バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

8月のコーディネート(後編) 「縞×縞」を試す  小千谷縮編

2023.08 29

厚生労働省の調査によれば、国民の平均所得は443万円余り。無論、これは手取り額ではなく、各種税金や保険料などを除けば、凡そ360万円ほどに減少し、月ベースでは毎月の収入が30万円を超さない。一昨年、日本政策金融公庫が行った、家庭における教育費負担の実態調査によると、高校入学から大学卒業まで、子ども一人にかかる平均費用は942.5万円。これを年間の在学費用で割り出すと、平均年収家庭では、一年で年収の約15%・65万円かかることになる。進学した学校が公立か私立か、居住地が都会か地方かでも変わるが、いずれにせよ、かなり重い負担になっている。

一方で、現役東大生の家庭の40%強が、平均年収で1000万円を超えており、私立中学に通う子の家庭の年収は、74%が800万円以上。さらに、首都圏の塾に通う費用は、小4~小6の三年間で、250万円以上と試算されている。こうした様々な数字を見ると、子どもの将来が、かなり親の収入に左右されていると、認めざるを得ない。いわゆる「親ガチャ」と呼ぶ、子どもが親を選べない不公平感と、それに続く理不尽な格差が、現代社会に横溢していることは、こうしたことからも明らかである。

 

現代も、一度下のレベルに落ちたら、なかなか元に戻れないと言われているが、階級制度が厳密に決められていた江戸・封建社会では、どの階級に生まれたかで、ほぼ人生が決まっていた。武士はどこまでいっても、特権的な階級から下がらず、農民はいくら働いても農民、商人はどれだけ財力をつけても、地位は上がらない。この時代は階級間に移動がなく、全く競争が働かない固定化した閉塞社会であった。

しかも酷いのは、階級による生活の制限があったこと。幕府が財政再建に取り掛かった寛政・天保の改革以降は、特に質素倹約が叫ばれ、度重なる奢侈禁止令の公布により、庶民が着用できるキモノの色や模様など、極めて厳密に制限された。

 

けれども江戸の町人・庶民達のオシャレへのこだわりは、こうした規制を逆手に取り、新しい色や柄を流行させてしまうほど、バイタリティーにあふれていた。地味な縞柄を、配列や太さを替えて多彩にデザイン化したり、地味な色しか着用出来ない不便さを、一つの色を微妙に変化を付けて、染め出す楽しみに変えた。つまり質素が転じて、粋になったのだ。江戸の「四十八茶・百鼠」とは、この時代、茶系は四十八色、鼠系には百もの色が存在したという意味である。

地味で目立たないことが、逆に粋で大人の渋みを感じさせる。織物や江戸小紋で表現されている現代の「縞モノ」も、この江戸庶民の洒落感覚をしっかりと受け継いでいる。今日は、前回の稿の続きとして「縞×縞」のコーディネートをご覧頂こう。今回は、気軽な夏カジュアルの代表格・小千谷縮を使って試してみよう。

 

縞模様の帯・三点。 左二点は博多献上八寸帯、右は米沢麻角帯。

直線で構成する縞は、縦縞・横縞・格子の三種で、文様の中では最も単純なもの。けれども、一本一本の太さや間隔、組み合わせや配置、そして色の挿し分け方を替えさえすれば、その都度新たな縞柄が生まれてくる。単純であればこその、多様性なのだ。

小千谷縮の中でも、無地モノや縞や格子モノは、ラミー糸を使用して機械機で織りあげているので、価格も廉価で求めやすい。下に衿を付けた襦袢を着用し、夏キモノとして使う。浴衣よりも一つ格を上げたカジュアルモノであり、このスタイルならば躊躇なくレストランで食事をすることが出来る。そして小千谷縮の良いところは、安くとも素材に手抜かりは無く、麻最大の特徴である通気性の良さや速乾性は維持されており、無地でも縞でも、着心地の良さには変わりはないこと。

機械で割と容易く、そして数多く製織できることから、近頃の小千谷無地縮や縞縮には、これまでに無い斬新な色や大胆な模様があしらわれている。色目は優しいパステルカラーから、ビビッドで洋服感覚な蛍光色まで、多種多様。また縞や格子も、規則的な柄ばかりではなく、思い切った太縞やランダムに間隔を空けたもの、さらに反物幅をいっぱいに使った大格子など、目を見張るような柄も見受けられるようになった。このバリエーションの広がりは、手ごろな価格な夏モノとして、多くの人に受け入れられた結果である。それでは、今日の「縞×縞」のコーデをご覧頂こう。

 

赤と緑の子持縞・小千谷縮と、ピンク系濃淡・三献立平献上帯。キモノも帯も、薄物には珍しく、赤やピンクを縞の色に使っている。前回は、涼やかさが基調の縞×縞だったが、今日は可愛さが前に出る若々しい縞×縞。

(白地 両子持縞と中子持縞 小千谷縮・吉新織物)

細縞二本の間に太縞一本が入る両子持縞と、太縞二本の中に細縞二本が入る中子持縞。この二つの縞パターンを交互に付けた、典型的な子持縞(別名・子持大名)の小千谷縮。前回の稿で、この縞柄は博多献上帯の中で、独鈷華皿文と一緒に柄付けされると紹介したが、縞において最もポピュラーな柄の一つである。江戸時代にも大いに流行した縞のようで、当時の代表的な配色は、白紺・茶紺・紺浅葱と江戸の風俗辞典・守貞漫稿に記載されている。

縞の配色をよく見れば、両子持縞は、細縞が緑で太縞が赤。中子持縞は、太縞が墨色と若草色で、細縞は赤と緑と白の三色構造になっている。縮の模様全体を眺めていると、やはり赤の縞が目立つ。小千谷の縞モノでも、赤を配しているものは少なく、それだけに個性的。子持縞は、縞の中でも粋な伝統柄だが、こんな配色を試みるとモダンな縞に生まれ変わる。だから、縞は面白い。

せっかく縮に赤い縞が入っているのだから、この色を生かせるように、少し派手な縞の帯を合わせて、華やかな縞×縞を演出したい。それには、どんな品物が良いだろうか。

 

(白地 三献立平献上 博多八寸名古屋帯・西村織物)

この献上柄は、独鈷一本と華皿二本の三献立。前回の五献立と比べれば、模様の大きさが1.5倍ほどあり、かなり目立つ。柄の中には、上の小千谷縮と同様の子持縞が見える。縞の色目は、ピンクと赤紫が主体で、縞ごとに濃淡で色分けされている。

地が白だけに、ピンクの模様縞が帯の上からきれいに浮き上がる。真ん中の独鈷は薄く、両脇の華皿を濃くすることで、メリハリの利いた模様姿になる。博多献上は、誰にも馴染みのある伝統柄だが、配色の工夫により、若い人にも受け入れられる帯姿になる。ピンクという可愛い色を、ありきたりな模様の中で効果的に使っている。地味なイメージが強い献上帯だが、これなら若い方にもすすめたくなる。

中に四本ある子持縞を見ると、両子持も中子持も、太縞は濃く細縞は薄い。規則性の高い縞を、規則的に色分けすると、このようにすっきりとした模様姿になる。華やかで可愛い色合いだが、それだけではない、キリリとした帯姿を印象付けられる。それも献上という、伝統柄だからだろう。

 

小千谷縮の細い赤縞を、帯合わせに反映させるために、このピンク博多献上を選んだ。ストライプと呼びたくなるモダンな縞キモノだが、白地であるために、涼やかさも残っている。そこにこうした白地の帯を合わせることで、見た目がもっと明るく爽やかに映る。キモノも帯も模様の配色は暖色だが、合わせてみると不思議に暑苦しくならない。

同じ献上帯の合わせでも、前回の五献立柄と比べると、かなりはっきりと前姿に模様が表れる。子持縞に挟まれた鮮やかなピンク色の華皿模様が、着姿を華やかにしている。縞×縞の同系模様重ねだが、特に違和感は無い。

小物は、同じ赤系でも少し抑えた臙脂色を使って、全体を落ち着かせてみた。ここで、帯〆に赤やピンクを使うと、子供っぽく浮いた感じになってしまいそう。モダンな小千谷縞と派手な博多献上という現代的なコーデだが、着姿のどこかに伝統柄の良さも残したいと思う。(レース内記組帯〆 渡敬・暈し蜻蛉模様絽帯揚げ 加藤萬)

 

(墨色地 微塵縞 小千谷縮・杉山織物)

最後に、簡単に男モノで縞×縞を試すことにしよう。そもそも男モノは、無地や縞が主流で、模様の選択肢は少ない。色も黒や紺、茶系が中心で、こちらもバリエーションは多くない。そのため、キモノと帯が縞×縞になることは、女性のコーデとは違って、あまり珍しいことでは無い。

この小千谷縞は、一本がかなり細い上に模様の間隔が狭い。このような縞を、微塵縞(みじんじま)と呼ぶ。これは、江戸小紋の柄で言うところの「万筋」に当たる。よく見ると縞は、黒に近い墨色地の中で、鼠色の濃淡に分けられていて、遠目からでは無地に見える。いかにも男モノらしい、渋い小千谷縞縮だ。

(焦茶微塵縞 ベージュ無地リバーシブル 米沢織麻角帯・近賀織物)

片面が深い茶とベージュの微塵縞で、もう一方がベージュ無地のリバーシブル角帯。米沢で製織した麻素材の帯で、しなやかな風合いを持つ。一般的な博多献上の角帯では、きゅっと締まるのが大きな特徴だが、麻では軽やかな締め心地となる。

微塵縞×微塵縞。墨黒縞のキモノと焦茶縞の帯を合わせると、いかにも粋な男のコーデイネートになる。選択肢が限られる男モノの中では、縞は大切な模様のアイテム。これを色と組み合わせ、着姿でどのような個性を出すのか。それが、腕の見せ所である。

 

二回にわたり、夏のカジュアルモノで「縞×縞」のコーディネートを考えてみたが、如何だっただろうか。単純だからこそ、自由にデザイン出来る縞。庶民の普段着・木綿にあしらわれた数々の縞模様には、どれも織り人の息遣いが聞こえる。今回は献上縞、あるいは子持縞と名前の付いている縞モノを取り上げたが、大多数の縞柄には特別の名前はついていない。

8月が終わるというのに、連日35℃以上の暑さが続く。アイスコットンも小千谷縮も、まだまだ出番がありそう。ぜひ皆様も、多彩な縞のカジュアルを楽しんで頂きたい。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

文様の歴史を辿ってみると、図案ごとにバックボーンとなっている時代があり、その文様を好んだ階級の存在に行き着きます。例えば、有職文様には、国風文化に目覚めた平安貴族の姿があり、名物裂の写しは、日明貿易でもたらされた輸入品を珍重する、室町文化人の顔が思い浮かびます。

そんな中で縞と格子には、地位も持たなければ裕福でもない、市井の人々の日常が見えています。庶民の普段着・木綿にあしらわれた縞だけが、唯一の身近な模様であり、色柄を厳しく制限されていた人々にとって、自由に工夫できる模様だったのです。こうして生まれた数々の名も無き縞柄には、名も無き江戸の町人や農民の遊び心と美意識が詰まっています。上流階級からは決して生まれてこない、小粋な縞モノ。だからこそ、楽しく、いつまでも飽きがこないのだと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1842478
  • 本日の訪問者数:322
  • 昨日の訪問者数:549

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2024 松木呉服店 819529.com