バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

モノ作りに隠れた技を覗く(2) 帯・原料糸加工(前編)

2022.07 04

呉服屋の仕事として、最初に覚えなければならないことは、何か。これが、意外と沢山あって、スムーズにこなすようになるには、結構時間が掛かる。手先の器用不器用や、呑み込みの良し悪しも関係するが、何よりも覚える気の有る無しが大きい。どんな仕事でもそうだが、やる気のない者は、仕事のスタートラインにすら着くことが出来ない。

キモノや襦袢、帯のたたみ方はアイテムごとに違うので、覚えるのは面倒だが、慣れてしまえば何ということは無い。けれども、それまで和服に全く触れたことの無い者には、何をどのようにしたら良いのか戸惑うばかり。そして反物の巻き方や、キモノの形になって置いてある品物の扱い方など、これまた最初は、見よう見真似で練習する以外にない。そもそも初めの頃は、「下手な者が何度も巻き直すと、品物が汚れる」と言われて、反物に触らせても貰えない。そこで練習に使うのが、反物の芯になっているボール紙製の巻芯。これを指で送りながら、反物巻きの感覚を養う。

他にも、きれいな荷作りの仕方や、紐の掛け方、また品物の値札の付け方や、タトウ紙の使い方など、仕事の基礎の基礎とも呼ぶべき様々なことを学び、覚える必要がある。しかし「学ぶ」と言っても、誰も手取り足取りで教えてなどくれない。これは、人がやっているところを見ながら、覚えていくしかない。もちろん、お客さまの相手など到底出来るはずはなく、一年以上は下働きだけをして、呉服屋の空気を徐々に感じ取っていく。おそらく今、新入社員にこんな扱いをしたら、ほとんどが逃げ出してしまうだろうが、バイク呉服屋の駆け出しの頃はまだ、こうした「丁稚見習い」の名残があった。

 

そして店の雑用に慣れた頃、ようやく、売りモノに触れることが出来るようになり、お客さまから預った品物にも、触れられるようになる。そこでまず覚えることは、キモノや帯の構造と寸法の基本。品物がどのように誂えてあるのか、そして各々の寸法はどのようになっているのか。この二つを理解していないと、先に進むことは出来ない。

そこで、この二つを手っ取り早く覚えるため、最も効果がある手段は解いてみること。キモノを分解すれば、どのように仕立てあるのかが判る。そして、身頃や袖、衿の各パーツの寸法を測ってみれば、体型に即応した長さを理解することが出来る。そして、縫込みの有無を確認したり、品物の汚れも見つけることが出来る。つまり、寸法を理解するのと同時に、直し仕事の基礎となる事象を理解することになるのだ。そしてこれが、呉服屋の仕事として最も大事な、「誂えと悉皆」に繋がっているのである。

 

どのような仕事でも、土台となる基礎をきちんと覚えていないと、大きな成長は望めないが、モノづくりの中でも、本当に大切なのは、基礎となる仕事である。そこで今日は、一年ぶりに「隠れた職人の技」をご紹介してみたい。今回は、帯の原料に使う糸について。織り込まれるまでに、どのような過程で製造されているのか。この知られざる「織り糸製造の魔術師」の姿を、少し覗いてみよう。

 

袋帯の内側を覗くと、様々な糸で模様を織り込んでいることが判る。鮮やかな光を放つ金銀糸。図案に応じて使われている多くの色糸。平らな糸、撚りを掛けてある糸。色を変え、糸の形状を変えながら、複雑に織り込まれる糸こそが、全ての帯の基礎になる。

そもそも、西陣帯の製織工程は細密に分化されているが、凡そ三つの工程に大別できる。最初の工程では、まず図案師が図案を作成し、それに基づいた経糸緯糸の組織を、一コマずつ分解彩色する。指図(さしず)とか紋意匠図(もんいしょうず)と呼ぶこの設計図に従い、短冊形の紋紙にパンチ穴を開け、彫りこんだものを織機・ジャガードに取付ける。これにより、経糸の選別が指示される。以前からのこうした作業は、PCの導入により簡略化され、意匠起こしから紋彫まで、すべて画面上で完結出来るようになった。これまで、一本の帯を製織するために、数千枚から二万枚が必要とされた紋紙が、不要になったのである。

意匠設計が終わると、次の工程は原料糸の準備。それは、織糸を作るところから、糸を巻き取って機にかける前までの作業。この作業の中の、精練・撚糸・糸染め・糸操り・整経と呼ぶ仕事には、それぞれに専門の職人が存在する。そして糸が完成した後は、機を準備して製織する工程となる。今日お話するのは、帯の土台・糸作りに関わる仕事。色も姿も千差万別であり、その製造過程も異なる糸。帯の模様からは伺い知れない、様々な糸のことを、少し深く堀り下げてみよう。

 

機屋の仕事場の棚に、きちんと色別に仕分けされた数々の糸。(木屋太・今河織物で)

染めに入る前に、糸には施さなければならないことがある。それは、糸そのものに含まれている不純物や、製造の過程で付着する可能性のある汚れを、除去すること。これは通常、苛性ソーダを原料とする石鹼を用いて、煮沸処理して行う。この作業のことを、精練(せいれん)と呼ぶ。

この精練では、汚れを落とすだけでなく、生糸や絹糸に含まれるたんぱく質の一種・セリシンも除去される。この成分を落とすと、本来の絹繊維・フィブロインだけが残ることになり、絹が持っている光沢や触感など、本来の風合いを出すことが出来る。帯やお召などの織物加工を支える仕事は分業化されており、それに伴って組合が設立されている。染色に関わる会社は、京都府繊維染色工業組合に加盟しており、その中の和装部会には、帯やキモノの原料糸を供給する会社・30社が入っている。その中の各々の会社の概要を見ると、精練だけを専門とする会社も含まれている。

壁際の衣装ケースの中には、綛状にした染糸が色別に入っている。(紫紘の織場で)

染められる糸は、すでに精練の段階で綛(かせ)にしておく。綛とは、結束した状態のこと。糸は綛枠と呼ぶ道具を使い、一定回数を巻いた後に、枠から外して束ねる。そして精練が終わった綛糸は、綛棒という吊り下げ棒に通して、染場に運ばれる。

糸の染色方法は、手染めと機械染めがあるが、帯メーカーからの発注量はそれほど多くなく、大概が多色少量の小ロット。そのため、今も多くが人の手で糸染めがなされる。これが綛染(かせぞめ)と呼ばれ、古来から続いてきた最も古典的な技法になる。

帯の裏から見た、色糸の通り方

表の織模様は、杜若と鱗模様。(紫紘・白地糸鬘文様 袋帯)

手の綛染めには、ステンレス製かスチール製の釜を用意する。ステンレスは、汚れや薬品からの耐性に優れているので、染釜には最適。そして化学染料を使う染色には熱湯が必要で、ボイラーからの蒸気を熱源にして釜を温め、そこに染料を投入する。

そして綛糸を、竹製の竿に通してから染料の入った釜に浸す。そこで染職人は、品物を引き回す道具・手鉤(てかぎ)を使って、上下に糸を手繰り返しながら、染めていく。そして途中では、織屋から指定された色見本と、糸の色を見比べて、染の状態を確認する。そこでもし、見本の色に辿り着いていない場合は、再度染料を釜に足してから再び綛糸を手繰り、最終的に注文された色と遜色がないように、仕上げていく。

染め上げたところで、綛糸を棒にかけて水分を絞り取る。染色職人が使う化学染料の色数は、せいぜい数十色。ここから何千色あるとも言われている、無数の色を生み出す。色の配合や見本色に近づける熟練された手繰りの技術は、長い年月で培われた経験がモノを言う。帯に織り出されている多彩な色は、この染の魔術師の腕があるからこそ、生まれるものなのである。

 

今日は色糸染めから、金銀糸加工までをお話する予定だったが、金銀糸の作り方は多岐にわたり、内容が複雑になっているので、次回に繰り越すことにする。金箔や銀箔、またプラチナ箔を和紙に貼り付けた本金や本銀の平糸や、芯になる糸に撚り付けて作った撚金、撚銀糸。そして、ポリエステルのフィルムに金や銀の色を真空蒸着させた、粉(まかい)と呼ばれる贋の金銀糸。このホンモノと偽モノの金銀糸の製法を中心に、話を進めたいと考えている。

そして各々の帯に付いている「品質表示」の内容について、精査してみる。この表示からは、帯に使う糸の本質が判り、それに伴って帯の価値も理解出来てくる。帯の価格というものは、紋図(図案)の精緻さや織り方の違い(手機か機械機か)と同列に、糸の染め方、作り方も大いに関りがあって、決まっていく。そんな中においても、金銀糸の内容は、大きなウエイトを占めるように思う。

消費者の方にとっては、ほとんど馴染みのない原料工程の話なので、判り難く飽きてしまわれるだろう。だが、多彩な糸は多様な加工から生まれ、それこそが帯の美しさの原点になっている。隠された職人の技について、少しでも思いを馳せて頂ければ嬉しい。

 

丁稚がするような基礎仕事でも、もし疎かにすると、自ずと仕事に向き合う姿勢に影響してしまいます。例えば、反物がきちんと巻かれていなければ、品物の扱いが雑になっていることを露呈し、呉服札が曲がったり折れていたりすれば、価格管理がなされていないと判ってしまいます。取るに足らないことのようですが、実はこうしたところに、その店の仕事ぶりが現れてくるように思うのです。

これは、長い間呉服屋を続けていれば、つい忘れがちなこと。たまには初心に帰って、自分の仕事を見つめ直すことが大切になりますね。                今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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