永六輔さんが亡くなった。高度経済成長が始まった昭和30年代から、放送作家の草分けとして活躍。当時のヒット曲、「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」などの作詞家としても、よく知られている。
また、ラジオのパーソナリティとして、長い間同じ番組を持ち続け、中でも、1967(昭和42)年に始まった、TBS系ラジオ番組「誰かとどこかで」は、2013(平成25)年まで続き、実に46年間にも及んだ。
永さんは、番組の中で自分の信条を語ることが多かったが、その立ち位置は、日本の伝統文化を尊重する「復古的な」リベラリストだったような気がする。
昭和8年生まれの戦争体験者として、憲法9条の改正に反対し、最近でも、自民党が押し進めようとしている改憲の動きに危惧していた。その一方では、日本人の生活に根付いた、文化や風俗を継承する意義を語り続け、消え行くものの伝統を何とか繋げようと努力された方でもあった。
そんな一端がかいま見えたのは、1976(昭和51)年の尺貫法を復権する運動である。計量法は、1959(昭和34)年より、メートル法の使用が義務化されたもので、同時に尺貫法は禁止となり、大工が使う曲尺や呉服屋が使う鯨尺の使用が禁じられた。法律なので当たり前だが、違反者には罰則の規程も設けられていた。(2013.6.25 呉服屋の道具・尺差しの稿をご参考にされたい)
永さんが、尺貫法を擁護しようとしたのは、知りあいの指物師が曲尺を使ったことで、警察に呼び出されたと聞いたことがきっかけだった。
職人仕事には欠かせない道具を、法律上で使えないことに憤慨し、行動を起こす。当時、製造が禁じられいた曲尺や鯨尺を作って売り出したばかりか、それを自ら警察に告げて、逮捕するように要求したりする。また全国の職人達に、この運動に参加するように大々的に呼びかけたりもした。
この運動はかなり効果をもたらし、伝統的な業種に限り、慣習として尺差しの使用が許可されるようになる。我々が使っている「鯨尺物差し」の製造も、現在は認められている。ただし、商いの場では単位として使うことが出来ず、裏地などに1尺いくらと値札を付けることは出来ない。もしそれが見つかったら、50万円以下の罰金となる。
さて、尺差しで生地を測っていた時代から考えれば、呉服屋のあり方も随分変わった。特にITの出現による商いの変化は、驚くべきものがある。そこで、今日から二回に分けて、ネットの中に満ち溢れている品物とその価格について、バイク呉服屋の視点で読み解いてみたいと思う。
ネットで販売されている品物は、どんなモノなのか、そして価格は本当に価値のあるものなのか。消費者は、どのようにネット販売を利用すれば賢いのか。そのあたりを、実店舗を持ち、ネット販売をしない小売屋の立場から、見て行きたい。
今日の前編では、価格という面に絞り、幾つかの品物を例に取りながら、お話してみよう。
インターネットの普及は、旧態依然とした呉服屋の商いのあり方に、風穴を開けた。ひと昔前まで、消費者にとって呉服屋は、入り難い店の代表格であっただろう。品物を気軽に見たいと思っても、その店構えから足が止まったり、勇気を出して中に入っても、モノを売りつけられてしまうのではないか、と不安に駆られたりした。
また、どこかの呉服屋の展示会に、案内状を貰って出掛けてみても、小うるさいキモノアドバイザーに付きまとわれて、ゆっくりと品物を見て歩くことは出来ない。
品物を買う、買わないに関わらず、自由にキモノや帯を見てみたい。消費者のそんな願いをかなえたのが、ネットであった。通販店だけでなく、今やどんな老舗専門店でも、HPくらいは持っている。自分の店で扱っている品物などは、大概画像付きで載せてあるので、消費者はどの店で、何を売っているのか簡単にわかるようになった。
近年、とみに増えてきたキモノを好む若い方達にとって、ネットの中の呉服屋は最も身近な存在になっている。自分が好む色や柄を探すことが出来、その上価格も知ることが出来る。「価格比較サイト」を使えば、一番安い店は簡単に見つけられる。
ネットで情報を仕入れ、品物と価格を比較吟味しながら、消費行動を起こす。今や、何を買うにしても、まず情報を得るところからはじめる。呉服とて例外ではない。
一般的に、ネットの価格は安いと考えられているだろう。それは、余計な人件費や宣伝費が掛からず、場合によっては無店舗でも商いが出来、価格に経費分が上乗せされていないと、想像されているからだ。
では、バイク呉服屋の視点から、その価格はどのように見えているのか。具体的に品物を選んで考えてみよう。
(竺仙浴衣 左から玉むし・綿紬・綿絽・コーマ)
まず、シーズン盛りの品物として、竺仙の浴衣価格を見てみよう。調べるために使ったサイトは、価格比較サイトの代表格・価格.COM。
竺仙の浴衣としては、ごく一般的な、玉むし・綿紬・綿絽・コーマ地を選んでみた。ネット内で売られている品物の価格、その上限と下限をそれぞれ記してみる。
玉むし(最高・43.200 最低・31.395)。綿紬(最高・34.560 最低・31.100)。綿絽(最高・37.800 最低・29.800)。コーマ地(最高・35.640 最低・27.300)。価格はいずれも税込み。価格COMに掲載されていた竺仙浴衣は、全部で245点だった。(7月17日調べ)
一番多い価格帯は、玉むし・36.000、綿紬・33.000、綿絽・34.000、コーマ地・32.000。最低額に近い品物は少なく、極端な価格の違いは見られない。
以前にも書いたが、竺仙の品物は、メーカー側で価格が決められており、店側はそれを守らなければならない。現在の標準価格は、玉むし・43.200、綿紬・34.560、綿絽(白地)37.800、コーマ(紺・納戸地)35.640。これは、小さな小売店でもデパートでも同じで、全国一律のもの。
竺仙の示した価格と、価格COMの値段を比較すると、上限は標準価格になっているので、それ以上に値札を上げている店が一軒もないことが判る。さらに値引きされていたとしても、1割程度が限界であることから、ネットと実店舗の価格差は僅かである。
試しに、日本最大の呉服通販サイトとして知られる某店の価格を見てみると、竺仙の品物は標準価格のまま売られており、その価格は下げておらず、取引のルールを逸脱していないことが判る。現在はもっとも需要のある時期なので、価格はそのままだが、シーズン終わりになれば、バーゲンとして値を下げてくるかも知れないが。
竺仙の浴衣のように、品質がわかっており、消費者にも品物が浸透しているようなモノは、価格の決定権はメーカー側にあり、勝手に売る側が値段を決めることが出来ない。また、値引きが少ないのは、掛け率が低く利幅の少ない品物だからだ。
このように、店による価格のバラツキのない品物は、消費者にとっては安心して購入することの出来るような、いわば信頼のおけるモノと言えよう。メーカー指定価格がほとんど崩れていないのは、扱う店側にもモラルがあるという裏づけになる。竺仙が、自分の商品を扱う取引先を、きちんと選んでいる証拠とも言えよう。価格を追って行くと、モノ作りをしているメーカーの経営姿勢までもが、見えてくる。
(帯屋捨松 夏九寸帯・変り唐花模様)
価格COMで、この帯と全く同じ図案で、地色・配色違いの品物を見つけた。価格は、98.000(税込105.840)。帯は紋図さえ作ってしまえば、いくらでも地色や模様の中の配色を変えて織り出すことが出来る。図案製作の費用を抑えることが出来るので、その分利益が増やせる。
この価格は、バイク呉服屋が付けている価格とほとんど変わらないもので、高いとも安いとも感じない。この帯をネットで売っている店の仕入価格は、ほぼうちと同じようなものと理解出来る。まずは、適正な価格なのだろう。
(帯屋捨松 八寸紬織名古屋帯・小花文様)
この紬帯と同じ図案で、地色・配色違いのものも見つけた。その価格は、50.000と破格である。うちでこの帯を扱ったのは、昨年であるが、小売価格は9万円台だったはずだ。
これを売っている店は、先ほども例に取った「日本最大の通販サイト」と言われる某店。元の価格は、91.800だが、それをバーゲン価格として安く売りに出している。前の価格であれば、うちで売った価格と似たようなものなので、まず適正かと思うが、50.000はかなり安い。
おそらく仕入原価に近く、この帯に関して儲けはほぼ出ていないと推測される。この店は、ここ数年急速に業績を伸ばし、消費者の認知度も高くなっているが、なるほど「バーゲンの名にふさわしい価格」であり、思い切った商いをしていることがわかる。
安くなっている帯の地色は、鮮やかなコバルトブルーなので、すこしクセがあって売れなかったと思われる。もし今、この品物を気に入って求めたなら、かなりお得な買い物と言えるだろう。バイク呉服屋でも、仕入れからかなり時間が経過しないと、ここまで価格を下げることは出来ないはずだ。
製作したメーカーが、帯屋捨松という良質なモノ作りをする老舗だけに、少し織屋について知識のある消費者なら、目に止まる価格と考えられる。提示されている価格が、本当に安いものかどうか、それを読み解く力がネットで購入する時には必要になる。
(小千谷縮 みじん縞・縞・無地モノ)
今が、着用の旬とも言える麻キモノの代表格、小千谷縮。専門店であれば、盛夏に扱うスタンダードなアイテムだけに、ネットではどのくらいで売られているのか、気になるところ。
少し高い「絣モノ」は除いて、ごく一般的な格子柄や縞、無地モノの価格を調べてみた。おおよそではあるが、高いものは、60.000で、一番安いのは27.000ほど。平均価格は、40,000前後になろうか。
素材である麻糸に、細い糸番手のものを使っていれば、価格は高くなるので、柄行きを見ただけでは何とも言えない。だが、一般的な品物は先の平均価格になり、30.000台なら安い買い物と言えるだろう。
このように、割と出回っている品物で、消費者に認知されているものは、ネットで扱いやすく、売りやすい。価格競争だけをすれば良いからだ。この手の品物は、我々小売屋も、ネットで売られている価格を参考にしながら、値札を付けるようにしている。
ネットの価格を見ることで、消費者側も、「小千谷縮の縞や格子なら、4万円台が相場」と認知出来る訳で、万が一にも、ベラボーな価格を付けている呉服屋を見つけたら、そこは非常識な店と、即座に理解することが出来る。
沢山作られて扱いの多い品物ほど、適正な価格が判りやすい。それを知るために、ネットの価格を見ることも、賢い消費者になるための手段である。
ネットの価格に関するバイク呉服屋の見方は、先の捨松帯のように、たまにかなり安いと感じる品物があるが、多くの品物は、自分の店の値段とそう変わらない。しっかり買い取り仕入れをして、利益を欲張らずに適正な価格を付ければ、十分ネットの価格に対抗できるのだと思う。
今日取り上げた品物は、比較的馴染みのある品物で、価格比較がしやすいものばかりをご紹介した。これらは、ネット販売に向いているアイテムである。
しかし、キモノや帯には、価格が比較し難いものが沢山ある。むしろそういうモノの方が断然多いだろう。証紙番号から織屋がわかる西陣の帯や、作家の名前でわかる加賀友禅などは、間接的な情報から、価格を類推することが出来るが、それとて全てではない。
同じ帯屋が織ったものでも、10万円台から100万をゆうに越えるようなものもあるし、同じ作家の品物でも、模様の嵩や糸目の細かさなどで値段で変わる。ネットで提示されている価格が、適正なのかどうか見抜くのは、かなりの知識と経験が必要になるだろう。
このような「難しい価格」の品物についての読み解き方については、いずれまた話す機会を設けたい。
次回は、ネット販売されている品物の内容と、ネットでは扱われていないメーカーのことを書こうと思う。そこからは、ネットで商売をしないバイク呉服屋が、自分でどんな品物を扱おうとしているのか、見えてくるかも知れない。
呉服に携わる者の多くは、今なお、尺ざしを大切な道具として使っています。モノ作りの現場で、小売屋の店先で、和裁職人の仕事場で、生地や寸法を測るためには、無くてはならないものです。
公の取引や商品提示の単位としては、使えませんが、そのことはさほど重要なことではありません。長い時間をかけて、我々の日々の仕事の中で息づいてきたものを勝手に変えておいて、しかもそれを「杓子定規」のように守れと言う方がナンセンスです。
バイク呉服屋は、意地でも、尺で覚えてきた寸法のことを、センチに換算して覚え直すようなことはしません。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。