バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

生地全体のヤケを、どう修復するか  色ハキと生地置換えの併用

2023.11 05

現代は、不寛容な社会と言われている。「みんなが同じであること」に強い意識があり、少数派の主義や信念を認めず、強く批判をしてしまう。そしてそれは、時として人格の否定にまで及んでしまうことがある。この原因は、社会全体に蔓延るゆとりの無さや、急速に発達してきた情報社会にあるとされている。

心理学者によれば、自分に気持ちのゆとりがある時は、それほど他者の行動が気にならないが、心的にストレスが掛かると、取り留めのないことでも攻撃的になるらしい。特に自分より立場の弱い人に対し、蔑んだり理不尽なふるまいをする。これがいじめやハラスメントが起こる大きな要因である。考えてみれば、昔から「弱い者ほど、弱い者いじめをする」と言われてきたが、その心的背景は現代でも変わっていない。

 

この傾向は、SNSなどソーシャルメディアの普及に伴って加速したと考えられるが、発言者個人が特定されることなく、自由に他者を批判できることは、少し話は飛躍するが、安全地帯から無人爆撃機で無差別攻撃をするようなもの。その言動により、相手がどのように傷つくのかを全く慮ることはなく、無責任の言いっぱなしになる。

自分の主義主張に合わない者、あるいは全体からはみ出して目立つ者などを、言葉によって、完膚なきまでに叩く。そんなことが簡単に出来てしまう情報環境が、不寛容社会を増幅させたことに間違いはない。必要以上に人の評価を気にしつつ、出来る限り目立たないよう、後ろ指をさされないように生きる。背景には、集団からはみ出すことへの強い恐怖がある。この国はいつから、こんな閉塞的な社会になってしまったのか。日本の幸福度ランキングは、47位でG7(先進主要国)の中で最低。国民に幸福感が実感できないのも、さもありなんと言えよう。

 

このような心理的な背景からか、昨今、店と客(あるいは事業者と取引先)との間でトラブルが頻発している。いわゆる、カスタマーハラスメントと言われる問題だが、優位性を持つ立場の客への対応に苦慮する事業者はかなり多い。お客様の機嫌を損なわず、店の立場も理解してもらうというのは、大変難しいことである。

けれども、バイク呉服屋が日々依頼される仕事の中には、これと真逆なケースがある。それは、まさにお客様の寛容さが背景にあって、生まれる仕事だ。今日の稿は、私や職人たちを慮って頂きながら受ける手直しについて、お話してみよう。

 

今回、兵庫県のお客様から手直しの依頼を受けた、灰桜色の花織紬。

うちの店に依頼される悉皆仕事は、大きく分けて二つある。一つは、品物そのものに不具合が発生し、修復するケース。しみ汚れが付いたり、カビが発生した時、また生地が色ヤケを起こして変色した時の手直しがこれに当たる。もう一つは、品物の寸法を直すケース。これは、袖丈や裄、身巾など部分直しに止まる時と、一旦解いて全てをやり直す場合とに分かれる。もちろん、両方を複合して直すこともあり、時には品物に施されている加工、刺繍や箔の脱落、胡粉の引き直しなども請け負うことがある。

直しの仕事は、品物の状態次第で手順と施す職人が変わるが、ほとんどの場合で、複数の職人の手を必要とする。例えば、単純な裄の寸法直し一つにしても、まず袖付と肩付の部分を解き、付いていた縫い目のスジを消す。この時に、中に入っていた生地と表に出ていた生地とで色の齟齬があれば、色ハキをして同じ色に整える。この作業が終わって、ようやく寸法直しに入る。この仕事の過程では、解きスジ消し、色ハキ補正、縫いと三人の職人が関わることになる。

 

このように受ける仕事は千差万別なのだが、品物の状態により、完璧には直せないこともよくある。それは、汚れや変色が残ってしまう場合や、ヤケが上手く治せないケース。また寸法直しに関しては、元々の生地巾が足りずに裄が出せなかったり、縫込みが少なくて、身丈や袖丈が希望する長さにならなかったりすることなどである。出来る限りの努力をしても、どうしても難しいことはある。

こうした時には、まず品物がどのような状態にあるのか、お客様に伝える。そして、どこまで直せるのか、またそのためにはどのような方法を使うのかも、お話させて頂く。その上で、今後の方針を決めることになる。もちろん相談した結果として、直しを諦めてしまうこともある。けれどもこれまでの経験では、お客様が「出来る限りで良いので」と言って下さり、仕事を頂くことの方が多い。つまり、「完璧を求めない」という寛容さによって、手直しが始められるのである。

ではこの、「今より状態が少しでも良くなれば、それで十分」というお客様の期待に、私と職人はどう答えるのか。その仕事内容を手順に従って、これからご覧頂こう。

 

今回依頼を受けた花織紬で、最も問題になるのは、地色のヤケが全体に広がっていること。上の画像は、衿の剣先下の上前衽と身頃を写しているが、一見して、地色には変化は無いように見えるかもしれない。しかし実際には、前身頃と後身頃、さらに両袖を比較してみると、かなり色のバラツキがある。元々が薄い桜色なので、ヤケて白っぽくなったところは、近くでみると目立つ。

この品物が、どのような経緯で全体にヤケを起こしたのかは、わからない。ヤケは、品物を太陽や照明の光に長くさらすことで起こることが多いが、箪笥の中で発生するガスによったり、使っている染料の堅牢度が低いことが要因になったりもする。変色してしまった状態からでは、なかなか原因は特定できない。

画像は袖付を境に、身頃側と袖側を写したところ。このように近接してみると、色の違いがはっきり分かる。明らかに左の袖側の色がヤケを起こして、白っぽく変色している。もちろん元の色は、右の身頃側の柔らかい桜色。遠くからの着姿では判らない色の齟齬だが、この違いを目の当たりにすれば、放って置くことは出来ない。お客様も、着用する時にこのヤケが気になるからこそ、何とかしたいと依頼を思い立ったのだ。

そして同じ袖の中でも、袖口に近い方が色のヤケ方がひどくなっている。画像で青い糸印をつけたところの右側と左側では、明らかに色の違いがある。つまりキモノ全体からも、各々のパーツごとからも、不均一な色が表れてしまっている。

そしてヤケを起こした生地の中に、黄色く変色したシミが数か所付いている。この場合は、地の色を整える前にしみ抜きを行う。シミを放置したままでは、元の色に戻そうとしても、色が上手くのらない。

依頼を受けた品物は、このように、まず私がしみ汚れの有無やヤケの進み具合など、状態を細部まで確認し、具体的に補正を要する箇所に糸で印を付ける。そして、「出来る限りで良いから」という条件を伝票に記して、ヤケ直しとしみ抜きを担当する補正職人・ぬりやさんのところへ、品物を送る。そして翌日、品物が到着した頃合いを見計らって電話をかけ、現状と具体的な直しの方策について意見を伺う。

品物の状態を見たぬりやさんは、これだけ全体にヤケが広がっていれば、部分的に色ハキを施しただけでは、あまり効果がない。色ハキは、あくまでも局所的な手直しの方法だから、全体の色を元通りに戻すことはほぼ不可能だと話す。つまり、色ハキと補正だけでは、この品物の直しは難しいということなのである。

一番汚れとヤケがひどい、左袖の表側・袖口部分。ヤケていない部分と比較すると、状態の悪さは明らか。なるほど、これを元通りにするのは難しいかも知れない。

実際に手を入れる職人さんから、厳しいと言われれば、諦めざるを得ないが、往生際の悪いバイク呉服屋は、まだ何か他の道はないかと考える。そこで目を付けたのが、この品物が花織だけを施した紬であること。織物であるなら、生地の表裏をひっくり返して、誂え直すことが出来る。これまで表に出ているところはヤケていても、その裏側は変色していないのではないか。つまり、補正で直そうとせず、生地の取り方や位置を替えることで、全体を同じ色の方向に持っていくという、発想の転換である。

ぬりやのおやじさんには、しみぬきと部分的な色ハキだけをお願いすることにして、一旦品物を店に戻してもらう。そこで改めて、生地の裏側の状態を確認する。この花織紬は単衣なので、視認しやすいのだが、やはり裏側にはほぼヤケは起こっていない。そこで和裁士の保坂さんを呼んで、生地の表裏入れ替えや、配置転換について相談しつつ、誂え直しの目算を建てる。そして、「完璧とはならないが、今より色は統一されるはず」と判断できたので、この方針で直しを進めることに決める。

直しの方向が固まったので、お客様に仕事の手順と方法を伝え、各々に掛かる工賃について話をする。そして、了解を得ることが出来たことから、ここで初めて本格的な修復に手を付け始めた。

 

品物はまず、解いて洗張りを行う。元々お客様は、この紬を短い寸法で着用していたので、この際に仕立直しをすれば、裄や身丈を出来るだけ出して、これまでより着やすい品物に出来る。この洗張りの目的は、生地そのものの修復と状態確認のためだが、同時に寸法を直して着心地も改善出来れば、それに越したことは無い。

解いて、元の反物の幅に戻った生地を確認すると、表に出ていた箇所と、中に入っていた箇所との色の相違がより明らかになる。これは、後身頃に使っていた生地だが、尺差しを当てたところ・7寸5分ほどが表で、少し白っぽく変色しているのが判る。左側に残る2寸ほどの薄桜色が本来の色で、ここが裏に入っていたところ。これだけ色の差がある身頃部分も、袖のヤケに比べればまだ状態が良く見える。

洗張り後は、各々のパーツを繋ぎ合わす「ハヌイ」が施される。こうして画像でつなぎ目を比較しても、色の違いがはっきり分かる。送られてきた品物は、洗張りをすると同時に、しみぬきと部分補正(ヤケ直し、地直し)を済ませて戻されているが、この品物に限らず、洗張りで落とせななかった汚れは、必ず補正職人に回して修復を試みる。職人の間のスムーズな連携が、こうした難しい手直しの時には欠かせない。

 

表裏入れ替えや配置換えで、全体の色を整えると決めた手直しの方針。これに基づき、洗張りされた生地をパーツごとに確認する作業から始める。まずハヌイしてある糸を解き、布をばらす。そこで改めて生地の表裏や天地(生地の先端と後端)で、どれだけ状態に差があるのかを比較する。

左右両袖で、表に出ていた生地と裏に入っていた生地を比較する。画像で判ると思うが、右側が表に出てヤケを起こした袖、左が中に入っていた裏側の袖。こうしてみると、やはりひっくり返して裏を使えば、元の色を着姿の上に戻すことが出来そう。

一応、裏に返した状態で、左右両袖の色を比較してみる。最初の袖の状態とは、雲泥の差。これなら、ヤケを起こしていない身頃部分に繋いでも、それほど違和感は無い。色ハキで色を戻すより、はるかに簡単に確実に見映えは良くなるだろう。

なお確認のために、袖付のところで、身頃側の生地と色を比べてみる。完ぺきとは言えないが、このくらいの色の差なら許容されるだろう。そして最後に、和裁士の保坂さんと二人で、袖、身頃、衿とパーツごとに表に出す生地面や位置を決めながら、キモノの形に作って置いてみる。全体から色の映り方を見て、「これなら大丈夫」と最終判断をする。

 

衿は、掛衿と本衿を切り替えて仕立直した。最初の状態では、上前側の衿もかなりヤケが酷かったが、ご覧の通りきれいに生まれ変わり、身頃との色の差もほとんど無い。

前衽と身頃を写してみた。僅かに違いがあるが、目立つものではない。前後の身頃と衽も、場所によっては位置を替えたり、裏側を使ったりして、出来る限り全体の色と合うように試みている。

袖口から覗いているのは、元は表に出ていた生地。画像の左側が、新たに袖に出した生地の裏。一番ヤケが酷かった両袖も、限りはあったが修復に結び付けることが出来た。

生地の修復と寸法直しを行い、誂えを終えた花織紬。完全な直しとはならなかったが、限りのある条件の中で、やれるだけのことはやれたように思う。それもお客様が、「今より、少しでも見映えが良くなれば、そして着心地が良くなれば、それで十分なので」と、優しく依頼をして頂いたおかげである。

「何が何でも直さなければ」と言うのと、「出来るだけで良いので」と言うのでは、心の負担が全く違う。最初から、お客様側が一歩引いた形で依頼をされているので、その寛容な気持ちには何としても答えたいと思う。それが、仕事を進める上で、私と職人の原動力になる。こうして、小さな呉服屋を信頼し、日々大切な品物を預けて下さるお客様方には、感謝の他は無い。

 

今日は、「全体のヤケを、どのように修復するか」ということをテーマに、話を進めてきた。どのような直しであっても、根底にお客様との信頼がなければ、上手くはいかない。言葉を変えれば、何より意思を通わせることが大切と言えよう。そのためには、やはり「話すこと」が欠かせない。全てが修復出来るとは限らないが、手直しを依頼する品物への思いを共感しながら、これからも、出来る限りの仕事をしたい。

なお今回は、皆様には馴染みの薄い悉皆の話だったので、判り難いところが多々あったと思う。直しの仕事を言葉で説明するのは難しく、バイク呉服屋の力不足は否めない。何卒お許しを頂ければ、有難い。

 

私はかなりの「ものぐさ」なので、何に付けても、面倒なことは嫌いです。なので、SNSでマメに情報発信をしたり、ラインで頻繁に他者とコミュニーケーションをとるなど、考えたこともありません。そして、自分がどこで何をしているのかという情報を、リアルタイムで公にすることなど、まっぴらごめんです。

自分の存在や仕事を、広範囲に、そして迅速に知らしめると言う点で、ソーシャルメディアは大きな役割を果たしていますが、この得体のしれない道具に、日常の時間を掠め取られている方が、どれほど多いことでしょう。私自身もブログで情報発信をしているので、全部を否定するものではありませんが、やはり何かが違う、そして依存すれば大切なことを失うように思います。ですので、この先ブログ以外の発信手法をとる予定はありません。

情報発信をしていれば、受け取り手(このブログでは読者)の評価は、多少なりとも気にはなるものですが、私は、「面白いと思えばまた読んで頂けるし、つまらないと思えば一度限りになる」くらいの緩さで、いつも考えています。人の評価に無頓着でいられるというのは、バイク呉服屋ならではの個性かもしれませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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