バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート  ヒイラギで迎える、和装クリスマス

2023.12 12

毎年暮れの風物詩になっている浅草寺の歳の市が、今週末の三日間で開催される。従前は正月用品や縁起物を売る観音様の縁日であったが、江戸の末期頃から羽子板を売る店が数多く立ち並ぶようになる。この当時は、女の子が生まれた家に羽子板を贈る風習があり、板で羽を打てば、厄を跳ね除けることが出来る縁起モノは、小さな女の子の魔除けになると考えられていた。

以来歳の市は、羽子板市と呼ばれるようになり、今もこの期間には、数十軒の露店が境内に並ぶ。定番の歌舞伎役者柄だけではなく、その年に活躍した人の顔も板の題材にされるので、市の様子は度々ニュースでも取り上げられる。さて、今年の顔は誰か。エンゼルスの大谷君や、将棋の藤井七冠は顔というより、もはや定番なのかもしれない。

 

歳の市の羽子板のように、ある時期だけに限って売れる商品のことを、際物(キワモノ)と呼ぶ。キワモノの多くは、年中行事と何らかの関りがある。例えば、歳の市には、羽子板の他にしめ縄や門松など正月飾りが並ぶが、これも求める時期が決まっているキワモノである。そのほかに、節分に使うマメやお月見の団子、そしてバレンタインデーのチョコレートやクリスマスのケーキなども、その時に一気に需要が増えるキワモノの中に入るだろうか。

こうした季節商品的な品物は、キモノや帯の中にも数多く見られる。元々和装は、季節感・旬を大切にする装い。季節ごとに素材を変えて、裏を付けたり外したりして、誂えをする。そして図案には、四季各々に応じたモチーフを使う。例えば、春という季節を表現するなら、梅や椿なら春の初めで、桜は春の盛り、藤や葵ならば晩春というように、細かく旬が分かれる。但し、これらの春花であれば、いずれも春に相応しい装いとなるので、それほど着用期間は厳密に限定されない。

 

しかし、季節を表現する品物よりも、もっと範囲を狭めて、その行事・イベントだけを目途として意匠化されるモノもある。これこそが、染織品のキワモノである。その中で、最も多く商品化されているのが、クリスマスを題材にした品物。特に、帯には一目でそれと判る図案が多い。そこで今年最後のコーディネートでは、クリスマスのお出かけを楽しむ和の装いを、提案することにしよう。

実際には、なかなか装う機会を見つけ難いキワモノだが、だからこそ、個性的な姿を演出することが出来る。赤と緑と白とピンクのクリスマスカラーを駆使して、華やかで可愛く、思わず人の目を惹くような組み合わせを考えてみたい。

 

(ちりめん白地 ヒイラギ模様・染名古屋帯  紅藤色縞 緯絣・本場大島紬)

着姿として、特定の季節や場面を印象付けようとする時、その手段となるのは圧倒的に帯である。帯の前姿やお太鼓の図案は、装いの要であり、そこに特徴的な「キワモノの意匠」が表現されていれば、否応なく目立つ。着姿を見た時には、やはりキモノより帯の訴求力の方が、強いように思える。

そしてカジュアルの装いでは、一枚のキモノに対し、様々な帯を用いることによって、着用の場面を替えることが出来る。特に、季節に相応しい図案や、特定のイベントが想像できる模様の帯は、同じキモノを使いながらも、個性的な装いを容易に演出する。「一枚のキモノに、三本、五本の帯」と言われるのは、こうした帯の利便性からだ。

 

さてそこで、クリスマスの図案ということになるが、モチーフはかなり沢山ある。サンタクロース、もみの木のツリー、クリスマスリース、ソリを曳くトナカイ、リボンの掛ったプレゼントの箱。ツリーに飾る星やリンゴに似せた玉、キャンディー、さらに靴下やローソク、手袋、そして花ではポインセチア。その上に季節柄として、雪の結晶や雪だるまも使われる。

クリスマスを意識した帯は、このモチーフを幾つか組み合わせて、図案にしているものが多く、そのほとんどが、前とお太鼓だけの模様あしらい・太鼓柄である。星空の下、トナカイが曳くそりに乗るサンタクロースの姿を描いたり、クリスマスリースを輪郭にして、中に様々なクリスマスアイテムを配してみたりする。どれもが、一目でクリスマスと判る意匠になっている。

配色は、クリスマスカラーとされる赤・緑・白が中心。そして地色は、圧倒的に黒が多い。やはり、クリスマスのイメージは、昼より夜。トナカイそりは、星空の下でなければ、絵にはならない。けれども今回は、そんな定番的な図案から離れて、一つの植物だけをモチーフにした、インパクトのある個性的なクリスマス帯を使ってみよう。前置きが長くなったが、まず今日は最初に、帯の内容から話をさせて頂こう。

 

(ちりめん白地 西洋ヒイラギ模様 染名古屋帯・トキワ商事)

クリスマスには欠かせない植物として、良く知られているのが、ギザギザした葉に赤い実を付けたヒイラギ。別名・クリスマスホーリーと呼ばれているが、正式名は西洋ヒイラギで外来種。そしてモチノキ科の植物で、常緑樹。春に白い花が咲き、冬の初めに赤い実を付ける。クリスマスリースの材料としてもお馴染みだが、この植物がクリスマスに使われているのは、宗教的な意味があってのことだ。

イエスが人類の罪を救うために、身代わりとして処刑されたことは、良く知られたキリスト教の教義。イエスは、AD(紀元後)30年、ゴルゴダ(現在のエルサレム)の丘で十字架にかけられたが、この時イエスの頭に被せられたのが、棘の付いた「茨(イバラ)の冠」であった。このイバラから、棘のあるヒイラギの葉が連想され、受難の象徴と見なされたのである。そして、枯れることのない緑の葉は永遠を、赤い実はキリストの血を表すと考えられた。つまりギザギザの葉は、死に際して被ったキリストの冠だったのである。

 

赤い実を付けるのが、西洋ヒイラギ。日本原産の柊の実は、黒紫色。

ヒイラギを使ったクリスマスリースは、玄関に飾られるが、これは魔除けの意味がある。もちろん、キリストの受難を象徴する意味もあるが、古来このギザギザと尖った葉が、家に禍をもたらす魔の手を遮るとされてきた。この辺りは、日本の柊の言い伝えとよく似ている。日本の柊も、魔除けになると考えられており、節分の折には、ヒイラギの枝に焼いたイワシの頭を刺したものを、戸口に飾る。これは、鬼が家の中に入らないようにするための風習。柊の棘とイワシの臭気で、鬼を払う意味がある。

西洋と東洋で、同じ植物の同じ葉を同じ意図で使っているとは面白いが、それだけ棘が特徴的だからなのだろう。なお節分に使う柊は、そもそもクリスマスホーリー・西洋ヒイラギとは種が違い、モクセイ科に属する。花の時期は11~12月、黒紫色の実を付けるのは、初夏である。冬に白い花をが咲いていたら日本の柊、赤い実を付けていたら西洋ヒイラギと覚えると、その違いが判りやすいだろう。

 

クリスマスホーリーだけを題材にしているので、帯としてインパクトがある。

ヒイラギの葉は、もちろんクリスマスを連想させる植物だが、このモチーフだけで図案を構成する品物は珍しい。しかもデザイン化はせずに、写実的に描いている。きちんと糸目を使い、暈しを駆使して色を染めた、いわゆる友禅の特徴を生かした模様姿。葉の緑は、手挿しによる丁寧な仕事で、鮮やかに描かれている。葉ごとに緑の色相が異なり、暈しを使うことで柔らかみも出てくる。そして僅かに添えた赤い実は、葉の中に埋没せず、逆にかなり目立つ。

糸目をそのまま葉脈に使う。近接して模様を写すと、一枚一枚、葉の色合いが違っていることが見てとれる。そして、赤い実の他に箔加工した金の実も付いている。手を掛けた加工があるから模様が映え、それが帯姿の美しさに繋がる。

ご覧のようなお太鼓柄の帯だが、前模様のヒイラギは、お太鼓部分よりも一回り小さく描かれている。そして少し横に丸くなっているので、リースのようにも見える。ヒイラギが、これだけ鮮やかに見えるのは、地が白だからである。そして白だからこそ、清楚に映り、否応なくクリスマスに相応しい帯姿になるのだ。

それでは、この帯をより生かして、クリスマスに相応しい装いになるようなキモノを、探すことにしよう。

 

(紅藤色 手織暈し縞 本場大島紬・奄美 伊集院リキ商店)

目立つヒイラギの帯模様を生かすには、シンプルな図案のキモノの方が良いはず。そして、地色を含めたキモノ全体の色合いは、ヒイラギの緑葉が映えるよう、明るく優しい雰囲気にしたい。そうした意図の下で選んだのが、この紅藤色の縞大島である。

等間隔に並んだ紅藤色の縞だが、その両脇は淡いピンクで暈されている。このような縞を、暈し縞と呼ぶ。大島と言えば、真っ先に泥染絵絣を思い起こすだろうが、クリスマスに似合いそうなこんな可愛い縞紬もある。絣を使用しない縞モノや格子、無地は、鹿児島産地では機械機で量産されるが、奄美産地では手織されている。

模様を拡大してみると、思うよりずっと複雑な色の入り方になっている。経糸と緯糸の色を様々に組み合わせることで、模様に変化が表れる。遠目からは単純な縞に見えるが、かなり凝った意匠になっている。この辺りが、手機に特化した奄美ならではの、しゃれた縞大島と言えよう。

反物の端には、奄美組合を表す地球印の証紙と伝産品マークが貼られる。僅かに緯絣の施しがあるので、伝統工芸品の告示条件は満たされることになる。では、パステル主体のグラデーション大島をヒイラギ帯に合わせるとどうなるのか、試して見よう。

 

お太鼓を作ってみると、溢れんばかりのヒイラギが現れる。誰が見ても、クリスマスを感じさせる後姿になるが、キモノが優しいピンクストライプ柄なので、和装でありながらも、洋の雰囲気が醸し出される。やはりこの帯を使う場合は、こうした縞や格子の幾何学図案か、無地っぽいキモノでなければ、ヒイラギを印象付ける着姿にはならない。

そして帯地のすっきりとした白を生かすならば、パステル系のキモノが良い。何故なら、地色に黒を使うクリスマス帯には無い、清潔な聖夜の装いになるから。

前模様のヒイラギは、横に広がって描かれているので、前姿もお太鼓同様にかなりインパクトがある。ただここでも帯地の白が生きていて、キモノの淡さを引き立てるように、すっきりと潔よく葉模様が映る。旬の装いというより、特別なイベントを演出するコーディネートになっているように思う。

小物は、どうしても赤と緑のクリスマスカラーを使いたくなる。帯〆はヒイラギの実の赤、帯揚げは葉色の緑。この色の組み合わせ以外は、ほとんど考えつかない。   (冠帯〆・今河織物 模様絞り帯揚げ・加藤萬)

 

今年最後のコーディネートとして、クリスマスアイテム・ヒイラギを使って、聖なる日に相応しい装いを考えてみたが、如何だっただろうか。和装の大きな特徴は、着姿を見た人に、何かを感じさせることが出来ること。それは、季節の訪れであったり、今回のようなイベント的な習慣であったり。その時々に見合う装いをすることは、何よりも贅沢なことである。

ドレスコードを重視して、その都度品物を考えなければならないフォーマルとは違って、カジュアルはあくまで自由。自分らしく、個性的に楽しまなければ、勿体ない。来年もこのコーディネートの稿では、読んで下さる方が少しでも参考になるよう、旬の素材やユニークの意匠の品物を取り上げて行きたいと思っている。

最後に今日の品物と、これを使ったクリスマスバージョン・ウインドをご覧頂こう。

 

「キワモノ」とは、一時だけ人々の注目を集める品物のことですが、それに類似した語句に「イロモノ」があります。こちらの方は、時期に関係なくマイナーな品物で、ごく一部の人だけが興味を持つモノという意味です。この「イロモノ」よりもっとマニアックで、時に悪趣味と言われるような品物が、「ゲテモノ」です。ゲテモノは漢字だと「下手物」と書き、粗悪な品物と言う意味もあります。この対義語が「上物(じょうもの)」ですね。

けれども、呉服の下に専門店という名前を付けて店を構えているならば、やはりキワモノと色モノを扱わない訳にはいきません。もちろん、万人受けをするオーソドックスな品物は置きますが、それだけでは、ディープなキモノファンを満足させることは出来ず、変化が無い店は、やがて飽きられてしまいます。

 

時期モノであるキワモノと、マニア心をくすぐる色モノ。どちらも、いつ売れるのか見込みが付き難く、仕入れることに少し勇気が必要ですが、欠かすことは出来ません。ゲテモノ顔のバイク呉服屋は、こうして悩みつつ、毎日の仕事に懸命に励んでおります。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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