バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

繕うことは、善きこと  裂けた生地を着姿から隠し、修復する

2022.12 07

呉服屋が書くブログなので、原稿の中で使う漢字には、どうしても「糸偏」が多くなる。ご承知の通り、経糸に緯糸を交差させると織物が出来上がるが、経も緯も織も全て糸偏である。また、素材や織物組織の名称などはまさに糸偏オンパレードで、絹や綿に始まり、絽や紗や縮緬、そして紬に絣に綴に紐と、店で扱う品物のほとんどには、糸偏が付く。

そして、染や織の作業過程や技法の名前も糸偏ばかりだ。例えば、繰る(くる)とは、糸を巻き取ることを意味し、績む(うむ)とは、素材となる植物原料を撚り合わせて繋ぎ、糸にする工程。紡ぐ(つむぐ)も、これと同じ意味である。また、縒る(よる)は、撚ると同義で捻ることを意味し、生地の種類や用途により縒り方を変える。

また色の名前にも、糸偏が見える。紅は、この色を生み出す植物・紅花に基づく名称であり、同じ赤系の緋は、火のような鮮烈な赤を意味する。この色で染めた皮の縅(おどし=鎧の様式)が緋縅(ひおどし)で、平安後期から鎌倉期にかけては、茜で染めた緋色の鎧が数多く作られていた。

 

糸は全ての布の原料であり、繋いだり、結んだり、括ったりしながら、使われていく。この糸の姿を、人と人との出会いや別れ、そして関わりに擬えて、言葉として使う。縁や結などがそれに当たり、継なども同じ範疇に入るだろう。また面白いのは、物事の始まりを意味する緒や、終わりを示す終に、糸偏を使っていること。これは、紡いだ糸の節目を意味するのだろうか。漢字は、様々な要素を持つ部首や偏によって組み立てられているが、その内容を見ると、字が持つ意味の背景が浮かび上がり、実に興味深い。

そこで今日は、数ある糸偏の中で、横に善を置いた「繕」に注目して話を進めたい。繕う(つくろう)とは、修繕するとか直すという意味を持つ。おそらくはこの漢字に、「直すことは、善きこと」と捉えた心情が含まれていると、バイク呉服屋は思う。それでは、善き繕い仕事とはいかなるものであるか、これからご紹介することにしよう。

 

今回お客様から依頼を受けて、繕いを施した藍地の横双大島紬

日常の中の繕い仕事と言えば、ズボンのほころびを直したり、とれかかったシャツのボタンを修復したりすることが思い浮かぶ。いずれにしろ、針と糸を駆使する直しであり、それは何らかの原因で起こってしまった、生地の損傷を修復する作業になる。

呉服屋が受ける悉皆仕事は様々あるが、「繕い仕事」を依頼されることは、それほど多くない。針を持つ和裁士が施す直しは、やはり寸法直しが中心であり、布の穴を塞ぐケースは稀である。但し、縫った箇所の糸がほころびて、生地が外れてしまうことは珍しくない。例えば、腰からお尻の辺りの背縫いは、座ろうとした時に力が入ると、縫い目が綻びることがある。また、袂をドアノブに引っ掛けた時など、慌てて外そうとすると、袖付けや身八つ口の生地の端を切ってしまうことがある。こうした時の修復が、和裁士の繕いの範疇に入るだろうか。

だが、生地そのものに穴が開いてしまったり、裂けてしまうことも、無い訳では無い。かなり昔だが、振袖の袖を自転車の前かごに引っ掛け、気づかずに引っ張ってしまって、生地をかぎ裂きにしてしまった方がおられた。キモノに不慣れな若い人が、長い袖の振袖を着用したことによる偶発的な損傷である。今日ご紹介する繕い仕事も、着用されていた方が思ってもみないことで、起こってしまった生地の傷みであり、それだけにショックも大きかった。では、この品物と繕いの様子をお話していこう。

 

生地が横に裂けてしまった大島紬。場所は、後身頃の帯位置のやや上あたりで、背の中心からは僅かに左。遠目からでも、はっきりと損傷が判る。

今回の繕いを依頼された方は、以前から懇意にして頂いているお茶のお師匠さん。私よりかなり若い方だが、明るく優しい人柄もあって、若いお弟子さんを多く抱えている方。秋口に来店された際に、持参されたのがこの紬のキモノであった。

「こんなに酷いことになってしまい、もうキモノとしては使えませんよね」と、最初はほとんど修復を諦められていた。生地が裂けたのは、茶花を庭に取りに行った際に、枝を引っ掛けてしまったことが原因。この紬はお母さまから譲られたキモノで、軽くて動きやすく、お稽古の時によく着用していると話す。思い入れのある品物なので、キモノでは駄目でも、他の品物として誂え直すことができないかと考え、相談に来られた。

現実にこうしたキモノの状態を見れば、もう駄目と思われるのも無理はない。けれども、キモノの構造を考えれば、再びキモノとして着用出来るように修復できるのだ。キーワードは、「隠す」。着姿から隠れる位置に破れた箇所を移し、そこで繕いを施す。洋服では考えられない、和服ならでの繕いの工夫を、これから具体的に説明しよう。

 

裂けた生地巾は、1寸5分(約6cm)。10本ほど糸が浮いて、裏地が覗いている。

通常、穴があいたり裂けた生地を修復する場合、掛接ぎ(かけはぎ)という方法を採る。掛接ぎには幾つか方法があるが、一般的には、生地の共糸を織り込んでいく方法と、生地の共布で傷穴を塞ぐ方法。特に、経糸と緯糸を一本ずつ織り込む掛接ぎは、高い技術力が求められると同時に手間もかかり、当然その分の費用もかなり掛かってしまう。布で塞ぐ方法は、これに比べて平易だが、生地質や傷の大きさによっては、修復した箇所が目立ってしまうことがある。

画像のように、このキモノ、横に長く裂けて、上下の糸も浮きあがっている。きっちり修復するとなれば、同じ糸で同様に織らなければならないが、模様の所が傷んでいることや、その幅が大きいことなどを考えれば、この方法は難しい。かといって、布で穴を塞ごうとすれば、可能かも知れないが、傷の跡が残る可能性を否定できない。つまり、掛接ぎだけでは解決されないために、視点を変えて考える必要性が出てくるのだ。

 

そこで目を付けるのが、キモノの構造。キモノの身頃は、前身頃(上前・下前)と後身頃で構成されている。このうち着姿として出てくるのは、前から見える上前身頃と後姿の後身頃で、下前身頃だけは隠れてしまう。この目に触れることのない下前に、裂けてしまった後身頃の布を移すことが出来れば、思うような修復が出来なくとも、とりあえず、傷を見せずに着用することが出来る。

身頃の生地は二枚で、一枚は上前と後身頃が繋がり、もう一枚は下前と後身頃が繋がる。この紬の傷んだ場所は後身頃にあり、この生地は上前と繋がっている。なので、身頃を一度全て解いて、身頃生地の上前と下前を入れ替えれば、それで不具合は目に入らなくなる。寸法を直す必要は無いので、スジ消しをして縫い跡を消す必要は無く、切り替えた身頃は、単純に元の縫い目にそって縫い直せば良い。これは、和裁士のところワンストップで、完結できる手直しである。

ただこうした身頃の切り替えは、この紬のように模様がランダムに広がる総柄的な品物か、模様の全く無い無地モノに限られる。予め模様位置が決まっていない紬や小紋、無地ならば可能だが、訪問着や付下げ、その他のフォーマル絵羽モノのように、最初から柄合わせが施してある品物は、身頃を勝手に切り替えると、模様がとんでもないところへ出てしまうので、このような芸当は出来ない。

またこの品物は紬なので、表裏どちらを使っても良く、汚れ方によっては生地をひっくり返して、使うことも可能だ。生地の状態を見ながら、ある時は上前と下前を入れ替え、ある時は表裏を反対にして誂え直す。このような「隠す施し」は、身頃だけではなく、衿の本衿と掛け衿を切り替えて使うことも同様であり、今回のような生地が裂けて修復が難しいケースだけでなく、シミ汚れが取れない時や、色ヤケがきれいに治らない時などにも使う。

 

裂けた場所は、後身頃から下前衽のすぐ横の下前身頃に置き換わった。だが、着姿からは見えない場所に移したと言っても、裂けたままの状態で放置する訳にはいかない。そこで、生地の穴を共布で塞ぐ掛接ぎ・刺しこみ技法を使って、繕い=修復を試みる。

上の画像では、穴の開いたところに赤い絣模様が見えるが、これは表と同じ布を裏から埋め込んで直している。もちろんこのキモノに残り布は無いので、本衿から少し生地を拝借して付けている。少し前に胴ハギをしてキモノを誂え直した話をしたが、この時も本衿の生地を切り取って、衽に接ぎ入れている。共布が必要な時には、キモノの中から探して使うことが出来る。これも隠れた工夫の一つと言えるだろう。

 

最終的には、前姿からも後姿からも生地の傷は見えず、これまで通りキモノとして着用できるようになった。身頃二枚、衿二枚、袖二枚、衽二枚。僅か八枚の直線裁ちの布で構成されている、極めて単純なキモノの構造。裏を返せば、この単純さ故に修復が可能になり、品物を蘇らせることが出来る。そして洋服とは違い、構造として着姿から隠れる箇所を持つことが、不可能を可能にしてしまうのだ。

キモノは着用している間には、生地が破けたり、ひどい汚れが付いたり、変色してしまったりと、様々なトラブルが起こる。呉服屋はその都度、それに対応できる最も良い方法を探して、手直しを施す。修復困難と思える不具合も、職人と共に知恵を絞り、経験に照らし合わせながら、ギリギリまで直す方策を考える。こうした仕事の向き合い方は、専門店にどうしても求められること。そして、お客様が着用を諦めていた品物が蘇れば、依頼された側の店の者や直接手を施した職人にとっても、大きな喜びとなる。

 

お客様が「どうしても直したい品物」には、やはり特別な思い入れがあります。ただそれは直ることもあれば、もちろん不可能なこともあるでしょう。けれども、着用したい気持ちに寄り添い、誠実に対処する事は、呉服の仕事に携る者の基本。「繕うことは、善きこと」と意識して、これからも出来る限り丁寧に、お客様からの悉皆の相談に臨みたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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