バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

パッチワーク模様の絞り訪問着を、春向き羽織に誂え直す

2024.02 05

時折お客様から、「洋装では使わない色や模様でも、和装だと試したくなる時がある」との声を聞くことがある。普段は、モノトーン系の目立たない色ばかり着ているけど、キモノ地色では明るいパステルを使い、合わせる帯にもインパクトのある個性的な図案を選ぶ。洋服とは違い、非日常的な装いと意識される和装だからこそ、冒険的な発想が湧いてくるのだろう。

人は誰もが、各々に「色彩心理」を持っている。これは、色によって呼び起こされる感情であるが、人はほとんど無意識のうちに、自分の好きな色と嫌いな色を仕訳けていることになる。そしてそれぞれの性格が、色を見極める大きな要因となり、そこに時々の気分の変化が加わってくる。好む色が判れば、ある程度気質が理解出来るというのは、こうしたことに裏付けられている。

さらに、どんな色にも特定のイメージが備わっている。赤は情熱で、青が静寂、緑は自然で、白が清潔さ。また色の濃淡によっても、少しずつ印象は変わってくる。これを装いの色として考える時には、自分の好き嫌いだけでなく、時と場所、つまり季節と着用する場面を勘案しながら、相応しい色を選ぶことになる。そもそも和装では、キモノや帯の色と図案に「時と場」が強く意識され、品物として整えられている。

 

そして和装では、同じ品物を使っても、アイテムを変えることによって、装う場面が変わったり、また装う年齢に広がりが生まれることもある。具体的にどのようなことかと言えば、キモノから羽織にすることで、フォーマルからカジュアルへと装いの場が変わったり、羽織を帯に仕立て直すことで、多様な使い道が生まれることなどである。

寸法が足りなかったり、汚れなどの不具合により、やむを得ずに、違うアイテムに作り直すこともあるが、年齢が進んで品物が派手になってしまったり、装う場面そのものが無くなったりした場合、現状のままだと、いくら上質な品物でも、タンスの中に寝たままの状態になってしまう。これを視点を変えて、別のアイテムにすることで品物は再生され、再び活躍する場が生まれるのである。

そこで今日の稿では、そんな一例として、飛び切り上質な総模様の絞り訪問着が、羽織へと直された誂えについて、書いていこうと思う。華やかなパーティ着から、春向きの優しいカジュアル羽織へ。どのような形に生まれ変わったのか、同時に数々の美しい絞りの模様姿をご覧頂きながら、話を進めることにしたい。

 

(パッチワーク模様・総絞り長羽織  藤娘きぬたや 90年代訪問着の誂え直し)

先述したように、キモノや帯の地色からは、装うに相応しい季節を感じ取れることがよくある。これは、各々の色が持つ特性と大いに関りがあるだろう。例えば、薄いピンク色には桜の花がイメージされ、優しく穏やかな春に相応しい色となる。一方で、くすんだ芥子色や濃茶色は、落葉を思い起こさせ、秋を感じさせる色となる。大まかな仕分けなのだが、どうしても春は淡色、秋は濃色をより使いたくなる。

また色と同時に、生地そのものも、季節によって使い分けがありそうだ。中でも羽織では、その傾向が強いかもしれない。例えば、シボの大きいぽってりとしたちりめん生地は、羽織として誂えた時には、生地の重さで自然に下に垂れた姿となり、着姿からは温かみが感じられる。一方で絞りの羽織には、生地そのものに軽やかさがあるため、自ずとふんわりとした優しい着姿になる。つまり生地の質感から、ちりめんは秋から冬へと向かう寒い時に、絞りは少し暖かさを感じ始める春先が、相応しくなるのだ。

これからご紹介するのは、様々な図案を様々な絞り技法であしらい、それをパッチワークのように全体にちりばめた羽織。これは元々は、総模様の絞り訪問着であった。キモノとしては、もう使うことはないが、これだけ手を掛けた美しい絞り模様を、装いの中でどうしても生かしたい。そんなお客様の希望があって、誂え直しをしたものである。それでは、まず訪問着として使っていた以前の姿から、どのような絞り技法が図案として施されいるか、ご紹介しよう。

 

羽織に直す以前の、総絞り訪問着の姿。全体的に、淡い配色になっている。

「パッチワーク」を直訳すれば、「継ぎ接ぎの仕事」になるのだが、小さな布やハギレを縫い繋いで一枚の布に仕上げると、模様配置の工夫によって、独特の美しい姿が現れる。この訪問着の図案構成も、様々な模様を絞り技法で表現し、これをパッチワークのように全体に割り付けて、意匠としている。

模様の切り込み方は様々で、図案には、和装ではお馴染みの伝統文様があしらわれている。絞りだけを駆使した訪問着というのは、これまでにも、それほど多くは作られていない。そんな中にあって、このようなキモノ全体に模様を埋め込んだ品物というのは、ほとんどお目にかからない。それは絞りで模様を表現するということが、気の遠くなるような手間の掛かる仕事だからである。

布の表面に凹凸を付けることで、生み出される図案。それは、布の一部をつまんで縛ったり、縛る代わりに針を使って布を縫い、その糸を引き締めて染めたりする。さらに、布を巻いたり束ねたりして、その所々を縛って段を付けて染める。いずれにせよ、絞ることで染料の侵入を防ぎ、その染め残した部分を作ることで、模様が出来る。この訪問着では、ハギレを繋いだように切り込まれた模様は、その都度技法を違えて絞ったもの。それだけに、大変面倒な品物と言えるのである。それでは具体的に、模様の細部を見て行こう。

 

パッチして組み合わされた図案は、全部で七つ。いずれも幾何学的な割付文様として、キモノや帯の意匠に使われているポピュラーなものばかり。切り込み方に規則性は無いが、大きさはほぼ同じくらい。四角、五角、六角と割付け方もまちまちで、亀甲形や菱形、扇形や楕円のものもある。模様の配色は、薄グレーや薄藤色が目に付くが、水色やベージュ、柔らかいピンクがアクセントになっていて、全体が淡くてふわりとした印象を残している。

 

(グレーとベージュ色 青海波文・平縫い絞り)

(薄藤色とグレー 七宝文・平縫い絞り)

(グレー濃淡 亀甲文・平縫い絞り)

(グレーとピンク色 立涌文・折縫い絞り)

(薄グレーと芥子色 網代文・平縫い絞り)

(薄藤色と水色 渦巻文・折縫い絞り)

(薄藤色 無地場・鹿の子絞り)

模様表現に多用されているのが、平縫い絞り。これは、生地に描かれた線や模様を、木綿針で細かく縫い取り、この縫糸を引き締めて絞る方法によるもの。この図案を見ても、曲線、直線を問わず自在に絞り模様が表現されている。

また立涌文や渦巻文に使われている技法は、平縫い絞りの範疇に入るが、模様の線を折山にしてそこを針の目を揃えてまっすぐに縫い、その糸を引き締めて絞っている。そして模様を区切る境界には、布を小さくつまんで二回括るだけの簡易な一目絞りを使っているが、パッチ図案の中にある無地場は、四角の絞り目をきちんと揃えた鹿の子絞りであしらわれている。

 

八掛は、模様配色より若干濃い藤紫色。訪問着形式にはなっているものの、細かく区切られたパッチワーク的な模様なので、少しカジュアルな印象を持たせている。だから、きちっとしたフォーマルの場で装うのではなく、パーティ着としての要素が強い。そこがこの品物の難しいところで、上質極まる絞りを使っていながらも、着用場所が限られてしまい、これまで思うほど出番が回って来なかった。

けれども、このまま手をこまねいているだけでは、この作品はこの先、陽の目を見ることはない。そこで思い切って羽織に誂え直し、自由に装えるカジュアルの世界に、活躍の場を求めたのである。では、どのような羽織姿になったのか、ご覧頂こう。

 

羽織丈は2尺5寸で、だいたい膝下ほどの長さ。羽裏は、模様配色の中にあるグレーを無地染めして付けた。キモノの時よりも、よりふんわりとした軽やかな絞り模様が、羽織の姿として表れている。淡いパステル色を基調としているために、どんなキモノの色にも対応できそう。渋い色の紬では着姿が明るくなり、白やベージュ色に合わせると、より春らしい雰囲気になるだろう。

着姿から一番目立つ、衿の中心を写してみた。左右の衿には、整然とパッチ模様が並び、身頃や袖にもバランスよく模様が散りばめられている。着姿を見た人に、羽織の良さを知らしめるような品物であり、絞りの仕事がどのようなものか理解している方なら、驚くべき図案の羽織と認識するはずだ。

きちんと人の手が掛かった品物は、アイテムを替えて誂えても、その模様姿は生き生きとして、着姿に映し出される。どんな形になっても、良いモノは良い。改めてこのことを、今回の仕事では教えられた気がする。

キモノとして着用の場を失っても、羽織や帯に生まれ変われば、全く違う場面で装うことが出来る。どうか皆様には、派手になってしまったキモノ、譲り受けて箪笥に眠っているキモノを、もう一度見直して頂きたい。もしかしたら、そこには、思いがけない使い道が埋もれているかもしれないから。

 

色彩心理学によると、パステルカラーを好む人は、明るく親しみやすい性格で、表情も豊か。人付き合いが上手で、周囲には敵を作らないタイプだそうです。また時として周りに気を使い過ぎて、自分の意思を出せずに、それが優柔不断と思われることもあるそうな。

これをバイク呉服屋に当てはめると、恐ろしく近寄り難い性格の上、顔つきは悪そのもので、アウトレイジに出演できそう。人との付き合いより、ヒグマやエゾシカと付き合う方が上手。そして誰彼となくくだを巻き、敵を作る。また周囲のことには全くお構いなく、自分の思うがままに行動する。私としては、死ぬほどパステル色が好きなのに、全く色彩心理が当てはまらず、一体どうなっているのでしょう。

この色と性格の酷いミスマッチを、解き明かしてくれる心理学者の方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報下さい。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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