きちんと映画館へ足を運んで、上映されている作品を見たのはいつのことだったか。その時何を見たのかも覚えていないので、相当以前のことに違いない。娯楽の少ない昭和の時代は、話題作は封切りを待ちかねて、多くの人が映画館に駆け付けたものだが、そんな時代も、もはや相当に過去のこととなった。
平成の時代は、映画館へ行かずとも、少し待てばレンタルショップにビデオやDVDが並んだが、令和になると、インターネットを利用したNetFlixなるものが普及し、手軽なひと月の定額料金で映画やドラマ、アニメなどが見放題になっている。結果として、映画館もレンタルビデオ店も世の中の趨勢には逆らえず、斜陽の一途を辿っている。
我々が学生だった70年代には、ロードショーで見逃した映画は、各地に存在していた名画座で少し遅れて鑑賞することが出来た。この名画座と言うのは、旧作品を上映する映画館のことで、ロードショーが終わって時間が経過した映画を、二本三本とまとめて、格安な値段で上映していた。ここは金の無い貧乏学生にとって、話題作をまとめて鑑賞できる有難い映画館だった。
名画座では、旧作品だけでなく、テーマ別に作品を揃えて上映するところも多かった。諸外国の話題作に特化したり、製作会社のシリーズモノをまとめて上映したりと、それぞれの映画館ごとに、趣向をこらしたラインナップで集客していた。
こうした名画座に限らず、昔の映画館興行は、二本あるいは三本立ての興行が多かった気がするが、最近はあまり聞かない。例えば、山口百恵や松田聖子など昭和のアイドルが主役の東宝系映画は、必ず二本立てだったし、任侠映画を得意とする東映系では、網走番外地と昭和残侠伝、それに緋牡丹博徒を三本まとめて上映するような名画座もあった。この場合スクリーンは、数時間の間ほぼ血の海ということになるのだろう。また同じ東映系でも、春休みや夏休みには東映まんが祭りと称して、こども向け漫画を一挙五本立てで上映することもあった。バイク呉服屋も、娘たちが小さい頃に連れて行った記憶があるが、どれも30分ほどの短編で、子どもを飽きさせないように作られていた。
さて話の前振りとして、何故三本立て映画の話をしたかと言うと、今月のコーディネートでは、一枚の付下げに対して三本の帯を用意する・三本立コーデを試みようと思ったから。無理強引なこじつけで申し訳ないが、キモノを単衣に誂えた時の夏帯を使った合わせ、冬帯を使う合わせ、そして袷に誂えた時の冬帯合わせと、帯三本立て・三通りのコーディネートを、これからご覧頂くことにしよう。
話が長くなりそうなので、今回はまず、単衣仕立のキモノに夏帯を合わせた装いを考えてみたい。そして次回に、単衣の場合と袷の場合に分けて、それぞれ違う冬袋帯を選ぶことにする。では、名画座ならぬバイク呉服屋で、三本立て帯合わせを始めてみよう。
(鴇浅葱色 正倉院宝飾文様・付下げ 胡桃色 霞暈し模様・絽綴れ帯)
ここ何年か9月のコーディネートとして、単衣のキモノに夏冬双方の帯を使った、季節の狭間ならではの複数の組み合わせをご紹介してきた。この時期に使う帯は、その日の気温や湿度、また着用する場所や時間によっても変わって来るので、夏帯冬帯どちらかを特定することが難しい。カジュアルモノはあまり深く悩まずに、自分の思うがままに、帯合わせをすれば良いのだが、フォーマルモノになると、どうしても正解を求めたくなる。これは、これまでのしきたりや人の目を意識してのことであろう。
しかし、6月と9月が単衣で7、8月が薄物という、単純な月ごとの決めは、現在の気候状況を考えれば、すでにかなり無理がある。例えば単衣に関しては、ゴールデンウイークが明ける5月上旬には、使い始めても良いだろうし、10月半ばでも25℃以上の夏日があるので、この辺りまでは着用したい。そして絽や紗、麻などの薄物に関しては、6月中旬~9月中旬くらいが目途になりそうだ。
何より、装う人が心地よく着用できること。当然これを最優先に考えるべきで、もういい加減、この時期にはこの装いという固定観念は、取り払って然るべきである。誰だって、この月は半袖、この月からはノースリーブも可能、などと決めつけられたら、そんなこと自分で決めると怒り出すだろう。この当たり前のことが、これまで和装では制限されていたのである。
今回コーディネートを考えるのは、付下げの装い。フォーマルな場面を想定しながら、三通りの帯を考えることにする。微妙な季節をどのように勘案するかは難しいが、相応しい品物を各々に選んでみたい。
(一越ちりめん 鴇浅葱色 正倉院唐花宝飾文様 京友禅付下げ・松寿苑)
今回、三本の帯を合わせるキモノとして選んだのは、上品な薄色の付下げ。模様もほぼ相互に繋がりの無い、丸みを帯びた宝飾文を散らす。フォーマルモノではあるが、それほど仰々しさを感じさせず、モダンな印象を受ける。地色は暖色系であるものの、憂いのある薄地色なので、単衣として誂えても違和感は無い。無論袷としても着用出来る。
地色とした「鴇浅葱(ときあさぎ)色」は、朱鷺の羽色・鴇色の淡い紅色の中に、薄藍の浅葱色を僅かに含ませた色の気配。見たところは、灰色味のあるピンク色であり、灰桜色にも近い気がする。こうしたくぐもった地色は、何か含みを持たせたような曖昧さが、色の特徴となる。それが、品物に上品な印象をもたらしているように思える。
着姿のメインとなる上前衽と身頃には、五つの唐花宝飾文があしらわれている。どの図案も基本の輪郭は丸文で、鏡や円形花文のデザイン。パステル色が中心の模様配色は、地色と相まって、全体に優しい雰囲気をもたらす。こうして見ると、図案一つ一つは小さくはないのだが、控えめな印象が強い。
六弁の花を三重に重ねた、典型的な唐花文。挿し色が浅く、地色の中に埋没しそう。
五枚の葉っぱを丸めて円を作り、蔓を繋げた唐草を巻き付けている。蔓草は糸目だけで表現されているので、すっきりとした図案になっている。
こちらは、四枚の蔓草で構成された縁の中に、三枚の花弁を一組とする花を四枚並べ、中心に小さな四弁花を置いた図案。宝飾的な鏡のようにも見えるが、放射状に花弁を重ねる唐花文の場合、構成している花弁の数は四・六・八など、偶数であることが多い。
衽との境には、二つの図案。画像からも判るように、上の図案は花菱文で、下の図案は七宝文をアレンジしたもの。正倉院的でありながら、有職文も取り込んだ折衷型の文様と言えよう。この付下げを構成する模様は、この五つの丸文。袖には、大きめな六弁花と蔓草の二つ、胸には、小さめの六弁花と七宝文が描かれている。何れも模様が独立していて、それほどインパクトが出ていない。
今回主役として選んだ正倉院装飾文の付下げ、映画で言えばこれが主役・ヒロインに当たる。ではどのような帯を合わせれば、主役を引き立たせることが出来るか。これから、帯を三本立てで考えてみることにする。まずは、キモノを単衣に誂えた時の想定。9月の上・中旬あたり、まだ暑さの残る日の装いを、夏帯で軽やかに演出してみよう。
(胡桃色地 杏色霞ぼかし 紋絽綴れ帯・川島織物)
綴れ帯となると、紋図を使わず、爪先で一本ずつ糸を掻き寄せて文様を織りなす「爪掻綴れ」を思い起こすが、綴れには、この爪綴れを織る織機・綴織織機を使うものと、通常の帯と同様に、紋図を使ってジャガード機で織る「紋綴れ」がある。手が掛かって高価なのは、当然爪掻きの方で一本ずつしか織れないが、紋綴れは紋図があるので量産できる。この帯も紋綴れだが、手機でしか織れないので、それなりに手間はかかる。
この絽綴れは織模様ではなく、単純な織糸のグラデーションが「霞」のようになって、帯面に表れている。ほぼ無地感覚に近い帯姿だけに、目立つことなくキモノに寄り添う感じで、装うことが出来る。薄い胡桃色の地に対して、霞は薄い杏のような色。色の差があまり無く、変化には乏しい。だがこの存在感の薄さが、キモノを引きたてる要素にもなり得る。
拡大すると、絽目の間隔がよく判る。大きい方は4分、小さい方は2分間隔を空けて、絽を通している。こうして織りなされる規則的な横段が、帯の表情として出てくる。
決して目立つことのないこの絽綴れが、宝飾文付下げと合わせた時に、どのような効果を生み出すのか。そして、帯を強調しない、さりげない着姿を演出することが出来るだろうか、試すことにしよう。
絽綴れ帯を、丸巻のままキモノの上に置いて見ると、色が重なり、帯の暈しがぼやけて見える。薄地同士の合わせは、インパクトに欠ける。しかしながら、着姿を通して「優しさ」を醸し出す。この付下げのおとなしい雰囲気、そしてまだ暑い9月初旬に単衣で装うことを考えれば、目立たない夏帯でさりげなく装う方が、似つかわしく思える。
お太鼓を作って、模様合わせをした付下げの上に置いてみた。単衣の時期だと、キモノも帯も寒色系を使いたくなるが、暖色基調の品物でも、使い方によってそれほど暑苦しくはならない。こうして見ると、すっきりとした着姿が目に浮かぶのだが。
前姿も、極めてシンプル。お太鼓も前も、帯の見え方は同じ。大概、帯模様の出方が前と後では異なるので、見る位置によって印象が異なるのだが、この組み合わせの場合、どこからみても同じ印象が残る。無地感覚の帯ならではの、着姿の映り方。
合わせる小物の色も、下手に違う色を使うと、全体の雰囲気が壊れてしまうので、同色のピンク系を使う。帯〆の色で、あえて着姿を引き締める必要はなく、あくまで全体を一つの色でまとめることが大切。小物の色は、最後に装いを決める重要な要素。キモノや帯とどのようにバランスを取るのか、いつも悩ましい。(高麗組夏帯〆・龍工房 絽暈し帯揚げ・加藤萬)
三本立ての帯合わせの最初として、夏帯で単衣合わせを試みたが、如何だっただろうか。フォーマルの場合、何時、何処で、どのような立場で列席するかで、装いが変わってくる。さらに、そこに自分の好みや個性をどう生かして、着姿に反映させるか。コーディネートにおいて、カジュアルとの違いは、やはり人の目を意識すること、場の空気を意識することかと思う。
次回は、単衣に冬の袋帯を選ぶ場合、そして袷に誂えた時に選ぶ帯を考えて、一枚のキモノに帯三本立てのコーディネート完結させてみよう。なお冬帯の図案は、付下げの正倉院装飾文にリンクした、天平文様の中から選ぶ予定にしている。最後に、今日ご紹介した組み合わせを、もう一度ご覧頂こう。
私が若い頃を過ごした東京・西荻窪の街にも、一軒だけ映画館がありました。その名も、西荻名画座。ですが、ここで上映される作品は、「男女の営みにまつわるもの」に特化されており、いわゆる男性専門の映画館でした。西荻名画座では、土曜日の夜はオールナイト興行と称して、入れ替え無しの三本立て、あるいは四本立ての上映を行っていました。入れ替え無しとは、三本見終わっても退席する必要は無く、繰り返し作品を見ることが出来る上映制度です。
私も男ですから、この「18歳未満お断り」の館には興味があり、ある日友人と誘い合わせて出かけてみました。確か料金は、学割で700円。これでも、貧乏をしていた私にとっては、かなりの出費でした。ただ、実際に見るとかなり飽きるシロモノで、一本見ただけでもう満腹。筋書きなど無い等しく、ひたすら行為を繰り返すだけなのですから、ツマラナイのは当たり前ですね。そして肝心なところには、暈しがかけられていたのは、言うまでもありません。
三本立てのタイトルは、例えば「悶絶!昇天夫人」「下半身症候群」「愛欲のエクスタシー」等々で、今考えれば「何だかなぁ~」と思えるような、あからさまな文言が並んでいます。製作会社にとって、このタイトルこそが重要で、過激な言葉で男性の欲望を刺激し、「営みを見たい気持ち」を増幅させ、映画館へ誘いこまなければなりません。
私は途中で寝てしまったのですが、友人は目を皿のようにして鑑賞しており、時折私を起こして、途中経過を説明します。そして眠い目でスクリーンを見ると、一本目で若妻を演じていた主役の方がセーラー服を着ており、詰襟を着用して営みに励んでいる相手方は、前の作品ではネクタイを締めていたのでした。要するにこの当時、この業界は人手不足だったのです。
入れ替え無しだから、三本立てを二回繰り返してみれば、一本100円少々。せっかくのオールナイトを無駄にしたくない。そう言って、スクリーンを食い入るように見つめていた彼の姿が、今も目に浮かびます。そう、まさに彼自身が、「悶絶!昇天男子学生」でしたね。
ネットの中に、あからさまな画像や映像が氾濫している現代と比べ、昭和は何と牧歌的な時代でしょうか。やはり肝心なところは見えない、見せない方が、青少年が正しく育つように思います。つまらぬ余話が、長くなってしまいました。申し訳ありません。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。