バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

染見本帳から、今夏の絹紅梅を選んでみる  「新粋染」の個性的な品物

2022.05 08

「夏も近づく八十八夜」で始まるのは、お馴染みの唱歌・茶摘み。八十八夜とは、春分から数えて八十八日目のことで、毎年5月1日か2日がそれに当たる。この日に摘まれた茶葉は上質な新茶となり、これを飲むと患うことが無いと言われている。そんなことから今も、京都の宇治や静岡の牧之原などのお茶の産地では、この日にちなむ様々なイベントが開催されている。

八十八夜は、五節句や二十四節気と同様、季節の移ろいを表す暦日・雑節(ざっせつ)の一つ。うなぎを食す日・土用(四つの季節が始まる18日前)や、台風に注意が必要な二百十日(立春から二百十日目)などは良く知られているが、他に産土神(うぶすながみ・土地の守護神)を祀る社日(しゃじつ・春分や秋分の前後にある戊の日)や、半夏生(はんげしょう)など、聞き慣れない暦日が幾つもある。

半夏生は、昼間の時間が最も長くなる夏至から数えて11日目で、毎年7月2日頃。この「はんげしょう」という謎めいた名前は、ドクダミ科の植物・カタシログサ(片白草)の別名。この草の葉が、この頃に半分白くなることから、暦日の名前となった。古来よりこの日は、農家にとって大切な節目とされ、田植えや畑仕事はこの日までに終えなければならないとされてきた。そして、ドクダミ科の草・はんげしょうに因むかのように、この日は天から毒気が降るとされ、作業を休む農家が多かった。

 

さて呉服屋も、八十八夜を過ぎてゴールデンウイークが明ければ、徐々に店の品物を夏モノへと入れ替える。店先を彩る品物も、今は白や紺地の単衣に向く雰囲気の冬モノと、麻や綿麻などの気軽な薄モノとが混在している。これが今月中旬から下旬には、冬モノ全てが姿を消し、絽や紗を棚に置いて浴衣を店頭に出し、店は完全に夏姿となる。

メーカーや問屋で夏薄物を選ぶのは、毎年1月か2月の寒い頃。この品物が送られてくるのが、大体連休明けで、見本帳から選んで染を依頼した浴衣も、同じ頃店に着く。この新しく仕入れた品物が出揃った頃に、模様替えをする。季節が動くと共に、店先の雰囲気が大きく変わる5月と9月は、旬を重視する専門店にとっては、腕の見せ所である。

そこで今日は、もうすぐ届く夏モノの中から、絹紅梅を取り上げてみたい。バイク呉服屋は、どのようにして新しい品物を選んだのか。その基礎となる染見本帳をご紹介しながら、多彩な絹紅梅の色と模様を見て頂こう。言うまでも無く呉服専門店にとって、仕入れは大切な仕事。扱う品物には、扱う人の個性が表れる。見本帳を前にして、悩みつつどのような絹紅梅を選ぼうとしたのか、そんな私の姿も想像して頂きたい。

 

2月の終わり、浴衣染メーカー・新粋染(しんすいぞめ)から届いた染見本帳。

この稿の中で、これまで何回か新粋染の品物を取り上げているので、重ねてこの染屋のことを詳しく紹介することは端折るが、うちで扱うもう一軒の浴衣メーカー・竺仙と比べれば、世間的にはあまり知られておらず、いわば規模の小さい、渋い染屋である。けれども、染める品物の柄行きは、「通好み」と言えるような、斬新な図案の切り取り方をしたものや、精緻を極めた型紙を使って文様を染め出したものが多く、竺仙の品物とは違う雰囲気を醸し出している。

創業家が、江戸小紋の縞彫名人・児玉博氏と縁続きであるだけに、こだわりを持った型紙が多種多様に製作されてきた。会社の設立は、1958(昭和33)年。ということは、ほぼバイク呉服屋の年齢と同じだが、昭和から平成、さらに令和へと、激しく需要が変化する時代に翻弄されながらも、創業当時と変わることなく、江戸伝統の浴衣染を続けている。

 

以前は2月頃に連絡があり、社長が型紙見本を携えて店にやって来ていた。だが昨年、一昨年とコロナの影響もあって仕入れをしていない。先方も、品物が動いていないことは判っているので、「今年も厳しいでしょうか」と電話で様子を聞いてきたが、在庫で持っていた新粋染の浴衣が昨秋続けて売れていたので、私は少し仕入れを起こそうと考えていた。

ただ1.2月には、まだ世の中に自粛ムードが満ちていて、たとえ仕事でも東京から甲府へ来ることが憚られていた。そこで社長には来店してもらうことなく、型紙見本だけを送ってもらい、その中から求める品物を選んで連絡することにした。うちは小さい店なので、大仰な買い入れは出来ないが、それでも厳しい中でモノ作りを続けるメーカーのささやかな助けにはなるだろう。

 

送られてきた見本帳は、全部で六冊。コーマ、綿紬、綿絽、長板中形、綿紅梅、絹紅梅と生地別・染技法別に分かれている。一冊には、だいたい5~60枚の見本布がある。この布は、以前染めた品物の端切れであり、それは型紙が、きちんと染められる状態で現在も残っているということ。

新粋染では、この見本帳にある模様の品物なら、一点からでも染めてくれる。大体依頼するのが2月だが、約三か月後の連休明けには仕上がって送られてくる。多分今年も、あと数日で選んだ品物が着くはずだ。では、何をどのように選ぼうとしたのか、見本布を見ながら説明していこう。

 

蘭か百合のような花のモダンな絹紅梅。地色は、優しい水色とすっきりした藍色。

今回の仕入れは、絹紅梅と中形小紋に品物を絞る。特に絹紅梅は、少し値段は張るものの、夏キモノとして装うことが出来るので、関心が高い。特に新粋染の紅梅は、柄行きが豊富で、モダンな図案から江戸の粋を感じさせる古典的な意匠まで、幅広く多彩な品物が見られる。実際、ここ数年で仕入れた品物は全て捌けていて、今在庫には無い。

ただ、そうは言っても右から左へと、簡単に売れていくことはない。絹紅梅を求める方は、やはりキモノに精通しており、盛夏に装う意欲と機会のある方。ある程度着用する方が限定される品物なので、いつも数を限って仕入れることにしており、今回も三点と決めている。見本布を手繰っていると、あれもこれもと欲しくなり、一度くらいは支払いを気にせずに、思い切り仕入れてみたいと思うが、無理だ。おそらく私の貧乏性は、商売を辞めるまで直らないだろう。

大きな乱菊を連ねた絹紅梅。地色は、墨黒と葡萄色。

三点を選ぶと言っても、やみくもに気に入った模様を仕入れるのではなく、図案の大きさや地色などを考慮に入れながら、雰囲気の違う品物を考えることが大切。そこで模様を大柄・中柄・小柄(微塵模様)と仕分け、そこから一点ずつ選んでいくことにする。

上の画像の蘭や菊は、大きな花弁だけを切り取って、反幅いっぱいに連ねた図案。管のような花弁の菊や、多彩な種類の蘭の花は、デザインとして美しく、目立つ意匠になる。絹紅梅の地色の多くは紺色系だが、墨色や紫、薄グレーを使うこともある。同じ模様でも、地色が変わることで、品物の雰囲気が違ってくる。

菊花と波を交互にあしらった模様。花弁と波の筋がほぼ同じ太さになっているので、全体に模様が一体化している。花と波の配置が不規則なことから、一見何をモチーフにしているのかわからない。こんな斬新な意匠が、いかにも新粋染らしい。

こちらは、風車のような大きな蘭模様。白地の中に浮かぶ少し濃い藍色の風車蘭は、とても爽やかな印象を与える。実はこの模様、数年前に一度扱ったことがある。型紙が健在である限り、同じ品物を同じように染めることが出来るのは当たり前だが、こうして改めて布見本で見ても、やはり気になる。ツボに入るデザインは、何度でも店に置きたくなるが、なるべく従来の模様との重複は避けたい。さてどうしたものか。

 

選ぶ品物は、大柄から中柄へと移る。まず目に付いたのは、上の画像の二点。どちらも小紋のような連続柄で、蝶模様と光琳菊。地色はどちらもパステルな水色。蝶は、白抜き柄と色染め柄がうまく散りばめられ、型紙の面白さを生かしている。光琳菊は、単純化した菊の図案が可愛い。水色の地は、柔らかい印象を残す。

楓の葉を鋭角に伸ばした面白いデザイン。白地だが、模様の配色は濃紺と水色の二種類。同じ模様でも、配色を替えると見え方が変わる。

所々に、散り積もった小さい楓があり、その輪郭がまた大楓になっている。楓尽くしの図案だが、かなりデザイン化されていて、一見したところでモチーフが楓と判らないかも知れない。ありふれた植物文でも、作り手のセンスによって、斬新な模様に生まれ変わる。無論、写実的に描いて、誰にもすぐそれと判る図案もあって良いのだが、やはり扱う者としては、デザインとしての面白さや目新しさが欲しい。

これは輪郭に銀杏の葉を使い、その中には格天井に鶴丸、亀甲に花菱のような文様をあしらい、菊、梅、笹の小さな花も散らされている。図案に江戸小紋の切込み柄のような要素が見えている。このように輪郭と中の図案が複合された意匠は、型紙の出来が模様の表情に直結する。

その意味で、これも同じ意図が伺える模様構成。模様を区切っているのは、山の連なり。そして中のあしらいは、萩や薄、女郎花などの秋草文。配色は紺と水色の二種類だが、上の銀杏図案とは違って、どちらかと言えば単純な小紋柄と言える。ただこの平凡さが、江戸っぽさを感じさせる。

 

最後に小柄の品物から。極めて小さな鱗模様を巾いっぱいに付けてある。色は黄色やグレー、薄紫、水色など6色。地色によって、鱗の配色も変えられている。遠目から見れば、モチーフが鱗とは判らない。これこそ江戸小紋的な意匠。魔除けの意味を持ち、古くからある鱗文だが、こうして様々な色で表現されると、モダンな姿に見えてくる。

少し深い紺地に、二つの竹模様を組合わせた図案。細い竹は大きく揺らぎ、太い方はまっすぐのようでも、少し波打っている。竹という植物の特徴を上手く使った、たおやかさを感じさせる図案。もしこれがリアルな直線で表現されていたら、何ともつまらない意匠になっただろう。また竹のフシに、紅梅生地の畝を使っているところも面白い。単純なようで、斬新な模様と言えよう。

 

こうして模様の大きさを勘案しながら、10柄ほど仕入れる候補を選んだ。ここから最終的に三点の品物を発注したわけだが、決めるまでには何度も、行きつ戻りつしながら見本布を捲らなければならなかった。同じ図案で配色違い、地色違いの品物もあり、どの色目にするかでまた悩む。本当は、今日ご覧頂いた品物を全部仕入れたかったのだが、それは出来ない相談。もしそんなことをすれば、支払いに苦慮することは目に見えている。仕入れ先への支払いは短期間で済まさなければならず、それが信用にも繋がる。だから、仕入れる量は慎重を期さねばならないのだ。

さて、結局バイク呉服屋が選んだ絹紅梅は何だったのか。その答えは、この夏の間に書くブログの稿で、ご紹介したい。仕入れた品物に相応しい帯も用意して、コーディネートをした姿を見て頂こうと考えている。どんな色、どんな模様の品物を店に置くのか。それは仕事を続けている限り、永遠の課題だ。何年呉服屋を続けていても、仕入れは本当に難しい。けれども、こんな楽しい時間も無い。

 

この連休の各地の人出を見ていると、少しだけ以前の日常に戻った気配がしますが、どうなのでしょうか。一昨年、昨年と、祭りや花火大会などの夏のイベントがほとんど開かれていません。世の中は自粛ムードに包まれ、爽やかな夏キモノを装う場面もなく、浴衣姿さえ見かけることがありませんでした。扱う呉服屋としては、今年こそ少しでも多くの方が、夏姿を楽しめるようにと願うばかりです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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