キモノや帯の構造は、極めて単純に出来ている。裁ちはすべて直線であり、それぞれの布パーツの組み合わせも、大変判りやすい。そして生地を分割する時は、反物の巾を縮めることなく、そのまま生かす形になっている。
キモノの胴にあたる身頃は、着姿の正面から見える上前と、内側に入ってしまう下前の二枚。後から見ると、背を中心として左右に分かれる。寸法は一枚が9尺3~4寸ほどあれば、身長170cm以内の女性では、十分に間に合う。9尺を単純に半分にすると、4尺5寸となり、縫込みを2寸考えても、4尺4寸程度までの身丈に対応出来る。4尺4寸というのは、166~8cmの身長の方の身丈寸法に相当する。ということで身頃に必要な布は、9尺3寸×2で、1丈8尺~9尺程度となる。
袖は、丈が標準寸法の1尺3寸であれば、縫込みを2寸入れるとして、一枚(片袖分)に約3尺が必要となる。これが左右二枚なので、袖は6尺となる。そして、衽(おくみ)と衿は、反物の同じ位置を二分割して使うが、内訳は、衽が一枚4尺でそれが上前・下前二枚だから8尺。衿は本衿が5尺5寸、掛衿が半分の2尺7寸5分となり、衿部分の合計は8尺2寸5分で、衽より僅かに長くなる。
そして各部分をあわせると、身頃1丈9尺(約7m45cm)+袖6尺(約2m25cm)+衿・衽8尺2寸5分(約3m10cm)=3丈3尺2寸5分(12m80cm)となる。キモノのパーツは、全部で8枚で、約13mの生地が必要となる。だからほとんどの着尺用の反物は、おおよそこの長さを基準として作られている。
鯨尺で寸法の説明をしたので、読んでいる皆様には判り難かったように思うが、大変申し訳ない。バイク呉服屋は、寸法を鯨尺で覚えてしまったので、どうもメートル法は苦手である。ここで長々と寸法についてお話した理由は、極めて簡単な生地分割で、キモノが構成されているということを、知って頂きたかったからである。
絵羽モノ(黒・色留袖、振袖)や付下げは、模様の配置によりすでに裁ち位置が決まっているが、無地や小紋など反物全体が一律であれば、寸法に合わせて裁ちを入れていく。しかし小紋や紬の中には、模様の位置取りで仕上がり姿が大きく変わるものがあり、これは生地を裁つ時に「呉服屋と和裁士泣かせの品物」となる。
このような生地の構成を考えると、8枚のパーツ全てを別々の生地で作ることも可能となる。無論、バラバラ模様の生地をつなぎ合わせた「パッチワーク的品物」など見かけることはないが、左右二分割になったキモノ、つまり左右半身ずつ異なる模様を、二反の生地を使って誂えた品物がある。
この半身別々のキモノは、「片身替り(かたみがわり)」と呼ばれ、桃山期から江戸初期にかけて大流行した。すでに鎌倉期の直垂・ひたたれ(武家男性の装束)にこの形式が見られることから、かなり以前の時代から、別生地を繋ぎ合わせ、一枚のキモノとして仕上げていたことが理解出来よう。
このようにキモノは、生地を工夫して作る余地を十分残しているが、帯の場合は、もっと柔軟に品物を作ることが出来る。何しろ帯という代物は、一枚の長い生地が繋がっているだけだからだ。そんな訳で今日は、既存の品物には無い、「自分だけの帯」を作った事例をご紹介して、皆様の参考にして頂くことにしよう。
(サファリパーク模様・インド木綿名古屋帯 濃紺無地・真綿紬名古屋帯)
帯の長さは、袋帯だと1丈1尺5寸(4m35cm程度)で、名古屋帯は締める方の体格によっても違うが、だいたい9尺2寸~5寸(3m50cmほど)の範囲に納まる。そして模様の取り方には、端から端まで全て模様のある「全通」、巻きの中に入る部分に柄を付けない「六通」、そして着姿として表から見える部分の、お太鼓と手の前部分にだけ模様がある「太鼓柄」の三種類がある。
帯巾は、仕立上がりで8寸と決まっている。名古屋帯の中には9寸巾のものがあるが、仕上がり巾は他の帯同様に8寸となる。つまり、この寸法に仕上げることが出来るならば、どのような素材の布を使っても、それはすべて帯として使うことが出来るのだ。
以前ブログで、バティックを用いて作った帯をご紹介したことがあったが、バイク呉服屋のお客様の中には、様々な布を駆使して「自分だけのオリジナル帯」を楽しまれている方がいる。今回もそんな方からの依頼である。
持ち込んで来られたのは、ご覧のような布。これを見た瞬間、「ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンだぁ~ 近すぎちゃってどうしよう フ~ジサファリパーク」と、思わず唄いそうになってしまった。
ショッキングピンクの地色の中に、豹やキリン、サイ、鸚鵡、手長猿などが熱帯植物を囲むように散りばめられている。これがサファリパークでなくて、一体何なのか。こんな模様の帯は、既存の品物では絶対見つかるまい。どうせ作るのであれば、こんな「突き抜けた奇抜さ」のある帯の方が、面白いに違いない。
材質は木綿。織目が粗く、生地にシャリ感がある。インド製のプリント染。とりあえず布の寸法を測ってみると、縦5尺8寸(2m20cm)・横2尺9寸(1m10cm)。模様は総柄だが、図案は一定方向に並んでいる。
この布のサイズだと、このまま帯生地として使うことはもちろん無理で、どこかで布を繋ぐ、いわゆる「ハギ」を施す必要が出てくる。帯は、太鼓部分と手先の二つに分かれるが、それぞれの寸法は、太鼓が2尺9寸~3尺(1m15cmほど)で、手先は6尺5寸(2m50cmほど)。
実際に着姿から見える部分は、太鼓7寸5分(28cm)、垂れ2寸5分(9cm)、そして前模様は1尺(38cm)ほど。帯の総丈は3m以上あるが、表に出るところがこのように限定されているので、接ぎの箇所を探す苦労はあまり無い。中に巻き込んで見えないところに、布を足せば良いのである。
仕上がった「オリジナル・サファリ模様帯」。仕立てをする際、注意しなければならなかったのが、模様の向き。この柄は、全て上向きに付いているので、この方向を途中で変えないようにする。そして、太鼓模様に登場する動物と、前模様に表れる動物を変えるように、心掛けた。せっかく生地の中にいろんな獣がいるので、これを生かさない手は無い。
手先の仕上がり。着姿の中心となる前模様には、豹とサイとワニがいる。お太鼓模様は、手長猿と鸚鵡。これまで帯の前巾は4寸が基準だったが、最近では2分ほど広くすることが多くなった。これは前姿として、帯模様をより強調する試みであろう。
菊を図案化したような久留米絣の綿縮に、サファリ帯を合わせてみた。キモノはこのように、どちらかと言えば濃い地色で、無地場の多いものが良さそうだ。折角なので、帯の面白い図案が、着姿の中心になるように考えたい。
依頼のあったもう一つの生地は、男モノの兵児帯。ご覧のように端に房が付いてる。一見したところ、広巾のショールにも見える。素材は紬生地で、真綿を使っている。軽くてしなやかな質の良い品物。
この兵児帯を手に入れた経緯は、お客様に聞かなかったが、おそらく父か祖父が愛用していた品物なのであろう。生地を生かして名古屋帯に作り替えることは、もっとも簡単に品物を受け継ぐことが出来る手段である。
兵児帯の寸法を測ると、長さが9尺ほどで、巾は1尺近くもある。依頼された方の帯丈は9尺4寸なので、足し布はそれほど必要にはならない。巾は広いので、現状を生かしながら、名古屋帯を作ることが出来る。しかも無地なので、模様の出し方を考える必要が無い。
足し布は、出来るだけ使う布に近い色と材質を選ぶ。無論表からは見えないのだが、素材を合わせる方が接ぎがしやすい。この場合、元の品物が絹素材の無地紬生地なので、絹の黒無地を使ってみた。
仕上がった「濃紺無地・紬名古屋帯」。自然に表れる白い織筋が、元々は質の良い兵児帯だったことを知らせている。
手先の仕上がり。ご覧のように柄が付いていないので、その分職人の仕事も簡単になる。預った時に、少々カビのにおいが残っていたので、最初に丸洗いをしてから、仕立を行った。生地がとても柔らかく軽いために、名古屋帯として使い勝手の良いものに仕上がった。
白地に薄紫色の幾何学絣が飛んでいる十日町紬に、無地紬帯を合わせてみた。模様の無い帯は、帯〆を工夫することで、着姿を変えることが出来る。帯色が深く沈んだ色調なので、帯〆を思い切って派手にしてみるのも良いだろう。
今日は、工夫次第でいかようにも作ることが出来る「オリジナル名古屋帯」をご紹介してきた。「帯は、布さえあれば、どうにかなる」と皆様もぜひ覚えておいて頂きたい。そして、二つと無い自分だけの帯を作ってみたら如何だろうか。そうすると、帯に使う布を探すという、別の楽しみも味わえるようになると思える。
呉服屋の仕事は、実に多面的です。元首が列席するような、特別の場で使う、とびきりのフォーマル品を扱ったかと思えば、今回のような遊び心満載の「富士サファリパーク帯」も喜んで作ります。
150kの直球で勝負出来るけれども、力を抜いたスローカーブも時々混ぜて、打者を仕留めることが出来る。そんな多彩な球種を持つ投手と、よく似ています。多様な依頼に対応出来ることこそが、専門店の証。これからも、職人さんと膝を突き合わせて相談しつつ、お客様の様々な要望に臨みたいと思います。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。