に着用するものである。

こうして、「襲」の色あわせを見ていくと、現代の「旬の色」にも通じるところがある。やはり平安人も、現代人も、「色から受ける」季節感というものには、あまり変わりがないように思える。

 

この「すさまじきもの」の続きには、「ちご亡くなりたる産屋(赤ん坊が亡くなった産室)」や「火をおこさぬ炭櫃、地下炉」、「博士のうちつづき、女子うませたる(大学の博士が後継者となる男子が生まれず、次々と女子が生まれたこと)などと書かれています。

ということは、我が家も「バイク呉服屋のうちつづき、女子うませたる」ということになり、やはり「すさまじきもの」と言えるのではないでしょうか。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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