バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

11月のコーディネート  柿色と朽葉色、秋色をカジュアルに着こなす

2018.11 21

先日のニュースで初めて知ったのだが、近頃の婚活には、DNA鑑定を使うらしい。本来この検査は、血族関係を証明する時や、犯罪捜査等で人を特定するために使うもの。

DNAとは、デオキシリボ核酸という物質で、遺伝子の中核を成すもの。そしてこの型が人それぞれに異なるために、これを調べることで、個人が特定できる。無論、理系が全く駄目なバイク呉服屋には、デオキシリボ核酸と説明されても、さっぱり理解できない。私が知っている「かくさん」は、水戸黄門の「助さん、角さん」である。

 

では、こんな大仰な検査を、男女のマッチングに使う理由は何か。それは、人が人を好ましいと思う本能が、そこには隠されているとされるから。つまりこれは、科学的根拠に基いた、男女の結び付きなのだ。

このことを裏付けているのが、1995年にスイスの動物学者・クラウス・ヴェーデキント博士による「Tシャツ実験」。44人の男子学生に、二日間同じTシャツを着用させ、その匂いを49人の女子学生嗅がせるという、変わった(変態的)試みであった。

興味深いのは、その結果である。女性達が匂いを好ましく感じたシャツは、自分の遺伝子と最も離れた遺伝子型を持つ男性のもので、もっとも嫌に思えたのは、自分と同じ遺伝子タイプの男性のシャツ。

匂いと言っても、もちろん体臭ではなく、個人それぞれの体内から分泌される「フェロモン」のようなものである。この無意識的な匂いを好ましく感じることこそ人間の本能であり、それが、相性の良さを示す科学的な裏付けとなる。つまりこれが、自分と最も遠い遺伝子型を持つ人を、理想のパートナーと結論付ける理由である。だから、婚活にDNA鑑定を利用するという訳だ。

本能の赴くままに、結婚相手を探すというのも、一つの方策ではあろうが、自分の対極にある遺伝因子を持つ人を最適とすることは、何だか腑に落ちない。夫婦にも、似た者夫婦もあれば、どうして結婚したのかと思えるような、全く異質な組み合わせもある。未婚の男女が、理想の相手を求める気持ちは理解出来るが、良縁の決め手となる要素が何なのかは、誰にもわかるまい。

 

さて、キモノと帯のコーディネートも、男女のマッチングに似ているような気がする。例えば、対極にある色を組み合わせる「補色」のコーディネートは、確実に着姿を決める一つの要素である。けれども、キモノと帯の色目を同系の濃淡で差を付け、ひと色で着姿を印象付ける合わせ方も、また良い。

どのようなコーディネートを好むかは、人それぞれであり、それこそ本能的な意識が関わっているように思える。そこで今日は、今月のコーデイネートとして、同系濃淡で秋色を楽しむカジュアルな着姿を、ご紹介しよう。さしずめDNA鑑定で言えば、同じ色の遺伝子を持つモノ同士の組み合わせ、ということになろうか。

 

柿茶色 ツバメ井桁絣 久米島紬・朽葉色 小花刺繍模様 紬九寸帯

鮮やかに色付いた赤や黄色の葉は、次第にくすんだ茶褐色に変わり、やがて道に落ちる。そして、風に飛ばされて散々となり、街路樹は寒々しい裸木となる。街行く人が、こうした木々の姿に、季節のうつろいを感じ取る。晩秋や初冬に茶色のイメージが広がるのは、こんな理由からであろう。

そして、ストーブやコタツの準備を始めるのが、丁度今頃。暖かみを感じる茶系の色を意識することは、温もりを求める気持ちの表れでもあろう。その上、秋を代表する味覚、柿や栗の色とも重なっている。この色が秋色として定着している理由は、このように様々考えられる。

果たして、この茶系色を組み合わせると、本当に秋をイメージできる着姿になるのか。柿色と朽葉色の品物で試すことにしてみよう。

 

(グール柿色 カー・ヌ・ティカーとトゥィグワー絣模様 久米島紬・宇江城あすか)

これまで、この稿の中で草木染について何度かお話してきたが、天然植物を用いた時の染料は、単色性と多色性とに分けられる。単色性は、植物から抽出した染液をそのまま使って色に染めるもの。一つの染料からは一つの色相しか得られないことから、単色性染料と呼ばれる。これは、紅花の赤や梔子の黄、藍の青に代表される。

一方多色性とは、発色のためには媒介(媒染剤)を必要とし、仲介する染剤を変えれば、複数の色相が得られる。だから多色性染料となる。赤ならば、茜、黄色は刈安や福木、茶は梅といった按配。

 

久米島紬の染料はいずれも多色性で、当然媒染剤を必要とする。だから同じ植物材料を使っても、染剤を変えれば違う色相を得ることが出来る。

久米島紬の色として、最もよく知られているのが、黒に近い深い焦茶。これは、島に自生するユリ科の低木・サルトリイバラ(グール)の根を砕いて煎じた液と、バラ科の低木・ティカチの幹を煎じた液とに浸した後、泥田の中に漬け込むことで求められる色。

グールからティカチへと、二、三回くりかえし浸した糸を天日に干し、そこで泥染めを一回行う。この工程を八回ほど繰り返すと、独特の焦茶色が現れてくる。この中で発色を仲介しているのが、泥に含まれる鉄分である。この媒染剤となる金属塩があるからこそ、黒に近い深い色が生まれる。

さて、この久米島紬の染料もグールである。しかしその地色は、焦茶色ではなくご覧のような明るい柿色。これは媒染剤に、鉄ではなくアルミニウムを使うことで求められる色。泥田へ漬け込むのではなく、明礬(みようばん)を仲立ちにすると、このような赤茶色を発色する。グールは多色性染料なので、媒染剤を変えれば、当然このように違う色相となって現れる。

他に久米島紬の色として、ハイノキ科のクルボー(ナカハラクロキ)とヤマモモの樹皮染液に明礬を使って求める黄色や、同じ染液を泥田で浸すことで発色する鶯色、さらにハイビスカスと同じ種である、アオイ科のオオハマボウ(ユウナ)の幹を焼いて炭化した粉に、水と豆汁を加えて攪拌して作った液から得られる、澄んだ鼠色などがある。

 

絣模様は、琉球絣や久米島紬の中でも最もポピュラーな、井戸枠(カー・ヌ・ティカー)と鳥(トゥィグワー)、十字(カシリ)。

15世紀に起源を持つ久米島紬は、17世紀になって泥染め技法が取り入れられて、今の姿がほぼ完成する。江戸期になって薩摩藩に従属した琉球では、15歳以上の男女一人一人に人頭税が賦課されたが、久米島では税の70%を貢納布・紬で代納していた。そのため、島では一年中紬の生産に追われ、特に15歳以上の女子は、村の機屋に集められ、役人の厳重な監視下で紬を織り続けたと伝えられている。

薩摩藩では、久米島紬を琉球絣として国内に流通させたが、藩としても財政を賄う重要な輸出品だったために、島人に色や模様について過酷な要求をした。多彩な色や様々なモチーフの絣柄が生まれたのも、こんな背景があったからであろう。

 

久米島紬証紙と伝産マーク。織人・宇江城あすかさんの名前と、植物染料の材料がグールであることを記載している。

久米島で生まれた絣は、こうして日本各地の織産地に伝わり、広まっていく。この品物の井桁やツバメや十字絣は、十日町や米沢、結城など他産地紬の絣模様としても、最もポピュラーな柄であり、改めて久米島の絣模様が、日本の絣模様の原点になっていることが、理解出来よう。

さて久米島紬の説明が長くなってしまったが、この品物の柿色は、熟した柿の実を思わせる明るい茶色で、暖かみを感じる色。これはまさしく、今着用する旬の秋色として、ふさわしく思える。そして、特徴ある大きめな絣模様が、久米島紬であることを印象付けている。

では、このキモノの秋色の雰囲気を壊さず、より「今らしさ」を深める着姿とするには、どのような帯を使ったら良いのか、考えてみよう。

 

(朽葉色 野々小花模様 刺繍紬九寸帯・松寿苑)

すっかり色褪せて地面に落ちた葉の多くは、僅かに赤みを帯びた黄褐色から、錆びた茶色へと変化していく。その色目は、赤みが深い葉、黄色が勝る葉、茶褐色に沈む葉と多様である。

この帯の地色は、すっかり朽ちて褐色になってしまう前の、僅かに黄色みを残した明るい色。秋が深まりつつあることを、感じさせてくれる色である。

模様は花を特定出来ないが、野の花を思わせる控えめな花。それが間隔を空けて三つ並んでいる。模様が小さいので、地の枯葉色が否応無く目に付く。

一見さりげなく見える小花も、拡大してみると様々な繍技法を駆使して、表現していることが見て取れる。花弁は、写実的な立体感を出すために、生地面を縫い詰める刺し繍を使っている。粒状の花芯は、点を表す時に使う相良繍。葉の輪郭には、線を表現する技法の纏(まつい)繍を用い、葉の内側には、菅繍や竹屋町繍の姿も見える。

繍に使っている色は、小さい花に相応しく楚々としたもの。そこに、控えめな花姿を印象付けるための工夫が見える。染には見られない、繍による独特の立体感や光沢が出ている。

帯の前模様。そこには、ごく小さな花弁が二輪、ひっそりとあしらわれている。お太鼓も前も、これほど密やかさを感じさせる帯は、珍しい。

花姿はいかに小さくても、きちんと技法を使い分けて表現してある。刺し繍で紫濃淡の花色を表し、相良繍で芥子色の花芯を表す。作り手が、リアルな姿を映すために、細やかな気配りをしていることが判る。

では、この極めておとなしい刺繍帯を、柿色の久米島紬に組み合わせると、どのような姿になるのか。早速試してみよう。

 

大きめの絣が均等に並ぶ紬と、小さい図案で地空きの帯。模様のあしらい方は対照的だが、密と疎を組み合わせることで、キモノと帯どちらの個性も、引き立たせられる気がする。双方とも密集した模様を使うと、着姿にまとまりはつかず、逆に、双方無地場が目立つ模様ならば、インパクトがなくなる。

どちらも茶系の色だが、かなりはっきり色の差が付いている。秋色ではあるが、くすんだ感じがなく、明るい印象を残す。やはり、ベージュや芥子のような黄系の帯地色は、どんなキモノの地色にも適応出来る、重宝なものだと思う。

前の合わせ。小花は本当に小さく、無地に極めて近い。あくまで、柿茶と朽葉という地色のコントラストに、重きを置いた組み合わせである。

小物は、キモノの柿色を意識して考えてみる。帯〆は、キモノより少し濃い柿色と白の二色組み。帯揚げは、帯地とキモノ地の中間色を基調にしたぼかし。キモノ、帯、小物と同系色を配列することで、より着姿にこの色目を印象付けることが出来よう。   (帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、柿色と朽葉色という茶系の色を組み合わせて、今の季節にふさわしい秋色の装いをコーディネートしてみた。春の桜色や菜の花色、初夏の藍色、冬の松葉色など、季節そのものを表現出来る色がある。模様だけではなく、旬の色を使うことで、着こなしにバリエーションが広がるように思う。ぜひ皆様も、自分らしい季節の色目を見つけてお試し頂きたい。

最後に、今日ご紹介した品物をもう一度どうぞ。

 

バイク呉服屋夫婦は、性格も趣向も違うので、明らかに異質な組み合わせであり、これは対極にある遺伝子同士の結びつきかと思います。そうだとすれば、ヴェーデキント博士の実験を試みると、奥さんは、私の匂いを好ましく思うはずですよね。

ということで実験を、二日間だけ着用したTシャツではなく、一週間履き続けたパンツで試せば、もっともっと、その匂いを芳しく感じてくれるはず。そこで早速、この実験を奥さんに提案したのですが、匂いを嗅ぐどころか、10m以内に近づいただけでも、間違いなく呼吸困難に陥るそうなので、泣く泣く取りやめることにしました。

DNA鑑定が、夫婦のマッチングに何の意味も持たないことを、証明できそうです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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