バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

身丈の足りないキモノを、胴ハギをして誂え直す (前編・計画編)

2022.10 04

呉服に関わっている者なら、「悉皆(しっかい)」という言葉の意味は、誰しもが当たり前に理解できるだろう。一般消費者でも、キモノに少し馴染みのある方なら、これが直し仕事全般を指していると判っている。悉皆と一口にいっても、仕事の内容は多岐にわたり、それぞれの加工現場には専門の職人が存在する。分業たる染織の仕事は、作り手も直し手も細分化されていて、それぞれの技術は特殊であり、おいそれと他の者が代行出来るような仕事の内容にはなっていない。

呉服における悉皆仕事は、キモノの汚れや色ヤケを直す染色補正士(一般的にはしみぬき屋さんと呼ばれる)や、紋に関わる仕事を請け負う紋章上絵師、キモノを誂える前に反物の糊気を抜いたり、仮絵羽を解いて整理をする湯熨し・湯通し職人、キモノ地色を替える時に、元の色を抜いて色を掛けかえる色抜き、色染め職人、絞り加工の品物の幅を広げる幅出しや、縮など麻モノの生地を予め詰めて置く水通しは、湯熨し屋さんや洗張屋さんが兼業することもある。そして品物を誂えたり、寸法直しをする和裁士の仕事も、当然悉皆の中に含まれる。

このような加工全般を請け負う「悉皆屋」は、江戸期の大阪で生まれているが、当時は染色から染直し、洗張り、湯熨しなど、染織に関わることを一軒の悉皆屋が全て請け負い、これを京都の業者のところに依頼して、口銭を取った。現在、呉服屋が請け負う手直しの仕事・悉皆も、消費者と加工職人の間を仲介することは、江戸の昔と何ら変わりはない。なお悉皆屋には、もう一つ意味があり、友禅を製作する問屋の仕事を実際に請け負う、いわば職人集団を束ねるメーカーの代表者のことを指す。つまりそれは、モノ作りのプロデューサーに当たり、「染匠」という名前で呼ばれることもある。

 

今日の稿で取り上げる「悉皆」は、もちろん手直しに関わる加工仕事だが、そもそもこの語句を構成している「悉」も「皆」も、つぶさにとか極めるといった意味を持つ。考えてみれば、直すことは品物を再生させることであり、仲介者が各々の職人の技術を「つぶさに精通」していなければ、請け負うことが難しい。

直しを依頼されるお客様の希望を聞き、それを職人の技と照らし合わせて、どのように品物に反映するか。これもある意味で、プロデューサー的な仕事と言えよう。ただ、難しい依頼であればあるほど、知恵と知見が求められ、それは呉服屋としてどれだけ悉皆の経験を積んできたかで、決まる。職人各々の技術を理解し、誰にどのような依頼をすれば、最も良い成果が出るか。そしてそれは、直しの出来映えだけでなく、お客様が払う代金を出来る限り抑えることにも、心を払う必要がある。であるから、悉皆は到底一筋縄では行かず、これこそが呉服屋としての技量が試される仕事になる。

そこで今日から二回、最近請け負った難しい悉皆の様子をご覧頂こうと思う。内容は、「身丈寸法の足りないキモノに、胴ハギを施して誂え直す仕事」である。どのように計画を立てて、どのような手順で、そしてどのように工夫を施したのか。仲介者であるバイク呉服屋と、技術者である悉皆職人の仕事ぶりとその出来映えを見て頂くことにする。まず今回は「計画編」として、直しに手を付ける前段階の仕事について、話を進めることにしたい。

 

今回誂え直しの依頼を受けたキモノ・立湧絞り小紋

キモノの寸法直しの中で、一番悩ましいのが身丈直しであろう。裄直し場合は、どのキモノにも袖付と肩付の中に多少の縫込みがあり、寸法通りとは行かないまでも、ある程度は大きくすることが出来る。また身巾は、凡そ9寸5分以上ある反モノ巾より、寸法が大きくなることは考えられないので、いかようにも直すことが出来る。そして袖丈だが、この長さが広がるか否かは、縫込み次第である。

この各部分の寸法は、たとえ希望通りの寸法にはならなくとも、何とか着用することは可能だ。しかし身丈だけは、寸法が足りないことが、即ち着用出来ないことに繋がってしまう。日本人の体格は、ひと世代前と比べれば、随分大きくなった。特に女性の場合、身丈寸法と密接な関係がある身長が、昭和の頃と比べて平均6センチも伸びている。この身長差が、譲り受けた品物を直す時に、大きな壁となっているのだ。

例えば、150cmの母親のキモノを、165cmの娘さんが受け継いで着用する場合には、15cmもの差がある着丈を修復しなければならない。寸法を考えれば、母親の身丈は4尺程度で、娘は4尺3寸5分~4寸ほどは必要になる。誂え直しの場合は、この4寸をどのように埋めるかが、最大の課題。もし、どうしても身丈が出ないとなれば、それは先述したように「キモノとして使えないこと」になる。

 

新しい品物を誂える場合、大概身丈の中には「上げ」を施す。それは、現状より大きい人が着用することを想定した、いわば「将来を見越した準備」に当たる。この上げの長さは、およそ2寸~2寸5分ほどで、中には1寸程度しか入っていないこともある。これは、元々の反物の長さの違いや、誂える人の身丈の大きさによっても違ってくる。中上げに入る部分は、いわば余り布であり、誂える人の寸法に対して生地に余裕が無ければ、上げ分には回ってこない。

なので当然、着丈を伸ばそうとする時にまず目をつけるのは、この中上げになる。ここにどのくらい入っているかで、出せる長さが変わり、それにより着用の可否も決まってくる。但し、着手の寸法通りにならなくても、2寸程度までの短さならば、使うことは可能だろう。紐を下に締めることで、おはしょりを調節出来るからで、こうした着方の工夫が寸法差を埋める大きな方策になる。

 

けれども、中上げにほとんど生地が入っていない場合や、極端に寸法差がある場合には、簡単なことでは直せない。その時に使う方法が、身丈の中に生地を接ぎ入れる「胴ハギ」である。これは強引に丈を長くしてしまう究極の手段だが、接ぎ入れる布の長さには、自ずと制限が掛かる。何故なら、接いだところが着姿から見えてはならず、必ず帯の下かおはしょりの中に入っていなければならないからだ。帯の前巾は4寸~4寸2分、おはしょりの長さは長くても2寸程度。だから接ぎは、この範囲の中で納めなければならない。

つまり胴ハギをする時は、長さと接ぎを入れる位置を、十分に勘案する必要が生じる。そうでないと、たとえ丈は長く出来ても、不格好な姿になってしまうからだ。そして、接ぎに使う生地にも注意を払わなければならない。理想は「共生地」。つまり直すキモノと同じ生地で、中上げには入らずとも、残り布があるのならそれを使う。しかし共布が何も無ければ、違う生地を当てなければならず、大抵は、色や生地質の似た布を探して使うことになる。

かように、胴ハギを使った身丈直しは難しいことが多く、様々な誂え直しの中でも、特に慎重さが求められる仕事になる。そこで今回依頼された茜染絞り小紋だが、着用出来る寸法にするには、どうしても「胴ハギ」を使わなければならなかった。では、どのような過程を辿って「着用できるキモノ」としたのか。これから順を追ってお話することにしよう。

 

どのような直しでも、品物を預かってまず最初にすることは、現状を確認すること。特に寸法を直す場合は、現在どのような寸法になっているか、各々の箇所をきちんと測らなければならない。解いて洗張りをして、全面的に寸法を変えて誂え直すような場合は、さらに入念に尺差しを当てる。

そして寸法を測りながら、どこにどれだけ余り生地を縫い込んであるかを、確認する。この縫込みの長短で、大きく出来る寸法の範囲が変わるので、手で触りながら入念に生地の入り方を確かめる。身頃は中上げの縫込み、袖は袖下の縫込み、そして袖付と肩付に入っている縫込み。この縫込みの有無は、身頃は身丈の、袖下は袖丈の、袖付肩付は裄の「出せる寸法範囲」に直結する。だから、ここの長さが判っていないと、最終的な寸法が割り出せない。それでは、この小紋の現状はどのようになっているのか、まず測ってみよう。ここが「リニューアル計画」の出発点である。

 

中上げを入れる場所は、帯の下に入る部分。およそ、肩ヤマから1尺1寸前後下がった辺り。当然上げは身頃だけでなく、衽にも入れておく。

測ったこの小紋の現状寸法は、身丈が3尺9寸、裄が1尺6寸5分、袖丈が1尺4寸5分。中上げ・縫込みは、身丈で1寸、袖付肩付で1寸2分、袖丈で5分。一方誂え直しを依頼されたお客様の寸法は、身丈が4尺3寸5分、裄が1尺8寸、袖丈が1尺3寸。

現状と直すべき寸法を比較すると、かなりの違いがある。特に身丈の差は4寸5分(約17cm)と大きく、裄も1寸5分(6cm程度)短い。ただ袖丈は、逆に1寸5分長くなっている。裄は、縫込みを出せば何とか寸法に近づき、袖丈は、詰めれば良いだけ。そこで問題になるのは、身丈である。ただお客様からは、本来の身丈寸法・4尺3寸5分にならずとも、4尺2寸ほどに出来れば、十分着用が可能とお聞きしている。そのため、現状から3寸(11cm)長く出来ればそれで良いことになる。ただ、中上げには1寸(4cm弱)しか布が入っていないので、これを出すだけでは着用寸法にはならない。

 

こうして、身丈に十分な長さを持たせるためには、接ぎを入れる他に選択肢がないことが判明した。そこで問題は、接ぎに何を使うかである。先述したように、直す生地と同じものが残っていれば、見映えから考えても一番良いが、それが無いとなれば、このキモノに見合う別生地を探さなければならない。残念ながら、この小紋には残布は無い。

この状況を考えれば、別生地を使うしかないと思われるが、実は現状のキモノの中には、まだ使える生地が縫い込まれている。それはどこかと言えば、1尺4寸5分と長くなっている袖。この袖を1尺3寸に詰めた時、1寸5分の余りが出来る。そして袖の中にはさらに5分の縫込みがあるので、これを足すと2寸。このキモノを預かる時、「袖が長いので、残り生地が何かに使えれば」とお客様が話されていたが、まさにこの長袖が生きたのである。

 

ただ、袖の余り生地だけでは、全ての接ぎ分にはならない。左右両袖で計4枚分の布は、身頃の上前下前4枚分に当てる。しかしこれでは、衽の分が無い。だが見た目を考えれば、全部同じ生地でと考えるのが自然。そこで目を付けたのが、衿である。

ご承知の通り、キモノの衿は本衿(地衿とも言う)の上に掛衿が掛かる構造。掛衿は2尺5、6寸で、本衿は5尺5寸。本衿は掛け衿の下にあるので、当然着姿から全体は見えない。この「見えていない本衿の布」が、使えるのだ。見えない本衿の長さは3尺ほどで、衽のハギとして必要なのは、上前下前合わせて5寸ほど。長さ的には、問題は無い。そして切ってしまった本衿は、別布を接いで長さを元に修復しておく。表からは見えないので、ここに別生地を使うことに躊躇は無い。そして何よりなのは、衿と衽の幅が同じこと。キモノを裁つときには、衿と衽を同じ長さで裁ち、反幅を半分に分ける。だから、隠れた衿を衽の接ぎ生地として使うことは、理にかなっているのである。

 

洗張りを終えて戻ってきた小紋。八掛・胴裏は共に状態が良かったので、新しくはせずに、元の裏を洗ってそのまま使う。

さて、こうして胴ハギの計画が整ったところで、小紋を解き、洗張りに廻す。請け負う職人は、東京・人形町「太田屋」の四代目洗張り職人・加藤くん。バイク呉服屋より一回りほど若いが、その丁寧な品物扱いには、信頼がおける。約一か月ですっかりきれいになり、ハヌイをした状態で店に戻ってきた。次はいよいよ、胴ハギをして誂え直す和裁士の仕事。担当するのは、この道40年のベテラン・保坂さん。どのような工夫をして、キモノを再生させたのか。その仕事ぶりは、次回の稿とさせて頂こう。

 

悉皆の仕事で重要なことは、何と言っても「話す」ことではないでしょうか。依頼者であるお客様から、どこで着用し、どのように直したいのか。それを聞くことが仕事の始まりになります。いつも感じることですが、お客様が直そうとする品物には、「どうしても直したい理由」があります。それは、着用していた方への思い入れであり、使ってきた品物への愛着でもありましょう。この依頼する方の「深い思い」を知れば、自ずと私も「何とかしなければ」という気持ちが湧き上がります。

そして、このお客様の「直したい気持ち」を、実際に品物に手を入れる職人さんにも伝えます。何も話さずとも、職人さんは、「より良い状態で、長く品物を使って欲しい」と考えながら常に仕事に臨んでいますので、仲介者である私からお客様の話を聞けば、なおモチベーションが上がります。

こうして「話す」ことにより、依頼者であるお客様、仲介者であるバイク呉服屋、そして実際に品物に手を掛ける職人さんの間で、良い品物に誂え直そうとする一体感が生まれます。これこそが、悉皆仕事の原動力になるのです。リアルに人と人とがじっくりと向き合って話すこと。この意識が無くしては、決して良い結果は生まれないでしょう。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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