人が生きる上で、どうしても欠かせないのが、ライフラインと呼ばれる設備。電気・水道・ガスに代表されるエネルギーや水、さらに交通や通信に関わる施設が滞りなく維持されなければ、一日足りとて、平穏な日常を送ることが出来ない。思いもよらぬ災害に見舞われた時には、このライフラインの復旧が急がれ、それが復興への第一歩となる。
では、ライフラインの中で最も重要なものは何だろうか。もちろん、どれも絶対に無くてはならないものばかりなので、優先順位は付け難いと思われるが、あえて選ぶとしたら、私は水だと思う。今や生活の基盤となっているスマホだが、これには電源が必要なので、まずは電気と考える方も多いはず。しかし、特殊な場合(人工呼吸器とか透析など、いわゆる電気医療機器で命を繋いでいること)を除けば、電気が無いことによって、直ちに多くの人が、命の危機に瀕するようなことにはならないと思われる。
その点水の枯渇は、命に関わる。厚生労働省では、成人が一日に必要とする水の量の目安を2.5ℓとしているが、これは市販されている大容量の2ℓペットボトル1本では足りない量になる。山の遭難者が食料が無くなり、水だけで何日も命を繋いだ話を聞くことがあるが、これは、飲む水さえあれば、人はある程度生きられることを示している。エネルギー源としての電気やガスには、心許ないが代用出来るものがある。しかし、水に代わるものは何もない。だからこそ、水が重要になってくる。
確かに人は、「水を飲むこと」で生きているのだが、「水に飲まれて」命を落とすこともある。梅雨末期の丁度今頃は、毎年、幾つかの河川が氾濫して大きな被害を出す。溢れた川の水から逃げ遅れ、人が飲まれてしまう。そして、海の水が町を襲い、人も家も根こそぎ流してしまうこともある。東日本大震災の甚大な被害は、その多くが津波、すなわち水の力によるもの。水は人にとって、時として脅威にもなる。命を繋ぎ、そして時に命を絶つ。自然の中に取り込まれている水は、日常の中で当たり前の存在であり、人はそれをほとんど意識してはいない。
日本は、春夏秋冬・四つの季節を持つ「季節の国」であり、人はその時々の変化を日常の中に受け入れながら、生活してきた。だからこそ、自然の移ろいに敏感であり、それを慈しむ心も育まれたのである。そしてこの国の先人たちが、こうした日々変わりゆく自然に対して、特別な美意識を抱いたことが、数々の文様を生み出すことに繋がった。
特に自然現象の文様は、移ろいゆく季節を知らせ、それがその時々の人々の心持の背景にもなってきた。雨、風、雪、霞、雲、月などは、その意匠のあり方によって、様々な季節を表現している。そんな中にあって、水と関わりのある文様には、やはり夏をテーマにしたものが多い。波や流水など、水そのものが主役の文様や、風景文として意匠化されている「水辺の文様」には、どれも涼やかさが意識されている。
そこで今日は7月を迎えるにあたり、水がどのように夏の文様として使われているのか、オムニバス的に品物を紹介するので、その涼やかさを皆様に感じ取って頂きたい。
「さざ波」をテーマとした、加賀友禅の単衣訪問着。作者の中町博志は、モチーフを斬新にデザイン化した画風で、加賀友禅に新たな境地を開いたことで知られている。
文様の中においても、水と関わりのある図案は、かなり古くから用いられている。例えば、縄文中期から晩期の土器には、波を思わせる渦巻文を縄目に形成したものが多く見られるが、これは細紐や撚糸を転がし、あるいは竹へらや貝などを使って簡易に表現したもの。つまりそれは、最も原始的な方法での文様化であった。そしてさらに、弥生期になって大陸から青銅器が伝わると、銅鐸に代表される金属器の表層には様々な文様を描くようになるが、そこで数多く見られたのが、流水文なのである。
狩猟や漁労を主として生活してきた縄文人や、農耕を生活の糧としてきた弥生人にとって、自然事象は生活に直結した、最も重要な関心事であったことに相違ない。だから当然、水に対する意識は高く、それが自然な形で、水文や渦巻文の表現へと繋がっていったと考えられる。
そして水に関わる文様は、時代を経るにつれて意匠化したり、また形を変えつつ文様化していくことになる。古くから出現した流水文などは、四季折々の植物を伴って意匠化されたり、和歌の題材になった川に因む文様が現れたり、また「観世流水」や「光琳流水」のように、独特の図案化した姿で描かれたりと、多様な文様となって表現され、それは現代の染織品のあしらいにまで、脈々と続いている。
それでは、この水や波をテーマにした意匠で、どのように夏の涼やかさを演出しているのか、個別に見ていくことにしよう。なおこの文様の類は、単衣モノや薄物のフォーマル・カジュアル問わずにどちらにも見られるが、それだけ夏の文様として、ポピュラーな証と言えるだろう。
薄グレー地 波頭文様 京友禅絽付下げ・清染居
波にも、穏やかな波、激しい波、泡立って白く見える波など、様々なものがある。文様の写実化が進んだ平安期以降では、風景文の中に波の模様は取り込まれていたが、桃山期頃になると、波だけを単独で取り出し、意匠化されるようになった。この絽の付下げも、水色と青のグラデーションを駆使し、波だけの文様を描き切っている。人間国宝だった上野為二の作風を継ぐ友禅の工房・清染居の作品。
水色地 葦刈文様 京友禅絽付下げ・菱一?
水辺の景色を描いた風景文にも、その描き方によって、異なった文様の名前が付いている。この付下げは、葦と波に漂う苫舟が描かれ、波の中には水鳥と潮汲み籠の姿が見られる。このような文様のことを葦刈(あしかり)と呼ぶ。この文様の名前は、世阿弥の能・芦刈に因むとされている。落ちぶれて葦を売るようになった元夫を、貴族の乳母に出世した元妻が、難波の浜まで訪ねて再会し、復縁するという筋立てで、演目の中では、夫が浜で網を引く場面がある。おそらく文様として、こうした背景が含まれているのだろう。地色が水色で、波は白。そして糸目だけで模様を表す「白上げ」を多く駆使している。かなり前の扱いで、どこから仕入れた品物か失念したが、菱一あたりか。
紅消鼠色 波に青海波と鉄線模様 京友禅絽付下げ・菱一
割付した波の中には、青海波と鉄線に楓を描いた図案が見られる。止まることはない波の形は、様々に図案化され、時にはこの付下げのように、中に別の模様を入れ込んで複合的にあしらわれる。ここまでご覧に入れた四点の訪問着と付下げも、全てモチーフは波なのだが、それぞれに全く図案が違う。波には定型的な形が無いことから、多様な姿が意匠となって生まれる。ただ、図案の中に見える青海波は、ほぼ決まった形で、波文というより幾何学的な文様として、位置付けられるだろう。この同心半円を連ねた特徴的な波形は、江戸中期の漆芸家・青海勘七(せいかいかんしち)が好んで用いたことから、その名前が付いたとされている。
薄グレー地 流水重ねに丸文 京友禅絽訪問着・北秀
上前衽から身頃にかけて、観世水と青海波を重ねたような流水文様をあしらい、その間に八橋文や苫船を描いた丸文を散らしている。挿し色が青と藍に限られているので、それが水の色を強調して、より涼やかさを醸し出している。水辺文を描いた優れた夏の品物を見ると、どれも青という色の使い方が秀でているのが判る。文様と挿し色をどのように相乗させるか、特にフォーマルモノでは、それが重要になる。
白地 立波文様 絽綴れ帯・織屋不明
白地に白と銀、水色だけを使って織り込んだ絽の綴れ帯。この絽綴れと紗袋帯が、フォーマルな夏薄物に合わせる帯として定番で、水に関わる文様は最もポピュラーなもの。キモノのあしらいにはどうしても植物文が多くなるので、帯には花以外の図案を使いたくなる。水系の文様は、コーディネートのバランスを考える上でも重宝であり、その上に涼やかさも映し出せるとなれば、これを使わない手は無いだろう。この帯の波は、激しく涌き立つような姿から、立波(たつなみ)文と呼ばれている。
薄藤色 光琳流水文様 手機紗袋帯・帯屋捨松
大きく湾曲した波が連なり、その所々に渦を巻きながら、水は下に流れ下る。尾形光琳が描き出す水の文様には、大胆な水の流動感が表現されている。代表的な作品・紅白梅図屏風にも、この流麗な水の姿がくまなくあしらわれている。シンプルな図案を、きちんと手機で織る。一見単純にみえる帯姿だが、だからこそすっきりと美しく見える。
黒地 涼韻彩夏文 紗袋帯・龍村美術織物
この龍村帯は、上の捨松帯と対照的に、花の丸文を帯幅一杯に織り出している華やかな意匠。花のメインモチーフ・鉄線が、少し蛍光的なブルーで表現されていて涼しげだが、金糸を多用しているので、夏帯には珍しい豪華さが伺える。波文は観世水っぽいが、花の丸をアシストするように、模様の間で控えめに織り出されている。
白地 鶸色波筬模様 紗博多八寸名古屋帯・西村織物
帯全体に、打ち寄せる波を表現した紗の博多帯。筬(おさ)とは、杼(ひ)に通された緯糸を織前に押し付ける用具のことだが、緯糸を曲げながら打ち込む特殊な筬・波筬(なみおさ)を使うと、こうした波状の織姿が生まれてくる。そしてこの帯の波は、糸に鶸色系濃淡と薄水色を使っているので、より爽やかな姿に仕上がっている。また画像で分かるように、紗の目が細かく、生地に光沢が生まれている。「波」という柄そのものを、特殊な技術で織りあげた面白い帯。
白地 波形鱗模様 能登上布八寸名古屋帯・山崎仁一織工場
最盛期には120軒以上もあった能登上布の織屋も、今やこの山崎織工場一軒だけ。櫛押し捺染やロール捺染で作られる絣模様は、十字蚊絣や亀甲絣。この絣を駆使したキモノや帯には、渋い雰囲気の品物が多い。だがこの大きい斜め鱗の帯図案は、鮮やかな水の色が浮き上がり、とても爽やかでモダン。こうして太鼓にした帯姿を見ると、不思議に波のようにも思えてくる。
水色地 波に千鳥模様 麻九寸型染名古屋帯・竺仙
波との組み合わせと言えば、何を置いても千鳥が定番。千鳥の形は様々だが、大概はこうしてふくよかな姿になっていて、それが特徴的な愛らしい模様となっている。見た目にも涼やかなこの水色帯は、紅梅や小千谷縮など夏の気軽な装いに重宝しそう。
白地 千鳥流水模様 コーマ浴衣・竺仙
浴衣の千鳥流水の水は、上から下へ湾曲しながらあしらわれることが多い。千鳥の形や水の流れ方には様々あり、生地の質や配色を変えながら、毎年染められている。
白地 流水に萩と片輪車模様 コーマ浴衣・竺仙
浴衣にも、流水をあしらた図案が多く見受けられる。定番の千鳥流水のほかに、夏秋の植物や特徴的な器物を一緒にあしらうことも多い。中でも源氏車や片輪車など、いわゆる車輪文様を組み入れることが多いが、これは平安の昔、木製の車輪は乾燥を防ぐために、水の中に浸される風習があったことから、その光景を文様化したのである。
白紺地 龍田川流水模様 綿絽浴衣・新粋染
奈良と大阪の境にそびえる生駒山を源流として、斑鳩地方に流れ込む龍田川。平安期から紅葉の名所として知られ、度々和歌の題材にもなっている。大概模様は、この綿絽浴衣のように、流水の中に楓の葉が落ちて流れ下る姿を描いている。図案は晩秋の風情ではあるものの、浴衣など夏モノにあしらわれることも多い。
藍地 海老に流水模様 弓浜木綿絣・村上絣織物
鳥取県の米子から境港にかけて位置する弓浜半島。ここで織られる弓浜(ゆみはま)絣は、木綿の絵絣で、江戸中期の17世紀後半には、すでに製織が始まっていた。海に近い土地らしく、この絣には「浜絣」の名前も付く。海老や蟹などの魚介類、また貝類などをモチーフにとることもあるが、流水文を一緒にあしらって、夏の文様とすることが多い。この海老と水の図案はとてもユニークで、いかにも山陰の絣らしい意匠。
今日ご紹介した水の文様は、全部で15点。著名作家が手掛けた加賀友禅の訪問着から、素朴な木綿の絣まで、いずれも涼やかさを意識しながら、多様にあしらわれている。流水や波は、絶えず流れ、絶えず押し寄せる。そんな水の姿を受けて、文様はどれも動きのある姿に仕上がり、さらに水の色が入ることで、意匠はより夏らしくなる。
人の命の源でもある水。そして、夏の文様には欠かせない水。どうか皆様も、一度は装いの中に取り入れて頂きたい。フォーマルでもカジュアルでも、キモノや帯の中で、様々にアレンジされる文様には、水に対する日本人の細やかな感情が込められている。
フェールセーフとは、何らかの装置やシステムが故障したときに、安全に動作が止まるように設計されていることですが、つまりそれは、どんなものでも「壊れること」を前提に考えているということになります。
とすれば、我々が毎日当たり前に使っているエネルギーや水のシステムも、「止まることもある」と覚悟しておく必要があります。実際にこれまで何度も、自然災害を受けてライフラインが機能しなくなり、人々の生活に多大な混乱を生じさせました。ですので、普段から「動かない時の備え」、つまり生活の中におけるフェールセーフを考えておかなければなりません。
電気に代用するものは、乾電池で使う懐中電灯やローソク。ガスに代用するものは、ボンベで使う簡易ガスコンロ。では水に対する対策はと言えば、どんな水でも飲料用に出来る「ろ過装置」を置くことになりましょうか。温暖化の影響なのか、このところ世界各地で異常気象が続き、災害がどこで起こるか予想が付きません。難しいことですが、「備えあれば、憂いなし」と心がけ、そして「どんなモノでも壊れないモノは無い」と心得ておきたいものです。私も、今日早速、カメヤマローソクを買って帰ります。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。