バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

アナログ極まる、バイク呉服屋の江戸的商い(前編)  丼勘定編

2023.12 04

江戸の昔、商いというものは、凡そ三つの形態に分けられていた。目抜き通りに大きな間口で店を開いていたのが「大店(おおだな)」で、大勢の従業員を雇い入れ、主に高級品を売っていた。米や塩、醤油などの食品を始め、金物や化粧品、書籍などを扱う店が多かったが、その中でも、呉服をメインとする店は特に規模が大きく、当時日本橋界隈に店を構えていた越後屋(のちの三越)・白木屋(東急)・大丸屋(大丸)は、江戸三大呉服店と呼ばれて、大いに繁盛していた。

これと対照的に、庶民の日常を支える食品や日用品を売る店が、「小店(こだな)」である。間口は尺で2~3間(けん)というから、約3.6~5.5mほど。庶民が住む町の表通りに建つ長屋の一角に、店を構えていたが、そのほとんどが店主一人か、夫婦二人だけで営む家族経営であった。八百屋や魚屋、乾物屋などの食料品から、薬草、煙草、燃料の炭団(たどん)や白粉(おしろい)など、そこには多種多様の商いがあり、各々の店には個性があった。

そして最も小さい商いの方式は、「振売(ふりうり)」。別名で棒手振(ぼうてふり)の名前がある「物売り」は、品物を天秤棒で担いだり、ざるや木箱に入れながら、町の隅々までやってきた。いわゆる行商人だが、扱う品物は小店の商いより細分化されており、朝は納豆やしじみ、昼は桶や手拭を始めとする雑貨品、そして夜はおでんや枝豆などを売り歩き、他に季節物として夏には金魚売り、暮れには門松売りなども登場した。江戸庶民は、こうして毎日大勢の物売りが軒先までやってくるので、生活に不便さを感じることが少なかったようだ。

 

それでは、この時代の商い決済は、いかなるものだったのか。大店は、越後屋の有名な商法・現金掛け値無しに見られるように、正札を付けて、その値段通りの現金決済である。そして、その場の決済ということでは、店を持たない振売も同様。けれども、小商いの小店では、後払いの掛け売り決済が多くを占め、盆暮れの半期決済、いわゆる「盆暮れ勘定」も常態化していた。

商品を買う側にとっては、現金の持ち合わせが無くても、欲しい品物が手に入る便利な制度だが、ある意味で究極の信用取引であり、売る側と買う側の双方に、強固な信頼関係が無ければ、成立することは無い。これは、江戸という時代の中で、小店商人と客との結びつきの強さを物語る、一つの事象とも言えそうである。

 

そして時代は下がること、300年。目の前でお金をやり取りする場面は、本当に少なくなった。現金を持ち歩かなくても、モノを自由に買えるのが当たり前で、むしろ現金での決済は時代錯誤と捉えられるようになっている。スマホやクレジットカード決済が主流を占め、それが使えない店など、ありはしないと思われているのが現状であろう。

けれども、バイク呉服屋はその「ありはしない店」なのである。クレカも電子マネーもスマホ決済もできない。そしてローン販売は取り扱っていない。出来るのは、現金払いと振込みだけ。その上に、江戸の小店の商習慣・掛売=延勘定(のべかんじょう)が、未だ商いの中に残っている。今日は、決済の目安となる師走に入ったこともあるので、どうしてこんな「江戸的な商い」を今も続けているのか、皆様にお話してみたい。今回は前編として、丼勘定的な価格提示の話をさせて頂き、後編で掛売りについて稿を起こすことにしよう。

 

バイク呉服屋の店内。商いは、カウンターを挟んで、お客様と会話を交わしながら。

三井越後屋が「現金掛け値なし」の商いを始める以前は、品物を持参しながら顧客の家へ伺う「屋敷売り」か、店先で注文を受けた後、品物を自宅へ届ける「見世物売り」が、呉服商いの主流であった。そして支払方法は、期末に一括して払う「掛売り」、いわゆる延べ勘定で行われており、しかもその価格は、商いの際に客との交渉で決まるものという、非常に曖昧な設定になっていた。

そして当時は、こうした商い方法によって、同じ品物でも、一見客には高く、なじみ客には安いと言う、「一物多価(いちぶつたか)」の状態になっており、これが顧客の広がりを阻害する大きな原因の一つであった。

 

そんな商習慣が当たり前だった時代に、店頭だけの販売・店前(たなさき)売りにこだわり、そこで正札を付けて、客を差別せずに同じ価格で販売し、しかも掛売を受けずに取引を現金払いに限るとは、革命的とも言うべき呉服商いの変革である。そして同時に、反物を切り売りしたり、素早く誂えて日を待たずに品物を渡す「仕立売り」を実行したことで、それまで敷居が高く、店から足が遠のいていた中間層を、顧客として引き入れることが出来たのである。

またこの変革は、掛売による貸倒リスクを消滅させ、かつ現金売りに限ったことで、資金繰りの改善が大きく進んだ。そして顧客の増加は、多く仕入れて多く売るという「薄利多売」の商いを可能にしたのだ。この革新的改革は、主力顧客層を、富裕層から一般町人層へとシフトすることを念頭に置き、実行されたのである。

 

小紋の反物に付いた正札。越後屋の商いでは、これを値引くことなく現金売りした。

現在、バイク呉服屋の商いは、7割ほどが店前売りで、残りがお客様の家での商い、昔で言うところの屋敷売りである。そして、ネット上の販売は一切行っていない。また店売りでも、多くの呉服屋が催す「展示会形式の販売会」は、一切行わない。全ての商いが、日常時にお客様と向き合って話を交わしながら、進められている。当たり前だが、品物には仕入価格に基づく小売価格が、呉服札の上に明示されている。けれども、越後屋商いのように、いつでも誰にでも同じ価格とはなかなか行かない。もちろん、人を見て価格が変わることはないが、別の理由で価格が一定しない。

 

価格変動には、二つ要因がある。その一つが、時間。お客様からは、店の棚に並ぶ品物が、どれが古くてどれが新しいか、見分けることは不可能である。キモノも帯も、一定以上の質を伴っていれば、時間が経とうとも価値は変わらず、管理さえしっかりしていれば、劣化することは無い。ただ売る側の私は、全ての品物の仕入れ時期を把握している。以前もお話したが、古いモノは、長年棚で寝ている姿を見ていて、いわゆる「目垢が付く」状態になっている。だから、売れるチャンスがあれば、札値に関わらずに売ってしまいたいのだ。

呉服屋の商いは、とにかく品物を長い目で見なければ、続くものではない。仕入れた品物が一年以内に捌けるのは凡そ3割以下。これほど回転率の悪い商いも、あまり見当たらない。そこで、時間の経過と、品物の質を横目で見ながら、求めたい方との間で価格を交渉する。この時、札値より価格が下がるのは言うまでも無い。

常連さんの中には、店の品物に精通している方もおられ、時間の経過を値段交渉の材料にすることもある。このような取引の過程・駆け引きを楽しめるのも、小さな個人店だからこそ出来ること。私は、それも店の個性だと考えている。そして、人を雇わない「小店」だからこそ、価格が自由に裁量できる。結局は、バイク呉服屋の腹積もりが全てであり、札値は価格を決める一つの基準に過ぎない。

 

五つ玉算盤は、昔の呉服屋では定番。実際に祖父や父は、算盤で価格提示をしていた。

価格が変わるもう一つの要因は、季節。これはうちの店に限ることではないが、例えば浴衣や薄物は、シーズン終わりになれば、どこも値を下げて販売する。買い取って仕入れた夏モノは、売れ残ると、次の販売機会は約一年後になってしまう。だから、価格を少々下げても、早々に売ってしまいたいのである。

竺仙の品物などは、予め小売価格が設定されているので(全国どこの店も共通価格)、当然それに従って値札を付けている。しかし、よその店は知らないが、うちでは毎年お盆過ぎになると、設定価格は無視して浴衣を売ってしまう。但し、竺仙から文句を付けられないように、価格はそのままで、仕立て代や水通し代をサービスすることにしている。浴衣で、仕立て代を頂かないことにすると、凡そ30%値引きしたことになる。もちろん、誂える和裁士や地づめ職人には工賃を払うので、その分はバイク呉服屋の持ち出しになる。

そもそも竺仙の小売価格は、仕入価格と比較して安く設定されており、そのまま売っても利ザヤは少ない。これを3割も値引いてしまえば、ほとんど利益は出てこない。けれども、浴衣を和装の第一歩とされる方が多い現状を考えれば、少しでも求めやすくして、手を通す機会を作る方が良いように思える。これは、一つの先行投資に当たるかもしれない。こうした事情から、何が何でも正札通りの販売という訳には、なかなか行かないのである。

 

お客様へ渡す品代の計算書。右の朱色地は、悉皆加工を請け負った時に使う。

時間と季節を理由にして、価格はその都度変動する。けれども、品物の価格は生地本体だけでは無い。袷であれば、八掛と胴裏を付けなければならず、無地や絵羽モノでは、紋誂えが必要になるものもある。また紬など織物では、反物を湯通しして糊を落とし、生地を柔らかくしなければならない。もちろん、各々の誂えには仕立代も発生する。品物により、そして誂え方によっても、その加工方法は異なり、当然それは価格に反映される。

お客様への価格提示は、本体価格に加工代を上乗せしたものになり、その上に10%の消費税が加算される。例えば上の画像で掲げた145.000円の小紋を、胴裏と八掛を付けて袷で仕立てをし、そこに消費税を乗せるとなると、20万円を越えてしまう。だが本体価格は下げても、利幅の薄い裏地代や職人の加工代を下げる訳には行かない。そこで試みるのが、全ての経費を計算して、そこから値引きを起こす方法である。

つまり、加工賃と消費税まで含めて全部で22万なにがしとなれば、決済は17万円でと提示するのだ。この時、万円あるいは千円以下は出来るだけ切り捨てにした方が、判りやすい。本来消費税の金額は、最終価格に10%上乗せされたものだが、この方法では、実際に税額がいくらになっているのか判然としない。こんな税の提示は、ありえないと税務署員が飛んでくるかもしれないが、呉服屋商いでは、こうするより仕方がない。もし文句があるなら、「アンタ、キモノ売ってみろ」と言いたい。

こうして記すと、読まれる方は「なんて、どんぶり勘定な商いなのだろう」と思われるだろう。けれども、品代の中身には、値引き出来ることと出来ないことがあるので、こうするより他に方法が無いのだ。品物を加工しなければ商いが成立しない「呉服の特殊性」が、こうした形となって表れてくる。ただこれは、あくまでバイク呉服屋の商いなので、よその店がどんな価格提示をしているのか、全く判らないが。

キモノや帯が誂え終えて、初めて納品ができるということと、支払いを先に延ばす勘定・掛売・延勘定とは、大いに関連がある。そのことも含めて、後編では、なぜ未だにうちの店で掛売りが残っているのか、話を進めてみる。そして私が、現代の決済方法に背を向ける理由も、述べてみたい。

 

呉服屋の棚に置かれる商品は、古くても価値が下がることはなく、むしろ上がるものもあります。例えば、数年前に廃業した菱一のオリジナル商品などは、小紋にせよ紬にせよ、二度と手に入らないものです。また、竺仙の浴衣でも、型紙が破損して染められなくなったものがあり、そうした品物は希少品という位置付けになります。

ただ、そんな品物だからと言って、札値を上げることは無く、やはり仕入れてから年数が経っていれば、少々値引きしても、早く売り先を見つけたいことに変わりはありません。お客様が質と価格の両面で得をする品物と言うのは、こういうモノかと思います。キモノにせよ帯にせよ、いくらで売らなければならないという明確な基準が無いだけに、極めて難しい商いになりますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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