バイク呉服屋の忙しい日々

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小さき店の、未来は如何に  12年目を迎えるコラムブログ

2024.05 13

今年の立夏は、5月5日のこどもの日。毎年この日は、特に晴れる確率の高い「特異日」に当たっているが、今年もその例に洩れず全国的に好天に恵まれ、どこの観光地も賑わいをみせていた。東京の最高気温28℃、甲府は29.5℃と真夏日の一歩手前。夏の扉を開くとされる立夏に相応しい、暑い一日になった。

けれども、こんな五月晴れの日は長く続かず、日によっては、とても半袖では過ごせないほど冷え込む日もある。先週の水曜日・8日などは、関東以北に寒気が入り、北海道の稚内や紋別では、やっと咲いた桜の花が白い雪に覆われていた。毎年のことだが、梅雨入り前の5月は、気温の寒暖差が激しく、なかなか体がついていかない。

 

毎年連休が明けると、店内を冬モノから薄物へと衣替えするのだが、今年はまだ完全に夏バージョンにはなっていない。浴衣類は店頭に並んでおらず、小千谷縮などの麻モノもあまり飾っていない。店先には、単衣に向く白系の紬や薄色の小紋などが、ウインドや小棚の撞木に掛けてあるので、まだ涼やかさより爽やかさの方が前に出ている。

そして、今年薄物の出番が遅れているのは、不順な天候のせいばかりではない。それは、いつもならすでに到着している品物が、まだ来ていないからだ。例年、浴衣メーカーの竺仙や新粋染から仕入れる品物は、遅くとも3月半ばまでに染見本帳から選び、染め出しに廻されるのだが、これまでは連休が明けると、店に納入されていた。だがコロナ禍が明けた昨年から、少し様相が変わり、以前より納品が大幅に遅れている。

竺仙の営業マンは、引染やしごき染を用いる紅梅系の浴衣は、もしかしたら6月末までに納品出来ないかも知れないと、予め予防線を張っていたが、これはコロナの3年間で浴衣需要が落ちたことに伴い、仕事を辞めてしまった職人が続出したことに原因がある。だから、少し需要が回復して注文を受けても、染め手不足は否めず、どうしても仕事が逼迫してしまう。こうしたことは、浴衣の染職人に限らず、染織のありとあらゆる現場で見られる。もともと右肩下がりだった和装の需要に、コロナが追い打ちをかけ、それは僅かに残っていた腕利き職人たちから、仕事を奪ってしまうことになったのだ。

 

このバイク呉服屋のコラムブログは、2013年の5月に始まり、今年で12年目を迎える。こうして、ここまで休むことなく書き続けて来られたのは、ひとえに読んで下さる方がおられたからだ。毎日カウンターで示される訪問者の数に、私の書く力を支えて頂いている。本当に有難いことで、改めて感謝を申し上げたい。

節目の月・5月の稿では、毎年呉服屋としての仕事のあり方や店の行く末など、とめどないことを縷々お話させて頂いているが、今年も、店の様子をご覧頂きながら、少し雑感を述べたいと思う。先述したように、何とかコロナ禍を乗り越えたものの、川上(作り手)から川下(売り手)まで、至る所に悪い影響が及んでいる呉服業界。その未来は、如何なるものになるのだろうか。今回は特に「仕入れ」という、商いの基本業務に注目しながら、自分の店のこれからも含めて、お話してみたい。

 

今朝のウインド。左右の撞木は、菱一オリジナル・橡紬と細縞の本塩沢お召。真ん中は、四ツ井健の夏紬染帯。単衣を意識した組み合わせ。

世間から見て呉服屋は、余裕のある生活を送っていると、思われているのではないか。扱うキモノや帯は「高価で特別な品物」と認識されており、その商いが優雅な姿に見えるのかもしれない。しかも、昔から呉服屋には「大店(おおだな)」のイメージがあり、実際に巨万の富を築いた商人も多い。

越後屋・三越を始め、伊勢屋丹治呉服店・伊勢丹、飯田屋・高島屋、大文字屋・大丸、白木屋・東急百貨店と、主だったデパートの前身は、呉服業や古着木綿業、あるいは太物屋(綿や麻を扱う呉服屋)である。そして日本中にショッピングモールを作り、小売業界を席捲しているあのイオンでさえ、その始まりは、三重県四日市の小間物商・篠原屋(後に太物商・岡田呉服店)だ。実際、呉服の商いで稼いだお金があったから、それを原資として、デパートや他の仕事へと事業転換出来た訳で、呉服屋が「とても儲かる商い」だった時代は確かに存在していた。おそらくこれが、今に続く呉服屋のイメージの一片を担っているのだと思う。

 

そして、そもそも呉服屋には、何代も続く「老舗」である店が多い。キモノや帯は値の張る品物であり、ある程度原資がなければ開業することは難しい。そして、何十年と続いていればこその信用を、新しい店が簡単に得ることは出来ない。さらには、業界独特の商慣習があり、取引先との関係を築くことも簡単ではない。つまり「新規参入」がかなり困難な業種なのである。

しかしながら、呉服屋をまともに営もうとすればするほど、お金は残らない。いつぞや父から、「呉服屋の財産となるのはお金ではなく、モノだけ」と言われたことがあるが、自分が店を経営をするようになって、本当にその通りと思う。ではなぜ「マトモな呉服屋」には、金が無いのか。これは、仕事の本質に関わることなので、少し話をしてみよう。

 

一本だけ置いた衣桁には、小市松模様の軽い訪問着と小花菱模様の袋帯を掛ける。

まず話を始める前に、「マトモな商いをする呉服屋」とは、どのような定義かと言えば、品物をきちんと仕入れて、自分で商いをすること。つまり「自分で買って、自分で売る」という、極めて当たり前のことを実行している店である。しかし現実には、多くの呉服屋の商いが、店頭ではなく「展示会中心」であり、しかも出品している品物は、問屋やメーカーからの借り物(委託商品)、さらには販売するのも、取引先から派遣された商品アドバイザーに頼っている有様。例えは悪いが、これは「人の褌で相撲を取る」的な商いである。

こうした商法は、すでに二十年以上も前から業界全体に蔓延っており、現在では、自分でリスクを背負って商売をする店の方が、圧倒的に少ない。もし、自分で仕入れを起こすということであれば、当然詳しい商品知識も、価格に関わる知識も必要になり、何よりも、まずはどのような人を対象にして、どんな品物を提案していくのか、いわゆる「店の目指すところ」を、予めきちんと自分で決めておく必要がある。これが出来ていないと、そもそもどんなアイテムの品物を選べば良いのかが、判らなくなる。

そして品物を仕入れたからには、それを自分で売る力も持たなければならない。それは、店に集うお客様方に「自分のセンス」を理解して頂き、かつ賛同を得て求めて頂くという図式になる。いくら店に沢山品物が置いてあっても、お客様への訴求力が欠けていたら、まったく商いにはならない。

 

このように、仕入れる力と売る力はリンクしており、それが店の方向性を確立することにも繋がっている。もしこの力が不足しているとすれば、店の個性を品物で演出することは難しくなり、独自性は無くなる。すなわちそれは、店としての魅力の欠如となってしまう。もちろん、「自分で売買を完結させること」というのは、かなり難しく、ハードルも高い。けれども、その力が備わってさえいれば、構えは小さい店でも、ある程度納得のいく商売が出来る。

経験を積み、知識や知恵を磨き、その上で金銭的なリスクを厭わない。これらの条件を揃えた上で、それを続ける覚悟を持つ主のいる店が、マトモと呼べる呉服屋である。安易な「人任せ販売」に走る者が多いのは、こんな厳しい商いの背景があるからである。

 

台の上と壁際の撞木は、淡い地色の小紋とそれに見合う名古屋帯。この時期は、袷にも単衣にも対応できそうな、地色と模様の品物を飾っておく。

さて話が回り道してしまったが、何故真っ当な呉服屋にお金が残らないかという、本題に戻ろう。ただマトモな呉服専門店の中には、元々かなり資産を持っていて、余裕たっぷりに商いをしている、私から見れば大変羨ましい店も多数ある。だから私のように、お金が残らないと嘆く店主は、もしかしたら少数派なのかも知れない。

 

うちの店の商いは、7割が店頭で、残りがお客様の家に出向いて行う「屋敷売り」。いずれにせよ、そのほとんどが、仕入れて店の棚に置いてある品物だけで、商いを完結させている。展示会のような特別な催し(販売会)は全く行わず、お客様からどのタイミングで声が掛かるのか、また来店されるのかもわからない。つまりは、いつ何が売れるのかを予測することは、不可能なのである。

だから、突然の来店やお声掛かりに備え、その商いに支障が出ないように、品物を置いておく。つまりは、仕入れをしておく必要があるのだ。ではその品物は、常時どの程度必要になるのかだが、それはアイテムによって変わってくる。例えば、フォーマル用の品物、留袖や訪問着、付下げなどは、自分が扱いたいと考える地色や意匠が一通りあれば、それで商いは間に合ってしまう。求めて頂くのはキモノ一点と、それに見合う帯一点、そして小物類である。こんな場合には、沢山品物を見せれば良い訳ではなく、これはと思うモノを数点コーディネートをして提案すれば、スムーズに商いは進む。つまり商いの成否は、私が自信を持って奨められる品物があるか無いかで、決まる。

そして商いが成立すれば、当然在庫の品物は捌けて、店に利益が生まれる。多くの品物は、商いが成立した時には、すでに仕入れの支払いが終わっているので、品代の大部分は店に残る。ここで仕事を終わるのなら、お金は残るはずだが、これが残らないとなると、一体何に使っているのかという疑問が生じる。私の店のように、従業員は誰もおらず、店舗や土地も自前となれば、それほど営業経費も掛からないので、自然に利潤が滞留すると考えられるはず。

 

では、儲けは何に消えるかと言えば、それは新たな仕入れの代金として使っているのだ。中でもフォーマルモノは厳選して品物を置いているから、実際の在庫数は少ない。つまり一点売れただけでも棚が空き、それが次の商いに支障が出るように思われ、そのことがまた新たな仕入れに向かわせる。例えて言えば、鰻屋のタレが継ぎ足して使われるように、これは私が、ある程度在庫の数を一定にしなければ、商いに障るとの「強迫観念」にかられている証左である。

こうしたバイク呉服屋の在庫継ぎ足し方式は、フォーマルモノだけでなく、カジュアルモノにも採用されており、例えば、春先に相応しい小紋や紬、またそれに合わせる季節ごとの名古屋帯が少なくなれば、意識してその品物を仕入れようとする。一例を挙げれば、昨年の夏、在庫で残っていた竺仙の麻型絵染帯三本が全て売れてしまったので、今年新たに三本、竺仙からまた型絵染の帯を仕入れた。さらに浴衣などはその最たるもので、毎年在庫は60~70反をキープ出来るように、常に仕入れを調整している。

 

店の一番奥の撞木には、小千谷縮と近江縮、合わせて紗と献上の博多八寸帯が控えめに並ぶ。こうしたディスプレイから、まだ商いの主役にはなっていないことが伺える。

つまりバイク呉服屋の現状は、売れた数だけ仕入れを起こしていることになる。これでは、どう考えても利益は残らない。そして残るのはお金ではなく、新たな在庫=モノということになる。自分らしい商いの方法を継続するためには、どうしても一定の在庫が必要であり、それ無くしては、店が維持できない。つまり、店としてのあるべき姿を考えるからこそ、仕入れが必要になるのである。

しかし、先述したように、仕入れた品物はいつ捌けるのか、見当もつかない。それは明日かもしれないし、十年後の可能性だってある。ただ問題になるのは、私の店は後継者がおらず、残り時間が限られていること。あまりにも売れないと、棚の中に置いたまま「時間切れ」になることも考えられる。またあまり考えたくはないが、私が体を壊して、突発的に店を閉める事態になるかも知れない。すでに六十も半ば近くなので、この先何が起きても不思議ではない。

 

店の名前を染め抜いた藍の暖簾が掛かる、今日の店先。今朝もいつもと変わらずに、店を開けられたことに感謝する。

マトモな呉服屋として、商いを続けていくためには、どうしても仕入れは欠かせない。もし自分の年齢が今より十歳若ければ、こんなことは考えないだろうが、時計の針はどんどん進み、暖簾を下げていられる時間は、どんどん少なくなる。店を閉めた時、同時に全部在庫が無くなれば、それがベストだが、おそらくそんなに上手く事は運ばない。この先仕入れを続けている限り、お金は残らないだろうし、最後に在庫が捌けなければ、それまでの仕入れは無駄になる。

果たしていつまで、今のような仕入れを維持できるのだろうか。仕入れを閉ざせば、棚は寂しくなり、商いに支障が出る。そしてそれは、店を閉じることにも直結する。仕入れるべきか、仕入れないべきか。ジレンマに苛まれている、ブログ12年目のバイク呉服屋の姿が、ここにある。

 

毎年決まって5月に書くこの稿は、呉服屋としての残り時間を見据えて、どうしてもネガティブな内容になってしまいます。そしてその度合いは、年々酷くなるような気がします。利益がモノとして残ることに対しては、自分なりに納得してきたことですが、やがてそれにも限界は来るでしょう。この先、仕入れとどのように向き合うのか、それがこれからの商いの上で最大の課題になります。そしてその向き合い方によって、自ずと暖簾を仕舞う時期が決まってくるはずです。

いずれにせよ、店を閉めるその日まで、自分の商いを全うしたい気持ちに変わりはありません。商売は幕を開けるより、引く方が難しいと言われていますが、それは本当だと思います。連休後、ブログを更新する間が空いてしまいましたが、それは依頼して頂く仕事が、少し立て込んでいたからです。こんな小さな店に、多くの方からお声掛け頂いていること、改めて本当に有難いことと思っています。

未来のことをあれこれ悩むより、今の仕事を懸命に頑張ることが、何より大切ですね。今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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