バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

9月のコーディネート  雪輪の涼しさを、初秋の単衣で

2023.09 26

秋分は、夏から秋へと季節を分ける分水嶺。この日を境に、昼は短く夜は長くなる。確かに最近、日暮れが少し早くなったと思うが、季節が動く気配はほとんど感じられず、暑さが居座ったまま。そのために、各地でヒガンバナの開花が遅れ、お彼岸を彩る真っ赤な花の色は、どこかに隠れてしまっている。

ここのところ毎年、なかなか夏が終わらない。いつから、こんな気候になったのかと気になり、過去の気温を調べてみた。例えば、今から40年前・1983(昭和58)年の東京の9月は、最高気温30℃以上の夏日は8日間。最後の夏日は13日で、お彼岸を迎える頃には急に冷え込み、秋分以降の最高気温は20℃前後。最低気温が、14.9℃という日もある。ところが今月の東京は、夏日はすでに18日を記録し、最低気温が20℃以下の日はまだ二日しか無い。こうして比較すると、いかに夏が暑く、長くなったのかが判る。「暑さ寒さも、彼岸まで」は、もう過去のことになってしまった。

 

今の四季各々の長さを言葉で表現すれば、「はる、なぁ~~つ、あき、ふ~ゆ」になるだろうか。春は3・4月、夏が5~9月、秋は10・11月、冬が12~2月。春と秋がひと月ずつ、夏に組み入れられてしまった感じ。そして短くなった春秋においては、心地よく過ごせる「らしい日」が本当に少ないように思う。ポカポカした陽ざしの中、ついまどろみたくなる春の日や、澄み切った空気の中、つい外歩きをしたくなる秋の日が、一年のうちに一体どのくらいあるだろうか。

こうした季節の変化を受ければ、和の装いも変わらざるを得ないはず。以前から6・9月が単衣への変わり目とされてきたが、今の気候を考えれば、5・10月がそれに当たるだろう。従って、袷の着用は11~4月となる。つまり、一年の半分が単衣と薄モノで、半分が袷。もちろんカジュアルモノには「決め」がないので、装う人が自分で心地よくなれる品物をまとえば、それで良い。裏地の有無を季節ごとに考えることなど、温暖化が進むこの時代には、そぐわなくなっているのかも知れない。

 

そこで、今月のコーディネートなのだが、ここ数年は、単衣のキモノに夏冬双方の帯を合わせる「二刀流コーデ」を、9月の稿で試してきた。けれども、今年は潔く「夏帯だけ」を使って、単衣コーデを考えてみることにした。そしてキモノも、「涼やかさ」をテーマに品物を選んでみた。果たして「秋なのに、まだ夏」という、今の気候に見合う組み合わせになっているか。これから皆様にご覧頂こう。

 

(紋織白鼠地 雪輪雪華文様・飛び柄小紋  白地 菱文様・羅織八寸帯)

文様の中には、自然の現象をモチーフとして使い、意匠化されたものも多い。それは、四季のあるこの国で、折々の自然をそのまま生活に受け入れながら、人々が暮らしてきた証である。雨や風、雪のような天候だけでなく、空に象られる雲の形や、日々に形を変える月の表情、また海や川の波や水の流れも、自然の姿として文様化されてきた。これは、繊細な日本人の美意識があればこそ、生まれたデザインである。

これらの気候文においては、その文様自体が一定の季節を示す、いわば「季語」のような役割を果たしているものが多い。例えば、遠景をぼやかせる現象・霞は、「工」の字型を横に引いたような形で文様化されているが、これを四つ結合したものが「春霞文」であり、それは春を意図した図案として認識されている。また月は、満ち欠けに応じて多彩な形に描かれるが、兎や鹿、秋草などと組み合わせることにより、秋が表現される。このように、自然現象を基にする文様は、常に季節と密接な関係にあり、これをキモノや帯の意匠とすることで、装いに旬をもたらしている。

 

そんな気象文様の中で、異彩を放っている図案がある。それが、雪輪文だ。雪輪の原型はもちろん雪で、その六角形の結晶を図案化したもの。最初に文様化された雪は、葉に雪が降り積もる姿・雪持ち文であったが、江戸期に入って、雪そのものを独立させた文様・雪輪が生まれた。

この文様、雪と言う自然現象に照らせば、もちろん冬を表現するもの。けれども、江戸の粋な人たちは、雪の冷たさ、涼やかさに目を付け、夏の文様として取り上げた。すなわち、雪輪の装いは冬を連想させ、見た目に涼しそうに見えるという訳である。このように、旬とは真逆の装いにあしらわれる文様は、雪輪以外にはお目にかからない。

と言うことで、終わらない夏に相応しい品物として、今日は雪輪と雪華をあしらった小紋を選んでみた。これを使ってどのように涼やかさを演出したのか、これからご紹介していこう。

 

(紋織白鼠地 雪輪・雪華散し文様 小紋加工着尺・松寿苑)

シルバーグレーにも近い、明るい色調の鼠色を地色に使っているので、その色自体が単衣に向いている小紋。細かい菱文を付けた紋織生地で、光の当たり具合で僅かに地紋の表情が覗く。モチーフは雪だけだが、そのデザインは多彩にしてモダン。雪結晶の美しいフォルムが存分に詰め込まれた図案が、反物いっぱいに散りばめてある。

円に凹凸を付けた雪輪そのものを図案とした模様と、六角形の結晶・雪華(せっか)を輪郭にして、その中に模様を入れ込んだ模様とで構成されており、その一つ一つの雪の文様は、丁寧に加工や色挿しが行われている。品物は小紋に当たるが、このように手仕事により模様を加工したものを、特に加工着尺と呼んでいる。

飛び柄小紋なので、誂える時にどのように模様を配置して、全体のバランスをとるかが課題になる。画像は、試しに模様合わせをしたところ。図案の種類は5つで、白抜きの雪輪、小さい雪輪と雪華を重ねたもの、そして違う模様を入れ込んだ三種類の雪華。これを偏りなくキモノの上に散らし、見映えの良い装いにするのが、呉服屋と和裁士の腕の見せ所。では、一つ一つの雪が、どのようなデザインになっているか、見てみよう。

 

丸の中にくぼみを六つ付けた雪輪文。雪輪は、切れ込みの深さや数、丸みの形状などによって、図案に変化が付く。円形といっても、図案の周囲がでこぼこしているのは、葉に降り積もった時の雪の嵩が微妙に違っている「雪持ち」の姿の名残である。この雪輪は、縁取りが鮮やかな水色で、中は白い胡粉の上に銀箔押しで菱文をあしらっている。

こちらは小さな雪輪と、雪華文で覆った手毬のような球を重ねている。毬の雪華も青系濃淡で色挿しされており、模様全体を通して涼しげな印象を残す。

丸文の内部を格天井のように切り分け、中に花菱に似た模様をあしらう。また前後左右に引いた三本の縞を重ねることで、図案が複雑になり、こうした個性的なデザインになった。これも配色は、青系のみ。

六角形の中に小さな雪の結晶を入れた、雪華重ねの図案。間を埋めるのは、大小の三角。真ん中の雪華だけが挿し色を変え、他の6つは同じ。文様として細部まで統一が取れているので、見た目には整った印象を強く受ける小紋になっている。

雪輪を6:4に分けて、片方に花菱文を描き、もう一方は箔で青海波文を付けている。地色が薄い鼠色なので、図案の青水色がはっきりした姿で浮かび上がる。統一の取れた挿し色を施すことは、品物の印象を一定の方向へと導くのに、とても有効な手段。この雪文様小紋が、涼しそうな姿として目に映るのは、こうした工夫があるからだ。

 

誂え終わった雪輪小紋。すでにこの品物は売れてしまっているので、仕立上がった形を画像としてご紹介しよう。模様の間隔が均等になるよう、また同じ図案の重なりを出来るだけ避けるよう、模様配置を工夫してみた。もちろん、単衣小紋として誂えたものだが、これをまだ暑さが残る9月に装うとすれば、どのような帯を合わせたら良いのか。最初にお話したように、今回は夏帯で考えることにしたい。

 

(白地 微塵菱文様 羅八寸帯・北村武資)

網目状の透けた織姿が特徴的な羅織の八寸帯。2年前の7月、ブログで川島織物の手による羅帯を紹介したことがあったが、今日の帯は、1995(平成7)年に羅の技術で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された北村武資氏の作品。捩り織には欠かせない特殊な綜絖装置・振綜(ふるへ)を用いて織られた帯。

地の経糸の他に、左右に捩れながら緯糸と組織する経糸を要することで、織物の表面には隙間が出来る。これが夏薄物に使用する紗・絽・羅の織物組織。その中で最も複雑なのが、この羅織になる。細かい網目状の網捩りと粗い籠目状の籠捩りを併用することで、菱目の文様が織り出される。これを文羅(もんら)と呼ぶが、この帯もその難しい技法を使って、製織されたもの。

織姿を拡大してよく見ると、左右の糸が二本以上絡み合って、複雑な菱の連続模様を構成していることが判る。同じ捩り組織でも、絽や紗とは全く違う優美な織姿。そして、素材の白い絹糸だけで模様を織り成していることが、清楚で爽やかな帯姿を印象付けている。シンプルで控えめだが、上品なことこの上ない。

羅は、中国の漢代に盛んに織られたもので、日本には5世紀頃に伝わってきた。飛鳥後期~天平期のいわゆる「上代」では、代表的な織技法となって、貴族や朝廷役人の冠など様々なものにあしらわれた。しかし複雑な織物で、織手に高い技術が要求されることから、次第に廃れていく。文羅が復元されたのは、昭和になってからのこと。その第一人者が喜多川平朗氏であり、北村武資氏である。そんな羅の歴史的な背景もあってか、この帯には「上代羅」という名前が付いている。

透け目をそのまま利用し、文様とした羅の帯。これを雪文の単衣に合わせると、どうなるのか。果たして、暑さが残る今の季節に相応しい姿となるのか、試すことにしよう。

 

羅帯が純白の織模様だけなので、お太鼓はすっきりとした姿になる。雪輪小紋の地色もかなり薄い鼠色だが、こうして合わせてみると、帯との間にきちんとコントラストが付いていることが見て取れる。白を主体とした着姿の中では、雪模様に色挿しされた青水色が目立つ。それが、涼やかさを際立たせるのに、大いに役立っている。

この羅帯は、細かい隙間を連続させた織姿で、細密な表情を持つ。そのため、お太鼓を作った時に、思うほど透けた感じが出てこない。もちろん盛夏に主役となる帯だが、こんな単衣に合わせても違和感は無い。まして、暑さの続く9月なら、思わず使いたくなる帯になるはず。

前姿はこのように、キモノの地色や模様が隙間から僅かに覗くような見え方になるはず。羅の立体感のある織姿で、少し「よそ行きの装いっぽく」なっているようだ。

帯〆は両端が青で真ん中に白のラインが入る、隙間の目立たない角杉組。帯揚げは紗で、ごく薄い水色をまだらに暈したもの。羅帯には全く色が入らないので、どうしても帯〆の色が着姿のポイントになってくる。いずれにせよ、このキモノと帯では、小物に青系以外を合わせることは難しいだろう。(帯〆・翠嵐工房 帯揚げ・加藤萬)

 

夏でもあり、秋でもある9月。季節を行きつ戻りつするこの季節は、何をどのように着まわすのか、一年の中で一番難しい。単衣と薄物、夏帯と冬帯を、どのように組み合わせるか。その日の気温や湿度、また着用場所や時間によっても変わるだろう。品物の選択肢が多いだけに悩ましいが、それだけに「選び甲斐」もあるというもの。どうか皆様も、狭間の季節のコーデイネートを、悩みつつも存分に楽しんで頂きたいと思う。  最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

今の季節で思いだす歌は、オフコースの「僕の贈り物」。「夏と冬の間に、秋を置きました だから秋は少しだけ 中途半端なのです」で始まる小田和正さんの歌詞には、行き場のない秋という季節の性格が、漂っています。夏の喧騒と冬の静謐の間で、どちらに行こうか戻ろうか、秋はいつも迷っているように思われます。

9月はまだ夏が優勢ですが、11月ともなれば冬の空気に覆われます。そしてそれは、日暮れの早さも手伝って、次第にもの悲しさが募ってくるような気がします。先ほどの歌詞は、「このころは何となく 心さみしくて 知らないうちに誰かと、すきまができたりします」と続き、それで好きな人と別れた人のためにこの歌を送る、と締めくくられています。何とはなしに、別れてしまうのは、秋。確かにそうだと、思わず遠い目になってしまいました。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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